第八話「挫折」
※物語の一部で見やすさ重視のためアラビア数字を使用しています。ご了承ください。
翌日。私は再び領主様の元へと赴いた。
「くぁ……」
勝手に出てくるあくびをかみ殺す。
「魔法を使える!」という興奮からか、昨日の夜は目が冴えまくっていつもの時間に眠れなかった。
おかげで朝寝坊してしまい、手抜き飯で母を送り出すという罪を犯してしまった……。
遠足前の子供じゃないんだから、このくらいで浮かれるようでは私もまだまだだ。
「ふふふ」
とはいえ、どれだけ自制しようとも、顔がだらしなく緩み、ありとあらゆる想像が膨らんでしまう。
領主様は「魔法は日常生活を豊かにするための手段」と言っていたけれど、派手な効果など無くともそれだけで十分だ。
考えてみて欲しい。
火も使わずにお湯を沸かし、優雅にお茶を飲む自分を。
箒も使わずに掃除をする自分を。
雪かきも使わずに除雪する自分を。
すごくない?
チートやTUEEEとは限りなく無縁だが、もうそれだけでご飯三杯はいける。
自分で魔法を使う。これこそが肝心なのだ。
魔法の素養に関しては昨日、母に報告を済ませてある。
母は微妙な顔をしつつも、喜んでくれた。
素養が目覚めたきっかけが魔物に襲われたことだから、母としては複雑な気持ちなんだろう。
しかし目覚めてしまったものは仕方が無い。魔法を使えるとなれば将来の働き口にも困らなくなるし、使えるものは磨かなければ。
いつの時代も、手に職を持っていた方が就活は有利になるのだ。
◆ ◆ ◆
「よう。しばらくぶり」
屋敷で私を出迎えてくれたのは、雪山で出会った気さくなヴァンパイアのクドラクさんだった。
雪山で着ていたものより若干生地の薄いマントを羽織り、やはり口にマスクをしている。
「領主様から話は聞いている。今日から俺が魔法の先生だ」
「よろしくお願いします」
詰め所に案内される。
私は廊下を歩きながら母が居ないかと辺りをキョロキョロ見回したが、居なかった。
そうそう簡単には会えないか……。
途中、幾人ものヴァンパイアとすれ違ったが、全員が黒いマスクをしていた。
「クドラクさん、どうしてヴァンパイアの人たちは全員マスクをしているんですか」
「あー、こりゃな、種族のシンボルみたいなモンなんだよ」
三大種族の一つとして数えられているヴァンパイアだが、外見の特徴――尖った犬歯――は他の二種族に比べると全然目立たない。
なので、「自分はヴァンパイア種族である」と相手に警告する意味を込めて黒いマスクをしているらしい。
なるほど、これなら確かに一目瞭然だ。
「しかし今年はどうなってるんだ?こんな小さな村で、魔法に目覚めた子供が二人もいるとは」
「私以外にもいるんですか?」
「ああ。しかもお前と同じ歳だぞ」
クドラクさんの言う通り、この村はとても小さい。
村人とは全員顔見知りだし、名前も年齢も覚えている。
その中で私と同い年となると、該当するのは三人しかいない。
「果物屋のワトゥナですか?それとも工具屋のツオン?もしくは衣服屋のステラ?」
「残念、全てはずれだ」
この三人以外で六歳児……誰かを見落としている?
