EX五話(第八十三話)「敵」
「なんの……ために?」
「不用品の処分と、復讐だ。奴は父様に深い恨みを持っていた――だから、その子供である姉と俺を真っ先に狙わせた」
『駒』となったエミリアはまずねーさまを殺し――そして、未来の俺に牙を剥いた。
口を動かすことすら苦痛であるかのように、未来の俺は渋面を作った。
「優秀な研究者であり、同時に優れた魔法使いだったエミリアと俺の戦いは長く続いた。俺は……あいつを、ずっと説得し続けた。やめてくれ、戦いたくない……と。エミリアはずっと笑っていたよ。
朝、起こしてくれるとき。
飯がウマイと言ったとき。
おやすみのキスをしてくれるとき。
俺にいつも向けてくれた……あの、最高に可愛い笑顔で……ぅく……俺を殺すための魔法を……ぐっ……何度も、何度も……撃ってきた」
「……」
顔をくしゃくしゃに歪め、未来の俺は目尻を潤ませた。
……そういえば、未来の俺はエミリアと結婚しているみたいだった。
どういう経緯を踏めばそうなるのか、全く想像がつかないけど、お互い好き合っていたんだろう。
そんな相手に、いつもの調子で殺されかける。
……考えただけでも、胸が押し潰された。
「逃げようとする俺を引き留めようと、エミリアは周囲の、無関係の人々も殺し始めた。俺は国の秩序を守る『剣聖』という立場を優先して――妻を、エミリアを殺した。 ……もっと俺が考え深ければ、もっと強ければ、殺さない方法はいくらでもあったのに…………ぐそぉ!」
ワシリーは地面に拳を叩き付けた。
……しかし、雪に痕は付いていない。
「……すまん。少し、冷静さを欠いた」
「気にすんな」
コイツはそれだけエミリアを……好き、ってことなんだな。
たぶん、今も。
未来の俺は目元を拭うと、すぐに話を再開させた。
「ワシリーはそれまでのヴァンパイア王国を事実上の崩壊に導き、自分に従う者だけを連れて新生ヴァンパイア王国を建国し――人間以外の種族を殺し始めた」
「なんで人間以外なんだ?」
「世界中にヴァンパイアと人間しかいなくなったら、優秀な種族はヴァンパイアだけになるだろ?」
ヴァンパイア種族よりも下の種族を一種残しておくことで優劣をはっきりさせ、自己顕示欲を満たす。
他の優秀な種族を絶滅させてでも、自分たちが優位に立ちたかったようだ。
「俺はエミリアと子供を殺してしまったショックで心神喪失状態になったが――運良くウトに助けられ、生き延びることができた」
――そして未来の俺はそこで剣を捨て、魔法の道を選んだ。
◆ ◆ ◆
「エミリアのノートは、二種類あった」
ワシリーが燃やしたのは清書された提出用のものだった。
エミリア(と、未来の俺)の家には、下書き用のノートが二冊残っていたのだ。
……あのノートが母親からもらったものだとしたら、最初の俺はどんな人生を歩んできたんだろうか。
少しだけ気になった。
ノートに書かれていたものは殴り書きに近いものだったが、それをヒントに未来の俺は使えそうな術がないか、一つ一つ調べていった。
そして閃いたのが――『輪廻術』を使えば、エミリアを助けることができるのではないか? という案だ。
「俺は目標を『ワシリーへの復讐』から『エミリアの救出』に変更した」
『輪廻術』は下書き用のノートには何も記されていなかった。
手っ取り早く使うには、どうしてもワシリーを捕らえる必要があった。
単に魅了術を使っても、『輪廻術』を使われれば元の木阿弥になる。
未来の俺は、『輪廻術』を回避しながらワシリーを捕らえる方法を、何年も、何年も研究した。
「辿り着いた答えが――魅了術で俺の人格を複製し、ワシリーの身体を乗っ取る、という手法だ」
ただ魅了術を使うだけではすぐに勘付かれてしまう。
ワシリーが気付く前に、術を使い終わらなければならない。
そこで未来の俺は、魅了術『遠隔』という術に着目する。
離れた場所であっても条件さえ満たせば、目を見ることなく魅了術を掛けることができるというものらしい。
……エミリアが開発した、魅了術の発展形の一つだ。
「何人もの仲間を犠牲にして、俺はようやく、ワシリーの身体を乗っ取ることに成功する」
ようやく。
ようやく、努力が報われた。
『輪廻術』は使用者の思い通りに歴史を改変できる。
エミリアを生かすことだって造作もない。
……だというのに、未来の俺の表情は暗いままだった。
「本当の『敵』がいることに……その時の俺はまだ、気付いていなかった」
◆ ◆ ◆
未来の俺は『輪廻術』を使った。
もともとの未来の俺はワシリーとして過去を生きることになるが……エミリアが助かるならそれでもいいと、受け入れた。
エミリアが死なずに、イワンと幸せに暮らしてくれればそれでいい。
それだけを願い、未来の俺は歴史を変えた。
はじめはごく短い時間を遡った。
エミリアに『白の種族』の研究を禁止させたり、
王国の職員に採用しなかったり、
ヴァルコラキやヴェターラが生きている間に純血派を解体する、という方法も取ったらしい。
