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酒場のマナー

 一番初めに話し始めたのはその中では一番背の高く金色の髪を肩ほどまで伸ばした青年だった。


「実は先ほど森で魔物に襲われてしまい、仲間の一人が毒にやられてしまったんだ。知っているならどうか案内してほしい」


 額に汗を浮かべ、焦った表情の茶髪の青年。心配そうに時折、ちらりと後方に視線を向ける先に青みがかった髪の少年と大人しそうな三つ編みの少女に支えられながらぐったりとした様子で息を乱れさせる栗色の髪をした少女があった。

 切迫した状況、にも関わらずカナタは四人を不機嫌そうにじっと見据えたまま。エルザもいつもどおり無感情な瞳で、ブドーリオは椅子に座ったまま酒を口に含んだ。


「オレたちがよそ者だとは重々承知の上の願いだ! 頼む! 医者か薬師を!」


 非常に非協力的な三人の態度に若干の苛立ちを覚えた青年は叫ぶようにそう言うと、カナタはチッと小さく舌打ちをした。


「おい、兄ちゃん」


 その様子に見かねてブドーリオは短くこう告げた。


「ここは宿屋だ」


「そ、それは理解してます! で、でも仲間が死ぬかも知れないんだ! 人の命がかかっているんだ! なのにあなたたちは!」


 堪らず青髪の少年が叫ぶ。


「それなら酒はどうだ。せっかく来たんだ酒の一杯ぐらい頼んだらどうだガキども。酒は飲めないかそれともお金がないから飲めませんか?」


「仲間が死にかけているのに酒を飲むバカがどこにいるっっ!!!」


 挑発するように微笑を浮かべてそう言ったカナタに茶髪の青年を激高し、カウンターテーブルを両の拳で力強く叩いた。

 店主への敵意を垣間見たエルザがそれにわずかながら反応するが、カナタのニヒルな笑みを浮かべた横顔を見て迎撃の体勢の解く。


「もう一度言うが……兄ちゃんここは宿屋だ。まぁ、酒場でも構わん。宿屋に来たら宿をとる。酒場に来たら酒を飲む、それが常識っつうかマナーだろ?」


 ブドーリオの低く脅すような声色に悔しそうな顔で後ずさりする少年たち。しかし、青年だけは尚も食ってかかる。


「灯りがついていた家はここだけだったんだ。どうやら寝ている村人を起こしてでもこの家だけは避けるべきだったようだな」


「客でもなんでもなければ俺らはお前の仲間を助ける義理がねぇ。どこの家に行ったってみんなこの村は似たような考えだと思うぜ」


 追い打つようにカナタが言うと茶髪の青年は目を見開き、唇を震わせた。


「お前らには人の心がないのか!」


「だから言ってるじゃねーか、俺らにはお前らを助ける義理がない。なにか見返りがあるのか? 実はお前らのどいつかが王様の子供で莫大な資産を我が宿屋に提供でもしてくれるのか? 俺らはこの村でその小娘が野垂れ死のうと知ったこっちゃない。何度も言うが、その義理がないからな」