いや、この村の子供はかなり少ない。年齢を間違えることも、見落とすこともありえない。
私が出会ったことの無い同い年……となると、それは定期的に異動を繰り返すこの館の者に限定される。
でもこの屋敷の中に子供なんている訳が――
――あ。
一人だけ、思い当たった。
「領主様のご子息ですか」
「正解」
確か、領主様には子供が二人居たはずだ。
一人は数年前から王都の大学に在籍していて、もう一人が私と同い年で、まだこの村にいる。
屋敷から出ないので顔も見たことは無いが、母様がそんな子供がいると言っていた。
「ちーとばかし性格に難のあるヤツだが、エミリアなら上手く付き合っていけると思う。良ければ友達になってやってくれ」
「もちろんです」
相手がどんな人物であろうと、友達が増えるのは素直に嬉しい。
魔法を覚えて友達を作って、家には母が居る。
絵に描いたような幸せな構図だ。
こういうのをなんていうんだっけ……。
ああ、そうだ。
リア充だ。
◆ ◆ ◆
「ここだ。入ってくれ」
考えている内に部屋に辿りついたらしい。
扉を開けると、中で一人の少年が頬杖をついていた。
黒髪に、赤い瞳。
表情はちょっとキツめだけど、年齢のせいかどことなくかわいく見える。髪の毛がもう少し長かったら女の子に見えなくもないくらいだ。父親似のようで、その鋭い目には領主様の面影があった。
ヴァンパイアのシンボルマークであるマスクは付けていない。
「待たせたな。とりあえずお互い自己紹介でもしようか」
「言う必要はない」
ふてくされるように言う領主様の息子。
少年らしく、声変わり前の甲高い声だ。
「そんな事を言うな。自己紹介は基本だぞ?」
「……チッ。イワンだ」
領主様の息子――イワンは、舌打ちしてからぞんざいに告げる。
何が気に入らないのか、彼は随分とイライラしているように見えた。
初対面の人物の胸中など分かるはずもない。
私は気にせず、立ち上がって軽くお辞儀した。
「はじめまして。私はエミリア・ルーミアス。お互い頑張ろうな、イワン」
握手を求めると、彼はその手をペシッと払いのけた。
「お断りだ。たかが人間、しかも“色無し”と馴れ合う気は無い」
「イワン!」
クドラクさんが強い口調で叱るが、イワンはそっぽを向いてそれを回避した。
「……。クドラクさん、私は気にしてないので大丈夫です」
“色無し”
私のような白化現象を起こした者への差別用語だ。
そういう単語があることは知っていたが、実際に言われたのは初めてだ。
「でもな、エミリア」
「いいんです」
憤るクドラクさんを諌める。
私の目的はあくまで魔法の勉強なのだ。喧嘩をしに来た訳じゃない。
折角出会ったんだから彼とも友達になりたいが、まだお互いの素性もほとんど知らない状態で、相手は(何故かは知らないが)私に悪感情を抱いている。
友達になれるのはまだまだ先のようだ。
「イワン。気が向いたら友達になってくれ。私はいつでも大歓迎だ」
「……チッ、つまんねえやつ」
こうして、問題児の同級生と共に魔法の勉強が始まった。
◆ ◆ ◆
険悪になりかけた空気をなんとか和ませて、ようやく魔法の授業が始まった。
「ではまず、魔法の基礎の基礎からだ」
魔法とは、不可視の力の源を操って起こす事象の総称である。
不可視の力については未だ研究段階で、それが何であるのかは分かっていない。魔力、因子、ダークマター、精霊……言い方も地方によって様々だが、ここでは最も普及している魔力という呼び方で固定する。
魔法を使うためには、魔力を集めるという行為が不可欠だ。
使用する魔法に応じた魔力を集め、それを起こしたい事象に変換する。
「質問です。魔力は体内にあるものではないんですか?」
「違うぞ。魔力はあらゆる場所に存在しているものだ」
どうやら魔力とは、酸素のように大気の成分の一つとして存在するもののようだ。
厳密には違うかもだが、とりあえず今はそのように覚えておこう。
ということは、異世界小説のテンプレである「なにぃー!魔力量一千万だとォー!?」みたいな展開は無いようだ。
魔法を使うにはそれに見合った魔力を集めなければならない。
集める魔力が多すぎても少なすぎても、魔法は上手く発動しないのだ。
例えば、Aという魔法を使うために100の魔力が必要だとしよう。
集めた魔力が90でも110でも、魔法は発動しない。
魔法が発動する限界値は、必要となる魔力量の±5の範囲だけだ。
「いかに素早く、必要分の魔力を確保できるか。それが上手に魔法を使えるか否かに直結する」
私はクドラクさんの言葉を聞き逃さないよう、羊皮紙に文字を綴って行く。
ちらりとイワンを見ると、頬杖をついたポーズのままボンヤリと外を見ていた。
「魔法を使うに当たって、一番覚えておいて欲しいのは魔法の暴走についてだ」
集めた魔力を制御できないまま使おうとすると、暴発を起こしてしまう。
危険なのが、魔力を集めすぎた場合だ。
前述したAという魔法を使うために、100集めればいい魔力を誤って150も集めてしまったとしよう。
その場合、魔法は暴発してしまう。
発動しようとした魔法の規模にもよるが、最悪の場合、使用者は死に至る。
なので、魔法が発動する下限――例題に出てきたAという魔法の場合、集める魔力を95~98程度に抑える――を狙うのが理想とされる。
「質問です。100の魔力を集めるのに必要な時間は平均でどの程度でしょうか?」
「人間種族なら一分を切れば十分合格だろう」
一分か……。けっこう長いな。
いや、お湯を沸かすのに一分しかかからないと考えたら破格じゃないか?
