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転生者の憂鬱  作者: 八緒あいら(nns)
第二章 少女編
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第七十一話「再戦」

~前回までのあらすじ~

研究所の奥を捜索するエミリアとカーミラ。

闘技場のような場所に出ると、戻り道を塞がれてしまう。

困惑する二人の前に、一人の男が姿を現す。

 入り口に居る二人は分厚そうなローブと、目深まで被ったフードのせいで背丈くらいしか分からない。

 一人はかなり背が高くて、がっしりした体格がローブの外からでも伺える。間違いなく男だろう。

 もう一人は私より頭一つくらい高い程度だろうか。隣にごつい奴がいるせいで線が細い印象を受ける。

 右手に氷の剣を持っているということは、この間の氷エルフだろう。


 そして、二階にいる奴は素顔を晒していた。

 黒い髪と黒いマスク、切れ長の目からこちらを睥睨する紅い瞳――ヴァンパイアだ。

 「ようこそ」 と言ったのはどうやらこいつらしいが、歓迎するようなムードは全くなく、この距離からでもピリピリと肌を粟立(あわだ)たせるような殺気を放っている。


 カーミラさんが声を上げたのは、こいつに対してらしい。


「知り合いですか?」


「ヴァルコラキ。ヴァルコラキ・ストリゴイ・ヴリコラカス」


「――え」


 その名前は、幾度となく聞いていた。

 純血派筆頭であるヴリコラカス家の当主であり、ルガト様とヴェターラの兄であり、ランベルトの主人である人物。


 言われてみれば、あの二人に似ていなくもない。

 ルガト様の顔立ちにヴェターラの雰囲気を足したような感じだ。


「どうしてキミがここに?」


 至極当然な問いに、ヴァルコラキは低い声で、しかしどこか誇らしげに答えた。


「我々純血派は、エルフと同盟を結んだ」


「……は?!」


 今まで聞いたことのないような声を上げるカーミラさん。

 声は出さなかったものの、私も相当驚いている。


 純血派はヴァンパイア至上主義を掲げている。

 ヴァンパイア種族こそがヒト科動物の頂点であり、それ以外の種族は家畜に過ぎない、と。


 その考え方は、そのままエルフ種族にも適用される。

 彼らも他種族に対し排他的で、殺すか支配するかのどちらかしかしてこなかった。

 思想を聞いた訳ではないが、たぶん純血派と似たような考えのはず。


 純血派のヴァンパイアとエルフ。

 水と油のように反発し合う最悪な組み合わせの奴らが、まさか手を組むなんて。


「純血派の思想は、全ての純血派の総意ではない。時代は常に変化し、それに適応することが求められている。三大種族の看板に胡坐(あぐら)をかいていれば、いつかは足元を掬われる」


 そこでヴァルコラキは、私にじろりと視線を移した。


「会いたかったぞエミリア。いや『ヴァンパイア殺し』よ」


「――っ」


 ……バレてる。

 まあ、この髪色だと言い訳のしようもないか。


(ヴェターラ)使用人(ランベルト)が世話になったな。礼を言う」


「こちらこそ、世話になったよ」


「勘違いするな。皮肉ではなく、私は心から礼を言っているのだ」


「……?」


 どういうことだ?

 ランベルトはヴァルコラキの価値観から言えば別にどうでもいいとして、ヴェターラは実の妹だ。

 肉親の(かたき)として憎からず思われていて当然のはず、なのだが。


「我が妹を屠り、ランベルトを赤子のようにひねり殺したその実力。まごうことなき強者のそれだ」


 ……なんで私、褒められてるんだ?

 これも皮肉なのか?


「最弱と揶揄される人間種族の中からですら、我々の実力に到達しうる逸材が紛れている。その事実を思い出させてくれた。頭の固い老害(ジジイ)共はいまだにそこの女が犯人だと信じて疑っていないがな」


