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無慈悲で残酷な冷たい瞳


 ーー強い。


 カインが抱いた率直で素直な感想だった。

 カナタとの戦いを始めてからほんのわずかな時間しか経っていないにも関わらず、カインの膝は震え、上体は疲労とダメージから前のめり気味に立っているのがやっとの状態だった。


「どうした? お前は弱くないんじゃなかったか?」


 しゃがみ込んでカインの顔を見上げるように挑発めいた笑みを作るカナタ。


「まだ終わってません!」


 何発も殴られたり、蹴られたりした身体中をズキズキと鈍痛が駆け巡る。

 それでも、カインは大地を強く蹴ってカナタ向けて突進を試みた。


 ーー刺し違えてでもいい。なんとか一太刀だけでも!!


 両掌で握った剣に力がこもる。


 ーーどこを狙えば…まずは機動力を割く足元!


 駆けながら咄嗟に姿勢を落とし、カインは鋭く研がれた剣先を横一閃に薙ぎ払う。

 それをカナタはしゃがみ込んだ態勢のまま際までカインの剣先が来るのを待ち、上体を反らして宙返り気味に後方へ飛んだ。

 虚しくも空を切ったカインの剣だったが、踏み込んだ前足にグッと力を込めて一歩前進。


 ーー空中での回避はいくらなんでもオーナーだって難しいはずだ!


 切っ先を返し、次は胴体目掛けて剣を薙ぎ払う。

 その一太刀は見事、カナタの腹部を捉え、血飛沫を散らせるーーはずだった。




 ーー笑った…!?




 空を舞いながらカナタは絶好の好機と歯を食いしばったカインを見据えながら、確かに笑った。

 カナタの腹を切り裂かんとしたその刹那、トンッ……っと剣を持つ手に軽い振動。


「…え……?」


 カインの剣が狙いとはまったく違うはるか上を振り払う。

 自分が狙ったものとは明らかに異なった軌道。

 そうカナタが飛び上がった際にカインの剣の柄頭を軽く蹴って軌道を変えたのだ。

 振りかぶるように渾身の力で放たれた剣、勢いを殺せずに天高くを仰いだ先でカインは態勢を大きく崩した。


「ぐぅッ!!!」


 さぁどうぞとばかりに空いたカインの腹をカナタの鋭い蹴りが深々とめり込む。

 ミシミシっと骨が悲鳴を上げ、ぐっと肺が締め付けられるような息苦しさ。

 声にもならない悲鳴を漏らし、カインは地面を転げ、吹き飛んだ。

 口の中にたくさんの砂が飛び込んでくるが、それを吐き出そうにも肝心の呼吸がままならない。

 両手両膝を地につけてなんとか息を整えると途端に口の中に溢れ出すは鉄臭い血の味。

 意識とは関係なくぼたぼたと口から溢れ出るそれは見る見るうちに下の砂地を赤黒く染め上げた。


 ーーなんで? なんでなんで?


 カインの脳裏には疑問しか浮かばない。


 ーー意識を下段に逸らし、空へ逃げた先を狙う。自分でも信じられないぐらい上手くいったはず。でも…読まれてた。オーナーは狙ってその形に誘い込み、逆に僕に大きな隙を作らせた。あの笑みはまんまと罠にかかった僕を嘲笑うものだったんだろうか…。


「ギョッとしてんな。まさに魚って感じの顔をしてて…なんだ…笑えるよ」


「けほっけほっ…まだ勝負はついてません。確か、僕の敗北条件は…あげられてなかっ…たはずです…から…」


 掠れ掠れになりながら精一杯の虚勢を張るカインだが、あっけなくカナタはそれを鼻で笑って一蹴。


「うおぉ〜宿屋殺せ殺せぇ!!」


「てめーに賭てんだから損さすなよ宿屋よ〜!!」


「ガキィ!! ちっとは根性見せやがれ! てめーが負ければ今日の飲み代はパーになっちまうだろ〜が!!」


 じっとお互いを見据えて動かない二人の間に様々な歓声や罵声が飛び交う。

 後押しをされるように先に動いたのはやはりーーカインの方だった。


「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」


 己を奮い立たせるような声を上げ、ボロボロになりながらも尚もカナタに刃を向けるカイン。


 ーー単純に、がむしゃらに剣を振ったって避けられて反撃を食らうのが目に見えてる…なら!!


 真っ直ぐに馬鹿の一つ覚えのように突進をしたように見えたカインだったが、カナタが間合いに入る直前、大地を足の指先でつかむように踏み込み、突如横方向へサイドステップ。

 動揺も見せず、カナタはそれを目だけで追うがふわりと何かが視界を奪った。

 砂だ。

 苦肉の策にもカインは先ほどダウンをただしたわけではない。

 一握りの砂を握った拳に隠し、カナタに向けてそれを放った。

 いくら超人的反応速度を持ってしても不意に浴びさせられたこれを躱せるわけがない。


「…ちょっとは考えたな」


 片目を瞑り、忌々しげに笑ったカナタは襲いくるカインの剣をひらりと半身だけ下がって華麗に躱すとまっすぐカインの顔面にむけて右ストレートを振り抜いた。


「あがぁッ!!」


 頬に鉄球をぶつけられたかと錯覚するような重く鋭い衝撃。

 奥歯がミシッと異音を発したのが体内を巡り、鼓膜に直接響いてくる。


 嫌な音。


 空中を軽く数メートルは吹っ飛び、意識が朦朧とする中、カインはそんなことを思った。

 力なく糸の切れた人形のように無抵抗なまま地面に激しく背中を打ち付けてカインはぼやける空を見上げた。


 ーー敵わない…どうやっても…どれだけ考えても…。


 悔しさに涙が滲み出る。

 ジャリジャリっと足音を立てゆっくりと近づいてくる足音はやがてカインの目の前で止まり、乱暴に頭髪を握られて無理に身体を起こされた。


「殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!!!」


 幾人もの声が重なって聞こえる。

 頬や瞼を大きく腫らし、口や鼻からだらだらと血を流しながら尚もカインは握った剣をとうに言うことを聞かなくなった右手で斬りつけようとする、がーー



 パキンッ!



 金属質な乾いた音が響いた。

 無残にもカナタの足に踏み折られた剣が更なる敗北の象徴としてカインの目に映った。


「殺せ…だとよ」


 カインの髪を握りながらカナタは酷く冷淡な声で耳打ちをする。

 感情の有無さえ見せないその声にカインは思わず、身体を強張らせ戦慄する。

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