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喧騒の理由


「あークソ…頭いて…」


 完全なる二日酔い。

 カーテンの隙間から漏れる太陽の光に顔を照らされてブドーリオは顔をしかめ、熊のようにのっそりとその巨体をベッドから起こした。

 ボッタの宿屋と違って比較的新しい家屋。

 壁に穴もなく、腐った木もない。

 基本的に寝室には家具類も少なく、あるのはベッドと小さなテーブルのみ。

 独り身のブドーリオにとってはそれで十分なのだ。

 そう、ここがブドーリオの家であり、このレインタウンにあるただ一つ武具屋。

 几帳面に並べられた盾や鎧、剣など武具類は主に戦場や魔物の巣窟にて命を落とした戦士たちの物。

 気が向いたら拾いに行ってまだ使えそうな綺麗なものだけをこしらえてくる。

 そしてそれらを丁寧に磨き上げ、新品同様に手入れをすると店先に並べて、あたかも自分が仕入れてきたような顔で売り、生計を立てていた。

 欠けた剣類も知り合いに頼めば破格の値段で修復してもらえるし、こんなにボロい商売はないとブドーリオは確信していた。

 だが、この仕事を始める際、カナタや他の仲間たちから口々に『呪われる』、『人道的にどうだ』と口々に揶揄されたが、ブドーリオ的には武具たちに新しい主人を見つける手伝いをしているのだから何が悪いのか、とむしろ祝福されるべきだと開き直って頑なにこの商売をやめようとしなかった。


「さすがに飲みすぎた。今日からは酒は控えよう」


 のろのろとスキンヘッドの頭をペシペシと叩きながら、ブドーリオは水瓶から一すくいの水をグラスに注ぎ、一息でそれを飲み干した後に酒臭い濁った息をぶわぁ〜と吐き出した。

 それにしてもだ。


「外が騒がしいな」


 起きた時から気になっていた。

 何かを焚きつけるような野次や時折上がる悲鳴や歓声などの喧騒。


「また喧嘩でも始まったか…ったく朝から血の気多いね〜ここの住人たちは」


 別段、この村においてはケンカの一つや二つ珍しいことではない。

 方々から集まったゴロツキや罪人、手配犯などがいつの間にやら集まった隠れ家的な村でむしろ、喧嘩が行われない日の方が珍しい。


「どれどれ。酔い覚ましの散歩ついでに冷やかしにでも行ってやるかね」


 重い足取りでブドーリオは外に出る。

 身体のダルさと激しい頭痛さえなければ雲一つない快晴の朝。気分が良かったに違いない。

 レインタウンは人口4、50人程度の小さな村でどちらかと言うと集落に等しい。

 建物の数も少なく、四方を深い森に囲まれた広い土地には空き地となっている場所も少なくはない。

 辺りに背の高い建造物もなく、喧騒の原因である人だかりはすぐに見つけることができた。


「おう、ダフ。ケンカか?」


 中心を囲うように円形となって広がる村人たち。

 決まってこの村で喧嘩が起きるとこの形になる。

 例のごとく後ろの方で喧嘩が起きると賭けを興じる汚い身なりに伸びて不潔な髭。馬糞のような体臭をさせる小柄な男にブドーリオは声をかけた。


「おう、ブドーリオか。へっへっへっ、今回の喧嘩はなかなか珍しいもんだぜ」


 ダフと呼び掛けられた男は醜い笑みを浮かべ振り返る。

 垂れ下がった目に大きな鼻。歯は何本も抜け落ち、黒く汚れている。


「珍しい?…っと、しかし相変わらず酷い臭いだなお前は。二日酔いには来るぞその臭い」


「こちとら毎回毎回、賭けで大損させられてるからな。風呂に入る金も礼服を買う金もないんだ、勘弁しろ」


「金があったってお前は風呂にも入らなければ礼服も買わないだろう。街で金品を盗んできては賭けを興じる。小悪党のギャンブル中毒者だ。だから馬小屋で毎夜寝ることになるんだよ」


 一頻り悪態をついた後、ブドーリオは頭痛を抑え込むように頭をペシペシとまた叩く。


「んで、誰の喧嘩だ。珍しいとなれば…小心者のヒューイか?」


「いやぁ、見てみればわかるぜ。ひっひっひっ。きっとお前もたまげる」


 言われて、訝しみながらブドーリオは人ごみをかき分け先頭に立つ。


「おいおい、マジかよ」


「な? ぶったまげただろ?」


 ちゃっかりと後ろを付いてきていたダフは隙間だらけの歯を見せ、ニヤッといやらしく笑う。

 人々に囲まれて喧嘩をする知った二人の顔。そう、カナタとカインだ。


「こりゃ賭けにならんだろ。今夜もお前は馬小屋だ」


「あぁ参った。みんな揃って宿屋に賭けやがる。あの新入りのガキなんて大穴狙いの馬鹿野郎一人しか賭けやしねぇ」


 見るにカインの方がかなりの劣勢。

 口の端に血を垂らし、顔には青アザを作って苦悶の表情。立っていられるの精一杯といった感じ。

 対してカナタの方は息一つ切らさず、腰を曲げて大きく肩で息をするカインを冷たく見下ろしていた。

 カインの手には鋭く光るロングソード。一方、カナタの方は武器一つ持っていない。

 にも関わらず、カナタには傷一つ見当たらない。


「相変わらず化け物だな」


 口の端を曲げて皮肉めいた笑みを浮かべるブドーリオは誰に言うでもなく、小さく呟いた。


「小僧。お前殺されちまうぞ…」



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