EX四話(第八十二話)「両親」
「未来から来た、だと……?」
「それが『輪廻術』の力だ。記憶を持ったまま一定の時を遡り、未来を変えることができる」
自分が死ぬような運命であっても、術さえ発動させればそれを回避することができる。
さっき見た未来の風景とやらで、「俺は無敵だ」とワシリーは言っていた。
そんな術が本当にあるのなら……確かに、誰もそいつを倒すことなんてできない。
あまりにも突拍子もない話だったが――それを信じるための土台はできていた。
そう信じるように何らかの術を掛けられている、という可能性もゼロではないけど……そこまで疑い始めると何も話が進まない。
とにかく、エミリアに及ぶ危険のことを聞きたい。
多少の疑問はあるが、それを呑み込んで俺は先を促した。
「俺が辿った未来では、ちょうどお前くらいの年の頃に親和派と純血派の抗争が激化し始める」
未来の俺が言うには、ヴェターラが生きているかどうかで派閥闘争は大きく変化するようだ。
今はヴェターラが居ないから、そこまで大きな騒動にはなっていない。
「姉がヴェターラを殺し、俺とエミリアで共闘してヴァルコラキを葬ったところで、四代目が純血派の解体を宣言する」
純血派が不利だと悟るや否や、四代目王はすぐさま掌を返した。
そして病床を理由に王位交代を渋って時間を稼ぐ間に、エミリアを正式に王国の職員として迎え入れる。
ヒト科動物研究所、魔法専門研究員――それが未来のエミリアの肩書だ。
はじめは見た目と種族で他の職員から差別されていたが、そんな逆境をものともせずにエミリアは頭角を現していく。
失われた種族の術の再現や、三つしかなかった魅了術の発展形、人間種族の魔法能力向上など……エミリアの功績を数え上げるとキリがない。
「今思えば、あの頃から既に何かがおかしかった。何日も研究所に寝泊まりし、四代目に懇意にされて喜ぶあいつを俺が引き留めていたら……」
悔しそうに、未来の俺は顔を歪める。
悲しみと、後悔と、自分を責めるような表情に、何故か俺の胸が苦しくなる。
「『魔法は想像力次第で無限の可能性を秘めている』……その頃の、あいつの口癖だった」
「……」
エミリアの発明した数々の魔法は猛威を振るい、ヴァンパイア王国をより強固なものにしていく。
「あいつの活躍とは比べるべくもないが、俺も少しばかり国に貢献していた」
見せられた記憶の中で、俺は『剣聖』なんて呼ばれていた。
ワシリーに斬りかかろうとしたあの動き。
ほんの一瞬動こうとしただけだったが、あれだけでも今の俺との力量差が分かるほどに洗練された無駄のない動きだった。
あんな領域に、俺は、行けるんだろうか……。
「エミリアは四代目の命令により、『白の種族』が秘匿していた数々の術の研究を開始する」
『白の種族』についての説明は省かれた。
いずれ知ることになるらしいので、今はエミリアがその種族だったということだけを知っておけばいい、とのことだ。
数ある術の中でも国王が特に執心したのが、輪廻術だ。
習得できれば寿命以外で死ぬことのない、ある意味で不死の存在になれる。
『白の種族』は魔法技術に長けていたが、自然の摂理や法則を破壊するようなものは禁術として、厳しい封印が施されていた。
エミリアの研究は、世界の法則を捻じ曲げる背徳行為だった。
しかし、エミリアのおかげで国力を増大させたヴァンパイア種族たちの中に、エミリアを止める者は誰もいなかった。
純血派は解体されても、ただ掌を返しただけで思想はそのままのヤツはたくさんいる。
エミリアが新たな術を開発すれば、ヴァンパイア種族はさらなる高みに登ることができる。
そんな欲望が、エミリアの研究を後押しした。
「もう勘付いているかもしれんが、本物のワシリーは四代目国王であり、父様の元同僚だ」
「……。記憶の中で、ワシリーはエミリアが自分の娘って言ってたぞ」
「そうだ。エミリアは四代目が欲望の捌け口に使っていた奴隷の子だ」
「……」
エミリアが長年探し求めていた両親の正体が、あっさりと明らかになった。
まあ、だからと言って何かが変わる訳じゃない。
エミリアは、エミリアだ。
「……父様が死ぬ直前、エミリアは自分が連れてきたって言ってたけど、なんでだ?」
「そうだな……それも本筋に関係がある。先に話しておこう」
話の腰を折るような質問だったが、未来の俺は答えてくれた。
◆ ◆ ◆
「奴は国王になる前からヒト科動物研究所で秘密裏に『転生術』の研究を行っていた」
ワシリーは純血派の思想が強く、ヴァンパイア種族をより強大な種族へと進化させようと術の研究に心血を注いでいた。
しかし他種族との融和を優先させる三代目に、危険な術の研究は軒並み禁止されていた。
――それを、ヤツは無視した。
「裏の顔である奴隷業で莫大な研究費を賄い、三代目も知らなかった地下研究所を秘密裏に建てさせた。そこで行われていたのは、『転生術』を用いた悪魔の実験だ」
