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記憶の断片3


「それが貴様の憤怒か…魔女」


 血だまりの中、鬼神めいた睨みを向ける相手に私は言った。


「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!!」


「…貴様はそれしか言わんな」


 呪詛のように同じ言葉を呟くばかり。

 長くなってしまった忌々しい母親譲りのブロンドの髪をかきあげ、私は『それ』の切れた片腕の親指をナイフで切り落とした。


「お前…っ!! オレの腕を返せ!!」


「返して欲しいならここまで這って来い…名はエレオノーラと言ったか…?」


「お前がオレの名前を呼ぶなッ!!!」


「ならば憤怒の魔女。早く来い。さすがにこの岩の上でじっと座っているのにも疲れてきた。女が女を待たせるな。待つ方の気も知っているだろう」


「黙…れっ! イカれ女!!」


 両足は潰し、片腕は切り落とした。

 魔女と言う程なのだから何か異常性や特殊性を期待していたが、存外大したことはないようだ。

 人類種と何も変わらない。

 手持ち無沙汰になった手で私はまた魔女の片腕から指を切り落とした。

 ぼたぼたと落ちる血が私のズボンに赤黒いシミを作る。

 魔女の血。不快だ。


「こちら側の兵士や村人達を大量に虐殺しておいてなんだその体たらくは。いざ、自分が命の危機に瀕すれば貧困な語彙での悪言と恨みの言葉か」


「…ッ! 殺す絶対に殺してやる…」


 夜闇の如く黒い髪を赤く汚し、魔女は歯を鳴らした。


「言うだけならば獣にだってできる。お前が真に憤怒の魔女ならば、『私の怒り』を糧にこの喉を裂いてみろ」


 到頭、すべての指を切り落としてしまった魔女の腕を足元に放り投げ、私は喉を晒した。

 外見は人と変わらぬ黒髪の少女。

 だが、正体は忌まわしく、汚らわしい魔女。


「ひっ…ひひ…ひひひ」


 その顔を醜悪に歪め、魔女は笑う。

 気でも狂ったか。いや…


「なんだ…強がってる割には…キレちまってんのかあんた…ひひひ。笑える…狂ったふりをした…クソ女…め…!」


 息も絶え絶えに私を侮辱する魔女は酷く滑稽に映った。


「そのクソ女に敗北し、無様に地を這っているのは誰だ。口を開けば小物。あまり私を失望させるな」


 一向に牙を立て立ち上がってくる気配のない魔女にそろそろ飽きが来た。

 蔑むような私の視線に反応してか、魔女は口の端を歪めた。


「なんだ…? オレを殺すの…かぁ? ひっひ。絶対に呪ってやるからな…呪い殺す絶対に」


 ため息が思わず出た。

 おめでたいやつだ。


「誰が貴様を殺すと言った。貴様のような汚らわしい者の血で何故私が手を汚さなくてはならない」


 足を組み直し、私はタバコに火をつけた。


「死にたければ勝手に死ね。惨めに舌でも噛んで、仇に看取られながらな」


「オレは死なねぇ…! 肉体が滅んでも…必ずお前を呪い殺し…ゴフッ…冥界に送ってやる…」


 声は掠れ、目は虚ろ。

 きっとこちらもはっきりとは見えていないのだろう。


「ほう。おもしろい。死して尚、というやつか…」


 数多の地獄を経験したつもりだったが、まだ冥界には行ったことがなかった。


「なら私の名を忘れるな。私は『リアム・フェアリュクト』。胸に刻み、耳に焼き付けろ。冥界への招待状には名が必要だろう」


 吐き出した白煙が夕焼けさす森の中、静かに立ち昇る。

 果たして、こいつの耳に私の言葉が届いただろうか。

 それを最後に憤怒の魔女は沈黙し、恨みの篭った瞳でこちらを見据えながら死に絶えた。



 くだらない。



 何が魔女だ。

 結局、死に様は人と変わらないではないか。


「やり過ぎだ…隊長さんよぉ…」


 しばらく、カラスが屍肉を啄ばみにやってくるのを眺め、タバコをふかしていると森の影から大柄な男が現れた。


「…これが戦争と言うものだろうブドーリオ。それにやらないよりはやり過ぎの方が後悔が残らない。いやはや…こんな小物に数多くの仲間や民が殺されたかと思うと…哀れとしか言えんな」


 ブドーリオは何も言わずに口を曲げ、頭を掻いた。


「カナタ達はどうした?」


「あぁ、壊滅した村に生き残りがいないか見に行ってる。まぁ、あれほどの爆発だ。望み薄だろうけどな…」


「子供もいるのだろう…あの村には」


「そりゃあな。多くはないだろうが、いるだろう」


「悲しいな…子供が殺されるというのは…」


 長く居過ぎた森を後にしようと、私はすっかり重くなってしまった腰を上げ、吸い殻を踏みつけた。


「あぁ、そうだ」


「あぁ?」


「魔女の亡骸を敵国に送っておけ。二度とこんなことがないように…な」


「そりゃあ…お前…いくらなんでも…」


 眉を下げ、顔をしかめたブドーリオに私は背を向けたままーー


「言っただろう。やり過ぎに越したことはない。後悔が残らないからな」


 茜色に染まった空と光り輝く太陽。

 暗い森の中にいたせいか、今日はいつもより一層眩しく見えた。

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