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鍛冶屋メルクリア


「王都に行けると思ったのに…」


 ブドーリオに連れられてやって来たのは宿屋から歩いてすぐそこ、ほんの目と鼻の先にあるレンガ造りの小さな家屋の前だった。

 近くに来てわかったことと言えば金属を打つような音と煙突から黒い煙が吹き出しているだけ。


「誰がそんなこと言った。おら、グダグダ言ってねーで入るぞ」


「一体なんなんですか、ここは」


 言われるがまま、ブドーリオの後に続き中に入ると外から聞こえた音よりも強く、金属を叩く音が聞こえてくる。

 ずけずけと我が物顔で家内を練り歩くブドーリオは奥に続く扉を開けると辺りを熱気が包み込んだ。

 そこでカインは今まで自分が聞いていた音の正体を知る。

 根源はメルクリアだ。

 木の床ではなく、土の地面がむき出しに、乱雑に工具類が散らばるその部屋という名の工場。天井から外へと伸びた煙突付きの炉の中で炎が轟々と燃え、部屋を灼熱の熱さに蒸し上げている。

 その前で不恰好な丸太椅子に小さな身体を落とし、金床に置かれた焼けた鉄を打つメルクリア。ふわふわの栗色の髪の間から見える小さな額には大きな汗の粒が光っていた。


「おう、メル。今日も精が出るなぁ」


 片手を上げ、気さくに挨拶をかますブドーリオをメルクリアは金槌を手に一瞥すると、嫌そうに口を歪ませた。


「何にゃ? 仕事の邪魔をするなら出てって欲しいにゃ」


「あ、あの…」


「…………誰にゃそいつ?」


「お前が怒られた嬢ちゃんの連れだよ。お前が見事、食い逃げをしたあの日のな」


「……カナタには言うにゃよ」


「言わねーよ。ほんでよ、頼みがあんだが」


 叩いていた鉄を水桶の中に突っ込み、ジュワッと白煙を上げて鉄が水を焼く音をさせるとメルクリアは金槌を丸太の上に置いた。


「嫌にゃ。きっとまたロクでもないことに決まってるにゃ」


「違げぇ違げぇ。今回はこいつのことだよ」


 背中を強く叩かれ、前に出されたカインは痛みに顔を歪ませながらぺこりとメルクリアに向かってお辞儀をした。


「カインです。今はカナタさんの所で働いていて、それから、ブドーリオさんの弟子です」


「ブドーリオの弟子? お前見る目がないにゃ。絶対やめとくべきにゃ」


「あ、あの一体…?」


 呆れ顔で首を振るメルクリアに当惑するカナタは横に立つブドーリオに視線を向ける。


「こいつはメルクリア。村で鍛冶屋をやってる獣人とドワーフのハーフだ」


「…獣人とドワーフ」


「おう。それもただの獣人とドワーフじゃねぇ。父親は稀代の名匠で母親は世を震撼させた大盗賊の頭領…らしい」


 立ち上がり、メルクリアは誇らしげに胸を張った。


「だから、猫耳で体が小さいんですね」


「こ、こいつ今、メルのこと小さいって言ったにゃ!! チビって言ったにゃ! お前嫌いにゃ!!」


「あ、いえそんなつもりは!」


 まぁまぁと窘めつつ、ブドーリオは続ける。


「とまぁ、お互いの紹介が終わった所で本題だが」


「第一印象最悪にゃ」


「こいつに剣を一本譲って欲しい」


「え!? な、なんで僕の剣を?」


「なんでってお前…折られちまっただろ、お前の大好きなオーナーさんに」


 言われてカインは自分の腰元に目をやる。

 今まであったはずの剣はなく、身体が軽い。そうだ、自分は敗北しただけでなく、唯一の武器さえも失ってしまったのかと、改めて強い敗北感を感じた。


「僕のために…ありがとうございます、師匠!!」


「へへへ、よせやい」


 鼻の下を指の腹でこすりながらブドーリオは強面な顔を照れさせた。


