騎士団長との交渉
「ほう。では貴様の思惑を聞かせてもらおうか」
肘をつき、顔の前で手を組んだリアムは鋭く目を光らせた。
「不正解とは言ったが、惜しいとこまでいってる。訂正箇所はお前だ。リアム団長」
「私が訂正箇所…」
「あぁ、口は悪いがお前は所詮、近衛騎士団の団長に過ぎない」
「これでもそれなりに苦労してようやくこの地位まで上り詰めたのだがな」
まさか自分を揶揄されるとは思わなかった。
リアムは日々の苦労を思い出し、目を細めた。
「別にお前を馬鹿にしてるわけじゃない。俺が言いたいのはお前、リアム・フェアリュクトという名じゃ、ネームバリューとして不十分だということだ」
「同じことだ。私は役不足、ならば、お前は何を望む」
不敵に顎を上げてカナタは背もたれに身体を預けた。
「姫様…今は女王だったか、パトリシア・ルメール・アルトリアに取り次いで欲しい」
耳を疑うということはしなかった。
昔からカナタが突拍子もないことを言い出すのには慣れている。
むしろこの挑発的で何か悪戯を思いついたように光る目を見た時から自分の予想を上回ることを考えているのはわかっていた。
だが、腑に落ちない。
「ならば自分で頼み込めばいいではないか」
そう、アルトリア国女王パトリシアもカナタを、魔族との和平を結ぶ際の真の立役者だということを知っている数少ない中の一人。
彼女ならカナタを無下に扱ったりはしないはずだ。
「馬鹿か。騎士団駐屯所に入るのだって浮浪者と間違えられ、おっかねー女団長に追い返されそうになったんだ。王城なんて用件を話す前に門前払いだ」
「確かにな。お前の風貌は汚らしく実に不審極まりない」
カナタは口の端をイラつきにピクリと動かし、眉根を寄せた。
「そうだな。解答としては可能だ、と言っておこう」
リアムは椅子から立ち上がると窓の外に向かって短く指笛を吹く。すると幾ばくもせず、頭に綿毛のようなトサカを生やした真っ白な鳥が窓枠に一羽舞い降りた。
「女王様の御戯れでな。伝令や周囲の目を気にせず話したいときにはこうやって『キャリーバード』に手紙を括り付けて連絡を取り合っている。通信魔法だと盗み聞きされる可能性もあるし、高度な魔法使いにならば感知され兼ねないからな」
「なら話は早いな。本当なら久しぶりに顔も見たかったし、直接話したかったんだが仕方ねぇ。早速、手紙を飛ばしてくれ」
狙い通りに事が進み、上機嫌に鼻歌なんかを歌いながら筆を貸してくれと机に置かれていた紙を拡げるカナタ。
しかし、リアムはふっと鼻を鳴らしそれを払いのけた。
「誰が潔く引き受けると言った」
「…あぁ?」
喧嘩腰に睨みを効かせるカナタなぞ意に介した様子もなく、リアムは元いた椅子に深々と腰を下ろしてしまう。
「いくら旧友であり戦友のお前でも、馬鹿にされた挙句、体良く使われるのは癪に触る…というのは私の私的見解」
一呼吸置いて、リアムはカナタを値踏みするようにじっと眺めた。
「私はお前の欲しい物を、方法を持っている。奇異なことに私もちょうどお前に頼みたい事がある。これは立派な『交渉事』だぞカナタ。お互いがお互いの欲しい何かを持っている」
机上に置かれた一枚の書類をひらひらと手元で揺らし、リアムは冷たい瞳のまま唇を曲げた。
はっとカナタは小さくを声を漏らして笑い、ガラス板の張られたローテーブルの上に足を投げ出し、応対する。
「俺にだって旧知の仲だからこそ知ってることがある。お前のその眼は有無など言わさないって眼だ」
「お互い付き合いが長いと手の内がバレてやり辛いな」
一頻り睨み合った後、カナタはローテーブルから足を下ろしてリアムの座る書斎机の前に立つ。
「今の俺には宿屋が全てだ」
そして乱暴にその手に握られた一枚の紙を奪い取った。
「交渉成立だ。すぐに女王様には文を送ろう」
羽ペンを手に共通言語のトルネア語でさらさらと手早く手紙を認めたリアムは窓辺で待ち惚けていたキャリーバードの足にそれを括り付け、女王の部屋へと飛ばす。
「それでお前の頼み事っていうのは?」
「トルネア語は読めたか? その文に全てが書いてあるが…」
こちらに来て10年。
字の読み書きが出来なくては何かと不便な事も多く、何より何も知らないカナタにとって情報を得るものはそれしかない。だからこそ懸命にそれを覚えた。
カインに情報が大事と口酸っぱく言うのにはこういった理由があったから。
興味薄く書面に目を通すカナタに補足するようリアムは説明を始めた。
「ヨハンネス第3皇子は覚えてるな」
「覚えてるも何もあの『暗黒城』にアイツをぶち込んだ一人だぜ」
「そうだ。その暗黒城の見張りに付いている衛兵からの報告がそこには綴ってある」
「あぁ、熱い熱いラブコールを俺に送ってるって書いてあるな」
リアムは深く頷く。
「私が頼みたいのはお前にヤツの企みを直接、本人に聞いて来て欲しいということだ」
「企み…?」
「最近、ヤツに仕えていた残党に不穏な動きがあると報せを受けることが多くなった。その影にはやはりヤツが絡んでいるに違いないと私は睨んでいるが、騎士団員や私が行こうとも決して口を割らん。そこでヤツが会いたがっているお前を送り込めば、存外簡単に口を滑らせるのではないか、と思ってな」
「そんな簡単に口を滑らせるような奴には思えないんだが」
「物は試しだ。ヤツから聞いたことを私に伝えて欲しい、それが私の頼みだ」
手の中で書面を弄んだ後、カナタはそれをリアムの机に投げ捨てる。
「ちょうど田舎臭いガキ共の土産話にお城の観光でもして帰りたいと思っていたところだ」
窓の外、夜闇に浮かぶ月を眺めながらカナタが皮肉を口にした直後、再び扉を叩く音が聞こえて来た。




