第四話 『自己紹介』
ゼロさんの治療が終わった後、金髪に褐色の肌の男性の誘いで広場の近くにあった家にあげてもらった。木造の家特有の、木の爽やかな香りがする。どうやら、ここが男性の家のようだ。
男性とは言ったものの、近くで見ると案外と若い。立ち姿から壮年の男性を想像していたのだが、恐らくまだ十代を抜け出していない、快活な青年だった。
「それにしてもさっきは悪かったな。もうすぐ飯にするとこだったんだ。食べていかねぇか?」
俺とゼロさんにこれまた木製の椅子を勧めながら、青年はそう言った。
木製の椅子は粗削りだが、きちんとやすりがけはされてあるようでささくれなどは見受けられ無い。
初対面の人間に食事を誘われる事はあまり無い...というか初めてなので戸惑いもあるが、右腕を怪我させてしまった人に食事を作るのは難しいだろう...という、配慮だろう。
「海斗君。どうする?我々は食事を用意していない。せっかくの誘いだ。受けたほうが良いと思うのだが」
左腕で椅子を引き、座りながらゼロさんは俺に判断をゆだねる。
わざわざ聞いてくれなくてもゼロさんの判断に任せると言うのに、そこで聞いてくるあたりゼロさんは善人だと思った。
「そうですね。せっかくの誘いですし...」
そこで俺は青年に向き直る。
「昼食、ありがたくいただきます」
「そ、そうか。それなら四人分だな。にしても、そんな改まった口調で話しかけられたら、調子くるっちまうぜ...普通に話してくれよ。そうだ、俺はリンと支度してくっから、ここで待ってろ」
丁寧すぎたのだろうか。あまり丁寧にされることに慣れていないのかもしれない。豪快そうな青年が狼狽する様子は何だか珍しく思えたが、笑うのは失礼なのでそこは抑える。
「私もそう思っていた。私に対しても敬語は不必要だ」
「そ、そうですか...」
それでも年上には敬語...そう反論しようとしたが、青年のほうには逃げられてしまった。ゼロさんには...正直口論で勝てる気がしない。冷静に受け流されて終わりそうだ。
「わ、わかりました...じゃなくて、分かった」
「それで良い。では、食事を待つ間...」
ゼロさんが言いかけた時、青年が消えていった部屋から声が聞こえてきた。
「できたよー」
先ほどの少女の声だ。気が付かなかったが、どうやらずっと準備をしてくれていたらしい。
それにしてもあまりに早い。事前に準備でもしていたのだろうか...
そんなことを考えているうち、少女と青年が両手に木製の皿をもって部屋に入ってきた。
「おぅ、待たせたな。口に合わなかったらすまねぇ。簡単なもんだが、とりあえず食ってくれ」
見ると、皿は仕切られていた。皿の半分ほどクリーム色のスープと、パンのような、薄茶色の塊が見えた。
これは...おそらくスープにパンを浸しつつ、食べるのだろう。
青年と少女が席に着き、青年が言った。
「おっし、じゃあ食うか!」
と、青年が食べようとしたのをゼロさんが左手で制し、提案をする。
「少し待ってほしい。そろそろ自己紹介をしておかないか?」
そういえばまだ名前も知らないままだ。ここは提案通りにするのがいいだろうという思考のもと、俺も合わせていた手を膝に戻す。
「あちゃ、俺としたことが忘れてたな。いいぜ、今のうちに名前だけでも教えあっとくか」
青年は、褐色の額にバシッと音がする程の勢いで手を当てる。
「私もかまわないよ」
少女も頷く。
「ではそうしようか。海斗君もいいか?」
「あ、もちろん」
俺が、返事をするのを忘れていたようだ。っと、自己紹介が始まった。
「では、私から自己紹介をしておこう。私は零。治療、昼食ともに感謝する。ありがとう」
頭を下げながらゼロさんが言う。
「おぅ、かまやしねえぜ。次は俺が自己紹介しとくか...俺は...そうだな。褐獅子だ。まぁ、その名前で言われることは少ないんだけどよ...」
...名前を言うとき、少し目を泳がせていたような気もするが...それはさておき、褐獅子...茶色のライオン。褐色の肌に金髪...引き締まり、背の高い体躯。確かに、獅子という名にふさわしい風貌だ。歳は10代後半~20代前半といったところか。
「...ドジ獅...」
...その時、突然俯いた少女がポツリとつぶやいた。何故俯いているのか不思議に思ったが、肩が少し震えている。笑っているのかもしれない。
「リンてめぇ!それ言うんじゃねぇ!」
少女の発言を受け、椅子を倒すほどの勢いで、褐獅子がいきり立った。
「ドジな獅子...か」
「零!てめぇ!」
...ドジな獅子か。なるほど。俺も俯き、肩を震わせて笑っていると、褐獅子改め、ドジ獅に気づかれた。
