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10年前の始まり

 空を駆ける見知らぬ生物。辺り一面に広がる広大な草原。遥か彼方には気高くそびえる大きな山。

 どこを見渡しても自分の知る景色など存在しない。

 冬に差し掛かった季節、薄手のモッズコートを羽織りコンビニに就職試験のための履歴書を買いに出たところまでは覚えている…。

 目を覚ましてからというもの混乱しっぱなしだった頭がようやく現状況の情報処理を始めたようだ。


 名前は?

 雨宮奏アマミヤカナタ

 

 年齢は?

 数多ある企業の就職試験に落ち続け、就活浪人となった23歳。


 じゃあ、ここは? と自分に問いかける前に俺は首を振る。知らない世界。

 そして、しばらく空を羽ばたくドラゴンっぽい生物をぼ~っと眺めてからあぁ、と一人小さく声を漏らして納得する。

 

「俺、異世界転移したんだ…」


 今、流行りの? 異世界に転移して? 持ち前のチートスキルで無双するってやつ?

 23歳。どうにも少年漫画やアニメの世界の主人公にしては歳も行き過ぎてしまっているような気がする。

 それにこの世界に来たきっかけはなんだったんだろうか。

 交通事故か何かで死んだのか。はたまた誰かに殺されたのか、神様に導かれたのか。

 記憶でも消されたのだろうか。元いた世界のことはなんだって思い出せるのにこの世界に来る直前のことが全く思い出せない。

 これでは自分がどんな使命でどんなスキルや技を持っているのかわからない。


「……ステータスを見たい」


 しばらくの沈黙の後、気の利いた呪文など思いつかず思いのまま虚空に己の願望をそのまま告げるが、


「なんもでねぇ…」


 当然、それになにか精霊や神様、はたまたこの世界のシステムが応えてくれるはずもなく、俺は半ば投げ出すように声を上げて草原に寝転んだ。

 この世界。太陽の光もあり心地よい風もある。大抵のアニメの主人公たちはなにかと使命があって異世界転移するものだが、こんな平和そうな世界にそんな存在が必要なのだろうか……。


「…………ん?」


 ぼ~っと考えるのを投げ出して空を眺める。

 ふ、とある異変、いや違和感を覚える。


「近づいてねぇか……あれ」


 そう、先程まで悠々と空を飛び回っていたドラゴンっぽい影。

 それは見る見るうちに自分の方に近づいてきている気がする。いや間違いなかった。


「おいおい! 洒落にならねぇって。こちとら生身の一般人。あんな巨大生物に狙われちゃ――」


 這うように慌てて身を起こし、その場から逃げ出そうと試みるが顔先にぶわぁっと生暖かい風が顔を撫でた。


「ひとたまりもねぇよ、まったくおい……」


 人一人丸々飲み込んでしまいそうな大きな口に、どんなに硬い鎧もいとも簡単に裂いてしまいそうなほど鋭く尖った牙と爪。おまけに像の十倍はありそうな巨大な身体は、どんな刃物を通さないであろう分厚く硬い皮膚に覆われたそんな天然チートとも言える生物は、どうやら大きさの割に反則級に速いらしく数秒の間に俺の目の前に降り立ったのである。


「グオォォォォォォオオオオ!!!」


 大気を震わすような雄叫びで獲物である俺を威圧し、まんまとしてやられた俺は胴体を鷲掴みにされてうげぇと小さく声にならない悲鳴をあげた。

 あぁ…終わったんだなぁ。とわかりやすいほどの自覚があった。

 こんなにも巨大な生物に丸飲みされるのか、と。

 痛いのかな、一瞬なのかな。

 今際の際は時が短く感じるというのは本当なのかも知れない。

 捕まってから口に運ばれるのなんて一瞬のはずなのに、こんな無駄に情けないことをつらつらと考えてしまう自分がいる。

 どう足掻いたってこんな巨大な手に握り締められてら逃げることなんてできっこないは…ず…なの……に!?


「おいおい……マジかよ…」


 いとも容易くドラゴンの前足の拘束を強引に解き、俺は再び浮いていた身体を地面に降ろした。


「ドラゴンめちゃくちゃ握力弱いじゃん…いや、まさか…」


 何が起こったのかわからないと言った様子でグギャグギャと喉を鳴らし首を振るドラゴンの前に俺は立ち、


「おらぁっ!!」


 俺に噛み付こうと下がったドラゴンの顔面を思いっきり殴りつけた。


「ギユュッ!!」


 雄々しく勇ましいそのドラゴンの姿からは想像もできない情けなく小さな悲鳴を上げ、ドラゴンはクルクルと高速回転し、地響きを立ててその場に倒れ込んだ。

 熱くなった拳を見つめ、おぉという感嘆めいた声がやがて歓喜を帯びた笑い声に変わるのにはそれほど時間も要することはなかった。


「すげぇ! すげぇすげぇすげぇ~!! 俺強い! まさか、無能力で転移したかと思えば純粋な腕力によるチートだったとは!」


 気絶状態で地面に横たわったドラゴンの周りを大笑いしながら走り回った後、拳を突き上げ俺は確信する。


「俺なら世界を救うことも逆に支配することもできちまいそうだ……そうと決まれば」


 根拠のない自信が、しかし確たる自信があった。

 周囲を見渡し、まずは人かもしくはそれに準ずるなにか意思疎通、あわよくば日本語での会話ができればと町や村が近くにないか探してみる。

 幸い、この辺は草原で見通しもいい。きっと何かが見つかるはず。

 やがて、豆粒ほど小さなな建物のような影を発見することができ、俺は異世界生活での第一歩を歩み始める。

 まずは情報集めだ。

 そして社会に、前の世界で必要とされなかった俺はこの世界で覇権を握る。

 邪な決意を胸に俺は草原を駆け出した。








 そして……






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