始まりの日
毎日毎日同じことを繰り返してるだけの生活に少し、いや、この上ないほどの息苦しさを感じていた。
朝7:00に起床し、朝食をとり、顔を洗い、歯を磨いて、胸までのびている髪の毛をひとつに束ねて家を出る。
自転車で約20分ほどかかる道程を、一人で静かに進んでいく。
学校の門の前で、厳つい顔をした生徒指導の先生が「チャイムが鳴るから急げ」とまくし立てるのを横目に学校へ入っていく。
教室は、私にとっての地獄だ。
ワックスを塗りたくり、茶色の毛先を遊ばせ、人を見下して自分を強く見せたいがために誰彼構わず悪口をいう男子。
化粧が禁止なのにも気にせずファンデーションを塗りたくり、自分達と絡まない奴は陰キャラだよねー、と意味のわからない持論を話ながら鏡を見つめている女子。
そして、そんなやつらに嫌われている私。
席替えで、後ろの席がパリピの男子になってからというものの、その取り巻きの男子たちが毎朝私の机を椅子にして、あの女優はぶりっこだの、あいつが彼女にふられただの、げらげらと下品に笑いながら話している。
その男子たちを無言で押し退けて無理やり自分の席に座る。
後ろでまだ騒いでいる男子がいることの居心地の悪さを感じつつ、ただただHRがはじまるのを待つ。
退屈でいて、味気の無い、無味乾燥の日々。
話下手でコミュ障だから友達は少ないし、話したことも無いクラスメイトにも理由がわからないが嫌われているし。
部活も、これといって上手な訳ではないし、人間関係はめんどくさいし、部長はエゴイストで腹が立つし。
学生って、高校生って、人生って、もっとキラキラ輝いていて、綺麗で、かけがえのないものだと思っていた。
幼少の頃は、そうだと信じて疑わなかった。
これのどこが輝いているんだ、綺麗なんだ、かけがえがないんだ!
ふざけている、全くもってふざけている。
こんな馬鹿げたことがあってたまるか、人生なんてクソくらえだ!
私の人生に悪影響を及ぼした奴等は全員この世から消え失せろ!
子守唄と称される先生の授業を聞き流しながら、少し太陽が隠れている空を眺めていた。
はやく、はやく私に害をなした奴に不幸が訪れますように。
帰りのHRを終えた私、西澤亜子は部活をやるために弓道場に来ていた。
高校2年の冬という、中弛みが甚だしい時期に真面目に部活をする人は少なく、ましてや元からゆるい部活だと言われているこの部活に参加している人が、そもそもあまりいない。
静かに部活をしていることが馬鹿馬鹿しくなるほどうるさい弓道場に何をするでもなく、ただぼぅっと、今日1日のことを振り返っていた。
「あこ、どうした?静かじゃん、今日。」
突然話しかけてきた部員に作り笑いを浮かべて、いつものように答える
「えっ、そうかな?はやく帰りたい気持ちがせりでてきて、それ押さえてるからかもしれない~」
おどけながらそう言うと、続けて他の部員が話しかけてきた。
「そう言えばさ、あこ。あんたまたクラスの子に笑われてたでしょ」
「なにそれ、知らない知らない!」
「あこさ、国語の時間朗読であてられたじゃん?それでさ、あこの読み方がキモいのなんのって」
「うわー、ひどいー」
「あこの存在自体が気持ち悪いから仕方ないって」
「あははは、それな!」
「てかほんと、あこトロすぎて体育とか一緒のグループの子が可哀想だったし」
スクールカーストの上位か下位かで悪口の質が変わる。
人に馬鹿にされることでしか、話題になれない人間に甘んじている私にも大概非ある。
だけど、人のあら探しをして、人を馬鹿にして笑っていたらスクールカースト上位になれるんなら、私は一生なれなくてもいい。
いじるといじめの丁度境目の罵倒を受けながら部活をするのも私の日常。
お調子者のふりをして、悪口を受け流すのも私の日常。
あぁ、神様、どうか、こんな日常に終止符を!
