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死力を尽くした戦い

 エリオットと別れてからしばらく、カインは体力の続く限り走り続けていた。

 しかし、カインの前に現れたのは無情にも無慈悲でもある高い壁。

 絶望にも等しいその反り立つ壁の存在にカインは放心気味に手を添えてダメ元で登れそうかどうか確認する。


「……ダメだ」


 道を戻ろうにもコープスワームの群れは退路を断つようにもうすぐそこまで迫ってきていた。


「……エリオット、助けはまだなの…」


 言葉とは裏腹にカインは心の奥底でエリオットが助けを呼んでくることはないと確信していた。

 最後、別れ際に自分を見るエリオットの目はこれまで見たことがないほどの悪意が含まれていたからだ。

 人を見る目に自信があるカインだからこそ一番信頼している、信頼したかった人物のそのような目をなど見たくもなかった。

 その静かな確信を信じたくないからこそカインは言葉に出してエリオットを頑なに呼び続ける。


「早く、できるだけ早く頼むよ…エリオット」


 背中の剣を握りしめ、カインはコープスワームの群れを迎撃するため飛び出した。


 噛まれなければ。


 どんなに傷ついてもいい。


 剣を振る腕と走る足、そして命があればなんだっていい。


 きっとエリオットが助けに来てくれるから…。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 ガクガクと震える足に鞭を打ち、カインは雄叫びを上げてコープスワームに斬りかかる。

 力強く振り下ろされた剣は一匹のコープスワームを縦に両断し、その勢いのままにがむしゃらに剣を振り回すと次々に血しぶきと共にコープスワームの亡骸が宙を舞う。


「まだだぁ!!」


 仲間の死にコープスワームが一瞬の動揺か、後退するそぶりを見せると、カインは一足飛びで間合いを詰め下から剣を切り上げた。

 カインの渾身の連撃は瞬く間に先頭集団のコープスワームたちを撃退するも、それでも到底間を抜け、逃げ切れるような数まで減っていない。

 肩で息をして、カイン額に浮かぶ汗を拭った。


「くそっ。あんまり減ってない」


 もう一踏ん張りと、自分に言い聞かせカインは再び剣を振りかぶり、横一閃なぎ払おうとするが、


「あ…あれ…?」


 足の力が抜け、カクンと無意識に膝が落ちた。

 剣はふらふらとコープスワームの鼻先を過ぎ、群れの真ん前でカインは地面に両手をついた。

 毒にやられたわけではない。

 純粋な疲労がカインの身体を襲った。

 そんな絶好のタイミングを相手が見逃してくれる筈もなく、一匹のコープスワームがカイン目掛けて、飛び出した。


「ぐっ!!」


 自身に何が起こったのか動揺したカインは反応が遅れ、咄嗟に噛まれてはいけないとわかっていながらも左腕を前に出して防御してしまった。

 案の定、コープスワームは目の前に出されたカインの腕に牙を深々と立て捕食を試みるが、再び平静を取り戻したカインは腰につけたナイフで自分の左腕もろともコープスワームの頭を貫いた。


「はぁ…はぁ…くそッ!」


 左腕に噛み付いたまま運動機能を停止したコープスワームを振り落とし、カナタは背面の壁に背をつけた。

 左腕がじんわりと熱くなっているのがわかる。

 ナイフで貫いた傷の痛みは驚くほど鈍く、痛覚も麻痺してきているのがわかった。

 指先もまだ動きこそするが、力が入らなく上手く扱えない。

 徐々に徐々に自分が死の淵いやられていくのを実感しつつ、カインは地面に転がった自分の剣を残った右手で力強く握りしめる。

 重い。

 普段、両手で使っていたロングソードは弱りきった身体に片腕という状況では鉛のように重く感じ、カインは眉をしかめた。


「せめて…せめてこれだけでもファレンに届けなきゃ…」


 なんとか壁を背に片腕で低めに剣を構え立っているような状況でカインはポケットに入れてくしゃくしゃに折れた三日月草を見遣った。

 この際、自分の命はどうだっていい。

 ネネを失い、エリオットも戻るかわからない。

 せめてファレンだけは救いたい。

 カインはグッと奥歯を噛み締めて、相対する魔物群れを睨んだ。

 せめて、エリオットが本当に救援を呼びに尚且つ、ファレンに三日月草を渡して戻ってきてくれれば良いが、望みは薄いだろう。

 そんな確信じみた予感を頭にカインは覚悟を決めて突撃を試みる。

 命からがらでもいい。

 あの宿に着き、ファレンの目の前で力尽きてもいい。

 カインは大きく息を吸い、背の壁を勢いよく蹴って飛び出した。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 捨て身。

 全身全霊、最後の力を振り絞りカインは重い剣を大きく振った。

 しかし、助走をつけた最初の一撃こそなんとか群れの一匹を切りつけることはできるが、浅い。

 一瞬怯んだコープスワームだったが旋回し、その尾でカインの腹を殴りつける。


「…ッつぅ…!」


 声にならない悲鳴をあげてカインは後方に大きく飛ばされ壁に激突した。

 口いっぱいに血の味がする。

 それでもカインは立ち上がろうと震える足に檄を入れ、ゆっくりと剣を構えようとする……が、


「…え…?」


 握ったはずの剣がするりと手から滑り落ちた。

 終いには足にも力が入らず、尻餅をつくようにその場へへたり込んでしまう。

 どうやら到頭、コープスワームの毒が回ってきてしまったらしい。

 毒が全身に回る前に左腕を切り落としてしまえば良かったか、とカインは首を落として悔やむ。

 もう、敵を睨む気力もない。

 死力を尽くした攻防戦にも終わりを告げる時がきた。




「……生きたかった」




 覇気のない瞳を虚ろに揺らしながらカインは地面をぼーっと眺めた。

 もう敵との距離など興味もない。

 仕留めた獲物が再び牙を剥かないか確認するようにゆっくりと地を這い近付くコープスワームの大群にも少し足りとも反応せず、カインはゆっくりと目を閉じた。


「助けられなくてごめん」



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