★リクエストSS「二人の一日special ver」
おひさしぶりです。
約二年半の時を経て、第三十八話のおまけで出題したクイズの回答者が現れました。
見事正解し、リクエストSSの権利を獲得したぽぽろすさんに拍手!
そしてリクエストを下さってありがとうございます。
ご希望の内容に沿えたかは分かりませんが、感謝の気持ちを込めて書きました。ご査収ください。
ちなみに時系列的には二十一話(イワンと友達になった後)から数か月経ったあとのお話になります。
改めて説明するまでもないが、キシローバ村は豪雪地帯だ。
一年のほとんどが雪に覆われており、年中冬と言っていいほどに寒い。
しかし今日は、それまでの天気が嘘のように晴れていた。
金曜日の週末ということもあり、村のみんなもどこか浮き足立っているような気すらするほどに良い天気だ。
私――エミリア・ルーミアスは日課である家の周辺を除雪して母を仕事に送り出してから、少し遅れて執務棟へと足を運ぶ。
友人であるイワンと共に、クドラクさんから魔法の授業を受けるためだ。
座学はもうほとんど終わりなので、最近は早めに切り上げて屋敷の裏手で実践的な訓練を教えてもらっていた。
と言っても、私は先週から参加したばかりの新参者だが。
「さて。体も暖まってきたことだし、やるか」
クドラクさんが手を、パン! と叩き、私とイワンから数メートルほど距離を開く。
イワンは木刀を構え、まるで私を守るように前に立つ。
「うし。どっからでもかかってこい」
体の動かし方や受け身などを教えてもらってから、こうして二対一の模擬試合を行う。
クドラクさんはその時の気分で武器を持ったり持たなかったりする。どうやら今日は素手の気分のようだ。
「……」
無手とはいえ、相手はヒト科動物最強の一角、ヴァンパイア種族だ。
クドラクさんの詳しい経歴は知らない――話の流れで聞いたことがあるものの、のらりくらりと答えをはぐらかされた――が、明らかに戦い慣れしている。
普段は気さくなおじ……お兄さんだが、こうして相対すると足がすくんでしまう。
飄々とした雰囲気は変わらないはずなのに、試合中のクドラクさんの前に立つと、どうしようもなく動悸が乱れる。
魔法も、平時と比べると圧倒的に失敗が多い。
殺気とはまた別の圧――プレッシャーというものを掛けられているんだろう。
「おりゃぁー!!」
ビビりな私とは対称的に、イワンはプレッシャーを感じている様子は全く無い。
同い年だというのに、とんでもない胆力をしている。
少し分けてもらえないだろうか……。
しばらく続くと思っていた膠着状態をあっさりと破り、イワンは木刀を振るう。
クドラクさんはそれをひょいひょいと避けながら、
「――動きが単調すぎる。振りが遅い。踏み込みが甘い。ただ木刀を当てるだけじゃなくて、芯に当てることを常に考えながら動け」
などとアドバイスをしている。
イワンはムキになってさらに速度を上げるが、同じペースでクドラクさんの動きが早くなるだけで、当てることはできない。
……言い忘れていたが、模擬試合のルールは『一撃を当てれば勝ち』だ。
威力としては木刀の方が高いだろうが、一発を当てられる可能性のみを考えるなら私の雪玉の方が優れているはず。
クドラクさんがイワンに集中しているのを確認してから、私は足元の雪を拾い上げて死角へと移動する。
「ぐぇ……」
私が移動を終えるとほぼ同時に、イワンは倒されていた。
何が起こったのかは分からないが、私が見たとき、イワンの姿は宙を一回転していた。
気絶はしていない……みたいだが、目の焦点が定まっていない。コミカルに表現するなら『頭の上で星が回っている』状態だ。
「……少し強くしすぎたか?」
イワンには悪いがチャンスだ。
「隙あり!」と胸中で叫びながら、手に持った雪玉を物体移動の魔法で投げつける。
死角からの無音の魔法攻撃。速度はそれなりだし、避けられるはずがない。
「ぶぺっ!?」
雪玉は見事に命中した。
――イワンに。
「あっ」
狙いは間違っていなかった。ただ、雪玉が当たる直前にクドラクさんがひらりと身を翻したせいで、その後ろで転がっていたイワンに当たってしまった。
「死角への移動は注意しろ。少人数の場合は逆に位置を絞られやすくなるぞ」
私に向けてアドバイスを添えつつ、クドラクさんは私との距離を詰めにかかる。
咄嗟の状況の変化に、対応できない!
