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転生者の憂鬱  作者: 八緒あいら(nns)
第一章 幼女編
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第九話「お買い物」

 一ヶ月が経った。


 随所に残っていた雪もほとんど溶けてなくなり、草木が徐々に花を咲かせていく。

 キシローバ村ではほんの数ヶ月しかない、本格的な春の到来だ。

 冬は冬で楽しめる風景はたくさんあるが、春の(いろどり)には敵わない。


 色鮮やかな花を眺め、ぽかぽか陽気の日向を歩けば自然と気分だって上昇する。


「はぁ……」


 そんな中、私の気分は絶賛下降中だった。


 大事な事だからもう一度言おう。

 あれから――魔法の練習を始めてから――、一ヶ月経った。


 なのに私は、未だ魔力収集ができないでいた。


 クドラクさんもいろいろと手を尽くしてくれている。

 最初はすぐに出来るだろうと思われていたようで放置気味だったが、三日経っても全く進歩なしとなると親身になって教えてくれた。

 領主様にも相談し、何人かのヴァンパイアに交代して教えてもらったりしたが、それでも駄目だった。

 聞いて駄目なら自分で調べようと、参考書をいくつか読ませてもらおうとしたが、初心者向けのものは置いていないと断られてしまった。


 ここまでできないとなると才能が無いのかと疑うところだが、魔力は確かに目視できている。

 魔法が使えなければ魔力を視認することはできない。

 つまり、私には魔法を使う力が備わっているのだ。


 なのに未だに、魔法を使う前段階で立ち往生していた。



 ……そうそう。例の同級生であるイワンだが、「落ちこぼれには付き合ってられない」と、授業開始一週間目から顔を出さなくなった。

 クドラクさんが私にばかり構うので、逆に彼が放置された結果だ。

 本当に申し訳ない……。



 ◆  ◆  ◆



「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「……エミリアちゃん、ため息を付くと幸せが逃げるって教わらなかった?」


