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上品で高貴なビッチ


「カナタ様ぁ!! いらしてたのですね!!」


 部屋の主の返答を待たずして吹き飛ばされるように扉は開け放たれた。

 絹のように滑らかな金色の巻き髪に真っ白な肌。瞳は宝石のように美しい蒼色に輝き、煌びやかドレスを身に纏う、一目で高貴な身分であると推測できる可憐な少女はカナタ目掛けて、その胸元に飛びついた。

 顔を埋め、甘える飼い猫のようにまたは恋する乙女のように目を細める少女こそ女王パトリシア。兄2人を戦争で亡くし、もう1人は古城に幽閉と若干17歳で国の長となった少女の顔はまだ幼く無邪気だ。




「……知らない人の臭いがします」




 不意にカナタの胸元から顔を上げ、じっと追求するような目で睨むパトリシア。


「でっかいミミズの体液に泣き虫なガキ共の血や鼻水だな。そんなに臭うか?」


「…ミミズ!? ひぃ!」


 顔を引きつらしてパトリシアは素早く身体を離した。


「それで女王様。どのようにしてこちらへいらしたのでしょうか」


 椅子の横に姿勢正しく立ち、2人のやり取りを見ていたリアム。


「今ぐらいはその女王様という呼び方やめてくださいまし」


「いえ、国の主と一介の騎士。それはなりません」


 毅然とした態度で崩さぬリアムにパトリシアは顔を膨らませる。


「仕方ありません。私がどうやってここへ来たか…ふふふ。エリック」


 上品で端正な顔で悪い笑みを作るパトリシアは虚空に向けて名を呼んだ。


「はい…姉様」


 すると、空間が歪み何もなかった部屋の一角に内気そうな少年が姿を現わす。

 年齢は7、8歳といったところか、パトリシアと同じように絹のように滑らかな金色の髪をマッシュルームカットにし、色は少女のように白い。二重だが眠そうに垂れた目が印象的な少年は不安そうに頭を下げた。


「私の弟です」


 なぜか、誇らしげに胸を逸らすパトリシア。豊かに育った胸が柔らかそうに揺れたのがわかる。


「弟…あぁ、あの時の赤ん坊か」


 記憶を探るように過去を振り返っていたカナタは終戦式の時に前女王、パトリシアの母が抱いていた赤ん坊の姿を思い出した。

 不安そうだが、警戒するようにこちらを見据えるエリックの視線を感じ、カナタは頭をかく。

 どうやら怖がられてるらしい。

 それもそうだ。こんな汚い風貌のおっさん。小さな子供からしたら怖くないわけない。


「実はエリック。この歳にして魔法が極めて優秀ですの! さっきのも『バニッシュ』という魔法でして、こんな時のために私が覚えさせた魔法なんです!」


「姉様がおやつ抜きっていうから…」


 蚊の鳴くような声で不満を垂れるエリックだが、パトリシアは意にも介さず。


「優秀な弟を持ってよかったです。こうやってカナタ様と会えたのですから!」


 再び、カナタの腰あたりに抱きついた。


「パティ。豊満な胸を押し当てるサービスや弟の自慢はいいんだが」


「い〜えっ、毎年誕生日パーティーにお誘いしているにも関わらず、連絡一つ寄越さないカナタ様です。私が満足するまで話は聞きません!」


 悪戯な笑顔でカナタを上目遣いで見つめ、抱えた腕に胸を押し当てるパトリシア。

 清楚で上品な見た目をし、同じように厳しく上品に育てられたパトリシアのはずだが、その反動か言動や行動はいちいちビッチ臭い。

 空いた片手で頭を抱えるカナタ。

 嬉しいか嬉しくないかで問われればもちろん美少女に胸を押し当てられ、言い寄られる行為は嬉しくないわけではないが、どうにもパトリシアの場合、鬱陶しさの方が優ってしまう。

 小さい頃から面倒見てた姪っ子に言い寄られる気分といったらいいのか、どうも気乗りしないのだ。


「団長さん、なんとかしてくれ。もうマシュマロ地獄は御免だ」


 堪らず助けをリアムに送るが、


「高貴な胸を存分に愉しめカナタ。こんな機会、滅多にないことだぞ」


 あれだけ畏まっていた態度は何処へやら、いつの間にかいつものように書斎机で書類整理を始めていたリアムは興味薄に目も向けない。


「…いつもの姉様じゃない」


 半端狂乱気味にカナタに迫る実の姉を部屋の隅で見ていることしかできなかったエリックはその姿に恐怖を覚えてか、涙目になりながら唇を震わせた。




 ■■■■■■■




「任せてください! カナタ様の頼みであればこのパトリシア奮って力にならせて頂きます!!」


 しばらく。

 カナタに甘えに甘え、存分に堪能したパトリシアは肌をツヤツヤに胸を力強く抑えた。

 ここへ来た経緯を説明するのに小一時間。

 長らく会っていなかったせいかパトリシアのスキンシップは明らかに過剰。こまめに顔を見せるか極力会わない方向性を取るかとカナタは疲労気味に考える。


「あぁ、頼む」


 用意されたコーヒーを飲みながらソファにぐったりと身体を預けていたカナタは力なくそう返答した。


「しっかし、前国王は終戦間近に亡くなり、前女王は病気で床に伏していると聞いていたが…やるだけのことはやってたんだな」


 斜向かいのソファに小さな身体を丸めて座るエリックをぼんやりと眺めながらカナタは呟く。


「私もこんな歳の離れた弟ができるとは思いませんでした」


「王族に子息ができることは民にとっても喜ばしいことだ」


 感慨深かそうに言うパトリシアにリアムと続く。

 時折、カナタに向ける怯えたような形容し難い視線さえ除けば大分打ち解けて来たようにも思える。


 それから4人の他愛もない会話は空白だった期間を埋めるように夜深くまで続いた。

 やがて、幼いエリックが小さく可愛らしい欠伸をするとすっかり姉の顔になったパトリシアは手を引き、部屋を出て行く。

 間も無くして階下がざわついたのは言うまでもない。


「ではカナタ。こちらは約束を守った。次はそちらね番だぞ」


 賑わいのなくなった静かな部屋でリアムの捲る書類の音だけが響く。


「言ったろ? ちょうど古城巡りでもしたい気分だってな」


「では、明朝に馬車をここの前に手配する。それまではゆっくりと休むがいい」


 ソファに深く身体を預けていたカナタはあぁ、と小さく頷きゆっくりと目を閉じた。






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