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英雄カンタレス


「アトリエッタ・カスティーリャってあの『カンタレス物語』の作者、アトリエッタ・カスティーリャさん…ですか?」


「いかにも! あのカンタレス物語の作者のアトリエッタ・カスティーリャとはボクのことさ!」


 得意げにアトリは両手でピースサインを作った。


「うわぁ、すごい! あ、あの小さい頃からカンタレス物語が大好きで…僕たちがいた孤児院で大人気で…あぁ〜どうしよう! と、とりあえず握手してください!!」


「あははは。感激だね。こんなとこでカンタレス物語の熱狂的なファンに出会えるとは思わなかったよ。え〜っと…君は…」


「カインです! こっちがファレン! ファレンもほら、握手してもらいなよ! こんな機会滅多にないよ!」


 カンタレス物語。

 9年前に発行された書籍でその前の年に終戦した魔族との戦争、所謂10年戦争を題材にした作品。


 主人公のカンタレスはアルトリアに突如として現れた兵士。凄まじい力で敵をねじ伏せていく。

 やがて、戦争を経て魔族のお姫様の平和を愛する心を知ると二人は敵国他種族でありながらお互いに協力し、和平のために命がけで働きかける。


 そんな数十文字で語れてしまう作品が、アルトリア含め世界を巻き込み、今では演劇の演目でも取り扱われるぐらい大ヒットした。

 魔族という恐れられていた種族を題材に扱ったのもプラスに働いているようだ。

 それを見た少年少女たちの多くは目を輝かせて熱中したそんなお話。


「ふ〜ん。すごいじゃないあんた」


「ほら、ファレン。握手握手!」


「いや、握手はいいわ」


 だが、全ての少年少女の胸に響いたわけではない。

 ファレンは興味なさげに感心めいた声を出した。

 別に嫌いなわけじゃない。

 読んだことだってあるし、内容もなんとなく覚えてる。

 けれども、ファレンにとってそれはそんなに熱中するほどのものではなかっただけ。


「ありゃりゃ。ファレンちゃんはお気に召さなかったみたいだね〜」


 残念そうにから笑いを取るアトリ。


「僕は大好きです!」


 カインの握りぱなしだった手に力がこもる。

 ファレンは一瞬、ムッとした表情を浮かべた。


「あのグリフィンとの戦いや仲間たちと対立することになってしまったカンタレスの葛藤。今思い返してもワクワクとドキドキが抑えられません!」


「わかるわかる! あそこはボクも大好き! あ、山を飲み込むほどの大蛇との戦いもボクは好きだなぁ〜」


「わかります!! 手に汗握るとはあのことです!」


 まるで自分も読者みたいな言い振りで言うアトリの言葉に激しくカインは同意した。

 付いて行けず、その流れを見ていたファレンは退屈そうに髪を弄りだす。


「総じて思うのが、まるで本当にあったことであるかのような語り。真に迫る物があります!」




「うん、ノンフィクションだからね!!」




 満面の笑みでアトリはそう言い切った。


「…はい?」


 聞き逃すことなんかできない。

 妙な沈黙があれほどまでに盛り上がっていた二人の間に流れた。


「あの…ノンフィクション…なん…ですか…?」


「あ、ごめん! 九割がたはノンフィクションだね!」


 あまりの驚きに思わず沈黙を取るカイン。


「ちょっと待ちなさいよ! あんなとんでも話が作り物じゃないわけないでしょ!」


「いやいや、ノンフィクションだよ。あ、ちょっとばかし名前とか設定は変えてるから完全ノンフィクションってわけじゃないけど」


「じゃあ、英雄カンタレスやフアナ姫も実在するってことですか!?」


 放心状態であったカインは我に返ったように目を見開いて叫んだ。


「うん、いるよ〜。実際、フアナは姫じゃないんだけどね」


 信じられなかった。

 自分が憧れ、心酔し、目指した英雄は実在する。

 物語を書き上げた当の本人が言うのだから間違いないのだろう。

 抑えきれない高揚感と感動がカインを襲った。


「あ、あの英雄カンタレスのモデルって! カンタレス本人ってどこにいるんですか!?」


「ん〜? 下にいるんじゃないかな?」


「二階に宿泊してるんですか!?」


「ちょっと、二階は誰も泊まってないはずよ!」


「いやいや、もっと下だよ。たぶん、一階のいつもの場所でふてぶてしく座ってるんじゃないかなぁ」


 ほぼ同時にカインとファレンの頭にある人物の姿が過ぎり、目を見合わせる。


「あ、あのそれって…オーナー…カナタさん…ですか…?」


「うん、そだよ〜」


「嘘よ! 信じらんない!」


「あははは! 嘘なんて言わないよ。正真正銘、英雄カンタレスはカナタさ」


「ということは…フアナ姫って…」


 恐る恐る、口に出すカイン。


「エルザさん…ですか?」


「そ!」


 力強く、太陽のように眩しい笑顔でアトリは頷いた。

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