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労働基準局ですの!


「いやいや、待ってくれ。今回の患者は、確かに俺がお前を呼びはしたが、俺に責任の一端はあるが…患者はあいつらだ。ちがうか?」


「はぁ。そうですわね」


「つまり、あいつらに金を払う義務がある。だが、問題が生じた。財布の長髪の野郎がいなくなっちまった」


「旦那様。もしかして…」


 何かを察したエルザがじっとカナタを見つめた。


「無一文の幼気いたいけな少年達。しかしながら、あいつらは対価の太陽石はおろかうちの宿賃さえ払う金がない。俺もお前も困る」


「はぁ。だからそれでなんですの?」


 気の無い返事で適当な相槌を打つユースティアにカナタはぐいっと顔を近づけた。




「あいつらにはうちで働いてもらう」




「はぁ!!? イヤよそんなの!!」


 反応し、光速で振り向くファレンにカナタは冷たく一言。


「じゃあ、お前は診察代プラスうちの宿賃払えんのか? うちは最高級宿だ。プラタ銀貨十枚はねーとな」


「うぐぐぐぐぐぐ」


 銀貨十枚は高すぎる。

 しかし、自分やカインを介抱し医者の世話にまでなった身分としては大きく反論できず、ファレンは歯ぎしりを立てる。


「この村で働くには村長であるティア、お前の許可が必要というルールだ。ちょうどいい。働かせて、こいつらの給料はツケに回す。いい案だと思わないか?」


「いい案かどうかは置いといて…確かにわたくしもいい加減溜まりに溜まったツケを清算して欲しいですわね」


 ユースティアは考え込むようにしばらく顎に手を置いて黙り込んだ。


「……ファレンさん達がそれで良いのならわたくしも許可を出しますわ。働きたい人を止める権限はわたくしにはないですもの」


「話がわかるじゃねーか。さすが村長様だ」


 カナタはユースティアの両肩をポンポンと叩いた。


「……だから、あたしはイヤだって」


「そうですわね。今のまま黙って働かせれば、貴方にきっと彼女らは不当な扱いを受けるに違いませんわ」


 ユースティアはうんうん、としたり顔で頷くとカナタの顔先に指を突き立てた。


「わたくしが労働環境を監査します。もし、わたくしが見たときに彼女らに酷い扱いをするようなことがあれば、ツケは全額貴方に負担してもらいますわ」


「…労働基準局かよ、お前は」


「『ろうどうきじゅんきょく』なんですのそれは?」


 なんでもない、とカナタは顔の前で面倒臭そうに手を振る。


「ファレンさん、どうでしょう?」


「え…うぅ〜…………わかったわよ」


 カインの治療をしてくれた恩人の晴れやかな顔に何も言うことができず、ファレンは渋々とそれに了承した。

 その際に、『よし、これで毎日カナタに会えますわ』とユースティアが小さくガッツポーズをしたのをファレンは知らない。

 色々な思いが交錯しながらも、かくしてファレンは嫌々ながら、カインは知らないうちにボッタの宿屋の従業員となってしまった。




 静寂、闇に世界が飲み込まれた夜深く、三日月の淡い光が穴だらけのカーテンの隙間から漏れ出す頃にカインは目を覚ました。

 床に散乱した大量の書物、埃を被ったカーテン、蜘蛛の巣が張った天井。硬く寝づらいベッド、そしてベッドには腕を枕にうつ伏せになり静かな寝息を立てるファレンの姿。


 帰ってきた。


 実感した。

 洞窟での悲劇や裏切り、死闘。

 すべてを経てカインはファレンの寝顔を穏やかに見つめながら自分が生き残ったことを実感した。

 包帯だらけの身体に痛む傷口も己が生きている証拠だと、カインは情けない笑みを浮かべてファレンの頭を撫でた。

 ネネを護れなかった。

 エリオットはあれ以降どうなったのか知らない。

 せめて自分の身を案じ、まともに寝ることもせず介抱し続けてきてくれたのであろう彼女を必ず護ろうとその姿を見て一層、強く決心し、同時に愛おしく見えた。


「ふみゅ……っ!!! な、なにしてんのよあんた!!!」


「う、うわっ! ごごごごめん」


 奇妙な声を漏らしたかと思えば、状況を把握しファレンは赤面の後に照れを表情に残しながら眉をつり上げた。

 慌ててカインも手を退かすが、激しく動いたせいで傷口がズキズキと痛む。

 照れくさく、そんな気まずい空気が夜深にしばらく流れ、痺れを切らしたファレンはふぅ、と小さくため息をついた。


「…起きたんなら起きたって言いなさいよね…ったく…」


「ごめん」


「しかも、起きて早々、こんな美少女の頭を撫で回すなんてセクハラよ、セ・ク・ハ・ラ!」


「ご、ごめん」


「何よ、あんた。起きてからごめんしか言ってないじゃない。もしかして、頭やられてごめんしか言えなくなっちゃったの?」


「ご、ごめん…」


 何を言っても謝罪の言葉。

 呆れたファレンは深く肩を落とした。

 不機嫌そうに眉をあげ、こちらを睨むファレンにおどおどとしながらカインは小さく消え入りそうな声で呟き始めた。


「ネネやエリオットのことなんだけど…」


 まず、伝えなくてはいけないことはこれしかないと思った。

 仲間であるファレンには必ず第一に報せなくてはいけないこと。

 ネネやエリオット。

 あの洞窟で起きたこと。

 全てを包み隠さず話そうと思っていた。




「言わなくてはいいわ」




 にも関わらず、ファレンはカインの言葉をスッパリと切って窓から月を眺め、そう言った。

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