魔法を使わない場合だと火を起こすだけで数分費やしてしまうと考えると、何倍もの効率を誇る。
それはいいが、自衛手段として使う場合だと間に合わないな……。
「質問です。種族によって魔力を集める早さは違うのですか?」
「ああ。三大種族は全員一秒を切る」
なにそれ。
そんなんチートや!チーターや!
「そんな顔するな。人間種族でも達人ならば十秒を切る。そこは努力次第だ」
……ないものねだりをしても仕方ないな。
私は私にできる範囲のことで頑張ろう。
◆ ◆ ◆
「さて。座学は以上だ」
あらかた説明し終えたようで、クドラクさんは私たちに立ち上がるように促す。
「まずは第一段階だ。掌に魔力を集めてみろ」
クドラクさんが手を差し出すと、透明なもや(これが魔力らしい)が掌に集まってきた。
野球ボールくらいの大きさの魔力が集まり、ゆらゆらと揺れている。
「……」
見せる・やらせるは教育の基本だが、これは見たところで原理がさっぱり分からない。
手や足を動かすのとはワケが違う。
道具もなしに『酸素を掌に集めてみろ』と言われたと言えば、この難しさが少しは伝わるだろうか。
「うぬぬぬぬぬ」
「エミリア、唸っても魔力は集まらないぞ」
これは……相当時間がかかりそうだ。
しかしまあ、教えられているのが私一人じゃないというのは安心感がある。
何故か向こうはツンケンしているが、お互いに出来ない事とか、分からない部分を励まし合って一緒に勉強していけば、すぐに仲良く――
「……これでいいか」
なにぃーー!?
隣を見やると、イワンは既に課題を成功させていた。
クドラクさんほど量ではないが、彼の手には確かに魔力が集まっていた。
「これは驚いた……もう魔力収集まで覚えているのか」
「こんなの初歩の初歩だ。出来ないほうがおかしい」
と言って、チラリとこちらを見やってから、フン、と目を逸らす。
なんだその目は。
馬鹿にされているのか私は?
「ぐぬぬぬぬぬぬー!」
「エミリア。面白い顔をしても魔力は集まらないぞ」
……私のはじめての魔法授業は、何の成果も上げられないまま終わった。
◆ ◆ ◆
「母様、私は今日ほど自分の無力さを呪った日はない」
「どうしたの急に」
夕食時、私は母に魔法の授業のことを話した。
「――という訳なんだ。『魔力を集める』ということに関して全くイメージが沸かなくて」
授業は午前中までだったが、今日は非番というクドラクさんを捕まえてギリギリまで練習を繰り返したが、うまくいかなかった。
しまいには『顔芸が面白い』とか笑われる始末だ。
こっちは真剣だというのに!
クドラクさんは魔力収集に関しては自分自身で苦労しなかったようで、ピンと来るアドバイスは頂けなかった。
イワンも同様、「オレには敬語を使え」だの、「この程度も出来ないなら帰れ」だの、「どうやったら失敗できるのか教えてくれ」だのと散々罵倒してヒントもくれなかった。
これが種族の差というやつか……。世の中は不条理だ。
くそう。せっかく魔法が使えると思ったら、いきなりこんな挫折を味わわされるとは。
やはり私は、前世の記憶が無ければ何もできないただの子供なのだろうか……。
「エミリア」
母は、項垂れる私を抱き寄せた。
「魔法に関しては私は何も分からないわ。ただ、あなたが頑張り屋さんなことは知っている」
優しく頭を撫でてくれる。
それだけで、この世の不条理すべてを許せるような気がした。
「すぐに上手にできることなんてないんだから、自分を信じて続けなさい。でないと、ワガママを言った甲斐がないでしょう?」
「母様……」
母は魔法使いではない。
でも――その言葉と笑顔は、一瞬で私を元気にしてしまう不思議な効果があった。
母は、私だけの魔法使いだ。
「ありがとう。もっと頑張って、必ず魔法を使えるようになってみせる」
「そこは普通に母様大好き!でいいと思うんだけど」
母は何かにつけて私に「大好き」と言う言葉を使わせたがる。
もちろん大好きなのだが、口に出すのは未だに恥ずかしい。
だからせめて体で表現しようと、私は母の胸に顔を摺り寄せた。
NG集
『マスク』
「クドラクさん、どうしてヴァンパイアの人たちは全員マスクをしているんですか」
「あー、ヴァンパイア種族はみんな花粉症なんだよ」
「えっ」