 夕飯の買い物を済ませた私は、ウィリアムの家に赴いた。

 特に用事は無い――分割払いは続行中だが、今月分は既に払い終えた――が、ここのところ午後の時間はいつも彼の家で過ごさせてもらっている。

 きっと魔法の練習で荒んだ私の心が、彼から発せられるマイナスイオンを無意識に求めているんだろう。


「魔法ってそんなに難しいの?」


「誰もつまづかないような、魔法を使う前段階でつまづいている」


 クドラクさんの代わりに教えてくれたヴァンパイアの人たちが口を揃えて言っていた。『こんなところで(つまづ)くはずがない』と。


「エミリアちゃんにも不得意なことってあるんだね」


 ウィリアムは弓のメンテナンス中だ。

 邪魔をしている自覚はある。「出て行け」と言われたら素直に出て行く心積もりでいつも来ているが、まだ一度も言われていない。

 私の生産性のない愚痴を聞き流すこともせず、ちゃんと聞いてくれている。

 面倒見がいいというか……。彼のこういうところが大好きだ。

 もちろん口には出さないが。


「前も言ったが、私は完璧超人じゃないぞ。出来ないことなんてたくさんある」


「限りなくそれに近いと思ってたよ」


「それは過大評価だ。これまでに数多く起こしてきた失敗談を一から聞かせてやろうか?」


 そこいらの転生者と一緒にしないでくれ。

 私は出来損ないの落ちこぼれなんだ。

 床にだらしなく寝そべり、ゴロゴロと転がる。


「ちょっとエミリアちゃん、スカートめくれてるよ」


「んー?見たいなら見ても良いぞ」


「……あのねぇ」


 メンテナンスを終えた弓をギターのスタンドみたいな台に置き、私を抱き上げる。


「ぐてー」


 それに逆らわず、スライムみたいにべったりと体を預ける。

 暖かい。母ほどではないが、彼の体温も結構落ち着く。


「……こりゃあ重症だなぁ」


 無気力になりかけている私に、彼はある提案をする。


「ねえエミリアちゃん。ちょっと出かけようよ」


「んあ?」



 ◆  ◆  ◆



 ウィリアムに連れられるまま来た場所は、村の広場だった。

 広場と言っても、噴水や銅像があるわけではなく、本当に何もないただの広場だ。

 普段は通り道でしかないその場所に、今日は何故だか人だかりができていた。

 見かけない馬車がいくつも平行に並べられ、荷台の中身らしき品物が風呂敷の上に所狭しと置かれている。

 一番大きな馬車に、『大安売』という看板が掲げられていた。


「あれは?」


「行商だよ」


「行、商?」


 聞いたことがある。確か、旅をしながら行く先々でモノを売買する商法の一種だ。

 地域によって入手しにくいものを安い地方で仕入れて売り、得たお金で今度はその地方の特産物を安く買い、またその特産物が高く売れる場所まで運んでいく……を繰り返してお金を稼いでいく。

 モノの流通が盛んだった前世ではほとんど見られなかった形態の店だ。


 ほとんどの場合、行商は単独では行動しない。盗賊などに襲われる危険性が増し、護衛を雇うことで利益が圧迫されるからだ。

 なのでギルドを通して隊列を組み、そこに護衛を数名つける……というのが一般的な行商のパーティ構成だ。ヒトが集まることで襲われる危険が減り、護衛の賃金も分割すれば安く済む。

 商人らしい、実に合理的なやり方だ。


 キシローバ村は王国の端にあり、しかも豪雪地帯ということで彼らは春にしかやって来ない。

 ――そういえば回覧板に行商一行が来るって書いてあったな、と遅まきに思い出す。


「こんなところに連れて来て、何をしろと?」


「珍しいものがたくさんあるから、気分転換になるかと思ってね。魔法魔法であまり根を詰めすぎるのもよくないよ?」


「む……」


 彼の言う通り、最近の私は魔法にばかり傾注しすぎていた。

 新しい料理に挑戦しなくなったし、文字も勉強しなくなった。部屋の掃除も若干手抜き気味だ。

 いつ何時(なんどき)でも、考えるのは魔法の事ばかり。


 たまには魔法というものを忘れて、別の何かに集中するのもいいかもしれないな。

 何より、せっかくのウィリアムの提案だ。無下に断ることはできない。


「ありがとう、ウィリアム」


「どういたしまして。それじゃ、一時間後にまたここに」


 軽く手を振り、ウィリアムは矢を取り扱っている行商へと足を進めた。


 さて、私は何を見ようかな……。



 行商は荷台によって違う特産品を積んでいた。

 ネックレスや指輪などの装飾品、剣や盾などの武具、この地方では採れない食材等々……ウィリアムの言う通り、目に映るもの全てがこの村では珍しく、見ているだけでも楽しくなってくる。

