悲哀の魔女の小さな喜び
「そっちから話を出したのに…お願いします教えてくださいよ…師匠!」
「し、師匠…俺が…か…?」
なんとも重くるしく、険しい表情でブドーリオ。
何か失言をしてしまったか、と思わずカインの顔に焦りが出る。
「なんだ…最初はガキのお守りなんて馬鹿らしいと思っていたが…酒は飲めるし、尊敬の眼差しで師匠なんて呼ばれるとはぁ…悪くねぇ…悪くねぇぞ!!」
大きく顔を綻ばし、ブドーリオは有頂天気味に叫んだ。
その扱いやすさからカナタがカインの師匠役を任せたのも知らずに。
「っしゃあ! なんでも教えてやる! 気合い入ってきたぜこんにゃろ〜!」
「あ、ありがとうございます! 師匠!!」
持ち上げるようにその単語を繰り出され、再びブドーリオはガハハっと豪快に笑ってハゲ頭を叩いた。
「それで、固有能力というのはなんですか? どうやったら身に付けることができますか? それを身につけたら…オーナーにも…勝てますか…?」
恐る恐るに放たれたカインの言葉。カウンター越しにカナタが小さく笑う。大きく出たもんだ、とまだ諦めてなかったのか、と。
「う〜ん…」
太鼓持ちが足りなかったか、ブドーリオは腕を組み、唸った。
「話たって修行の邪魔になるだけだと思うぞ。さっきも言ったが…固有能力は奥の手だ。切り札、どんな能力になるかはわからんが、戦況を覆す可能性を秘めた一枚のカードに過ぎないんだからよ…」
「それでも知りたいです。オーナーは僕を『無知』だと言いました。師匠は僕に『情報』の大事さを説きました。ここに来てからそれらが如何に大事なものかも身をもって知ったつもりです。もしかしたら僕がここで固有能力について知らなかった故に死の危険がすぐそばまで忍び寄って来ているかもしれません」
決意と覚悟の灯った真っ直ぐなカインの眼差しにブドーリオは意思が揺らいだように眉を寄せた。
「もう自分が知らなかったから、という理由で仲間を守れなかったなんてことにはなりたくありません」
片膝をつき、カインは王に忠誠を誓う騎士のように頭を下げた。
「お願いします。僕にーー」
「わ〜ったよ! 教えるからその騎士の真似事みたいな作法はやめてくれ。王族や騎士ってのに俺はいい思い出がねぇ〜んだよ。…いいよな、兄弟」
「勝手にしろ。俺はお前にそいつを預けたんだ。何を教えようが、嘘をふきこもうが、悪事に利用しようがお前の勝手だ」
同意を得るようにカナタに視線を向けたブドーリオだったが、その者に対して珍しく違和感を覚える。
「どっか出かけんのか?」
いつものようにカウンターでだらけていたかと思われていたカナタだったが、今日は珍しく寝癖だらけの髪が整えられ、髭も剃られている。
「旦那さま、こちらを」
旅を見送る妻、或いは従者のように厨房から出てきたエルザはカナタに風呂敷に包まれた物を手渡した。
ボロボロになった黒いシャツの上にいつもの薄く汚れたロングコートを羽織り、カナタはそれを訝しみながら受け取る。
「なんだこれ…」
「お弁当です」
「お前が?」
「はい。カイン様がブドーリオ様に弟子入りをしたように私もファレン様に料理の弟子入りをしましたので」
「試作品っつーわけか? 人を実験台みたく扱うなよ」
ぶっきらぼうにそう言うカナタにファレンは思わず、眉を吊り上げる。
「あんた、そこは『ありがとう』ぐらい言いなさいよ。実験台でもなんでもなくあんたのためにエルザが作ったんだから」
言った後、ファレンは堪らず目の端に涙を溜めて大きな欠伸をした。
「申し訳ありません、ファレン様。私のわがままで早起きをさせてしまいまして」
「べ、別にいいわよお礼なんて。…クソオーナーのことは大嫌いだけど、あんたのことは…そ、そんなに嫌いじゃない…から…」
口を尖らせ、仄かに顔を朱色に染めながらファレンはそっぽを向いた。
施設には自分みたいな生意気な娘を可愛がってくれる年上の女性はそう多くなかった。
旅を始め、そんな女性たちと触れ合う機会がなかったことも殊更に、この村に来て自分を気にかけてくれるエルザやユースティアの存在が唯々嬉しかったのだ。
「わかったわかった。ありがとな」
ふぅ、と小さく息を吐いて投げやりにカナタはエルザから渡された風呂敷を手に玄関口へ向かった。
いつもながら無表情にそれを見送るエルザだったが、ファレンにはほんのわずかに、普通ならわからないぐらいにだが、エルザの頬が優しく緩んだように見えた。
「それでオーナー! どこに行くんですか?」
「ちょっと王都に野暮用だ」
「それなら僕もーー」
「お前は留守番だ。せっかくブドーリオという強くて優しいクズの師匠が出来たんだ、目一杯鍛えてもらえ。…仕事も忘れんなよ」
「は、はい!」
「褒めてんのか? 貶してんのか?」
少しだけ残念そうに肩を落とすカインを後ろ手にひらひらと手を振りった後、外に足を一歩出したところでカナタは振り返り、
「エルザ、店は頼んだぞ」
短くそう告げて扉を閉めた。
当の相手の姿は見えずともエルザは恭しく頭を下げてハッキリと言った。
「かしこまりました、旦那さま」
4人でカナタが出て行ったのを見送り、しばらく。また暇なひと時が訪れたその束の間にブドーリオはニヤリと口の端を曲げた。
「さて、スキルの話の前に俺たちも出かけるぞ」
酒瓶を片手に立ち上がる。
言われたカインの顔が花が咲いたように明るくなった。
「王都について行くんですね!」
答えず、ブドーリオはふんっと鼻息を吹いた。




