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大胆不敵な侵入者

 王城の真横に建てられた真っ白な砦。

 砦の周囲は高く暑い壁に仕切られ、入り口は頑丈そうな鉄の門で固く閉ざされている。

 そればかりか、昼夜交代で衛兵が門の前に2人、周囲を巡回するのが10人と何者の侵入を許さぬ構えを見せているのがアルシュタイン城近衛騎士団の駐屯地だ。

 外見こそ監獄はたまた隔離施設かと思われるが、騎士達が常駐するそこの内装は近衛騎士団というだけあって宝石のあしらわれたシャンデリアに大理石の柱、騎士団の紋章である宝剣を抱く白いドラゴンが刺繍された真っ赤な絨毯などと極めて豪華な装飾が施されている。

 騎士達には各々に個室が与えられ、一人で寝るには大きすぎるベッドや名のある芸術家の書いた絵画、家具はすべてアンティーク品で揃えられるなどそこらの一等級と呼ばれる宿よりも遥かに優る好待遇。その待遇は小国の王族に匹敵するほどだ。

 その中でも一際豪華に飾られた最上階フロアの大半を占める大層、絢爛な部屋に近衛騎士団長リアム・フェアリュクトはいた。

 広い部屋の中、扉と対峙するように置かれた大きく重厚で高価そうな黒い書斎机に山のような書類の束を積み上げてリアムは静かに作業に没頭していた。

 漸く半分終わったかと肩のコリをほぐすように首を回してリアムは高級タバコに火をつける。


「騎士とは名ばかりでやっているのは事務作業ばかりだな」


 一日かけて未だに未処理、目も通していない書類の山を睨みつけてリアムは自嘲気味に呟いた。

 そんな折に一日ばかりかここ最近、開かずの扉と化していた重く荘厳な木製扉が小気味の良い音を立てて叩かれる。

 来客にしては遅すぎる。事件でもあったかとリアムは机上に置かれた銀製の懐中時計を開いた。


「…入れ」


「失礼します!」


 開けるのさえ重労働に扉が開かれるとゆっくりと開かれると1人の兵士が机を挟んでリアムの前に膝をつく。


「問題事か?手短に話せ」


 数日間のうちに終わらせなくてはならない事務作業に追われる身として無駄な時間を要したくない。

 リアムは煙草を咥えたままで兵士の言葉をじっと待った。


「はっ! 団長へ会わせろとこのような夜更けに約束もなく現れた非常に不潔で貧乏そうな男が現れましたので、一応ご確認のためご一報を!」


「それぐらいのことを確認などしなくていい。すぐに追い返せ」


 不潔で貧乏な男か、どうせ騎士団に八つ当たり染みた公平論を訴える浮浪者に違いないとリアムはルビーが散りばめられたガラス製の灰皿に灰を落とし、書類に目を落とした。




「10年来の友人にそんな冷たいこと言うなよ」




「き、貴様どうやって!」


 亡霊かもしくは影のようにいつの間にか入室し扉の横、頭の後ろで手を組んで不敵に笑う侵入者。騎士は咄嗟に腰に刺した剣に手を伸ばした。

 しかし、構えた直後に侵入者は兵士の横を容易くすり抜け、ドカリと音を立てて来客用の真っ白な一人がけソファに腰を下ろした。


「ウェールズ、友人だ。外してくれ」


「い、いえ。しかし…!」


「阿呆、外せと言っている」


 威圧するようなリアムのひと睨みにウェールズと呼ばれた騎士団員はおずおずとその場を後にした。

 扉が閉まるのを目で追って確認するとリアムは呆れた目で来客を見遣る。


「来るなら連絡ぐらいしろカナタ。どこの浮浪者かと思ったぞ」


「酷でぇな。連絡もできないぐらい急な用だったんだよ」


「…断る」


「おいおい、まだ何も言ってねーぞ」


「貴様がその目をするのは決まって碌でない頼みごとをして来る時だけだ」


 戯けたようにカナタは肩を上下させるが、気にした様子もなくリアムは手元の書類に視線を戻した。


「カナタ、こうやって会うのは何年ぶりだ」


「さぁな。2、3年ぶりぐらいじゃねーの?」


「違う、5年ぶりだ」


「わかってんじゃねーか。なら聞くなよ」


「5年ぶりに会う旧友が私のことを如何に大事に思っていてくれているのか気になってな」


「ピチピチの生娘ならともかくお前みたいなおっかないババアと何年ぶりに会うかなんて数える気にもならんだろ、普通は」


「はっはっはっ! それは言えてるな」


 気分を害した様子もなく、リアムはそれを気さくに笑って煙草を吸い、ゆっくりと煙を吐き出した後、


「それでお前の要件とはなんだ?」


「どうせ断るってのに内容は聞きたいのか?」


「まぁな。友人であり同じ794小隊の戦友がどんな面白可笑しな用件を言って来るのか少しも気にならないと言えば嘘になる」


 口角を僅かに上げてリアムは煙を吐き出す。


「話だけでも聞いてやるってか、さすが我らが隊長様だ」


 首を傾けて挑発的な笑みを作るカナタはコートのポケットから一枚の紙切れを取り出した。


「俺が宿屋やってるのは知ってるだろう」


「あぁ。上手くいってるのか?」


「そうだな。安くて綺麗で地元じゃ『最高』の宿って評判だ。お前も一回泊まりに来るといい。こんな広いだけの落ち着かない部屋では寝れなくなるぜ」


「暇があれば是非ともそうしたいものだな。貴様の自慢の宿屋がどれほど汚く醜悪な宿か一度は見てみたい」


 カナタの嘘などお見通しといったばかりにリアムは表情を一切崩さず、カナタの手に持つ紙に視線を向けた。


「世界の名宿…」


「そうだ、世界の名宿。どうにもこれにエントリーするには街や村の名を記載することが義務付けられている。いかんせん、俺の村は地図には存在しない村、単なる無法者たちの集落。正式に名の付けられた村じゃない」


「…なるほど」


 何かを察したリアムは鋭い目つきのまま、ほくそ笑んだ。


「名宿のエントリーは秘境などに在る物に関しては所在地は問わない。私に貴様の宿を騎士団長の役職を利用し選奨しろというわけか、はたまた馬鹿げた話だが私に貴様の村を国の決めた正式な村として認めさせろ…と言うことだな」


 小さく鼻で笑って首を振るリアムにカナタは挑戦的な態度で足を組み直した。


「残念ながら不正解だ、団長さん」


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