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エルザとファレンの三分クッキング


「ちょっと嘘でしょ…あんた…マジ?」


 嫌々ながらボッタの宿屋の従業員となったファレン。

 ちょうど受付カウンターとバーカウンターの間にある暖簾がかかった通路の先、厨房にてファレンはあまりの光景に絶句した後、顔を引きつらせた。


「なにかお見苦しい点がありましたでしょうか」


 頬をぴくぴくと動かし、こちらを見ていたファレンにエルザは卵の入ったボウルを片手に首を傾げた。

 カナタの采配でファレンが任されたのは厨房にて宿泊者や従業員の朝食を作るエルザの手伝い。

 言わば厨房係を任されのだが…。


「あんた料理したことあんの?」


「はい。旦那様と宿屋を始めてから毎日」


 心なしか得意げに見えるエルザの無表情な顔には卵の液や牛乳。胸にかけたエプロンも様々な汚れでぐしゃぐしゃである。

 ファレンはそれを受けて思わず頭を抱えた。

 まず、工程がおかしい。

 どうやら今日の朝食はシチューにオムレツ、簡単な野菜サラダとライ麦パンらしい。

 しかし、オムレツを作ろうとテキパキと動いていたエルザのボウルには粉々になった卵の殻が多量に混入しているのだ。


「…ちょっとあんたオムレツ作ってみて」


「…? わかりました」


 目を不思議そうに丸めながらエルザは卵を鷲掴み、勢いよくボウルに叩きつける。

 当然、そんな力が加わってしまえば綺麗に割れるはずもなく、ぐしゃぐしゃになった殻は丸々ボウルの中入り、飛び散った白身はエルザの頬をツーっと伝った。

 それを気にした様子もなく、エルザは殻を潰しながら強引に混ぜていく。

 殻入りの卵液に大量のミルクと塩を投入し、ほぼ真っ白に染まったそれをドバドバと音を立ててフライパンに注ぎ込む。

 不要になったボウルは床の空いてる場所に投げ込み、火はもちろん強火。

 みるみるうちに固まっていくオムレツは綺麗な形になどなるはずもなくボロボロと崩れ、やがてそれは真っ白な皿にボトボトと落とされた。


「できました」


「できてないわよ!! なにこれ生ゴミ!? あんたこれでよく宿屋の料理係なんてやってきたわね!!」


「…何かお見苦しい点がありましたでしょうか?」


「全部!! 全部見苦しいわよ!!!」


 ガサツそうに見えて割と料理が得意のファレン。

 得意だからこそ、エルザのその所業を信じられず得も言えぬ怒りに地団駄を踏んだ。

 自分の料理に根拠のない自信を持っていたエルザは無表情ながら少しだけムッとしたのか無言でファレンの前に皿を突き出した。

 どうやら文句を言うならばこれを食べてからしろと言うことらしい。


「うぅ…」


 恐る恐る、ファレンは一番小さめなオムレツらしきそぼろをピカピカに磨かれたフォークで刺し、口に運ぶ。


「うえぇ〜…しょっぱい。ザリザリする」


 まず、最初にファレンを襲ったのは眉をしかめるほどの塩辛さ。無理やり噛んで飲み込んでしまおうとすれば殻を噛むザリザリっとした歯触りの悪さが後から攻め立ててくる。

 オムレツというには牛乳の分量が多すぎてほぼ卵が入った牛乳の塊だし、控えめに言ってもすごく不味い。

 むしろ、吐くまでとはいかない絶妙なこの不味さは普通の不味いよりタチが悪い。


「み、水ちょうだい」


 エルザから水の入ったグラスを受け取るとそれを一息で飲み干し、ふ〜っとファレンは長い息を吐き出した。

 悶えるファレンの様子を眺めていたエルザはなんとなく察し、悲しそうに視線を落とす。

 自信があったのは本当だ。

 カナタと宿屋を受け継いでからほぼ十年。客もカナタも何も文句を言わなかった。

 確かに宿屋をやるまでは料理の『り』の字も知らなかった。

 今までは大体、給仕係が何も言わなくてもご飯を用意してくれたからだ。

 けれども、料理をする以上それではダメだ、とたくさんの本を見てたくさん勉強をしたつもりでいた。

 しかし、最近になってやっと料理も板についてきたと思った矢先、これだ。

 エルザは自分の料理の何がいけなかったかを考えた。

 そして、エルザの頭に稲妻が走る。





「混ぜが足りなかったでしょうか」





 エルザには料理のセンスが絶望的になかった。

 ファレンはゆっくりと首を振り、


「そういう問題じゃないから。ちょっとあたしが作ってみせるからあんたは見ときなさい」


 そう言ってファレンは近場にあった胸当てエプロンを巻いた。

 エルザにじっと食い入るように見つめられながらファレンは手早く、慣れた手つきでオムレツを作っていく。

 卵の殻を混入させることもなく、塩やミルクを大量に投入することもない。

 ものの数分でフライパンからオムレツのいい香りが漂ってきた。

 最後にヒョイとオムレツを宙に舞わせ、ひっくり返して少量のパセリとケチャップをかけ出来上がり。

 アツアツのプレーンオムレツが皿の上で湯気を立てている。


「ファレン様、お見事です」


 感激したように口を小さく開けて拍手をするエルザにファレンは得意げにふんっと鼻を鳴らした。


「さぁ、どんどん作るわよ!」


「ご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いいたしますファレン様」


 気を良くしたファレンは舌をペロリと出して唇を舐めると威勢良く腕まくり、続くようにエルザも両手をヘソの辺りに深々とお辞儀をし、ファレンの教えを請うた。

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