 ちらり、とカーミラさんに目をやる。

 意外なことに、ヴァルコラキはカーミラさんを目の敵にしているものの、妹を殺した犯人とは思っていなかったらしい。


 というか、私は人間種族じゃなくて白の種族とやらなんだが……。


「盤石であったはずの我が純血派は妹の死をきっかけに崩れに崩れ、今や体裁を保つことで精一杯。純血派には今こそ『変化』が必要なのだ」


「その変化っていうのが、エルフとの同盟なのか?」


「その通り。幸いにも、エルフにも森の中での隠遁生活に危機感を覚え『変化』を求める者が居た」


 それが先日遭遇した土エルフと氷エルフだろう。

 氷エルフを助け出した第三者は、ヴァルコラキで間違いない。


「なぁ。聞きたいことがあるんだが、いいか?」


「憂いを残したままは死にたくない、ということであれば答えられる範囲のものは答えよう。冥土の土産にな」


 意外にも、ヴァルコラキは私の問いに素直に応じる姿勢を見せた。

 不穏な言葉を付け足されてはいるが、答えてくれるならなんでもいい。


「アリシアの誘拐を指示したのはお前か?」


「その通りだ」


 あっさりと、ヴァルコラキは首を縦に振った。


「どうして彼女を攫った?」


愚弟(おとうと)が専属使用人に入れ込んでいるという話を耳にしてな。教育の一環だ」


「……」


 彼に対する殺意が上昇するが、今はまだ我慢する。


「私の想定していた計画は失敗に終わったが、結果的に愚弟(おとうと)の思想がまだ矯正できていないことは理解できたし、それ以上の収穫があった」


 ヴァルコラキは私を指し示す。


「何の躊躇いもなく奴隷商人を葬るあの手腕。私はお前の過去を調べ上げ――すぐにお前が『ヴァンパイア殺し』だと確信をした」


「――っ」


 廃墟だから誰もいないと思って屋外で魔法を使ったのが間違いだった。

 あの時点で、私は既に容疑者だったんだ。


「じゃあ、ランベルトをけしかけた占い師っていうのは」


「私が用意した。ランベルトの独断でお前を狙ったように見せかけるためにな。武力行使に出るよう、敢えて多めに拷問(ストレス)も与えておいた」


 話を聞く限り、こいつと純血派の上層部は完全に反目している。情報の共有もしなかったんだろう。

 ブルクサを使って何度か情報を探らせたが、私が容疑者に挙がったことは一度としてなかった。

 ……探らせる場所を間違えた。


「何らかの術を持っているとは思っていたが、まさか魅了術を使えるとは驚いたぞ」


 殺気と称賛を振り撒くという器用な真似をするヴァルコラキを無視して、私は最後の質問をした。


「イワンはどこだ」


「……心配せずとも、すぐに会える」


 ヴァルコラキの赤い瞳が半月形に細められる。

 その視線には、既視感があった。


――お前のような者の血を浴びれば私はさらに強く! 美しくなれる!――


 ヴェターラが極上の獲物を見つけた時の、あの歪んだ笑顔にそっくりだ。


「居場所を知っている、ってことでいいんだな?」


「そうだ。イワンは私の手中にある」


「……すぐに吐かせてやる」


「エミリア、落ち着いて」


「大丈夫ですよカーミラさん。私は至って冷静です」


 ヴァルコラキを殺さないように、でもイワンを攫ったことに対しての罰として適度に痛めつけて、どこにも逃げられないように拘束して、居場所を喋るまで指の第一関節から順番にひねってやる。


 それだけじゃ気が収まらない。

 痛みでショック死と気絶することを魅了術で禁じて、

 歯を全部引き抜いて、

 鹿のように皮を剥いで、

 四肢をバラバラに切り離して、

 片耳と鼻を削いで、

 最後に片目だけ抉り取って、生きたまま動物のエサにしてやる。


 久しく出番のなかった『スペシャルコース』の手順を頭の中に浮かべながら、私は犬歯をむき出しにして臨戦態勢を取った。


「私の手中にある、という言葉を理解できているか? 抵抗すればイワンの命は――」


「やってみろ。生きてることを後悔させてやる」


「……脅迫に脅迫で返してくるか。面白い」


 私の殺気を意に介した様子もなく、ヴァルコラキは愉快そうに笑った。

 なんとなく想像はつくが、ヴァルコラキもヴェターラと同程度――いや、それ以上の実力者なんだろう。


 だから何だ。

 そんなのは関係ない。

 私の全部を賭しても――こいつを殺して、イワンを助け出す。


「その意気に免じて、一つ催しをしてやろう」


「あぁ?」


 ヴァルコラキの言葉に応じるように、氷エルフが一歩前に出てきた。


「そいつを倒せたら、イワンは返してやる」


「…………」


 氷エルフは、何も言わずに氷で作られた刃を私に向けてきた。


「いいのか? 折角の同盟相手をみすみす死なせるようなコトをして」


「安心しろ。こいつは貴様に殺されるような奴ではない」


「――。言っておくが、私はエルフを一人――」


 私の口上を、ヴァルコラキは手で遮った。

 可笑しそうに口元のマスクを抑えながら、


「葬った、などと言ってくれるなよ? もしそう思っているのなら、とんだ勘違いだ――Я?」


 最後の言葉はエルフ語だった。

 それに反応して、氷エルフの横に居た男がフードを外す。


「Это не дурак. Я был бы убит, если бы я не обиделся」


 そいつは、私が特大の雪玉で上半身を吹き飛ばしたはずの土エルフだった。


 え?

 なんで……。


「なんで、生きてるんだ!?」


 熟達した使い手しか使用できない高等精霊術――鎧装(がいそう)に身を包んではいたものの、私の雪玉はそれすらも吹き飛ばしたはず……なのに。


「Я упал на землю в тот момент, когда я знал, что это не предотвратит нападение」


 土エルフはしきりに下を指差している。

 雪玉が当たる寸前に地面の下に逃げた……ということだろうか?


 だったら、氷エルフを王都まで連れて行く間も、こいつはずっと着いて来ていた……?


 くそっ!

 やっぱり私が残るべきだった!


 奥歯が軋むほど歯を食いしばる。


「今度こそ、仕留めてやる」


「エミリア、落ち着いてってば」


 今にも飛び出しそうな私を、カーミラさんが、どうどう、となだめる。



「ねえヴァルコラキ。まさかエミリアとエルフ達を二対一で戦わせようなんてしてないよね?」


 カーミラさんは両手を広げて肩をすくめる。


「もしそうなったら私の手が空いちゃうんだけど――キミが私の相手をしてくれるのかな?」


「安心しろ。戦うのは一人だけだ。他は手を出さん」


「おや? 好戦的なキミにしては珍しいね」


「勘違いするな。貴様は万全の状態で完膚なきまでに叩きのめしたいだけだ。それは今日ではない」


「ふーん……ところで、さっきの話に嘘は無いよね」


「勿論だ。エミリアがそいつを倒せば、弟は返してやる」


 ヴァルコラキは目を細め、自信たっぷりに言い放った。


「倒せれば、の話だがな」

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