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転生者の憂鬱  作者: 八緒あいら(nns)
第二章 少女編
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EX三話(第八十一話)「真実」

 エミリアが死ぬ。

 そう告げられ――俺の頭にさらに血が上った。

 どの口がそれを言うのか。


「全部、お前が計画したことだろうが! エミリアを捨て駒に使って! この国を崩壊させるって!」


 想像もしたくないが、仮にそうなったとすれば――原因はワシリー以外ありえない。

 コイツ以外に、誰がエミリアを殺すっていうんだ。


「それにはワケがある。まずは俺の話を――」


「聞くか! 今すぐ俺を自由にしろ! 全員まとめてぶっ飛ばしてやる!」


「落ち着け。聞けば必ず納得――」


「するか! お前だけは絶対に許さねえからな!」


「……すぐに話を聞くだろうとは思わなかったが、まさかここまでとはな」


 やれやれ、とワシリーは腰を上げた。

 俺の額を手で覆うように掴む。


「やめろ! 何しやがる!」


「口で言うより、見た方が早いだろう?」


「なにを言って――、っ?!」



 ◆  ◆  ◆



「――!」



 一瞬、視界が(またた)いたと思ったら、俺はそれまでの場所とは全く違う場所にいた。

 膝から伝わる地面の感触、

 瞳から溢れる涙の感触、

 ヒトを抱えている感触、

 右手に持った、いつもと違う剣の感触。


 自分がそうしている感覚を、俺はどこか他人事のように感じていた。


 懐かしい――とは思いたくない臭いが鼻を刺激して、気分が悪くなる。

 血と、何かが焼ける臭い。



 キシローバ村が壊滅したあの時と、全く同じ臭いだった。


「どうして――どうして、こんなっ……!!」


 俺の口が、俺ではない声――成人した男の悲痛な声――を上げる。

 まるで他人に乗り移ったような気分だ。


「こうするしか……なかったのか……!」


 俺の視界いっぱいに、最も見たい顔と、最も見たくない顔があった。


「エミリア……ッ!」









 俺が抱えていたのは、エミリアの死体だった。


 揺すったところで、声をかけたところで目を覚まさないのは分かり切っている――それほどまでに大きな傷が、腹にあった。

 剣で斬られたのだろうか。真一文字にぱっくりと傷が空いていて、そこからでろりと臓物がはみ出していた。

 俺を見つめていたあの白い瞳は――もう、何も映していない。

 笑ったり、すねたり、怒ったり――ころころと変わっていた表情も、『無』のまま永遠に固定されてしまっている。


 なんだこれ。


 なんだこれ。


 何なんだよ……これは……!!


「面白いものを見せてもらった」


 視界が上を向いた。

 少し先に、男が立っている。

 黒い髪に赤い瞳――姿形は別人だが、声を聴き間違えるはずがない。


 こいつは、ワシリーだ。


「てめぇ……!」


 ()の口が、怨嗟の声を上げる。

 そこには、さっきの俺とは比べ物にならないほどの憎悪が込められていた。

 目を合わせた相手を、それだけで殺してしまえそうなほどに。


 エミリアを抱えたまま剣を手に取り、首を落とそうとする……ように、足や腕の筋肉がピクリと動いた。


 そんな視線を浴びても、当のワシリーはどこ吹く風だ。

 手を挙げて、()の行動を牽制する。


「言っておくが――俺への攻撃は無駄だ。いかに『剣聖』の神速の剣であろうと、な」


「ぐっ……」


 ()は奥歯が潰れるほどに歯噛みした。

 俺はワシリーの言葉の意味が分からなかったが、どうやら()はそれをよく理解しているみたいだ。


「全部、仕組んでいたのか! 純血派の解体も、『転生術』の研究も……全部、この時のための!」


「そうだ。すべては白の種族の最秘奥である『輪廻術』を手に入れるためだ」


 くくく……と、ワシリーは喉の奥を鳴らす。

 愉快そうなヤツを見て、()は剣を潰さんばかりに握りしめる。


「エミリアのレポートには他にも興味深い術が載っていたが――輪廻術さえあれば、もうどうでもいい」


 ワシリーは懐から古ぼけたノートを取り出す。

 俺はそれに見覚えがあった。



 ――これか? 母様に買ってもらったんだ。使うのが勿体なくて今も真っ白なままだけどな。



 それは、キシローバ村でエミリアが大切に持っていたノートだった。

 近くで燃えていた何かの中に、それを投げ捨てる。


「『白の種族』に関する資料はすべて処分した。俺に辿り着ける者はもういない……俺は! 無敵だ!」


 両手を広げ、高笑いを上げるワシリー。

 それを、()と、俺は――見ていることしかできなかった。


「――そういえば、今の気分はどうだ?」


 ワシリーが、顎でエミリアを差す。


()()()()()()()()()()()()()()()()()は」



 なんだって?

