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転生者の憂鬱  作者: 八緒あいら(nns)
第二章 少女編

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第七十七話「ほんの少しのさよなら」

<エミリア視点>


「そう……だったんですね」


 カーミラさんの話の中では、そのとき私は地下に落とされる寸前まで意識を保っていた。


 しかし……覚えていない。

 思い出せないとかではなく、記憶に無いのだ。



 イワンが『駒』になったと知った辺りから、相手が何を言っているのかが理解できなくなって――その先は霞がかかったようにおぼろげだ。


 私の精神的支柱の要だったイワンが敵になってしまい、さらに過去のトラウマを刺激されたことが重なった結果だろう。

 そして私は、壊れてしまった。


 精神的に脆いということは自覚していたつもりだったが、まさか立ち直るのに一年半もかかるとは……。


 全てを話し終えたカーミラさんに、私は深く頭を下げた。


「改めて――ご迷惑をおかけしました。カーミラさんだけでなく、アリシアやイリーナにも……私なんかのために」


 この期間に私を世話してくれたヒトたちには、感謝してもしきれない。

 特にカーミラさんは、文字通り命の恩人だ。


「なに言ってるの」


「あでっ」


 ちょうどいい位置にあった私の頭を、カーミラさんがチョップする。


「私なんか、なんて……変に自分を卑下するのはやめて。みんなあなたの力になりたくて、自分から進んでやったことだからね」


「カーミラさん……」


「そもそも、迷惑なんてかけて当然なんだから! かけて、かけられて……そうやってヒトは支え合って生きてるんだよ」


 ……そういえば、昔ワシリーにも似たようなコトを言われた気がする。

 もっとぶっきらぼうな口調だったけど。


「ヒトは一人ぼっちでは生きられないんだから。どんなに強大な力を持っていても……ね」


 誰かに諭すように、カーミラさん。

 その相手が私ではないことは分かった。

 届けるべき相手のいない言葉は、すぐに宙に溶けて消えた。




 私には、イワンしか居ないと思っていた。

 イワンだけが居ればいいと思っていた。

 けれど、そうではなかった。


 今まで私たちが関わってきた人たち。

 その全員に好意を向けられているとは思わない。

 あからさまな敵意を向けてきたヒトも居たし、無言の悪意を持っていたヒトも居た。


 けれど、私を嫌うヒトと同じくらい、私を好いてくれるヒトもいる。

 ずっと、目を瞑っていてそれに気付かなかった。


 あるいは、本当は気付いていたのに――心の奥底では、転生者が持つという『運命を歪める力』に怯えていたのかもしれない。

 「手の届く範囲だけ守れればいい」なんて偉そうに言っておきながら、そもそも手を開いていなかった。

 たった一人だけ……イワンの手を握っているだけで満足していたんだ。


 いや……ちゃんと手を握れていたかも怪しい。

 もしかしたら足を引っ張って、彼の歩みを遅くしていただけだったのかも。


 今となっては、もう分からない。

 けれど、これだけは理解できた。



 たとえイワンが居なくても……私はもう、一人じゃない。



 ◆  ◆  ◆



 王都に戻ってきた私たちは、とある場所へと赴いた。

 いつも二人でおしゃべりしていたあの喫茶店だ。

 かつての指定席だった場所へは行かず、私たちは裏口から二階へと通された。


 案内された先の部屋は個室になっていた。

 大きな窓から下を見やると、活気のある街並みが見える。

 階下の席よりも明らかにワンランク上の調度品が使われた、カーミラさん専用の茶室らしい。


「さすが王様……特別待遇ですね?」


「いやいや、私がやってって言ったんじゃないからね!?」


 彼女が一般人に紛れて茶を飲んでいると騒ぎになるから、と、ある日店主にやんわりと入店拒否をされたらしい。

 この店の味を気に入っているカーミラさんはショックを受けつつも一度は了承したが、


「やっぱり飲みたい! 下に居ると迷惑になるなら、二階の物置でいいから部屋を貸して!」


 と言ったらしい。

 「王様をそんな部屋に案内することはできません!」と、当然ながら店主は拒否。


 その後、なんやかんやあって元・物置だったこの部屋は今の状態に改装された。


「無茶苦茶ですね」


「本当、無茶するよね。ここの店主」


「いやいや、カーミラさんのことですよ?」


 ……そういえばこのヒト、たまに突拍子もないことをするヒトだったな。

 なんてことを思い出しながら、席に座る。


 席には既にティーセットが置かれていた。ちょうどカーミラさんが入室する頃に最適な温度になるよう、店主が時間を調整して置いてくれたらしい。


 私は頭まですっぽりと被れるローブを脱ぎ、それを畳んで膝の上に置いた。


 まだ体の調子は万全からはほど遠い。

 体は重いし、少し歩いただけでも息が上がってしまう。


 魔力収集もうまく出来ず、幻視術はおろか家事魔法すらも使えなくなっていた。

 しばらくの間、外に出るときはこのローブが必須になるだろう。



「……うん、今日も美味しい」


 馴染みの味に頬を緩ませるカーミラさん。

 私も口を付けて舌を湿らせてから、本題に入る。


「それでカーミラさん。イワンは今どこに?」


「……紛争地帯のどこか、としか」


 私の問いに、カーミラさんは残念そうに首を振った。


「イワンに関してはウトが専任で情報を集めて回っているけど、なかなか居場所が掴めないんだ」


「あの場所は仕方ないですよ」


 紛争地帯は一年に一度くらいの周期で国の名前や地名が――大きな戦いがあれば、地形すらも――変わる。

 治安の悪さも相まって、特定の個人を探すのはほぼ不可能に近い。


 この間、ウトが集められた情報はイワンが武者修行よろしくその地域の強者との決闘を繰り返していることと、強さだけを貪欲に追い求めるその姿に『剣鬼』や『第二のベルセルク』なんて二つ名が付いたことだけだ。




