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まさかミケ猫 習作短編・中編

召喚術師の長い長い言い訳

実験として、独白だけの小説を書いてみました。

 あの、はい。

 正座……ですか。

 あ、はい、分かりました。


 改めまして。

 この度は、ご迷惑をおかけしてまことに申し訳ございませんでした。えっ……謝るなら初めからやるな、と。はぁ、それは確かにごもっともなご意見です。

 ただ、いろいろと事情があったものですから。


 いえ、その……これは心の底からの謝罪です。本当に申し訳ないと思っています。言い訳をしたいとか、丸め込もうとか、そういうアレではなくてですね……。


 自己紹介?

 はい。私、王国立総合魔術研究所で研究員をしております。チェイリー・テクオン、28歳。専門は召喚魔術です。

 これまでの召喚魔術は、この世界の中のモノや人を呼び寄せる魔術に過ぎませんでした。しかし、私は古代遺跡を解析して、異世界から何かを呼び寄せる術の開発に成功したのです。そして、若くして主任研究員に選ばれ──えっ、あ……。


 すみません。つい誇らしげに言ってしまって、ほんとすみません。そうですよね、はい。ごもっともです。

 あなたをこの世界に呼び出した、忌々しい術ですしね。それを実行したのも、そもそも作り出したのも私なのですから……はい。ご怒りはごもっともです。


 ただ、少しだけ聞いていただけますか。

 いえ違うんです。開き直ってるのでは……すみません、私はただ……はい、いえ。あの……はい。


 アニメですか。

 あの、アニメでしたら一応、異世界閲覧の術も開発していますが……そうです。

 あ、いえ、あなたにも魔術を習得していただく必要があって。三年ほど修行すれば、才能があればおそらく習得できるかと思いますよ。


 今すぐ?

 うーん、ちょっと手段が思いつかないですね。

 うっ……ぐはぁっ……首を……締めないで……っぐはぁ、ゲホゲホ。


 えっと、私がアニメを見て感想をお伝えすることはできますけれど。

 え……あ、そうなんですね。確かに私も読んでいない小説の感想を聞いても面白くないですしね。


 な、泣かないでください。

 すみません、勝手に召喚などしてしまって。

 えっ……嫁に会えないって、あなたは女性……あ、はい。確かにこちらの価値観の押し付けでした。申し訳ありません。


 その、絵姿の女性と会いたいのですね。

 ……あー、まぁありますよ。


 確か脳内転写術を応用して、絵姿の女性と架空の恋愛を楽しんだ魔術師が過去にいたはずです。触れ合ったりはできませんが、姿を見れて会話もできるとか。


 はぁ、それは良かったです。

 では修行の手配はしておきますので。


 え、今すぐ?

 ですから、魔術を使うにはそれなりの期間修行を……痛い痛い、やめてください、関節がぬける、待って待って──。

 


 落ち着きましたか。

 いえ、悪いのはこちらですから。


 召喚ですか。

 古代の伝承を除けば、成功したのは貴方が初めてですよ。他に召喚された方はいらっしゃいません。他国ですか? 可能性はないわけではありませんが、魔石も高価な上に、かなり複雑な魔法陣なので。そうそう実現できないと思いますよ。


 えぇ、難しいんです。

 非生物の召喚であればそれほどコストもかかりませんし、10年前に成功したんですけれどね。

 あ、漫画ですか。欲しければ召喚しますよ。では後ほど紙にリストアップしておいてください。


 それで……そう、生物の召喚は難しくて。

 はじめの頃は、心臓だけとか、性器だけとか、脳だけとか、バラけて呼び寄せてしまうことが多かったんですよね。

 解析してみると、魔法陣に何も指定しない場合は「自分の中心だと思っている部分」が召喚範囲になってしまうようで。


 だ、大丈夫ですよ。

 問題は解決しましたから、あなたを召喚する上では安全を確保して──痛い痛い、やめて。頭グリグリはやめてください。悪かったですから……。


 はぁはぁ……魔法陣のこのあたりが、体全体を指定する部分になります。ここのパラメータを設定することで「自分の一部だと思っている部分」が全て召喚範囲、というか構成情報の読み取り範囲に含まれるようになるので、靴や服も含めて召喚されることになります。

 はい。確かに、設定を間違えると全裸で召喚されたり髪がツルツルになったりしますけど。


 はい。すみません。

 あの、そろそろ正座やめてもいいですか。

 あ、はい。ごめんなさい。


 魔法陣の他の部分ですか。

 そうですね……例えばですけど、空気ひとつとっても、酸素や二酸化炭素の濃度が数%変わるだけで死んでしまう生物は大勢います。紫外線や放射線、気温や湿度といった生育環境も。


 あー、そうですそうです。

 召喚したら小人だったり巨人だったり、といった失敗もたしかにありましたね。それから病気が厄介で、こちらの世界では一般的な体内細菌でも呼び寄せた方にとっては厄介な病原菌になってしまったり。



 あ、喉が乾きましたか。

 たくさん叫びましたものね。今お茶をお持ちしま──うぁ、すみません、足が痺れて……ぎゃぁぁぁ、ツンツンしないでくださいよ。ぅあぁあぁ……。



 お待たせしました。お茶をどうぞ。

 どこまで話しましたっけ。あ、そうでしたね。


 そういった環境や肉体の違いの解決が必要でした。

 こちらの言語や魔術を操れるようにする必要がありましたし、結局最終的には、器となる肉体はこちらの世界に準拠したものを用意しておいて、魂だけ召喚するようにしたんですよ。