転生術。
過去の人物から記憶を取り出し、継承させる術だ。
ワシリーはそれを使い、生まれたばかりの子供に『白の種族』の記憶を継承させる実験を行っていた。
「『転生術』を赤子に使い、絶滅した『白の種族』の記憶を継承させることができれば……失われた術の研究が大幅に進む。ヤツはそう考えて、幾人もの赤子を犠牲にした」
エルフやベルセルクを押し退けて世界の覇者になるには、どうしても『白の種族』が持っていた術の研究が必要だった。
その考えの元、金をいくらつぎ込んでも、どれだけ失敗しても、何人の子供が死んでも、ワシリーは実験を止めなかった。
「なんでわざわざ子供を使うんだ?」
「もともとの記憶が無い方が、継承した記憶の定着が良いから……と言っていた。本当かどうかは分からんがな」
実験は、失敗続きだった。
『転生術』も、もとはどこかの絶滅した種族が使っていたものの模倣だったようで、不完全だったのだ。
ようやく成功したと思ったらヒトではない獣の記憶を継承させてしまった、なんてこともあったらしい。
国中から赤子を連れ去れば、いくら秘密にしていようと足がつく。
エミリアがねーさまから聞いた『領主様が一時期、頻繁にヒト科動物研究所を訪れていた』というのは、ワシリーの不穏な動きを察知して視察をしていたからだそうだ。
「手軽に赤子を補充できなくなり、国外にまで手を伸ばそうとしていた時――ワシリーの、子供が産まれた」
――それが、エミリア。
皮肉なことに、『白の種族』の記憶を求める狂科学者の子供が、当の『白の種族』だったのだ。
神の悪戯としか思えない偶然。
当然、ワシリーは喜んで我が子を実験に使用した。
術自体は成功したが――『白の種族』の記憶は継承できなかった。
エミリアも失敗作だと判断され、処分される予定だった。
父様が地下研究所を発見したのは、まさに処分が行われる寸前だった。
助け出したはいいものの、エミリアは白髪白目だ。
それが不吉の象徴だということは、父様も知らない訳じゃない。
でも――エミリアは殺せなかった。
実の父親の勝手で実験台にされ、理不尽に殺されようとしていたエミリアだけは――殺せなかった。
かと言って、このまま放置すれば死は免れられない。
「それで父様は、エミリアをキシローバ村に連れて行った……ってことか」
「正確にはエミリアの母親に頼まれたから、だ」
地下研究所には、エミリアの母親も捕らえられていた。
エミリアをどうしようか迷っていたところを母親に懇願され、父様は覚悟を決めたらしい。
「エミリアの本当の母親は、いまどこに居るんだ?」
「その時に死んだ。餓死でな」
「……」
なんとも、やるせない気持ちになった。
◆ ◆ ◆
「『転生術』を使って記憶を継承した者のことを『転生者』と呼ぶそうだ」
「でもエミリアは失敗だったんだろ?」
いいや、と、ワシリーは首を振った。
「エミリアは『白の種族』の記憶こそ継承していないが……誰かの記憶を持っている。どこの世界の、誰のものかは分からんがな」
「なんだそりゃ?」
「本人がそう言っていた」
今の世界とはかけ離れた、鉄と電気に囲まれた異世界の記憶をエミリアは持っているらしい。
昨日までの俺なら「何をバカなことを」と笑っていただろうが……突拍子もないことが連続したせいで感覚が麻痺してしまい、そのおかげですんなり信じられた。
エミリアが記憶を継承しているとなると……いくつか疑問に思っていたことが解消される。
村に居た頃、エミリアは誰も作り方を知らない料理を作ったりしていたことがあった。
「たまたま試したら上手くいった」なんて、本人は言っていたが……そういうことだったのか。
白髪白目に、異世界の記憶……。
おそらく、世界でただ一人だけの存在だろう。
子供の頃から、エミリアは計り知れない孤独を感じていたのかもしれない……。
未来の俺は咳ばらいを一つして、話を元に戻す。
「数年の時を経て、エミリアはとうとう『輪廻術』を完成させる」
空気が、ズシリと重くなった。
未来の俺の拳が、震えている。
伝わってくる感情は、怒り、憎しみ、殺意、殺意、殺意――。
俺に向けているものではない。
それを分かっているのに、肺が圧迫されるように呼吸が乱れる。
「そして、ワシリーは『輪廻術』を習得したのち――エミリアに魅了術をかけ、『駒』にした」
NG集
『気になること』
「未来から来た、だと……?」
「ああ。『輪廻術』を使って――」
「いや、そんなことより!」
俺は最も気になることを、先に問いただした。
「俺とエミリアの馴れ初め話を詳しく頼む」
「……」
◆ ◆ ◆
『術』
「エミリアは四代目の命令により、『白の種族』が秘匿していた数々の術の研究を開始する」
「それってどんな術があったんだ?」
「そうだな……超電磁砲術や、一方通行術、幻想殺し術とかだな」
「なにそれ超覚えたい」