 もちろん買う気は一切無い。ウィリアムへの支払いが終わるまでは節約しなければならないからだ。

 売り手にとっては非常に迷惑な客だ。


 ぶらぶらと当ても無く歩いていると、いきなり呼び止められる。


「ちょっと、そこのお嬢ちゃん!」


 声のする方を見やると、私に向かって手をブンブン振っている青年の姿が見えた。

 年齢はウィリアムと同じか、それより少し若いくらい。灰色の髪に黒――いや、藍色の瞳。

 手をよく見ると指が六本ある。


 ――ドワーフだ。

 手先が器用で、この世に存在する有名な武具のほとんどは彼らが作り上げたとか。

 この世界のドワーフ種族は髪と瞳と指の本数以外、人間種族と外見は変わらない。

 一般的なドワーフにありがちな髭モジャでもなければ、ずんぐりむっくりな体型でもない。

 青年は少し癖のある髪をしていた。天然パーマだ。

 そして、瞳は寝ているのかと思うくらいに細い。糸目だ。


 ――なんか怪しい。


 非常に失礼だが、彼に抱いた第一印象はそれだった。理由は特に無いが、自分の中の何かが警鐘を鳴らしている――気がする。

 彼も行商の一行らしいが、商品は並べていなかった。


「なんだ、私に何か用か?」


「ふむ、ふむふむふむ」


 じろじろ視線をさ迷わせながら私の周囲を回る怪しいドワーフの行商。

 それを怪訝な目で睨んでいると、彼はニパッと笑って馴れ馴れしく頭に手を乗せた。


「いやぁ失礼。白髪が珍しかったもんで、つい。気ィ悪くしたんなら堪忍やで」


 彼の言葉は(なま)りが強く、すごく聞き取りにくかった。


「用はそれだけか?なら私は行くぞ」


「ちょっと待ちー!せっかく出会ってんから自己紹介させてや!ボクはマイン言うねん」


 ドワーフの行商は私の足にすがりついてきた。

 怪しい奴であろうと、名乗られては――嫌だけど――名乗り返さない訳にはいかない。


「……エミリアだ」


 怪しいドワーフの行商改め、マインは立ち上がって手をモミモミさせる。


「エミリアちゃんか。ええ名前や!ここで会ったのも何かの縁や!特別にボクのとこの商品を半額で売ったろ!」


「生憎と今は持ち合わせが無い。残念だがまた今度な」


 きびすを返して別の行商のところに行こうとするも、再びヘッドスライディングで足を止められる。


「待ってーや!買わんでも、せめて見ていくだけでもええから!」


「分かった!見る!見るから足を離せ!」


 根負けしてしまった。

 商人の執念、恐るべし。

 ……まあ、どうせ見たところで買えないんだし、いいか。


「で、何を取り扱ってるんだ?」


「本や」


 本、と聞いて、私の耳がピクリと反応する。


「ボク、まだデビューしたてやから、行商ゆーても何を持ってっていいんか分からんくてな。ほんで利回りが良くてかさばらへん本を選んだんやけどさっっっっぱり売れんくて」


 そりゃそうだろう。

 この村の識字率はそこまで高くないし、文字に対して苦手意識を持っているヒトも多い。

 本も買えないほど困窮している家は無いが、だからと言って好き好んで買おうとは思わないだろう。

 完全に仕入れミスだ。


「とりあえず一冊でも売れんとこの後がないんや」


「話は分かったが……どうして私に声を掛けて来たんだ?」


「朝、お姉さん連中に売り込みしてたら、白髪のエミリアちゃんは本好きだからひょっとしたら買ってくれるかも、って言うててん」


 私の事は既にリサーチ済みだったのか。それであんなに必死に……。

 本は確かに好きだが、買うとなると話は別だ。

 半額となるとモノによっては買えなくもないが、買ってしまうと首が回らなくなる。


「とりあえず何の本があるか見せてくれ」


「よっしゃ」


 マインが持っていたのは、三冊の本だった。


『ヴァンパイア王国の歴史』

 そのまんま、建国から最近に至るまでの歴史を大まかに記した本だ。

 少しだけ中身を見せてもらったが、何代目の誰々が王に即位して税制の改革を行っただの、誰々王子が種族の垣根を越えた和平を実現させただの、本当にただの歴史書だった。

 値段は小銀貨一枚。

 歴史に興味はあるが、わざわざその値段で買ってまで読みたいとは思わない。


「次」


「ほい」


『家事入門(中級編)』

 炊事、洗濯、掃除の方法をさらに詳しく書いた教本。内容は初級編よりも難しく、加えて裁縫の方法まで書いてある。


「……」


「お、どしたんや?」


「……バイブル」


「はい?」


「これ、いくらだ!?」


「ええと。それも小銀貨一枚やな」


 マインが提示した値段は、半額だから当然だが――破格だった。