「あっ、う」
逃げるか? 迎え討つか? どうやって? 魔法? なんの? 物体移動? 雪玉の硬さは? 速度は?
あれこれ考えているうちに、クドラクさんとの距離はあっと言う間に無くなり、中途半端に伸ばした腕を捕まれる。
「ひ――」
「イワンは考えがなさすぎるが……エミリア。お前は逆に考えすぎだ。動きの一つ一つに迷いと恐れがある」
そのまま、ぽい、と軽い動作で放り投げられた。
大して力は入っていないはずだが、雪と空が三回ほど交互に映り――つまり、宙で三回転ほどして――どすん! と背中から地面に打ち付ける。
自分がどういう態勢なのかも分からず、教えられた受け身も取ることができなかった。
「きゅぅ……」
ほんのりと積もった雪のおかげで衝撃はそれほど受けなかったが、視界がぐるぐると回っていて立てない。
私のすぐ隣に、同じ格好で倒れているイワンの姿が見えた。
仲良く寝転ぶ私たちを見下ろしながら、クドラクさんはやれやれと肩をすくめた。
「まだまだだな」
◆ ◆ ◆
「くそ! また負けたー!」
指導が終わり、クドラクさんが仕事に戻ったと同時に肩を怒らせるイワン。
「これで何連敗目だ!?」
「えーと。イワン単体で二十七戦二十七敗。私と二人だと二戦二敗。合わせると二十九連敗中だな」
「ぐぬー!」
私の癖が移ってしまったのか、顔芸を披露しながら地団太を踏むイワン。
――クドラクさんとイワンが外で訓練を始めたのは数か月前のことだ。
魔法の授業の流れでそのまま訓練に行くので、用事がないときは私も付いて行って観戦させてもらっていた。
「どうせならお前も体を動かせ」と言われたのが先月のこと。
念願だった護身術を教えてもらえることになった。
そして、「どうせならお前も混ざれ」と二人の試合に参加させてもらったのが先週のこと。
一発でも有効打を当てられたら私たちの勝ち。
逆にクドラクさんはどれだけ当てようと、私たちが諦めなかったら勝てない、というハンデ戦……だというのに、まさに『弄ばれている』という表現がピッタリの惨敗を喫している。
「エミリア、なんかいい作戦はないか?」
「いまは思いつかないな」
頼みの綱の前世の知識も、こういった戦闘に役立ちそうなモノはあまりない。
ないことはないが……それは『私が魔法を万全に使えたら』という前提の元でしか成り立たない。
クドラクさんにちょっと距離を詰められただけでアワアワしているようでは、そんなものは夢のまた夢だ。
「ともかく次は絶対勝つ!」
「そうしたいのはやまやまだが……悪いが私はしばらく役に立てそうにない」
とにかく今は少しでも戦闘の緊張感に慣れることを目標にしている。
勝つための策はその後だ。
「そういやエミリア、今日はどうするんだ?」
「ん……泊まってく」
イワン専属メイドの仕事は土曜の朝からなので、金曜日は移動の手間を省くために時折泊まらせてもらっている。
母からは「その年で通い妻なんて、さすが私の娘ね!」とよく分からない理由で褒められている。
通い妻じゃなくて、通いメイドなんだがな……。
「そっか。俺はもう少し練習しとく。クドラクの言う通り、なんか最近腕の振りが遅いんだよな」
「あまり根を詰めるなよ。私は師匠と一緒に夕食の準備をしてるから、何かあったら呼べ」
イワンの言葉をさして気に留めず、それだけを言い残して私は屋敷の中に入った。
