EX二話(第八十話)「再会」
「俺は必ず強くなって、どんな奴からでもお前を守れるようになってみせる! だからそれまで、どこにも行かずに待っていてくれ」
エミリアと約束したあの日。
それから俺は、さらに修業に打ち込むようになった。
それまでも手を抜いたつもりはなかったが、成長度合いはあの日の前と後でかなり差が出たように思えた。
エミリアがどこかに行ってしまう、という不安や焦りが無くなったおかげかもしれない。
良いことは他にもあった。
あれ以来、エミリアを頭に思い浮かべただけで身体の底から力が湧いてくるようになった。
それは錯覚なんかじゃなく、本当に魔物の討伐数などに影響を与えていて、教師たちにも驚かれたほどだ。
あとは……あいつの笑顔を見ると血の巡りが早くなって、どんな疲れもたちどころに消えるようにもなった。
ヘトヘトになっても、家に帰って「おかえり」の一言ですぐに修業ができるくらいに回復する。
エミリアの存在が俺に力を与えてくれている――そうとしか思えない現象が次々に起こり、俺は心底驚いていた。
本当に、エミリアはスゴい奴だ。
ただ、困ったこともあった。
たまにだが、無性にエミリアの裸が見たくなる時があるのだ。
頼めば見せてくれるだろうが……そういう気持ちになるのは、決まって真夜中ーーエミリアが寝ている時だ。
これがどういう気持ちなのかが分からない。
強いて言うなら……獣が、獲物を前にした時のような気持ち――「傷付けたい」「食べたい」みたいな――だ。
これほど俺に力をくれる存在に対してそんなことを思うなんて……俺は、頭のどこかがおかしいんじゃないか。
本気で悩んだ。
このことを、ウトに一度だけ相談したことがあった。
ウトは「離れて暮らした方がいい」と言っていたが……エミリアの居ない生活なんて、もう考えられない。
この気持ちを表に出せば、俺はきっとエミリアを傷付けてしまう。
上手く言えないが、そういう確信があった。
だから、そういう時はエミリアの方を見ないようにして、ぐっ、と心を鎮めた。
……もしかしたら、これは精神統一の修行をする機会をエミリアが与えてくれているのかもしれない。
そう前向きに捉えて、俺はそういう日が来るたびに耐え続けた。
そうした修業が身を結んできたのは、一年ほど経った頃だ。
日に日にに筋力も増えていき、魔獣討伐にも貢献出来て「強くなっている」という実感があった。
これで安心ーーという段階には程遠いけど、それでも確実に前に進めていた。
でも、エルフと交戦したあの時……俺は思い知った。
やっぱり俺は、エミリアに追いつけないことに。
◆ ◆ ◆
地面を抉り、木々をまとめて薙ぎ倒すほど威力を持った雪玉を放ち、平然とした顔をするエミリア。
戦闘中に何度も魅了術を使ったはずなのに、魔力枯渇する様子もない。
「……すげぇ」
そんな陳腐な言葉しか浮かんでこなかった。
エミリアはそのまま、新たに魅了術を使い腕を治癒する。
……違う。
あいつと俺は、何もかもが違いすぎる。
追いつくとか、そういう――比べられるような次元ですらない。
そんなエミリアを守るなんて、とんだお笑い草だ。
飛び越えることのできない絶壁を、まざまざと見せつけられた気分だった。
「あんな魔法が使えるなんてな。ホント、いつになったら追いつけるのやら」
声が震えないよう、平静なフリをするので精いっぱいだった。
エミリアはたとえ俺が強くなれなくても「傍に居る」と言ってくれた。
その言葉を疑いはしない。
けど……俺の頭の中ではいつもエミリアの笑顔を打ち消すように、別の言葉が浮かび上がってくる。
――お前は弱い。エミリアの隣に立つ資格など最初から無い
キシローバ村で言われたワシリーの言葉。
あれがどうしても脳裏にこびりついて――離れない。
「お前が居なかったら、戦おうとすらしなかったよ」
エミリアは「死んだ」と言っていたが……俺にはどうしても、ワシリーがこの世にいないとは思えなかった。
俺たちの行動をすぐ傍で監視していると言われてもおかしくないくらい、常にヤツの気配を感じていた。
エミリアがどれだけ傍にいると言ってくれても、ワシリーが生きていて、キシローバ村で俺に言った計画を実行に移したら――自分の意志とは関係なく、エミリアはどこかに行ってしまう。
「……ちげーよ。俺はただ、向こう見ずの馬鹿なだけだ」
笑われるか、呆れられるかというレベルのバカな妄想だということは理解している。
でも――『もし』それが現実になったら?
