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箒を持った英雄


「……出て行って大体、五時間ぐらいだな」


 カナタは大欠伸をして目をこすった。


「はぁ!? 薬草取りに行ってるだけなんでしょ!?」


「い〜や。こいつのご所望で太陽石もだ」


 ブドーリオは悪戯な笑みを浮かべて言う。


「あいつらにはお前の命はもってあと四時間とは伝えてあるんだがな…」


「それも旦那様の嘘なのですが」


「なにそれ…もしかしてあいつらに何かあったんじゃあ…」


「かもな」


 カナタは面倒臭そうに元のカウンターテーブルに戻るとどさりと腰を下ろした。


「もしくはお前を見捨てて逃げた…とも考えられる。その場合、お前の処遇についてだが…」


 不意にカナタの顔に水がかけられた。


「あんたたちが騙したんでしょ! さっき言ってたじゃない。必要もないのに危険なことをさせて…!!」


 憤慨したファレンは空のコップを割れそうなほど力強く握り、叫んだ。

 正面で目をそらすことなくじっとそれを見据えていたカナタは頭を回し、首を鳴らすと背もたれに仰け反り髪をかきあげる。


「騙される方が悪い」


「ふざけるな!!」


 怒りのままにファレンはカウンターに散らばった台帳やランプを乱暴にふり払った。


「お前うるさいにゃ! 朝はもっと静かに優雅に過ごすにゃ!」


「うるさい! なんなのよあんた!」


「なにってメルはメルにゃ。メルクリア・ケットシー。なんとメルはーー」


「そんなこと聞いてないわよ。あんたも騙した一員なら優雅に朝ごはんなんて食べてんじゃないわよ」


「メルはその件に関わってないにゃ!」


「なら黙ってなさいよ!!」


 ファレンの剣幕にメルはやれやれと首を振る。


「何度も言うが、騙される方が悪い。むしろヴァレーノバタフライの毒の対処法を冒険者であるお前らの誰もが知らなかったことに問題がある。魔物の知識なんて今じゃ文献を漁ればいくらでも出てくるぜ? 無知は人を殺す。間違ってるか」


 確かに、今回の一件は誰かに魔物の知識があれば取るに足らないことだった。

 高価な薬草も高度な処置も必要とせず、自分らの力でなんとかなる事だった。

 カナタの言葉に反論できないからこそファレンは何も言えず、泣きそうなほどに顔を歪めて睨むことしかできない。


「…ですが、約束の時間を守れなかった取引相手に取り立てを行うのも旦那様の仕事かと」


 震えるファレンの肩にそっと手を置いてエルザはそっとハンカチを手渡した。

 仲間が心配だからこそ、ここまで感情的になるのだろう。

 感情表現の薄いエルザでもそれは容易に想像できた。

 エルザは知っている。

 同じような人を身近で見てきたのだから。


「おう。そうだな。兄弟お前が全部悪い」


「……お前らなぁ」


 カナタは小さく舌打ちをした。


「それでも俺はいかねーよ」


 極めて面倒臭そうにカナタは顔の前でひらひらと手を振ると酒の小瓶を懐に入れ、おもむろに立ち上がると玄関扉を蹴り開けた。


「俺は宿屋だ。宿屋は宿屋なりに忙しいんだよ。例えば…門戸先の掃除とかよ」


 振り返り肩越しにカナタはため息をついてそう言うと立てかけてあった竹箒を片手に後ろ向きに扉を蹴った。


「……あたしが助けに行かなきゃ…!」


 誰かにすがり泣くことをせず、ファレンは細い腕で杖を握りしめた。

 しかし、そこにいる三人はその言葉に反応もせず、エルザは床に散らばった台帳などを拾い集め、メルは朝食の続きをブドーリオはシワシワのタバコに火をつけて白い靄を吐き出した。


「…そうよね」


 ファレンは誰に言うでもなく呟いた。

 見ず知らずの自分たちをつい先ほど会ったばかりのましてや、辺境の村に住む村人たちが命を投げ打ってまで助けてくれるはずもない。

 むしろ、自分をここで休ませてくれたことに感謝すべきなのだろう、と。

 頭では分かっている。

 けれども……





「ムカつく」





 ファレンはぎっと三人を睨みつけた。

 たまたまその様子が目に映ったブドーリオは苦笑いを浮かべてタバコをふかした。


「お嬢ちゃん…お前勘違いしてねーか」


「は?」


 イラつくファレンにエルザは台帳を胸に抱えて、空いた片手で玄関横の窓を指差した。


「窓の外をご覧になればわかるかと」


 むすっと眉を吊り上げ、言われるがままにファレンは窓ガラス越しに外を眺めた。

 至って普通の田舎町といった感じで、窓からは雑草が生い茂り、枯葉の散らばった庭先と、畑仕事をする農夫、まばらに歩くガラの悪そうな村人だけ。

 そこまで見て、ファレンはふと疑問に思った。


「あいつ…掃除なんてしてないじゃない」


「おう、そうだ。あいつは掃除なんてするようなやつじゃない。いや、たまにはするが、極たまにだ。大概はカウンターで寝息を立ててるようなやつだよ」


「はぁ? 意味わかんない」


 付き合いきれないとファレンはブドーリオを冷めた目で一瞥するとドアノブに手をかけた。


「お前の仲間を探しにいったんだよ、あいつは」


「カナタはあまのじゃくなやつにゃ」


「おう、昔からあいつといるやつはみんな知ってることだ」


 ブドーリオとメルは顔を見合わせ、にししと笑う。


「探しにって…竹箒を持って? 魔物がいるかもしれない洞窟なんでしょ。武器も持って行かないなんて信じられない。それに本当に探しにいったのかも…」


 依然、納得できないファレンは言葉に不機嫌さを含ませる。


「旦那様にとって武器の有無はさして問題ありませんから。だから、安心してお待ちください」


 あれほど表情を崩さなかったエルザが微かに微笑んだように見えた。

 だからもう少しだけ待ってみようとファレンは考える。

 あと少しだけ待ってやっぱり信用できないと思ったら自分が助けに行こう、と。



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