化け物ハゲ
部屋の隅で肩を抱いてガクガクと震えながら口をパクパクと動かすファレン。
そのカナタを見る目は明らかな軽蔑と畏れ、そして怯えの混じった色をしている。
やがて、自身を奮い立たせるように頭を振りこれでもか、と側にあったカーテンの裾でゴシゴシと乱暴に首筋を拭いた。
「ぜ…」
「ぜ?」
首を傾げるカナタ。
ファレンは怒りを露わに大きく足を踏みならした。
「ぜ〜〜〜〜〜〜ったいに殺してやる!!」
言い終わると共にファレンは杖を手に高速詠唱。
今回は壁を背に、しっかりと対策も取った。
「おい、店の中で魔法を使うのは勘弁してくれ。特に火炎系な。酒に引火して建物が全焼しちまう」
「旦那様が少女の心に深い傷を負わせてしまったせいですね」
ボリボリと頭をかくカナタにエルザは極めて冷静に淡々とそう言った。
「お喋りしてる暇があるのかしら!? お望み通り炎魔法は使わないわ。…でも!」
ファレンの杖に魔力の光が収束する。
「これが避けられるかしら!!」
振り下ろした杖から眩い光と共に魔法陣が展開され、氷塊が猛スピードで飛び出した。
アイスブラスト。
素早い攻撃に大きな氷塊を対象に飛ばす風魔法と炎魔法の複合魔法である。
二つの異なる属性を掛け合わす魔法は詠唱が難しく、使えるものはそう多くない。
しかし、複合魔法の中でアイスブラストは初級中の初級。
素早い攻撃こそ可能だが、威力は中の下といったところ。
手練れの術者が使えば高威力も期待できる魔法ではあるが、若いファレンにそんな実力もあるわけがなく。
「おっと」
カナタは半身だけ下がり、それをいとも簡単に回避。
「うわぁぁあ!!! …な…なんだ…冷たい???」
カナタの延長線上で寝ていたブドーリオの後頭部に直撃するが、彼の頭により粉砕。
氷塊はパラパラと氷の粒となって床に散らばった。
ファレンの渾身の魔法によって出来たことといえばブドーリオの安眠を妨げることだけだった。
それを見ていたエルザは小さく感心したように拍手をし、メルは大口を開けてケタケタと笑っていた。
「……へ?」
もちろん驚きを隠せないファレンは目をまん丸にひん剥いて冷汗を浮かべる。
「な、なんであんたこの距離で避けられるのよ!? そしてなんであんたは直撃したのに平然としてられるのよ!?」
ファレンの十八番であるアイスブラスト。
数多くのモンスターにお見舞いしてきた自慢の魔法。
今まで一撃で倒すということはなかったにしろ数歩先という距離で躱した魔物も無傷でピンピンとしている魔物もいなかった。
「なんなのあんたら化け物!?」
「……ん〜……寝て起きたら開口一番に化け物扱いか…。何が何だかわからん」
ブドーリオは頭についた氷の破片を払う。
「まぁ…毒が抜けて元気になるのはいいが…こりゃあ元気すぎるな」
「ちょっ! ちょっと人の話聞きなさいよ!」
「あなたのお仲間はあなたの毒を抜くために薬草を探しに行っています。その間、私たちがあなたの介抱をさせていただいておりました」
落ち着くようにとエルザは水の入ったコップを差し出し、近場のテーブルの椅子を引いた。
「え? だって今…あたしの毒が抜けてって…?」
わけもわからず、ファレンは頭上にはてなマークを飛び散らす。
「あーそりゃあ、なんというか…」
バツの悪そうにブドーリオは口をもごもごと動かした。
「…こいつがお嬢ちゃんの仲間を騙した」
「お前も同罪だろーが。 なにが『四時間後には死に至るってわけだ…』だ」
薄い笑みを浮かべ、カナタは大げさにブドーリオの言った言葉を真似してみせる。
「逆だ逆。熱めの風呂に入れて四時間経てば毒なんかすっかり抜ける」
「じゃあ、なんでお前は俺の言葉に乗ったんだ? 医者なんていないなんて言わずに教えてやればよかったじゃねーか兄弟!」
「太陽石は高く売れる。小僧たちを騙して私腹を肥やす。もちろんそこの娘っ子は元気凛々。お互いにとって利益ある素晴らしい取引じゃないか」
「そうかぁ? ガキんちょ供はくたびれ損で俺は唯々、お前が得してるとしか思えないんだが…」
「ちょっと待って! 今、お風呂って言った!? あたし脱がされたの!?」
聞き捨てならないとファレンは机を叩く。
「安心しろ。お前を風呂に入れたのはそこの無愛想な女だ」
エルザはこくりと頷いた。
「服ひん剥いて熱湯に投げ入れて溺れ死にさせようとしたのもそいつ」
「ちょっとあんた! 大人しそうなふりして一番ヤバいやつなんじゃない!?」
「旦那様にお風呂を熱めに沸かし、投げてこいと言われましたので」
淡々とした口調で悪びれる様子もなく、エルザは不思議そうに首を傾げた。
「…はぁ。ねぇ、それでカインたちは帰ってきたの?」
目の前に姿勢良く立つエルザにかける言葉が見つからず、ファレンは水を一口飲んだ後小さなため息をついた。




