村長じゃありませんの!
「世界一の医者、ユースティア・アイナリンド・クローデッド様の登場ですわ!!」
ただでさえ古く、壊れそうな古戸が吹き飛ばされん勢いで開かれた。
扉がギシギシと今にも崩壊してしまいそうな音を立てるのを後ろに背の高い金髪の女性は優雅に、そして華麗に髪をかきあげた。
「自己紹介ごくろーさん。紹介する手間が省けた」
呆気にとられ、静まり返ったロビー、とは言い難い汚い宿屋の一階でカナタは肩肘をついて無愛想にそう言った。
「あら、ブドーリオごきげんよう。そんなに顔を腫らして…またセクハラでもしたんですの?」
「相変わらず失礼だなお前は。あの嬢ちゃんにやられたの」
氷嚢を片手に赤く腫れ上がった頬を冷やしていたブドーリオは顎をしゃくり、ファレンを見やった。
やはりカナタを信頼できず、助けに行くと言って聞かなかったファレンが暴れ出したのがほんの数十分前。
身を挺して二次災害を引き止めた名誉の負傷。それを侮蔑するような冷たい言い草で在らぬ誤解をされたブドーリオは呆れたようにため息をついた。
「それで、患者というのはどなたかしら?」
そんなことなど気にするそぶりも見せず、ユースティアは高い鼻をツンっと尖らせた。
眉をあげてカナタが口を開かず、頬づえをついたまま指で示す先にあるの従業員休憩室、と汚い文字で書かれたカウンター横の一室。
狭い部屋に所狭しと置かれた本棚、古びたマホガニー製の机、あとは小さく汚い寝心地の悪そうなベッドが有るのみの部屋の扉が珍しく半開きの状態で放置されていた。
隙間から見えるのは全身に傷を負った痛々しい姿のカインが寝かされている。
「誰よ、あんた」
部屋の前に椅子を置いてまるで宝物を守護する門番のようにその場を離れないでいたファレンは腕を組み、不機嫌そうにユースティアを睨んだ。
「……あなたこそ誰ですの?」
長い沈黙。二人の間に見えない火花が散ったのが見えた気がした。
「あー、ガキのツレだよ。なんつったか名前は確か…ファレン」
見かねたカナタが代わりにファレンを紹介するが、軽い会釈をするわけでもなくファレンは口をつぐんだままじっとユースティアを見据える。
「…そこを退いてくださらないかしら?」
「イヤ。ここには医者はいないってあいつが言ってたのを思い出したもん」
「医者がいない? どういうことですの!? わたくしは歴とした医者に間違いないんですのよ!?」
素早く首を回し、キッと睨んだユースティアにカナタは頬づえをついたまま無表情を保つ。
「医者と言ってもお前は『闇医者』みたいなもんだし…本職は『村長』じゃん」
「本職こそが医者ですわ!! 村長は皆がやりたがらないから仕方なくわたくしがやってあげてるだけですわ!!!」
激昂するユースティアにカナタはめんどくさそうに顔の前で払うように手を振る。
「いいから。とにかくあのガキを見てやれ」
「ですから! この子が退いてくれないと部屋にも入れないんですの!」
「あー…ファレン。こいつは医者だ。退いてやれ」
耳を抑え、カナタは顔をしかめた。
「イヤ。あんたは医者はこの村にいないって言った。最初からいるならいるって言えばカインがこんな目にあうこともなかった。だから、あたしはあんたを簡単に信用できない」
めんどくさそうにカナタは大きなため息を吐くと、横に秘書のように控えていたエルザに目配せする。
「ファレン様。どうか旦那様を信じてください。ユースティア様は医者。それも名医であることは間違いありません」
それを聞いてリーシェは誇らしげに胸を張る。
ファレンは思い出す。
エリオットやネネは戻らなかったが、エルザの言う通り、カナタは憎まれ口を叩きながらも満身創痍であったが、カインを救い出し連れ戻してくれた。
評価すべき、信頼すべき人物なのかもしれない。
が、真から信用するには難しい人物であることも確か。
当惑するファレンの気が少しだけ緩んだ時にユースティアはそっと肩に手を置いて優しく語りかけた。
「安心してください。例え、手足がなかろうと命さえあればきっと救ってみせますわ。なにせ、わたくしは世界一の名医なんですから」
「……お願い。カインを助けて」
優しく頼もしい言葉にファレンの涙腺は瓦解。
その場を退いて、一筋の涙を流し、俯き気味に小さくそう言うとユースティアは力強く頷いた。
「頼まれましたわ!」