「てめぇも...笑ってんじゃねえよ!ああ、畜生!次行くぞ次!笑ったお前だ!リンは最後な!」
すねたようにどっかりと椅子に腰を下ろし、荒い口調で俺に自己紹介の番をふる。
「あー、ごめんごめん。わかったわかった。ったくしょうがないなー...まぁ、私はドジ獅...略してドシって呼んでるからね」
笑いの余韻がまだ残る様子の少女が言った。ドシ...か。俺もそう呼ぶことにしよう。
「...まぁ、ドジ獅って呼ばれるよりはましだけどよ...まぁ、なんとでも呼んでくれや。次はお前の番だぜ」
「あ、はーい。俺は草場海斗。普通に海斗とでも呼んでくれれば大丈夫」
「...普通の名前だな。面白くねぇ。まぁ、カイトとでも呼ぶか。よろしくな、カイト」
どうやら機嫌を損ねてしまったようだが...そう怒っているわけでもなさそうだ。これならば特に言う事もないだろう。
「あ、よろしく。ドジ獅...じゃなくて、ドシさん」
「...今、何て呼ぼうとした?」
...口が滑った。
「あ、えぇっと...」
「ドジ獅って呼んでたわね」
「カイト...後で覚えてろよ...あと、ドシさんじゃなくてドシでいい。何となく落ち着かないからな。呼び捨てで読んでくれ」
なんとか事なきを...得てはないが、とりあえず、許してはもらえたようだ。
「わ、わかりました。ドシ」
「そう改まるなよ...まぁ、次だ次。最後はリン、お前だな」
拗ねたような表情で、顎で少女を指し示す。
「何度も連呼してるから紹介する必要もない気がするけど...私はリン。リンって呼んで。さん付けはは無しね」
リンは、青い...深い紺色の髪に、透けるような白さと、整った顔。精悍...とでもいうのだろうか。すこし野性味...鋭さ...そういったものを兼ね備えた顔をしている。歳は俺と同じくらい、14~15歳位だろう。
リンといい、ドシといい、なかなかに整った顔をしている。
「そうか。よろしく、リンに褐獅子」
「よろしく、リン。それに、ドシも改めてよろしく」
ゼロさんはちゃんと褐獅子と呼ぶようだ。心なしかドシの顔もうれしそうに見える。
「おぅ!二人ともよろしくな!」
「零にカイト...よろしくね」
「おっし、じゃあ食うか!さすがに腹も限界だしな」
「いただきます」
「あ、リン早い...くそっ、いただきます!」
おぉ、いただきます...仮想世界の人たちということはさておいても、異国の人たちのような感覚でいた。日本語は話しても、文化は違いそうだと目星をつけていたこともあり、少し驚いたが俺もそれに倣う。
「いただきます」
「いただきます」
俺とゼロさんもいただきますの挨拶をし、食べ始めた。とりあえずは予想していた通り、スープをパンに浸しながら食べていく。
「あれ、面白い食べ方だね。真似してみようかな...」
面白い食べ方...?少女の手元を見ると、パンを普通に食べている。スープには木製のスプーンが...
...スプーン?
俺が気が付かなかっただけで、机の上には人数分のスプーンが置いてあった。
「あ...ごめん、スプーンには気が付かなかったんだ」
「スプーン...その匙のことか?聞いた事ねぇ言い方だな...」
どうやら、うまく伝わらなかったらしい。もう一度言い直そう。
「それは...」
「そうだ。少し地方の言い方が出てしまったようだな。すまない」
何故か俺の言葉を遮り、ゼロさんが答えた。
...スプーンは英語だから使っても理解できないのだろうか...先ほど、リンが「Water!」などと見事な英語で言っていたが...
...今頃思い出したが、リンの「Water!」はどういう仕組みなのだろう。それに、ゼロさんの傷を治した...もはやあれは《魔法》と形容しても、いいのではないだろうか。むしろ、それ以外にあの現象を引き起こした説明がつかない。
「おぅ、そうか。気にするこたぁねえか...まぁ、それより、お前のその食べ方やめといたほうが良いぜ?俺の家だけならいいけどよ。村の、その辺厳しい奴らに見つかったら大変だ。リン、お前もな」
「わかった。気を付けるね」
「わかった。俺の故郷ではこうやって食べる人が多かったからな」
小学校の給食の時間、クラスのほとんどが、こうやって、パンをスープに浸して食べていた記憶がある。
「そうか。俺はそういうのはなかったな。まぁ、早いとこ食っちまおうぜ」
「そうだね」
「賛成だ」
確かに、あまり時間がたつと冷めてしまう。すでに、ぬるいとまではいかないが少し暖かさが損なわれてきている。残りは数分あれば食べ終わるだろう。
「わかった」
数分後には全員の皿が空になっていた。