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転生者の憂鬱  作者: 八緒あいら(nns)
第二章 少女編
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★リクエストSSその二「ルガトさんはただ仲良くなりたい」

<ルガト視点>


 ヴァンパイア王国内には、二つの派閥が存在している。

 二つあるうちの一つ、純血派という派閥に僕の一族は属している。


 ヴァンパイア種族以外のヒト科動物はすべからく『家畜』なんていう選民思想的な派閥だ。

 扱い方の大小はあれど、どの純血派もそういうスタンスで他種族と接している。


 接している――のだが、ある出来事がきっかけで、僕は疑念を抱いていたこの考えを放棄した。


 ヴァンパイア種族以外のヒトは、良き隣人だ。

 共に手を取り合い、協力し合わなければならない。



 そのためーーという訳ではないけれど、僕は最も身近な専属使用人であるアリシアとどうにか仲良くなれないかと日夜、画策している。


 一度はギクシャクした関係になってしまったけれど……誘拐事件をきっかけに、わだかまりは少しだけ解けたように思う。


 思うんだけど――何というか、以前よりも目を合わせてくれることが少なくなった。

 僕が近付くとさりげなく離れようとするし……。


 僕が目標にしているのは、エミリアとイワンのような関係だ。

 あの二人は人間種族とヴァンパイア種族なのにも関わらず仲が良い。


 アリシアとあの二人のように手を取り合えたら、それはどれだけ素晴らしいことだろう。


 そんな風に思いはするものの、具体的に何ができる訳でもなく日々を過ごす僕に――転機が訪れた。






「アリシア。明日の午後は何か予定があるかい?」


「えーと……買い出し以外は特に何もありません」


 声をかけると、肩をピクリと震わせるアリシア。

 いきなり予定を聞いたりして失礼だったかな……なんていう心の不安を無視して、僕は努めて平静を装う。


「良かったらなんだけど、頼みを聞いて欲しいんだ」


「は……はい。何なりとお申し付けください」


「カーミラ氏にいい喫茶店を教えてもらってね。そこに行ってみたいんだけど、一人じゃなかなか入り辛くて……一緒に来て欲しいんだ」


 アリシアは僕に雇われている身だ。

 余程のこと以外は従ってくれるけど……それじゃ意味が無い。


 「一緒に行こう!」 なんて言うと責任感の強いアリシアは「行かなくちゃいけない!」 と思ってしまう。

 だからここはあえて下手に出て『お願い』という形を取る。


 こうすれば、変な義務感に囚われることなく誘いに乗りやすいはずだ。


「そ――それって……デ……」


 アリシアは戸惑うような仕草を見せている。

 気のせいか、頬が赤くなったような……。


 想定していた反応と少し違う。

 顔が赤い……怒っている?

 失敗か?


 アリシアがなかなか返事をしてこないので、僕は仕切り直そうとする。


「あ、いや。予定が合わないなら無理にとは……」


「……ます」


「え?」


「行きます……その、ぜひ、ご一緒させてください」


 アリシアは控えめに首を縦に振ってくれた。

 ……これも、予想していた反応とは違う。


 でも、目的である誘いには乗ってくれた。

 僕は心の中でガッツポーズを取る。


「それじゃ、当日はよろしく」



 ◆  ◆  ◆



 ことの始まりは、数日前に遡る。

 その日、僕は宿泊街の一角である行商街に来ていた。

 特に買いたい物がある訳じゃない。

 強いて言うなら、情報だ。


 数ある職種の中でも、行商人は最も情報に対して敏感だ。

 王都の外の様子や国外の情勢など、何気ない会話でも学べることは多い。


 適当に物を買いながら商人と世間話をするだけで、様々な情報を得ることができる。

 本来なら値段の付きそうな情報(モノ)でも『ヴァンパイア種族だから』という理由で――こういう時、種族の権威というものは有利に働く――教えてくれたりもする。


 なので、買う物が無くても週に一度くらいはここを訪れるようにしている。

 ……ちなみに、今の話は全てカーミラ氏の受け売りだ。




 しかし――僕はその日、運命のモノと出会ってしまった。



『これで分かる! 女性とお近づきになれる方法百選』



 本を専門に売っていたドワーフ種族の青年――何か月か通っているけど、初めて見る顔だった――が言うには、これを読んで女性と仲良くなれた人が続出している話題の書籍らしい。


 僕は迷わず、それを購入した。


「これを読めば、アリシアと仲良くなれる!」



 ◆  ◆  ◆



 そして、話は冒頭に戻る。

 本の内容とアリシアの反応に違いはあったけど、ちゃんと誘うことができた。

 本の通りにやれば、きっと大丈夫だ。



 あっという間に次の日になり、僕らは二人で目的の喫茶店に向かった。


「さ、入ろうか」


「は……はい」


 店員に案内されるまま窓際の席に座り、メニューに目を通す。


「アリシア、なにを飲む?」


「ええっと……」


 アリシアはメニューに目を通し、どれにしようかと悩んでいる。

 それをぼーっと眺めている――つもりはない。



 これまでは手探り状態だったけど――今の僕には、何をどうすれば良いかが手に取るように分かる。

 ここ数日、寝る間を惜しんで熟読した例の本。


 どういう状況で、どういう選択をすれば最適なのか?