 イワンの活躍を筆頭にヴァルコラキ――今はイル=ヴァルコラキと呼ぶらしい――はあっという間に仲間を集め、たった一年でかなりの勢力にまで成長していた。


 エルフ種族とヴァンパイア種族のネームバリューを使えば、優秀な人材を集めることもさぞかし容易だろう。

 噂によると、一部のベルセルク種族も彼ら勢力に加担しているとか。


「ヴァルコラキはその辺の手練手管(てれんてくだ)も相当なものだからね」


 機能的にはもはや国家と呼んで差し支えないレベルだが、急成長しすぎて内部の体制はまだ整っていないようだ。

 国家として独立宣言するのは、当面先になると予想されている。


「あいつはその辺り、完璧にしないと気が済まない性格だからね。すぐには動かないと思う」


「カーミラさんの見立てだと、独立宣言するのにどれくらいかかると思いますか?」


「五……いや、三年かな」


 ただ単に国を興すだけなら容易い。

 容易いと言ってしまうと語弊(ごへい)があるが、まあ誰だろうと死ぬ気でやればできないことはない。

 しかし、ヴァルコラキが目指しているのは最大勢力であるヴァンパイア王国と正面から戦える力を持った国家だ。


 それを作り上げるのに、たった三年しか掛からないとは……。

 二年前はイワンを圧倒するほど剣術にも長けていたようだし、多才というのはヴァルコラキのようなことを言うんだろうな。


 しかし……三年、か。


「カーミラさん。イワンは探さなくてもいいと思いますよ」


「え?」


「だって、『また喧嘩しよう』って言ってたんですよね?」


 『駒』になる前のイワンは、私のことを自分より強い存在だとずっと思っていた。

 そしてその考え方は『駒』になった後も変わっていないようで、それは『私を殺さないと強くなれない』という思い込みに変化していた。


 弱いままではヴァルコラキの役に立てない

 ↓

 エミリアは目の上のコブ

 ↓

 エミリアを殺せば、俺の強さは証明される!


 といった感じだろう。

 長年一緒にいたおかげが、彼の行動原理が手に取るように分かる。


「だったら、待っていてもいずれイワンは私の前にやって来ます」


 急速に力を付ける彼に対し、私は一年半も寝転んで過ごしていた。

 今は彼の方が圧倒的に強くなっているだろう。

 でも、みすみす殺されるつもりはない。


「それまでにイワンの言う『完全な状態の私』になって、彼を今度こそ、完膚なきまでに叩きのめして――目を覚まさせてやります」


「でも、『駒』になったヒトは――」


「いいえ、解除法はあります」


 実際に、ワシリーは『駒』になったヒトたちを元に戻していた。

 いくらやり方を聞いても「お前の魔力では無理だ」と言って教えてもくれなかったけど……方法があると分かるだけでも今はありがたい。




 私がやることは二つ。

 魅了術『思考』の解除法を探すこと。

 そして、イワンよりも強くなって彼を倒すこと。



 三年も会えないのは寂しいけど……長い人生で見ればそれも僅かな期間に過ぎない。

 だから、次に会うまで……ほんの少しだけ、さよならだ。




「しかし、上ってなんのことでしょうね」


 普通に解釈するなら、私にはまだ秘めたる力が眠っている……ということだが、そんなものの心当たりは全く無い。

 無いが、それに関するヒントになるかもしれないモノの存在を思い出した。


「カーミラさん。私のカバンの中に本が入っていませんでしたか?」


「……本?」


 私に関する秘密が書かれている(かもしれない)書物を、あのとき手に入れていた。

 それをカバンにしまっていたのだが……。


 しかしカーミラさんは、見ていないと言う。


「うーん。もしかしたら、地下に落ちた時のゴタゴタで無くしちゃったのかも……」


「そうですか」


 それがあれば、あの時ヴァルコラキが目の色を変えた理由――『完璧な状態の私』とやらを恐れて、ということなのだろうが――が何なのか分かったかもしれないのに。

 残念と言えば残念だが、命に替えられるような代物ではない。


「カーミラさん。少し時間はかかりますが……イワンは私が取り戻します。必ず!」


「うん――そうだね。私もできる限りサポートさせてもらうよ」


「そうと決まれば、さっそく魔法の訓練から再開します。勘を取り戻さないと」


 まずは魔力収集からだ。

 この一年半でスピードはどれほど下がっているのだろうか。


「だったら、場所が必要だね。案内するよ」


「ありがとうございます」


 魔法と併用して、体も鍛え直さなければ。

 まずは一年半前の状態に復帰することだな。その後は――


 私は自分の「これから」についての考えに夢中になっていて、カーミラさんの呟きに気付くことができなかった。











「――ごめんね、エミリア」

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