「……客になれば……医者か薬師のところまで案内してくれるのか」


 その青年の問いにカナタは両眉をあげて応える。


「クソッ! 人間のクズめ! 酒だ! なんでもいい! これで飲める酒をくれ!」


 青年は懐からドゥール硬貨を5枚ほど取り出して乱暴に机の上に置いた。


「ドゥール硬貨如きでうちの良質な酒が飲めると思ってるのか? そうだな案内料込みでエリス金貨1枚…と言いたいとこだがプラタ銀貨3枚にまけてやるよ」


「ふざけるな! ぼったくりにもほどがある!」


「そうか。払えないなら仕方ない。この5ドゥールはそのお仲間の葬式代にでもしな」


 そう言ってカナタは青年に向かって硬貨を弾いた。


「……すまん。みんな。しばらく旅は苦しくなるぞ」


 下を向いたまま青年はしばらく黙っていたが、搾り出すように呟いた。

 その青年を慰めるように青髪の少年が、


「大丈夫だよ!」


 と続いて三つ編みの少女は、


「ファレンちゃんが元気になるならなんでもいいです!」


 と握りこぶしを胸の前で作って叫んだ。

 肩ごしにそれらを確認した青年は意を消したように革の袋から銀貨を三枚取り出し、カナタに向けて乱暴に投げてよこした。

 それを器用に座ったまま片手でキャッチしたカナタはそれを確認し、酒棚から一番安い酒をグラスに一杯注いで机の上を滑らした。


「ほら、最高級品だ」


 訝しげにそれを一息で飲み干した青年はあまりの味に顔をしかめる。


「……酷い味だ。これならドブ川の水の方がまだ飲める」


「おいおい、最高級品だって言っただろう? あんまり店の評判を落とすようなことを言うもんじゃねーよ」


「それで……薬師か医師のところに案内してくれるんだろうな。これで俺たちはお前のボロくて詐欺まがいの価格設定の店の客なんだろう」


「あぁ、医者か…。こんな村にそんなものがいると思うか」


 呆れたと言わんばかりに青年の言葉を突っぱねたカナタの言葉に見る見るうちに青年の顔は真っ赤に染まり、激昂した。


「ふざけるな!!!」


 渾身の力で叩いたカウンターテーブルから上に載っていた台帳やグラスが床に落ちる。

 怒りのままカナタの胸ぐらを掴み、今にも殴りかからんとするその際に、


「ったく。最近の若者は人の話を聞かねーわキレやすいわ最悪だな、おい」


鬱陶しそうにその手を強引に剥がした。


「その小娘の症状から見るにヴェレーノバタフライの毒にやられてるな」


「…そうだ。解毒薬でもあるのか?」


 カナタは小さく首を振る。


「『命の洞窟』。この村の北。森の中にある洞窟がそう呼ばれている」


「命の洞窟…か」


「そうだ。その洞窟がなぜ命の洞窟なんて呼ばれているのかわかるか? なんでも医師が薬剤に使う材料の宝庫らしい。偶然にも先代の書庫に薬学に関する書物もあった。言いたいことはわかるよな?」


「…俺たちに洞窟に行って材料を取ってこいってことですよね」


 青髪の少年の言葉にカナタは口の端を少しだけ上げて応える。


「で、でもファレンちゃんの体力がそれまでもつか…ましてや一緒に洞窟まで連れて行くなんて…」


 おどおどと三つ編みの少女が言った言葉にカナタはすかさず反応する。


「そこでだ。洞窟の中には太陽石っつう暖房器具にもってこいの石がある。それをついでにとってくる代わりにその娘っ子だけ泊めてやってもいいぜ」


「そんな時間の猶予があると思うのか!」


 いちいちイラつく物言いに青年は眉間に皺を寄せて叫ぶように言った。


「毒の症状が発症してからどのぐらいだ?」


 顎に手を置いて考え込むようにカナタが問うと青髪の少年が答える。


「1時間ほど前からです」


「っつーことはだ……4時間後には死に至るってわけだ」


 黙って聞いていたブドーリオがしたり顔で割って入る。


「……あんたら…何者だ…」


 普通の一般人なら知らないような魔物の知識をもつ二人に青年は目を何度も瞬かせた。


「猶予は4時間。薬を作る時間も考えれば夜明けには戻ってきて欲しいところだな。さぁ、どうする。言っておくが一番近い街まで歩きじゃ半日はかかるだろうな」


「選択の余地はないってことか…カイン、ネネ。行こう!」


 青年が二人に呼びかけると二人は力強く頷いた。


「オッケー。いいかガキども。お前らのとってくるべきものは解毒に必要な『三日月草』と宿賃の『太陽石』だ」


「わかった。くれぐれもファレンに変なことをするなよお前ら」


 背を向けて威圧するような声で言う青年にカナタは肩をすくめた。


「俺はガキには興味がないんだよ」



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