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転生者の憂鬱  作者: 八緒あいら(nns)
第二章 少女編
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第七十四話「カケラ集め」

 真っ暗だ。


 上も、下も、右も、左もない。

 全方位が暗闇の中に、私は立っていた。


 周辺を見回してみると、キラキラと光るカケラがあちこちに散らばっている。

 それが何かは分からない。

 分からないが……その小さな一つ一つが、とても大切なモノで、無くしてはいけないモノのような気がした。


「なんなんだ、ここは……?」


 それまで自分が何をしていたのか。

 その記憶すらも曖昧だ。


 しばらくその空間を漂っていると、不意に光が見えた。

 それを頼りに進むと、今度は真っ白い空間に出てきた。


 さっきと色が変わっただけ――ではない。

 よく見ると、その白は雪だった。


 雪が積もり、木々がところどころに見える。

 上を見上げると、さっきまで無かったはずの曇り空があった。


「ここって――」


 さらに周辺をぐるりと見やると、人影が見えた。

 全部で三人。大人が一人と、子供が二人。


 三人とも、見覚えのある顔だ。


 ワシリーと、イワンと、そして――


「わた、し……?」


 見間違えるはずがない。

 白髪白目の、小柄な少女。


 私は、今よりも小さなイワンの身体を抱きしめた後――あろうことか、膝蹴りを喰らわせた。


「――!?」


 うずくまるイワンに向かって、さらに追い打ちをかける。

 ごす、と、鈍い音が響く。


 それでも――それでもなお、手を伸ばして私を呼ぶイワン。


 私は――当時の私は、それをそのまま放置した。


「あ……」


 頭が痛い。

 思わず後ずさりすると、地面の感触が変わった。

 驚いて振り返ると、今度は室内に移動していた。

 どこかの地下室だ。


 そこでは、さっきより成長したイワンが、うずくまる私を見下ろしていた。


 血と涙で顔をぐちゃぐちゃに汚しながら、無様に、惨めにイワンを呼ぶ私。

 イワンはそれを無視して、そのまま立ち去って行った。


 頭痛が、収まらない。

 血が脈打つたびに、ガンガンと頭を殴りつけられるような痛み。

 二、三歩後ずさりすると、誰かとぶつかる。


「――!?」


 それは、イワンだった。


「ほらな」


 イワンは背後の光景を指し示す。

 右側ではキシローバ村で私がイワンを捨て去った過去が。

 そして左側では、研究所の地下でイワンが私を捨てた現在が映し出されていた。


「因果応報、だろ?」


「う――」


 じゃあ、じゃあ――あの時の選択が、間違っていたのか?

 ワシリーの手を跳ね除け、イワンの手を取っていたら――こんな結末を迎えずに済んだのか?


 私が……全部、私が悪いのか?