いまの俺ではワシリーを倒すことも、エミリアを止めることもできない。
「あんまり自分を謙遜するな」
「……。それはお前だろ。まあ何にせよ、やったな」
エミリアに追いつけるまで、あと何年かかる?
ワシリーから守れるようになるまで、あと何年かけるつもりだ!?
俺は強くなったんじゃない。
エミリアの優しさに、甘えていただけだ……。
「……」
後ろでエミリアが不満そうに自分の頭をポンポンしていることに気付かず、俺はひたすら胸中で自分を責め続けた。
◆ ◆ ◆
エミリアを見送ってから、俺はエルフに注意を向けつつ、思考を再開する。
――これから先、俺は……どうすればいいんだ?
今から魔法を覚えるか?
いや、そんなことをしたって中途半端になるだけだ。
やはり俺には、剣しかない。
しかし、それでエミリアに追いつける展望が全く見えない。
いまの修行――道場や魔物討伐――では、強くなるにしても限界があるし、何より時間がかかりすぎる。
まるで暗闇の森の中に放り込まれたように、俺の心の中は何も見えなくなった。
焦りで呼吸が苦しくなる。
どうすればいい?
どうすればいい?
「どうすれば俺は、もっと強くなれるんだ……?」
「その疑問に答えてやろう」
「!?」
突如として、土が襲い掛かってきた。
まるで蛇のように蠢くそれは俺の腕や足、首などに絡みつき――鉄のように固くなった。
油断していたつもりはないが、声に注意が逸れた一瞬の隙を付かれる格好で、俺は拘束された。
「ぐっ……!?」
隆起した地面から、人影が、ぬぅ……と姿を現す。
「て――てめぇは?!」
現れたのは、エミリアが葬ったはずの土エルフだ。
どうして――という疑問を抱くより前に、土エルフの背後から、一人のヴァンパイアが現れる。
ヴァルコラキ・ストリゴイ・ヴリコラカス――!
純血派の筆頭であり、ねーさまと王位を争い続けている男だ。
そいつは無遠慮に俺の顎を掴み上げ――目を、覗き込んだ。
ヤバイ、と思った時にはもう遅かった。
紅く輝く瞳から、視線を外すことができない――!!
「強くなりたいなら――『私の瞳を見ろ』」
「――!」
交差する瞳を通して――膨大な何かが、流れ込んでくる。
そいつは俺の中のいろいろなものを壊して、潰して、作り替えていく。
全部、全部――
『俺』という存在が全部――
塗 り
替
え
ら
れ
る 。
◆ ◆ ◆
「あ……れ?」
次に気が付いた時、俺は森の中を歩いていた。
前方には、四人の後ろ姿が見える。
サクサクと雪を踏みしめる感触は伝わってくるのに、自分で歩いているという感覚が無い。
なんだ、こりゃ?
周辺を見回そうとしても、首が動かない。
首に何か付けられているのかと調べようとしても――手が、動かない。
「おい、お前ら! 俺をどうするつもりだ!」
怒鳴ったつもりだったが、実際に声は出なかった。
どうなってる?
