追求、否定、喧嘩
二人がけのテーブル席で先に朝食を食べるカナタとエルザ。
カナタは間の抜けた顔でだらしなくでエルザは人形のように姿勢正しく、無表情に淡々と朝食を口に運んでいた。
二人の間に会話はない。
「オーナぁ〜〜!!」
静かな朝の食事のひと時。
騒がしく階段を駆け下りてくる二つの足音。
「なんで言ってくれなかったんですか!?」
「はぁ?」
階下に降り立つや否や、カインの発したその言葉にカナタはパン切れを片手に不機嫌そうな疑問の声を出した。
「あんた10年前の戦争で大活躍した英雄様でおまけにカンタレス物語の英雄カンタレスのモデルってことよ!」
「うへ〜…ボクは物じゃないんだよファレンちゃん。もうちょっと人道的に扱うべきだよ…。お尻割れちゃう…」
叫ぶファレンの手にはお盆、そしてもう一方の手には襟首を掴まれたアトレの姿がある。
カナタは三人を順に眺めるとパンを一口、口に投げ入れて冷淡にあしらう。
「人違いだ」
「証拠は上がってるんだから! 全部こいつが吐いたわ!」
「…俺は英雄でもそのカンタ君でもない。ただの宿屋の主人だ」
「で、ですからアトリさんに全部教えてもらいました! エルザさんがフアナ姫だってことも!」
「…私は姫ではありませんが…」
エルザは不思議そうに首を少しだけ傾げる。
「…はぁ。大体、そいつが『カンタ君の冒険』だっけか? それの作者だって証拠はあるのか? 口先だけでは嘘はいくらでもつけるんだよ。そんな妄想女のことなんて信じてないでさっさと飯食って仕事しろ。お前らの借金はたんまりあるんだからよ」
「カンタ君の冒険じゃありません! 『カンタレスの冒険』です!」
「どっちだっていい。俺には関係のない話だ」
呆れたように手を振ってカナタはカイン達の話を遮断した後、射殺すような視線をアトリに向ける。
「あはは〜すんごい睨まれてる。怖い怖い。ん〜…ただね、ボクが本物のアトリエッタ・カスティーリャであるのを証明するのは極めて容易なことだよ」
「黙っとけ」
「やだ! キミが自分のことを守るようにボクはボクの名誉を守るよ!」
そう悪戯っぽい笑みを浮かべ、アトリは胸の谷間から一冊のボロボロになった紙の束を取り出し、高く掲げた。
「せっかくボクの作品の熱烈なファンに出会えたんだ。ボクは自分の名誉と共にカインくんの夢も守りたい。そうだからこそ、これが本物かどうか判別するのはキミにこそ相応しい!」
ほいっと雑に渡された紙の束。
経年の劣化と日焼けによる痛みが酷い。
ほんのりと温かみを帯びている紙の束にドギマギしながらカインはそれに目を落とし、驚愕する。
「あ、あ、あ、ああアトリエッタさん!」
「アトリって呼んでくれぃ。キミとボクの仲だろ?」
誇らしげに胸を張り、豊満な胸をまるで巨大な山のように聳え立たせるアトリにまたもや、ファレンはムッとイラついているような表情を見せた。
「カンタレス物語の手書き原稿ですよね…」
物々しく声を震わせて顔を上げるカイン。
「そうさ! 世界に一つしかないアトリエッタ・カスティーリャ本人しか持ち得ない物! 本を発行するときに渡したのは複写したものだからね!」
「盗んだものかもしれないだろ…」
「あり得ない。信用できないなら筆跡を調べたっていいよ? ボクがアトリエッタ・カスティーリャ本人であることは容易に判断できるからね」
お互いに一歩たりとも引かない二人。
やがて、しびれを切らせたアトリは胸を揺らして大きなため息を吐いた。
「はぁ〜…ボクがアトリエッタ・カスティーリャ本人であることなんてキミこそが一番よく知っているじゃないか。それに、どうしてキミはそこまでして自分の勇姿を隠したがるんだい?」
「英雄なんてくだらないからさ。憧れや興味本位でなるものじゃない」
「ふ〜ん…ボクはキミをこんなちっさい少女の時から見てきたけど…あの時のカナタは間違いなく誰よりも尊敬できる強くて優しい英雄だったよ」
そっぽを向き、黙々と食事をするカナタに優しくアトリは微笑んだ。
「ね、ねぇ…あんた戦争の時こんなちっさいかったのよね?」
堪らず、どうしても気になってしまいファレンは二人の会話に口を挟む。
「あんた何歳?」
「ピチピチの18歳!!」
少しだけ口の端から舌を出してアトリは親指を立て片目を瞑った。
「ちょっ! あんた戦争に8歳で参加したわけ!?」
「あははは! なわけないでしょ。ただのカナタ達に救われた村人だよ〜。まぁ、大きくても戦争には参加しないかなぁ…ボクの戦闘力は0に等しいからね!!」
「で、でもカンタレス物語を書いたのって…」
未だ、直筆原稿を大切そうに抱えていたカイン。
「9歳の時だね!」
信じられない、と二人の表情が固まる。
「だから同年代の友達が出来てボクはすごく嬉しいよ! そしてそんな友達に嘘をつくおじさんの友達は許せない!」
「村の入り口にある立て看板にあるだろ? 過去は詮索するなってな。人には知られたくない過去が必ずしもある。それを勝手にお前は出版しやがって…あ〜クソ…」
「だから! キミの過去は誇るべき過去だよ!」
「それは俺が決めることだ」
頑なに譲らないカナタ。
頭をぐしゃぐしゃに掻きむしってアトリは奇声を上げた。
「きぃ〜〜〜〜!!! 知らない! こんなスケベで汚くてウソつきで頑固者でハゲてて目つき悪いカナタなんてボクはもう知らない!!!!!」
「ハゲてねーよ」
荒れ狂うアトリは猛牛のようにドタバタと足音を立て、三階に駆け上っていってしまった。