「いや。お前は何も悪くねえよ。ただ――」


「?!」


 イワンの背後に、幾人もの人影が見えた。

 母様、ウィリアム、領主様、クドラク――

 アリシア、ルガトさん、イリーナ、カーミラさん――

 他にも他にも――私が出会ってきた人たち全員が、無表情で立ち尽くしていた。

 硝子細工のような無機質な何十もの瞳が、私をギョロリと睨む。


 彼らは口を揃えて、同じ言葉を発した。

 それらが不協和音になって、私の耳を引き裂く。


「お前に『運命』を狂わされただけだ」



 ◆  ◆  ◆



「わあああああああ――!?」


 目が覚めると、見知らぬ部屋だった。

 清潔そうな白を基調とした空間に、今まで経験したことのないふかふかのベッド。

 窓は締め切られているせいで正確な時間は分からないが、ドアの小窓からは日が差していた。

 脇のサイドテーブルには、高級そうな花瓶に花が活けられていた。


「うぅ――あああ!」


 私はそれを掴み、力任せに投げつける。

 大きな音が鳴り、綺麗な花弁が宙を舞う。

 そのままサイドテーブルを倒し、枕を引きちぎり、布団の中の羽毛を部屋中にまき散らす。


「エミリア! 落ち着いて!」


 音を聞きつけて誰かがやってきた。

 相手は私を知っているみたいだが、顔を見ても誰なのかが分からない。

 髪の長い女性、ということだけは分かった。


「ほら、これを――」


「うぅ――う?」


 女性が何かを鼻の傍に持ってくる。

 ふわりといい匂いのするそれを嗅いだ途端に――瞼が重くなる。

 強烈な眠気に見舞われ、立っていられない。

 ふらつく私を、女性が支えてくれた。


「大丈夫だから。大丈夫だから」


 ぎゅ、と、女性は私を強く抱きしめてくれた。


「ゆっくりでいいの。いつかまた、一緒に笑えるから」


 意識が遠のく寸前に、女性のそんな言葉が聞こえた。



 ◆  ◆  ◆



 どれくらいの日が経ったか分からない。

 私は数日おきに目覚め、その度に元に戻っていた部屋を荒らした。

 何度壊しても、どれだけ壊しても、次に目覚めると元に戻っている。


 部屋には、いつも私以外に一人のヒトがいた。

 たまに居ないこともあるが、ほんの十分程度だ。

 髪の長い女性と、少しくせ毛の女性。このどちらかが必ず居て、たまに白衣を着たヒトがやってきて私に何かを指示してくる。


「『ま』と言ってみてください。はい、せーの」


「あー」


「今度は『む』です。はい、せーの」


「うー」


 こんな調子だ。

 発声練習なんかさせて、歌でも歌わせるつもりなんだろうか。

 よく分からない。


 夢と現の境目を漂っていると、たまに外の会話が聞こえてくる。

 いつも居てくれる髪の長い女性と、くせ毛の女性の声だ。


「おつかれー。エミちゃんの具合どう?」


「相変わらずね……。最近は眠剤の効きが悪くなって、起きる間隔が短くなってきてるわ」


「そっかー。でももうお薬増やすのは無理なんだよね?」


「ええ。これ以上増やしたら本当に薬物依存になるって、お医者様に脅されたわ」


「うーん、そろそろ落ち着いてくれたらいいんだけどね」


 頬に、ひやりとした感触が触れる。

 二人のうちどちらかが、私の頬を撫でているようだ。

 気持ちいいので、私は目を閉じたままその感触を楽しむ。


「こうして寝てるとかわいいよね。あのキリッとした生真面目なエミちゃんとは思えないよ」


「そうね」


「ていうか、白髪ってカッコ良くない? 内緒にしてたなんて、水臭いよね」


 ふにぃ、と、頬をつねられる。

 別に痛くないので、されるがままになる。


「私たち、友達なのに」


「――」


 ともだち。

 私と彼女たちは、友達なのだろうか。

 よく思い出せないが……彼女たちが言うのならそうなんだろう。

 私は、友達に迷惑を掛けてしまっているのか。



 眠ると、いつも怖い夢を見る。

 その夢から逃げるために、忘れるために、私は部屋を荒らす。



 でも、もう、暴れるのは止めよう。


「エミちゃんが安眠できるように、今日はずっと手を握っててあげるね」



 友達がいれば、私はもう、怖くない。



 ◆  ◆  ◆



 その日は、なんだか慌ただしかった。

 たまに来る白衣のヒトと一緒に、この場所では見たことのないヒトが私の部屋にやってきた。


 そのヒトが室内に入るなり、くせ毛の女性は膝を折り、深く、深く頭を下げた。


「ヴァンパイア王におかれましては、ご機嫌――」


「いやいや、そういうのはやめてって言ったじゃない」


「いやぁ、それを言わせるところまでがいつもの挨拶かなぁと思いまして」


 悪戯っぽく、くせ毛の女性は笑う。


 少し短めの髪に、赤い瞳の女性。

 ――なんだろう。このヒトを見ていると、少しだけ頭が痛い。


「もう――それより、エミリアの容態が戻ったって?」


「畏れながら申し上げますが、わずかに快方に向かっただけ……というのが現状です。未だ失声症は治らないまま、記憶も戻っておりません」


 いつもより緊張した声で、白衣のヒトが答える。

 赤い目の女性が怖いんだろうか。

 とても優しそうに見えるんだが。


「それでも大躍進だよ」


 彼女は、私の頭をゆっくりと撫でた。


「――こんなにも心を病んでしまうほど、()を想ってくれてたんだよね。ありがとう」


「――?」


 彼とは誰のことだろう。

 頭を撫でてくれる手が気持ち良くて、それが誰かということはあまり気にならなかった。


 ――そういえば、昔、誰かにこうして頭を撫でて欲しかったような気がする。


 ……誰だっけ?



