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転生者の憂鬱  作者: 八緒あいら(nns)
第二章 少女編

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第七十三話「因果応報」

「……」


 氷エルフはゆっくりと上半身を起こす。

 右手からはだくだくと血が流れているが、まだ戦意は失っていないのだろうか。

 ローブに隠れた顔からは、彼の様子は分からない。


 本当なら右手を握り潰せば良かったのだが――あまり手酷く痛めつけると「イワンも同じ目に――」なんて言われそうだったので、念のため加減をした。

 ヴァルコラキは「勝てたらイワンを返す」とは言っていたが、「無傷で」とは一言も言っていないのだから。


 魅了術がもっと万能で、他人の治癒も完璧にできるような術だったら、生きてさえいれば四肢が無くても問題はなかったんだが。


「どうする? まだ続けるのか?」


 剣は無くとも、精霊術を使えばまだ戦うことはできるだろう。

 それでも失った血液の分だけ動きは鈍くなる。対して私は多少消耗しているものの、まだ万全に近い状態だ。

 余程の何か――例えば、土エルフやヴァルコラキの横槍が入ったり――が無い限り、私の勝ちは揺るがない。


「……」


「ん?」


 氷エルフは、小さく、肩を震わせていた。


(泣いて――いや、笑っている?)


 声を殺して、彼は笑っていた。

 まだ何か隠し玉を持っている――?

 私は警戒を強める。


 ひとしきり笑った後、右腕を顔まで上げて、横に動かした。

 涙を拭うような仕草に見えたが、違う。


 心臓より高い位置に腕を持っていき、筋肉の拘縮で血を止めたんだろう。

 その証拠に、血まみれではあるものの傷口からの出血は止まっていた。


 ゆっくりと、氷エルフが立ち上がる。

 雰囲気が、変わった。


(何が来る――? 何でも来いよ。イワンを取り戻すためなら、私は――)


「……やっぱり、勝てねーか」


「――え?」


 氷エルフが、喋った。

 ヴァンパイア語を。

 いやいや、違う。


 驚いたのは、そこじゃない。

 その声は、氷エルフのものじゃなかった。


 私が最も聞き慣れた、あの声。


 彼が、フードを脱いで素顔を見せた。















































「うそ、だ」


 見慣れないマスクで顔の半分を覆っているが、そんなことで見間違えるはずがない。

 今の今まで殺し合いをしていた相手は、憎きエルフではなく。


「イ、ワン……?」


 助けようとしていたご主人様そのヒトだった。

 思考が固まり、ただ彼の名前を呟くことしかできない。


 手も足も、自分のモノではないように、動かせなかった。

 自分の意志に反して、どんどん震えが大きくなる。


「まさか――ヴァルコラキ!」


 憎悪を含んだ声音で、カーミラさんが怒声を上げる。

 当のヴァルコラキはそれを意に介した様子もなく、むしろ嬉しそうな様子さえ見せた。


「『我々は手を出さない』『勝てばイワンは返す』――約束は守っているぞ」


 そして、視界の端で肩が凝ったような仕草をした。


「それにしても、体が疲れて敵わんな……あれほど魔力を収集したのは久しぶりだ」


 ヴァルコラキは言っていた。


 カーミラさんを、万全の状態で叩きのめしたいと。

 つまり、今はその状態にない。


 ヴァルコラキは言っていた。


 大量の魔力を収集した、と。

 ()()をするために。

 ヴァンパイア種族が疲労を覚えるほどに魔力を消費することなんて、数えるほどしかない。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 一度、経験したはずなのに分からない。分かりたくない。