俺は見える範囲の視界で、手掛かりを探した。
そしてそれは、すぐに見つかった。
さっきまで居たのは、俺を除いて三人。
そして今、俺の前を歩いているのは――四人だ。
氷エルフ、土エルフ、ヴァルコラキ。
最後の一人に、俺は見覚えがあった。
見間違えるはずがない。
ずっと昔から、この手で倒したいと思い続けた相手。
俺から幼馴染を奪った、元凶。
「ワシリー……!!」
俺が怨嗟の声を上げると、ワシリーはゆっくりとこちらに振り返った。
「……気が付いたか」
そいつは記憶の中と全く変わらない姿で、俺の手の届く場所にいた。
斬りかかろうとしたが、依然として体は動かないままだ。
「てめぇ……やっぱり死んでなかったんだな! エミリアは連れて行かせねえぞ!」
俺の言葉にヤツは、くっく、と意地悪そうに笑った。
「雪玉で自信を失う程度のヤツが吼えるな」
「なんだと……!!」
俺の怒りはあっさり頂点に達した。
しかし俺の胸中とは裏腹に身体は相変わらず、雪道をただただ同じペースで歩くのみだ。
「まあ、気持ちは分かる。血と汗にまみれて修業し続けた結果が、エミリアの足元にも及んでいなかったんだからな」
「――! てめぇに、何が分かる!」
目頭が熱くなる。
こいつにエミリアを奪われてから、俺は血の滲むような努力をしてきた。
今度こそこいつを倒し、エミリアを守るために。
それを、他ならぬエミリアに否定されてしまったんだ。
もちろんエミリアにそんなつもりはないことは分かっている。
エルフ種族を倒すために全力を尽くしただけなのだから。
ただーー俺の努力が、実力が足りていなかっただけだ……。
それを分かっている。
誰よりも自分自身が分かっていることを他ならぬワシリーに指摘され、俺は余計に逆上した。
挑発に乗ったところで、相手を喜ばせるだけだ。
それを分かっていても、反応せざるを得なかった。
「分かるさ」
――しかし予想に反して返ってきた言葉は、まるで俺の心の中を理解し、同情するかのようなものだった。
俺の知っているワシリーは、こんな目で俺を見ない。
見る、はずがない。
「どういう、意味だ」
そこで俺は、違和感に気付いた。
ヴァルコラキ、氷エルフ、土エルフ。
俺も含めたこの四人は、一定速度で歩いている。
しかしワシリーは、よく見ると足を動かしていない。
にも関わらず、俺の視界の一定位置に居続けている。
訳が分からず混乱する俺に、ワシリーはさらに訳の分からないことを言い出した。
「ヴァルコラキに掛けられた魅了術は俺が防いだ。身体も、じきに動くようになる」
「――は、え?」
その場に座り込み、どっかりと胡坐をかくワシリー。
移動を止めたにも関わらず、そいつは依然として歩き続ける俺の視界の中央に居座り続けた。
「このままだとエミリアは死ぬ。それを止めたいのなら、俺の話を聞け」
NG集
『主人公気質』
良いことは他にもあった。
あれ以来、エミリアを頭に思い浮かべただけで身体の底から力が湧いてくるようになった。
それは錯覚なんかじゃなく、本当に魔物の討伐数などに影響を与えていて、教師たちにも驚かれたほどだ。
あとは……あいつの笑顔を見ると血の巡りが早くなって、どんな疲れもたちどころに消えるようにもなった。
ヘトヘトになっても、家に帰って「おかえり」の一言ですぐに修業ができるくらいに回復する。
エミリアの存在が俺に力を与えてくれている――そうとしか思えない現象が次々に起こり、俺は心底驚いていた。
本当に、エミリアはスゴい奴だ。
「いや鈍感ってレベルじゃねーぞ」
『BL的解釈』
エミリアに対しておかしな感情を抱いてしまうことを、ウトに一度だけ相談したことがあった。
ウトは「離れて暮らした方がいい」と言っていたが……エミリアの居ない生活なんて、もう考えられない。
「これは間違いなくイワンを取られたくないっていうウト君の嫉妬ね! 何かにかこつけて二人を引き離してワンチャン狙おうとしてるのよ!」
「変な邪推せずに普通に解釈してくれ!」