 ◆  ◆  ◆



 それからも、赤い目の女性は何週間かに一度、来てくれた。

 もしかしたら今までも来てくれていて、私が眠っていたので気付かなかっただけなのかもしれない。


「発声練習も順調です。半年以内には会話もできるようになるかと――」


 白衣のヒトは相変わらず赤い目の女性に対して上ずった声を出している。

 全然、怖くないのに。


「いつもありがとね。アリシア」


「私がやりたくてやっていることですから、お礼は不要ですよ。カーミラ様」


「様はいらないんだけどなぁ……」


「それは出来ません。こうして普通にお話させていただくことが精一杯です」


「なんかむず痒いんだよね。もともとそういうガラじゃないから」


「それは慣れて頂かないと。あなたはこの国の王なんですから」


 赤い目の女性は、王様らしい。

 白い服のヒトがどうして緊張していたのか、ようやく理解した。


「それよりも、ルガトとはあれからどうなの~?」


「そっ、それは……」


 髪の長い女性は、顔を赤くして俯いてしまった。

 ……ルガト。


 聞いたことがあるような、ないような。



 ◆  ◆  ◆



「さあ、自分の名前を言ってみてください」


「……エみリア」


「それじゃあ、彼女の名前は?」


 白い服のヒトが、髪の長い女性を差す。


「……あリシあ」


「エミリアさん。今、なにかしたいことはありますか?」


「……リんゴ、タべたい」


「はい、よくできました――驚きました。まさか、短期間でこれほど話せるようになるなんて」


 白い服のヒトは、熱心に何かを書き記している。

 アリシアは、感極まったように私の胸元に顔を埋めてきた。


「エミリア。私の名前、もう一回言って」


「……あリシあ」


「うん、うん……! リンゴ、剥いてあげるからね。私、皮を切らないで剥くのがすごく得意なの……うぅ、うあぁぁ」


「……ありがト」


 何がそんなに悲しいのだろうか。

 アリシアはすんすんと泣き声を上げていた。

 少しでも悲しみが癒えるようにと、私は彼女の頭を撫でた。



 ◆  ◆  ◆



 私がこの病室に入ってから、ちょうど一年が経過した。

 季節の感じられない場所で長く過ごしていたので全くそんな感覚は無いが……そうらしい。


 言葉を取り戻した私は、それから過去の記憶を取り戻すために催眠療法とやらを受けるようになった。

 はじめはただ眠ってしまうだけで、こんなことをして記憶を呼び起こせるのかと半信半疑だったが……徐々にその効果は表れ始めた。


 アリシアのこと、イリーナのこと、カーミラさんのこと、ルガトさんのこと。

 キシローバ村のこと。修業した洞窟のこと。紛争地帯のこと。


 さらに半年ほど経った頃には、私はほとんどの記憶を取り戻していた。


 ただ、一つだけ、思い出せないことがある。


 私は――誰かの専属メイドとして働いていた。

 その誰かが、思い出せない。


 今日はそれを思い出すために、カーミラさんにとある場所へ連れてきてもらっている。


 王都の郊外にある森の中に、ひっそりと佇む廃墟。

 その地下室の最奥に、私たちは立っていた。


「――」


 広い空間だった。四方はちょっとした道場くらいの広さで、天井は一般家庭の四倍ほど高い。

 月日が経っているせいか、壁や床にはところどころ黒っぽいシミが模様のようになっていた。

 過剰と思われるほどの明かりが付けられ、それがこの空間を地下であると忘れさせるほど光量を保っていた。

 私が立っている場所のちょうど反対側の壁にももう一つ扉があり、建物でいうところの二階に該当する部分には横に長いベランダのように、ヒトが歩ける程度の空間が設けられていた。

 奥とこちら側を隔てるように、大きな窪みが見えた。

 そこから下を覗き込むと、地下水脈が流れている。


 ふと視線を回すと、地面にひときわ黒く、大きなシミがあった。


「これ、は……――っ!」


 割れるような頭痛。

 記憶を思い出そうとすると、幾度となく、これに襲われていた。

 そしてその度に思い出すことを止めていた。


 しかし、今は平気だ。

 私は思い出さなくてはならない。


 今まで私を診てくれていた友達のためにも。

 ()のためにも。


「――エミリア?」


「大丈夫です――全部……全部、思い出しました」


 私は立ち上がり、彼女の方へと振り返った。


「教えてください。あの日、何があったのかを」

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