 妻?

 エミリアが、妻?


 憎しみに全身を支配されていた()の心が、唐突に虚無感に襲われる。

 さっきとは別の理由で、()が震えている。


「こ……こど、も?」


「まさか、まだ知らされていなかったのか? こいつは傑作だ!」


 まるで面白いオモチャを見つけたように、ワシリーは子供みたいな純粋で残酷な目を向けた。


「エミリアは身重(みおも)だった。でなければ、お前に殺されるはずがないだろう?」


「……ウソだ」


 ()の視界が、左右に揺れる。

 ワシリーが近づいてくることにも気づかず、滲む視界でエミリアの顔を見つめることしかしない。


「嬉しそうに妊娠を報告されたときは『踏み台』の分際で何を幸せそうに笑ってるんだと殺してしまいそうだったが……結果的に最高の形にすることができた。()()()()()を持てて、俺も鼻が高いよ」


 娘?

 いまコイツ、娘って言ったのか?

 ワシリーが、エミリアの父親……?


「お前の父親には散々煮え湯を飲まされてきたが……その顔で見れただけで随分と気分が晴れた。俺のために踊ってくれてありがとう」


 ぽん、と肩を叩かれる。

 何かをねぎらう様に。

 それが、()を壊した。


「ウソだ……うそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」



 ◆  ◆  ◆



「――!」


 また一瞬、視界が(またた)いたと思ったら、俺はそれまでと同じ場所に戻っていた。

 身体はなんともないが――心の中は冷や汗が滝のように流れていた。

 気分が悪い。

 半目を開けたまま動かないエミリアの感触が、まだ手に残っている。


「どうだ。少しは話を聞く気になったか?」


「い――いまの、は?」


()が経験した、今より少し先の出来事だ。もっとも、この世界でワシリーが生き延びる運命は徹底的に潰してあるから、起こりようのない話だがな」


 いろいろな出来事が一編に押し寄せてきて、俺は混乱の境地に達した。

 頭が熱くなり、ものを考える力が鈍る。


 俺は一度頭を振った。

 身体は動かなかったが、振った(てい)で頭を冷やした。


 頭の悪い俺に対し、エミリアはこんなアドバイスをくれたことがあった。


 『物事には優先順位を付けて、分けて考えろ』と。


 一度に五個の出来事を考えるのは難しくても、五個の出来事を一つずつ考えることはそれほど難しくない。

 その優先順位をどうするか、というだけの問題だ。


 俺にとっての優先順位――言うまでもなく、エミリアが一番だ。

 だから、それ以外のことは一旦後回しにする。


「さっきのはお前の記憶って言ったな?」


「ああ」


「じゃあ、お前は……ワシリーじゃない、のか?」


 見せられた記憶には、ワシリーは第三者として登場していた。

 目の前のコイツがワシリーなら、エミリアを抱える()()を見下ろす構図になっているはずだ。


「随分と察しがいいな」


 ワシリーが目を細める。

 出来の悪い弟子の成長を見守っているような……そんな優しさを含んだ目だった。


「その年齢だと、まだ猪突猛進な馬鹿だとばかり思っていたが……やはり()とは違う人生を歩んでいるんだな」


「じゃあ……じゃあ……お前、は」



「そうだ。俺はワシリーであって、ワシリーではない。あいつの身体を乗っ取った――別の未来の、お前だ」

NG集


『感触』


 一瞬、視界が(またた)いたと思ったら、俺はそれまでの場所とは全く違う場所にいた。

 膝から伝わる地面の感触、

 瞳から溢れる涙の感触、

 ヒトを抱えている感触、

 右手に当たる、小さなふくらみの感触。


「待て。俺はそんなところは触ってないぞ!?」




『疑惑』


「……」


「どうしたエミリア? そんな小難しい顔をして」


「今回の話、どっかで見たことあるんだよなぁ」


「どこかって?」


「うーん。その筋では超有名な某作品の某シーンに酷似してるっていうか……むしろこれってパク」


「エミリア」


「何だよ……って、顔が近いぞ」


「それ以上の詮索は野暮ってモンだぞ」


「そ……そうか?」


「そうだ。そうに決まってる」


「そう……だな。私の気のせいか」


 ――こうして、真実の扉は閉ざされた。

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