 長年読みたかった本が、今なら、半額で、買える。

 この機を逃せば――以後は倍の値段でないと購入できない。


 決断は早かった。


「売ってくれ!」


「まいど!」


 人生で生まれて初めて衝動買いをしてしまった。今月はかなり苦しくなるな……。

 しかし、後悔はしていない。むしろ清々しささえ感じている。

 求めていたものを手に入れた至福の余韻に浸る。


「うへへへへへ」


「お嬢ちゃん、顔がオモロいことになってるで」


 失礼な。せめて表情が豊かだと言って欲しい。

 そういうマインもマインで、初めて商品が売れた!となかなかに面白い顔になっている。


 ひとしきり笑い合った後、マインがぽつりと告げた。


「あ、一応最後のヤツも見とく?」


「そうだな、見せてくれ」


 家事入門(中級)を買うんだから、最後の本が何であろうと購入できない。

 でも、何なのか気になったので見せてもらった。


「ほい、こいつや」



『ゼロからはじめる魔法入門』



「なにぃーーーー!?」


「どしたんや、いきなり叫んだりして」


「な、なんでもない……」


 思わず絶叫してしまった……。

 あれだけ求めてやまなかった魔法の入門書が、ここに……!

 ヴァンパイアの人達ですらお手上げ状態だったけれど、これがあれば八方塞がりの状況を打破できるかもしれない。


 しかし、家事入門(中級)との同時購入は絶対にできない。

 そんなことをすれば私は破産だ。

 ギャンブルに負けた時のように『ぐにゃあ』となってしまう……!


 欲しい度合いで言えば家事入門の方が上だ。長年読みたいと思い続けていた。

 しかし今は息抜きと称して現実逃避しているが、明日からはまた魔法の勉強だ。

 実用度合いで言えば、魔法入門の方が上になる。


 家事入門(中級)か、魔法入門か。




 そのまま三十分以上、悩みに悩み抜き、ようやく心が決まった。


「マイン。こっちだ。こっちの本を……売ってくれ」


 断腸の思いで家事入門(中級)を返し、魔法入門を購入する。


「ほお。エミリアちゃんは魔法使えるんか」


「まだ勉強中で、行き詰まっているところだ」


「それやったら、そっち買って正解やで。すごい分かりやすいって王都でも評判やから」


 ただ単にお金になればいいのであれば、口八丁で身なりの良い大人に売るのが一番だというのに、彼は本が好きという理由だけでお金も無い私に商品を売り込んだ。

 これで私が買わなかったら完全に時間の無駄になるのに、だ。

 いきなり半額にしたことといい、合理的に利益を追求する商人らしからぬ非合理的なやり方だ。

 ……こういう変わった商人もいるんだなぁ。


 本を購入したことで貯金は完全に底を尽きてしまったが――まあ、また貯めなおせばいい。

 お金は貯める物じゃない。使うものだ。

 使ってこそ、はじめてその価値を発揮する。

 さようなら、家事入門(バイブル)……また会う日まで。


 胸中で涙を流していると、マインは掌を差し出した。


「まいど!ほんじゃ、小銀貨一枚と白銅貨二枚な」


「――え?」


 小銀貨一枚と、白銅貨二枚……?


「小銀貨一枚じゃないのか?」


「それは歴史書と家事入門の値段や。こっちは魔法の専門書やから、ちょっち値段張るで」


 ――どの本も同じ値段だと、勘違いしていた。


 ――私の手持ちを全てつぎ込んでも、足りない。


 ――足りない。


 ――足りない。



 ◆  ◆  ◆



「ウィリアアアアアアァム!!」


「ど、どうしたのエミリアちゃん!?」


 私は猛ダッシュで彼の元へ駆け寄り――そのままの勢いで地面に頭を付けた。

 前世では架空の物語の中でしか使われなかった奥義――スライディング土下座だ。

 これをすれば、ありとあらゆる罪が許されたり許されなかったり、どんな無茶な頼みごとでも叶うとか叶わないとか。

 周辺にヒトがいるのも構わず、私は叫んだ。


「お金貸してくださいッ!!」




 ――それからしばらくの間、ウィリアムはいたいけな幼女を公衆の面前で土下座させる鬼畜、という噂が立った。


 ウィリアム、ごめん。

NG集


『割引』


 ――足りない。


 ――足りない。


「そうだマイン。さっき足にしがみついた時にさりげなく私の下着を見ただろう。その分値引きしてくれ」


「無償でお譲り致します」



『買物黙示録エミリア』


足りないッ……!


圧倒的不足ッ……!


ぐにゃあ。


「おぉ!?お嬢ちゃんの顔がスゴいことに!?」

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