「何にゃそんなことかにゃ。剣ならいくらでもあるにゃ」


 ジト目で二人のやり取りを眺めていたメルクリアは小さな手で壁際に並べられた大きな樽を指差した。

 乱雑だが、几帳面に武器の種類分けされた樽の中に幼稚な筆跡で『けん』と書かれた物を発見。


「…すごい」


 試しに、と適当に一本選んで樽から抜いてみたカインは思わず、無意識に感嘆の声が漏れた。

 刀身は氷のように美しく輝き、真っ直ぐに伸びたその身は美しいだけでない力強さも感じる。刃先は獣の刃のように鋭く研ぎ澄まされ、万物を斬り伏せてしまいそうな一等級の剣が刀身にカインの顔を映し、ギラギラと輝いている。


「あぁ…これは何というか…」


 並んでそれを見ていたブドーリオは何故か困ったように頭を掻き、





「酷いな。三流以下の粗悪品だ」





カインの抱いた感想とはまったく真逆のことを言い放った。


「い、いや、ブドーリオさん…?」


 困惑するカインをブドーリオは手だけで制し、追い討ちをかける。


「こんなもん王都じゃ素人だって買わねーぞ」


「うみゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 頭を抱え、ふわふわの髪をかき乱しメルクリアは悲鳴をあげた。


「ま、マジにゃ? 今回ばかりは自信作の数々だったにゃ。信じられないにゃ。メルはいつまでたってもお父さんの背中さえも追えない半人前…いや、半人前以下にゃ!」


 ヒステリックにぶん投げた金槌がカインの顔の横をひゅっと横切り、壁にぶち当たった。

 本当は国宝級の代物なのだが、ブドーリオの悪巧みによりいつも騙されるメルクリア。

 ブドーリオ、彼の店に並ぶ品品も大半がメルクリアの手によって鍛えなおされた物で驚くほど高価で売られていることを知らない。

 本人が世間知らずだから、と言ってしまえば話は簡単だが、苦悶に涙を浮かべるメルクリアの姿はカインの顔を曇らせた。


「まぁ、これなら出せてこのぐらいだな」


 わんわんと泣き叫ぶメルクリアに向かってブドーリオは銅貨三枚を指で弾いた。

 無情に地を転がる赤褐色の銅貨はメルクリアの膝に当たって動きを止める。


「どれでも好きに持っていくにゃ! メルは魚を食べてふて寝するから早く出て行って欲しいにゃ〜!!」


「んじゃ、お言葉に甘えて。おら、行くぞ小僧」


「は、はい」


 急かされるように新しい剣を得たカインはブドーリオの後を続き、小走りで部屋を出ようとするが、どうにも胸が痛んでしょうがなくなった。


「すみません、師匠」


 膝を抱えて口を尖らせていたメルクリアに近づき、カインはずっと隠し持っていた銀貨を一枚、メルクリアの手のひらに握らせた。


「僕はこの剣が素晴らしいものだと思いました。とても僕が買えるような代物じゃないです。この銀貨一枚だって安すぎるぐらい、メルクリアさんの作るものはどれも素晴らしい。…だから、強くなって僕がお金をもっとたくさん稼げるようになったら必ず、この剣に見合った代金をお支払いしに来ます。だから、今はこれで…本当にごめんなさい」


 何も言わずに濡れたまつ毛を携えた大きく丸い目をパチパチと見開きさせるメルクリアを背にカインは部屋の外へ駆け出した。


「おいおい、どうしてくれんだ。これから仕事がやりにくくなるだろーが」


 扉の横で壁を背に腕を組んで待っていたブドーリオは呆れた表情でため息をつく。


「僕はあの人の腕が素晴らしいと思ったので…勝手なことしてすみません」


 深々と頭を下げたカインの頭をブドーリオは小さく舌打ちすると軽く叩いた。

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