さよなら
「その後どうなったと思う?」
隣で歩くアヤが言った。 雪に変わりそうな雨が鬱陶しく降っていて、視界は悪いが目の前に広がるのは細く長い一本道。 何度も歩いた道。 道行く人はいなくて、ずっと前の方に車が微かに見えるくらいだった。 右側を歩くアヤに歩調を合わせ傘の中を覗き込みながら言った。
「僕にはわからないよ。どうなったの?」
アヤの左手に挟まれた煙草のニコチンを含んだ煙は、存在する理由を考える前に周りの空気に溶け込んだ。
この小さな世界に存在する全ての物に詩情があるのなら、煙草から切り離された煙は空気に溶け込む事は無いだろう。 空気に溶け込んで自己同一性の無くなった灰色は、ばらばらになり、やがて灰色が解らなくなるくらい限りなく透明に近くなって思考を止めてしまう。 思考の停止は死なのかもしれない。 考えを巡らせて少し笑った。
「ちょっとは自分で考えてよ~」 笑ったような怒ったような声が横から響いたので思考は停止した。 このように心地よい停止は死とは別だ。 この小さな世界に存在する全ての物に詩情があるのなら、煙は空気の中で生き続ける。 停止など存在しない。 いや、停止など存在して欲しくないという利己的な願望が見せた幻惑なのかもしれない。
「アヤ」
小さな声で囁いた。 アヤだけに聞こえるように。 アヤだけに覚えていてもらうために。 アヤの煙草は湿ったアスファルトに音も立てずに落ち煙は突然本体から切り離された。
これが死?
「え?」
かなりの力で突き飛ばした。 不思議そうにこっちを向いたアヤの顔が遠ざかる。 変わりに濃いダークグリーンの車体が目に映る。 体に痛みが静かに響き渡った。 多分僕はこれでお終い。 でもアヤは大丈夫。 まだ思考している。




