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ウエストウッド牧場の戦い

 向き合い、今度は不用意に飛び込むことはせず、カインはじっと間合いを保ちながら観察に徹してみる。


 ーーなるほど、確かに戦闘中も情報を得ることはできる。


 不敵な笑みを向けこちらの様子を伺うブドーリオ。大股に構え、肩に置くように右手で持たれた丸太。

 これだけでも攻め手を考えるのには十分だ。


 ーー大股ってことは避ける気はない? いや、僕の攻撃なんて受け流せるっていう自信の現れか。だが、不用意に飛び込むのは愚策だ。あの巨大な丸太を楽々と持ち上げる握力と腕力だ。右手の丸太を躱したとしても左手も同等程度の力を持っていることは間違いない。確実に避けた隙をやられる。


 今まで戦いの最中にここまでゆっくりと相手を観察し、思考を巡らせたことなんてない。

 不慣れながらもカインはブドーリオへの確実な攻め手を模索する。


 ーー巨大なブドーリオさんはそこまで機敏じゃないはず。力じゃ勝てない分、スピードと手数で翻弄するか? いや、僕の一撃で怯むとは限らない。追撃の際にカウンター食らうのは避けたい…。





「な? 考えながら戦うってのは難しいだろう?」





 ぬるりとブドーリオの顔がカインに近づく。


「…え? 速っーーぐぅッ!」


 その巨体が故に侮っていたスピード。

 驚くべき速さで間合いを詰められたカインの頬をブドーリオの分厚く大きな左手による平手打ちが撃ち抜いた。

 くるくると空中を回転し、干し草の中に突っ込んだカイン。

 叩かれた右頬がジンジンと熱くなるばかりか、酷く耳鳴りがする。


「思考ばかりに集中して、体捌きが疎かになるとこうなるぜ」


「は、はい…!」


 口内に入った干し草のクズをべっと吐き出して、カインは立ち上がった。

 ブドーリオのスピードは予想外だったが、その怪力は想定通り。受けざるを得ないと瞬間的に覚悟と力を込めたおかげで意識を持って行かれることはなかった。


 ーー意識が飛ぶのは…飛ぶのは避けられたけど…。


 震える足。定まらない視界。

 覚悟を決めてもここまでのダメージ。


 ーー防御っていう選択肢はあんまり取らない方がいいかもしれない。


 機動力で翻弄するはずが、逆にこちらが機動力を断たれてしまったと、カインは檄を入れるように両足を叩いた。


「おいおい、悠長に回復を待ってくれる敵なんていねーぞ」


 大股の状態から右足を引き、爆発させた跳躍力はまたいとも簡単にカインとの距離を詰める。


 ゴオゥッ!!!


 次は右手の丸太を横に大きくなぎ払い。

 突風をもたらしかねない威力のそれをカインは身体中を草まみれにしながら地を転がり、なんとか凌いだ。

 

 ーー当たったら痛いなんてもんじゃ済まない。大怪我、最悪死んでしまうかもしれない。


 攻めあぐねるカインにまたもや、ブドーリオは一足飛び。

 巨大な身体が巨大な武器を持ち、一撃必殺の攻撃を浴びせに向かってくるその迫力にカインは逃げ果せることで精一杯だったが、ここに来て気付く。

 迫力に踊らされ、逃げることしかできなかったが、気付けば単純なこと。


 ーー攻め口が単調だ。それに…。


 悪鬼の如く、風切り音という名の轟音を響かせてブドーリオはまた、カインに素早く近づくと丸太を振りかぶる。

 その隙を突き、カインはブドーリオの背後に向け前転。


 ーー必ず、攻撃の瞬間に右足が大きく下がる!


 見事、攻撃を予測して余裕を持って攻撃を避けることのできたカインはブドーリオの背面に渾身の一撃をお見舞いしてやった。


「てゃあぁぁぁ!!!」


 木の棒を両手で握り、袈裟斬り気味に縦に振り下ろす。

 分厚い筋肉質なブドーリオの背中とカナタの棒の間で響く重く鈍い音。


「やった!」


「いーや、まだ俺はピンピンしてるぜ小僧」


「あがッ!!」


 完璧に捉えたと思って油断しすぎたか、カインの顔面をバックブロー気味にブドーリオの拳が殴りつける。

 首から上が飛ばされたかと錯覚するような衝撃。何度も地面に線を引くように転がり、顔を幾度となく牧草の茂った土にぶつけてようやく勢いを失い、その場に留まることを許されたカインの身体。ブドーリオに与えた一撃よりもそのダメージは明らかに重い。


「今のがわかりやすい相手の癖のパターンってやつだ。よく観察したなぁ、初めてにしちゃあ上出来だぜ?」


 顔を上げたカインの鼻から血が泉のように溢れ出した。


「わ…わざと…なんれすか…?」


 血で鼻がつまり、聞き取りにくくなったカインの言葉をブドーリオは豪快に笑った。


「なははは!! んな、わかりやすい戦い方してたら俺は10年前の戦争でとっくに死んでら!」


 わざとブドーリオはあんなにもわかりやすい癖を作り、自分に戦闘の仕方を教えてくれていた。

 優しい人だとブドーリオへの尊敬が強まる反面、自分が情けなくて仕方がなくも思える。

 自分の攻撃、例えそれが会心の一撃だったとして木の棒によるたった一撃でブドーリオの意識、または足を止める事ができないなんてことはわかっていた。


 ーーそれなのに、僕は油断した。


 不甲斐ない自分にカインは心底苛立ち、呆れる。


「とまぁ、こんな感じでこれから考えながら戦うってのを身につけてもらうぜ。頭に血がのぼってたり、馬鹿みたいに真っ直ぐ突っ込んでちゃまず勝てねーってのを覚えてもらってだな…っておいおい」


 ふらふらと顔中を血だらけにしながら木の棒を握り、佇むカインにブドーリオは呆れた声を出す。


「まだやる気満々ってか…ったく」


「はい! もう一本お願いします!!」


 不甲斐なく情けない自分を根元から鍛えなおさなくてはならない。

 どれだけ血にまみれようと怪我をしようと強くなりたいならば、それに協力してくれる優しい師匠の気持ちに報いなければならない。

 カインは服の袖で鼻血を乱暴に拭う。


「馬鹿な弟子を持つと師匠が苦労するってのはお約束なんかね」


 苦笑を浮かべ、目を細めたブドーリオもそれに応えるように丸太を握りなおした。

 太陽もその姿を隠し始め、空を紅く夕日色に染め始める。二人の影が長く伸び、乾いた風が牧草やから草を揺らす。虫たちが綺麗な鳴き声をあげる中で二人は呼吸を整えて向かい立つ。


「おらぁ! かかってこい馬鹿弟子!!」


「はい! お願いします!!」


 鼓膜が裂けそうな程響いたブドーリオの声に応ずるようにカインも負けじと声を張り上げた。





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