 え? 向こうの世界では……はい、死体です。でも魂はこうして無事に。


 え、また正座ですか。

 あ、はい、ごめんなさい。


 え……なんで美少女にしなかったのかって。

 いや、肉体や服装の構成情報は自動的に読み取って再現する仕組みなので、私が作ったわけではないんですよ。


 それに、あなたは十分美しい。

 やめてください。そうです。照れてるんです。


 そうなんですね。

 美的感覚は世界や文化、時代によっても違うでしょうから、あなたも時代が違えばモテたのではないでしょうか。

 私はあなたが、その、綺麗だなと。



 あー……はい。

 ごめんなさい。


 おっしゃる通り、見てました。

 あなたの生活の一部始終。

 異世界閲覧の術で。


 痛い痛い、やめてください。右腕が取れる! 悪かったですから。白状しますから、ちょっと本当に離してください。素直に正直に全部言いますから。


 はぁ、はぁ、はぁ。

 ここ一ヶ月くらいですかね。


 朝起きてから夜寝るまで。

 あなたがカップラーメンに話しかけている様子も、卑猥な替え歌を歌って一人で腹を抱えている様子も、紙になにやらイラストを書いてニヤニヤしている様子も、裸の姿絵を見ながら抱き枕に股を擦り付けている様子も、突然叫びながらベッドにチョップをかます様子も、全て見ていました。


 あの、ごめんなさい。

 はい……おっしゃる通りです。

 ぷらいばしー?というのは上手く翻訳出来ませんが、勝手に生活を覗かれるのは気分よくないですよね。

 本当にすみませんでした。


 痛い痛い、モノを投げないでください。

 落ち着いて、なんだか顔が赤いですよ。ちょ、大丈夫ですか。そんな端っこに隠れてないでこっちに来てくださいよ。


 え、正座をやめるなって。

 あの、そろそろ足が本当に……はい。

 ごめんなさい。



 落ち着きましたか。良かった。


 はぁ、召喚のきっかけですか。

 ではその話をしましょうか。


 いつものように私は、パンツを下ろしながら異世界閲覧の術を発動して、あなたを見ていたんですけど。


 え? あ、はい。

 今もローブで隠してますけど、この下は。

 あ、はい、その通りです。

 ごめんなさい。


 それで、パンツを下ろしたまま、あなたの着替えを覗いてたんですけどね。あなたの部屋のベッドの下に違和感を感じて、ちょっと視点をズラしてみたんですよ。


 ベッドの下。

 ゴツい男が刃物を持って隠れてまして。


 そう、おっしゃる通り、そんな感じの男でした。

 おや、顔見知りですか? すとーかー?

 つまりは、粘着されていた、ということですか。

 なるほど。


 あなたがシャワーを浴びている間に、男があなたの下着を取ってフンスフンスし始めたものですから、これはもう友人などではないなと。

 それで念のため、研究用の特大魔石を使って召喚の準備を始めまして。あ、そこは気にしないでください。たしかに高価ですけど、始末書を書けばなんとかなりますので。


 それで、しばらく様子を見ました。

 あなたが風呂をあがって、パジャマを着て、鼻をほじって、ニヤけながら薄い本を物色しているすぐそばで。男は刃物を見ながら笑いをこらえていました。

 おそらく、あなたがベッドに寝たら、男は隙を見てあなたを襲っていたでしょう。


 大丈夫ですよ。

 そんなに震えなくても。

 ここにあの男はいません。


 あなたがベッドに入り込む瞬間。

 私は異世界召喚の術を発動しました。


 あなたの魂が肉体を離れてこちらに来る間に、男はあなたを襲おうとしました。そして、死体だと気づくやいなや顔を真っ青にして、その場に刃物を放り出して逃げていきました。

 アパートの廊下では他の住民にぶつかったりしていましたし、防犯カメラにもしっかりその姿が映っていることでしょう。


 いえ、お礼など。

 私は勝手にあなたを召喚したのです。責められこそすれ、お礼を言われる筋合いなどはありません。



 責任、ですか。

 はい、あの、あなたの生活を保証しようとは思っていました。養ってほしい……というのも、私の収入なら問題はありません。

 住居は、しばらく私の家でも良いでしょうか。お嫌でしたら早急に探しますので。

 あ、そうですか。ありがとうございます。


 勇者?

 いえ、特にあなたに課される使命などはありませんよ。

 この度は本当に申し訳ありませんでした。



 え。

 謝罪が足りない、ですか。

 これから50年の間、毎日朝晩、言い訳の場を設けてくれる、というと。あの、それってもしかして。


 顔、赤いですよ。え、私も赤いですか。

 参りましたね。


 この先50年。

 これは、長い長い言い訳になりそうです。


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― 新着の感想 ―
[一言] 氷結令嬢から作者さんの作品を色々読んでいたのですが‥‥‥ なぜこいつに求婚を‥‥?笑 ヒロイン落ち着こう?一旦落ち着こう? ね?落ち着こう?(パニック)
[良い点]  この小説すごく好きでした……。独白だけで書いてみたってのもまた面白い試みなんですが、独白だけでよくここまで物語になるなぁ、なんて。  まるで読者がこの人と話してるみたいですよね。そこがい…
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