冬の突き刺すような寒さは、私をくるんでいる布団なんかじゃ防ぐことは出来ない。
心地よい眠りについていた私を、冷たい風が起こした。
………えっ、風?
窓は閉めきっていたはずなのに、どうして風なんかが吹いているのだろうと、疑問に思って飛び起きると、窓が、コンコン、と音をたてた。
「夜分遅くに失礼します。」
白と黒の、
「失礼失礼!起こしちゃってごめんね!」
双子とも言えるような
「部屋の中に入ってもよろしいですか?」
似たような風貌の、
「まぁ、拒否権は無いけどねー!」
ば、ばけもの……
化け物は、人間の顔が縦に2つ分あるほど長い顔を持っていて、目のような黒い空洞も縦に2つ並んでいる。
口はハサミで切ったように真っ直ぐ、そしてへの字口。
首のようなペンほどの細いものがその顔を支えており、服のような物を身に纏っている。
その服の下からは、タコの足のような歪な形の足が煙のように何本か揺らめいていた。
白服の黒い足の方がヴァイス
黒服の白い足の方がシュヴァルツ だ、そうだ。
ヴァイスが大人っぽいのに対して、シュヴァルツはとても子どもっぽくて、性格も色も反対だった。
気持ち悪さと違和感で今にも吐きそうだったが、小1時間ほど騒いだお陰で二人の化け物の姿にもなれてきた。
よって私はこの事態を夢だと思い込み、受け入れることにした。
だって、そのほうが面白そう。
「2人はここに何をしに来たの?」
「えっとねー、ハレとケを届けに来たんだよ!」
「ハレとケ?」
「ちょっと、シュヴァルツは黙っててください。」
「えー!やだ!僕が喋るのー!」
「うるさいですよ!シュヴァルツには説明が出来ないでしょ!」
「出来るもん!ヴァイスのけちんぼ!」
「なんですって!」
化け物も日本語で喧嘩するんだなぁ、とどうでもいいことを思っていると、ヴァイスがシュヴァルツを振り切り話始めた。
「僕たちはグラウと言う惑星から、王の命令で派遣されてきました。
僕たちの仕事は、能力の贈呈です。
さっき、シュヴァルツの言っていたように、ハレとケ、つまりは非日常、つまりは超能力を贈呈しにきたのです。僕らは贈呈者なのです。
超能力というものについて、ご存知だとは思いますが、ものを動かしたり、なにもないところから炎や水を造り出す力です。
それぞれの適正能力値によって、使える力の種類や、力の強さは異なりますが、大体はそのような感じと理解していただければよいか、と。」
「ま、まって、グラウ?別の惑星?適正能力値?理解が全く追い付かないんだけど、ちょっと助けて、シュヴァルツ」
「んっーとね、グラウっていうのは地球よりうーんとうーんと遠いところにある惑星でね、色が白色と黒色しかないの!
モノクロ?って言うらしいんだよ!
僕今まで、白と黒と、お隣の惑星のビビッド?カラーとかいう色しか知らないからびっくりしちゃった!地球って綺麗だね!
いろーんな色があって、すごいうらやましい!」
「グラウは小さな惑星で、月の半分程しかないんです。
だから、地球みたいにたくさんの国や言語はなく、惑星そのものグラウというくくりのものしかいないんです。
地球人はまだ行けていない遥か先のところにあるんですよ、グラウは。
僕らの技術でしたら、ひとっとびなんですけどね。
あと、適正能力っていうのはですね、やはり超能力を授かることのできる体は限られているんです。
この日本の人口は約1億2千万人だそうですが、この中の、ほんの一握りだけです。
適正能力値が1%でもあれば超能力を授けることが出来るのですが、これがなかなかいらっしゃらなくて。
ここ数日は0%の人しか見つけられなくてすごい大変だったんです。
でもやっと見つかりました、西澤亜子さん、おめでとうございます。」
服がのびてきて、手の形になり、私に握手を求めるような形になった。
あれはもしかして服なんかじゃなくて、胴なのかもしれないと思いながら私も手をのばした。
ヴァイスの手だか服だかわからない代物は、冷たくて、さながらスライムのようなやわらかさだった。