しかし……そのどれを選択しても、最終的にエミリアは死んだ。
未来の俺は、何度も時間を遡った。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
徐々に遡る時間は増えていく。
一年、二年、三年。
どれだけ遡っても、どんな選択をしても、エミリアは死ぬ。
やがてキシローバ村で最初に会った頃まで戻るようになった。
そこが、時間を遡れる限界点だったようだ。
それまでの失敗を踏まえ、そこを起点にエミリアが生き延びる方法を探すことにした。
これだけの年月を巻き戻れば、選択肢は無限にある。
そのどこかで、エミリアが生き伸びられる未来が必ずある。
――当初は、そう思っていたらしい。
しかし、そんな予想を嘲笑うようにエミリアは死んでいった。
「俺は最初、ワシリーさえ消せばエミリアは助かると思っていた。だから村が壊滅した後、あの母親の元で暮らすように仕向けた……だが」
「だが?」
「駄目だった。その未来を選択すれば、エミリアはヴェターラに殺される」
「――!」
キシローバ村の住人たちが移り住んだ町は大きく、常駐しているヴァンパイア種族の数も多い。
周辺に湧く魔物の数は多いが、村人たちが――見張りも含めて――戦闘に駆り出されるということはない。
あの町で母親と過ごす以上、エミリアは強くなれない。
その状態で母親が連れ去られ、助けに行ったとしたら。
勝敗は簡単に想像できる。
あるいは、エミリア自身がヴェターラの生贄になっていたかもしれない。
「あの時点からエミリアが死なないようにするためには、エミリア自身にもある程度の力を持っていてもらわなければならなかった。最低でも、ヴェターラを倒せる程度には」
エミリアを母親から引き離したのは、他ならぬエミリアを守るためだった。
一つ選択肢を正しても、その次の選択肢でエミリアは死ぬ。
紛争地帯で、砂漠で、大森林で。
盗賊に、ベルセルクに、エルフに殺される。
他にも、他にも他にも他にも。
まるで世界が彼女を拒むように、エミリアは死に続けた。
エミリアを『駒』にして、安全な屋敷の地下に軟禁状態にしたこともあったらしい。
これならさすがに死ぬことはないだろうと。
――巨大な地震が起こり、ヴァンパイア王国が多大な被害を受けたのは後にも先にもその一回だけだった。
地下で暮らしていたエミリアは、逃げ場もなく……。
「うっ……」
俺は口元から何かがこみ上げるような気がして嘔吐いた。
さっき見たエミリアの死体。
ほんの一瞬で体が脱力し、四肢が震え、涙が零れる。
そんなエミリアの死を、こいつは、未来の俺は……一体、何度見てきたんだ?
「……地震が起きた時、俺は確信した。敵は、ワシリーではなかったことに」
「どういう意味だ?」
「運命を歪める、という話は覚えているか?」
「……ああ」
――転生者はこの世界にとって劇薬だ。定められた他人の運命をも呑み込み、変えてしまうほどにな。
初めて出会ったとき、エミリアに対してそんなことを言っていた。
「本来なら起こるはずのない事態だった。不完全な『転生術』を使ったが故の副作用だ」
『転生者』は、世界の法則を捻じ曲げた末に誕生する。
そこには、大なり小なり『歪み』が生じる。
その歪みが、運命を変えてしまうのだ。
「本当の『転生術』には、その『歪み』を中和する呪文が組み込まれている……ワシリーは目的を優先するあまり、それを省いたんだ」
『転生術』で継承する記憶が古ければ古いほど、歪みは大きくなる。
エミリアが継承した記憶は、古いかどうかさえも不明な、ただただ異質なもの。
それが生じさせる歪みの大きさは、計り知れない。
「転生者が歪める運命は周辺の人物だけではない。常に歪みの中心にいるエミリアも含まれている。あいつの運命は常に歪み、変質し――最終的に、死に至る」
「なんだよ……それ……じゃあ、敵は『運命』とでも言うのか?」
「そうだ」
俺の問いかけに、未来の俺は頷いた。
「エミリアを殺す真の敵とは『運命』であり――ひいては『世界』そのものだ」
NG集
『意味深』
「エミリアはずっと笑っていたよ。
朝、起こしてくれるとき。
飯がウマイと言ったとき。
おやすみのキスをしてくれるとき。
あと、夜に……」
そこで未来の俺は、わざとらしく咳払いする。
「この話はまだ子供のお前には刺激が強すぎるな」
「……そこで切られるとすごい気になるんだが」
◆ ◆ ◆
『輪廻術』
「俺は『輪廻術』を使い、何度も、何度も同じ時を繰り返した」
未来の俺はそう言って、盾状の何かを取り出した。
「『輪廻術』を使うと、ここが半分だけカシャっと動いて時が巻き戻るんだ」
「どこの魔法少女だお前」
◆ ◆ ◆
『輪廻術2』
「俺は『輪廻術』を使い、何度も、何度も同じ時を繰り返した」
未来の俺はそう言って、耳当てのようなものを取り出した。
「電話レンジ(仮)を改良したこいつを使うことで、『輪廻術』は作動する」
「シュタ〇ンズゲ〇トの向こう側に行ってろ」




