物事創始
初投稿で、処女作です。
(一)物事創始
俺ーー久曽人道成ーーは日本で一番嘘つきな男である。
これを聞いて今お前は絶対嘘だ、そんなわけがないと思っただろう。なに?いきなり変なことを言うなって?まあまあ俺の戯言に付き合ってくれよ。
それはあくまでお前の思い込みの話さ、俺がそんな嘘つきなわけがないっていう。でもな、世の中には思い込みってものが非常に数えきれないほど存在しているわけさ。
例えば、お金なんていい例だよ。金属の使ってある硬貨の方が本来なら価値が高いはずだ。けれども実際には、薄い紙一枚の紙幣の方が高い価値があると我々は信じている。人間の最大の弱点はこの思い込みってものじゃないかなんて俺は考えてる。なんでって?そりゃ人間、思い込んだらなかなか他のことを考えられなくなるからじゃないか。なーんちゃって。
まあお前の言う通り俺が日本一の嘘つきなんて、おそらく嘘になるのだろうが。実際俺の口から出る言葉の多くは嘘であり、それらは俺の意思とは裏腹に紡ぎ出される。そう、俺は歩くように呼吸をするようにそして、恋をするように嘘をつくことができるのだ。生まれて約三十年間磨き続けた賜物である。
よし、戯言はここまでにしておくか。俺にも一応仕事というものがあるんでな。え?どんな仕事をしてるのかって?俺に聞いて正しい答えが返ってくると思ってるのか?
まあいい、一言で言えば何でも屋だ。一昔前なら万屋ってやつなのかな。仕事に見合った金ならどんな仕事を引き受けるさ、どんな仕事でもな。
さて、俺は今日の依頼人についてもう一度確認しておこうと、数少ない手荷物の一つであるシステム手帳を取り出す。パラパラとページをめくると、お目当ての名前があった。
「生櫻美也」
これが今回の依頼人の名前である。俺に仕事を頼みにきたってことはどこかにこっちの世界の繋がりがあるのだろう。しかし、聞いたことのない名前だ。こういう生き方をしてると割と名前を聞いたことのある人に、仕事を依頼されることも多いのだがどうやら今回は違うらしい。生櫻と聞いたときは、かの有名な大手文房具メーカーである桜コーポレーション関連の人間かと思ったんだけどな。探ってみたけど美也なんて名前は引っかからなかったわけだし。
電話での声の限り女だとは思うのだが、世の中には声の高い男もいるわけで、それこそ思い込みは良くない。ボイスチェンジャーなんて便利なものも発明されているしな。
手帳を閉じ、携帯電話と財布を小さい鞄に適当に詰め込み俺は自分のホテルを後にする。
「まあ今回も大した仕事じゃないだろうな」
その時俺はそう思っていた。
そう思い込んでいたのだった。