 僕の頭の中には、それが全て入っている。


「あの、ルガト様は何を飲まれるんですか?」


 いつもよりそわそわした様子のアリシア。

 『僕』という存在が、緊張を強いているんだろう。

 でも、それも――今日で終わりだ!


 イワンとエミリアのような、気兼ねなく何でも話せて助け合える仲に、僕らはなるんだ!


「んーと。僕はこれが飲みたいかな」


「え……えぇ!?」


 アリシアは自分で出した声の大きさに驚いて、恥じるように周囲を見回してから――小声で確認を取ってくる。


「ほ――本当に、『これ』を頼まれるんですか……!?」


「うん。だめかな?」


 僕が指定した飲み物は、オレンジジュースだ。

 内容は何の変哲もないものだけど、普通のものとは容器が違っている。

 通常サイズよりも大きなグラスにストローが二本差さっているものだ。

 二人で分け合って飲むことができる、こういう店ならではの飲み方だ。


 ――こういった、普通では飲むことのできない特別なジュースを飲むことで、互いの距離はより縮まる!


 ……と、本には書いてあった。


「あの、えっと、その……るるる、ルガト様がこれでいいと仰るなら……」


 しどろもどろになるアリシア。

 熱でもあるんだろうか……顔が赤いような気がする。

 本では「わぁ、ありがとう」というフキダシの付いた笑顔の女性の絵が描かれていたけど……少し、反応が違っている。


 選択肢を間違えたんだろうか。

 いや、大丈夫なはずだ。

 誘った時も少し反応が違っていたし、誤差の範囲だ。


 ミスをしていないか、という不安を押し退け、注文が来る間は本に書かれた内容に沿って会話を進めた。


「そ……それにしてもここ、お洒落ですよね。使っている調度品とかも綺麗なものが多いですし」


「そうだね。でもアリシアの方が綺麗だよ」


「……ふぇ!?」


 本には、『とにかく相手を褒めるべし』と書いてあった。

 仲良くなるには、これに尽きる。

 特に『かわいい』『美しい』『きれい』という言葉は積極的に使っていけ、とのことだ。


「ああああの、え? えぇ!?」


「何を驚いているんだい? 僕は美しいものは美しいと、当然のことを言っているだけだよ」


 なので僕はとにかくアリシアを褒めまくった。

 当のアリシアは目を渦状にさせながら、手をパタパタと振っていた。


「る……ルガト様!? どうされたんですか!? なんだか今日は……その……」


「変かな?」


「いいいいえ! あの……嬉しい……です」


 ――ここだ。

 僕は本に書かれた選択肢通りに、アリシアの手を握った。

 相手を褒めまくった後なら、手を握ってもOK! 

 これで二人の仲は急接近――できるらしい。


「ひぅ!?」


「アリシア――とっても可愛いね。ずっと見ていたいよ」


「へぁ!?」


 アリシアの手が、顔が、耳が……急激に熱を帯びたように赤くなる。

 帯びたように、ではない。

 本当に……熱い。


「アリシア?」


「――きゅぅ」


 彼女はそのまま、目を回して倒れてしまった。



 ◆  ◆  ◆



「どうしてこうなった……」


 結局、本の通りに二人の仲が良くなることはなかった。


 むしろ逆で、これまで以上に顔を合わせてくれなくなってしまった。


 あれ以来何度も、例の本を読み返した。

 けど、選択肢は間違っていない。

 これで仲良くなれるはずだった。

 なのに、結末は全く違うものになっていた。


「僕は何を間違えたんだ……」


 ……何を言おうと、時間は元に戻らない。

 また少しずつ、地道に信頼関係を築き直していくしかない。


 はぁ……。


「あ、あの……ルガト様?」


「うん?」


 部屋の扉に体を隠すようにしながら、アリシアが控えめに声をかけてきた。


「その……今度、私のお気に入りの店に行きませんか?」


「え?」


 僕が聞き返すと、アリシアは顔を隠しながら、


「その……。前回ご迷惑をおかけしてしまったお詫び……です」


「――ああ、そういうことか」


 一瞬、作戦が成功していたのかと思ってしまった。

 お詫びなんてする必要のないことだけど……彼女からこうして誘ってくれるのは、純粋に嬉しい。


「じゃあ、今度の休みにでもお願いしようかな」


「はい……! じゃあ、当日はよろしくお願いします……♪」


 扉が閉まったあと、僕は再び大きな溜息を吐いた。





「はぁ……どうしたら仲良くなれるのかな……」

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