「あ……あ」


「まあ、貴様らのその顔を見れただけでも、使った甲斐があったというものだ――」


 嬉しそうなヴァルコラキの声。

 私は咄嗟に耳を塞ごうとした。

 が、間に合わず彼の言葉の続きを、聞いてしまった。


「――魅了術『思考』を」


 対象の思考を操作し、人格を変更するヴァンパイア種族の中で最も強力で――最も、非人道的な術。


 それにかけられた者は、術者の操り人形になる。

 術者のためだけに生き、術者のためだけに死ぬような、『駒』――。

 ピシリ、と、胸の奥で何かがひび割れる音がした。



 ◆  ◆  ◆



「そんな……イワ――」


「まだ勝負は終わってねーぞ」


「――ん」


 次に気付いた時には、彼の剣は真横に薙いだ状態だった。

 それほど速く振ったようには見えなかったが、何故か目で捉えられなかった。

 イワンの剣が、私を傷付けるなんて、思っていなかったから。


 腹が、じわじわと熱を帯びてくる。

 熱いのではない。

 常軌を逸した痛みは、熱いという錯覚を起こすことがある。


 修業時代に何度も経験した感覚だが、それを懐かしむような余裕は無かった。


「あれ、え? なんで……?」


 過剰とも思える血が腹から溢れ出し、床を真っ赤に染める。

 力が入らなくなり、私は自分で作った血の池に膝を落とした。


 それを見下ろしながら、イワンが吐き捨てる。


()を前に油断するから、だろ」


「て……き?」


 誰が?

 イワンが?

 ありえない。

 彼が私に敵意を向けるなんて――


「お前のメシが食えなくなるのは寂しいけど……ま、ヴァルコラキが殺せって言うなら仕方ねーよな」


「ひっ」


 イワンが、殺気を向ける。

 今までの誰に向けられたものより、それは私を怯えさせた。


 震えが止まらない。

 身体の状態とは無関係に――動けない。


「エミリアッ!」



 眼前に振り下ろされる剣を、カーミラさんが寸前で受け止めてくれる。


「ねーさま。邪魔しないでくれ」


「イワン……本当に……?」


「本当も何も、俺は俺だ」


 カーミラさんを弾き飛ばし、イワンは剣を構える。


「目的のためならどこまでも強くなる。これまでも、これからも、それは変わらない」


「キミの目的はエミリアを守ることでしょ!? 当の本人を殺そうとしてどうするの!?」


 聞いたこともないような激しい声で怒鳴りつけるが、イワンには全く届いていない。


「――そこまでだ」


 イワンの背後から、大きな影が現れた。

 鎧装を纏った土エルフと、いつの間にか降りてきていたヴァルコラキだ。


「あぐ?!」


 土エルフは強化された腕を振り被り、カーミラさんを思い切り殴りつける。

 私の位置からでも、ゴキリ、と厭な音が聞こえた。骨の数本は折れてしまっているだろう。

 壁に叩きつけられ、そのまま倒れるカーミラさん。

 それを見て、ヴァルコラキは満足そうに頷いた。


「勝負は付いた。事前の取り決め通り、イワンはこれから私の『駒』として動いてもらう――死ぬまでな」


「強くなれるんなら構わねーよ」


「安心しろ。貴様はまだまだ強くなれる。この私が保証する」


「そうかい。お眼鏡に(かな)ってなによりだ」


 嬉しそうに笑うイワン。

 その笑顔は――数日前まで、私に向けてくれていたのに。

 どうして――どうして今は向けてくれない?

 どうして、どうして、どうして――疑問だけが、頭の中を埋め尽くしていく。


「こいつらはどうする?」


「殺せ――と言いたいところだが、まだ◇$が残っている」


「なんだそれ?」


 イワン以外のヒトの言葉が、だんだんと理解できなくなる。

 ちゃんと聞こえているのに、それがどういう意味なのかが分からない。

 身動きの取れなくなったカーミラさんに対して、ヴァルコラキが言い放つ。


「%べカーミラ。貴様が▲◇#の〇だ」


「”う、い;――つ¥り!?」


「&”’)’+*?{~)‘(*&)&~(%=&(」


 何かをカーミラさんに告げてから、ローブを振りかざしてヴァルコラキは背を向けた。


「<*P‘()$%’$UWU」


 話はそれで終わったらしい。

 土エルフも鎧装を解き、イワンもきびすを返して彼らに付いて行く。


 手を伸ばして、ローブの端を掴む。


「なんで、だよ……イワン。私は、おま、え、を……」


「……」


 彼は見たことのない表情を浮かべていた。

 呆れているような、怒っているような、曰く形容しがたい表情だった。


「い゛……行゛か゛な゛い゛で……」


 行ってほしくない。

 どんな形であろうと、傍にいて欲しい。

 彼に向って、さらに手を――伸ばす。


「あのなぁ」


 ぺし、と、イワンがその手を冷たく払い除ける。


「キシローバ村でそう言った俺に対して、お前は何をした?」


「――あ」


 キシローバ村。

 ワシリーから引き離そうとした彼の手を、わたし、は。


「因果応報ってヤツだ。じゃあな」


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 胸の奥のひび割れが、決定的な崩壊音を鳴らした。

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