◆ ◆ ◆
それから三時間ほど経ち、私はバツが悪そうにしているイワンの前で仁王立ちしていた。
「無理をするな、と言ったはずだが?」
「その……つい、力が入りすぎて」
イワンはいつも日が落ちるよりも前に屋敷の中に戻ってくるのだが、今日は戻ってこなかった。
悔しくて、練習に身が入っているのだろう、と、あえて呼び戻す時間を遅らせた。
そして日が完全に落ち、さすがに暗くて練習どころではないだろうと呼びに行くと、腕を抑えてうずくまっていた。
慌てて師匠に診てもらったが、腕の使い過ぎで筋肉が炎症を起こしているらしい。
患部を冷やしつつ、丸一日、右腕を使わないようにと厳命されていた。
腕の振りが遅い、と言っていた原因がよく分かった。
負ける→練習量を増やす→筋肉が休まらない→負ける→練習量を……という、負のループを最近はずっと繰り返していたようだ。
素直に反復練習を行えるというのは美徳だが、やりすぎだ。
……もっと早く気付いてやれば良かった。
「とにかく! 明日の訓練は禁止だ。明後日も師匠に診てもらって、許可を得てからにすること」
「う……」
訓練を禁止、と言われてあからさまにイワンが嫌な顔をする。
少しでも早くクドラクさんに勝つために、一日も欠かしたくないんだろう。
その気持ちは分からないでもないが、ここで休ませなければ回復するものもしなくなってしまう。
なので心を鬼にして、彼を威圧するように両手を腰に当てて、ずいっ、と顔を近づける。
「返事は?」
「…………わかった」
「よしっ」
幸いにも、腕の療養期間と私の仕事時間が被っている。
できるだけずっと隣にいて、些細なことにも右腕を使わせないようにしよう。
◆ ◆ ◆
「エミリア」
「どうしたイワン」
「俺のスプーンとフォークが無いぞ。それに今日はなんでそんなに近いんだ?」
テーブルに並んだ夕食を前に、イワンが困惑している。
今日のメニューはクリームスパゲティとサラダだ。スパゲティの具材にはきのこと鶏肉をメインに、ほうれん草も少し入っている(私と師匠の苦心により、イワンの野菜嫌いも少しだけだが改善されてきていた)
食卓で私がイワンの隣に座るのはいつものことだが、彼の言う通り、その距離は普段よりもぐっと近い。
「右腕を動かすなって師匠に言われただろ? 私が食べさせてやる」
「へ?」
イワンの皿からスプーンとフォークを使ってスパゲティを丸めて、彼の口元に持っていく。
「ほら、口開けろ」
「いや、それはさすがに」
「いいから口を開けろ」
「大袈裟すぎるだろ。スプーンとフォークくらい持」
「はやく」
「……」
「……」
「……んぁ」
無言の圧力を掛けると、観念したようにイワンが口を開ける。
少し憮然とした表情だったが、スパゲティが口に入ると途端に顔が綻んだ。
「んぐ……ウマイ」
「よし。次だ」
「なぁ。やっぱりやめないか? これ、なんか恥ずかし――」
「ほら。口開けろ」
「……んぁ」
何かを言おうとするイワンの口を食べ物で物理的に塞ぐ。
食べさせている間は私が食べられないし、少し面倒な作業かと思っていたが――これ、めちゃくちゃ楽しい。
ひな鳥を育てる親鳥の気分……とでも言えばいいのだろうか。母性が刺激されるのか、イワンがとてつもなく可愛い存在に見えてしまう。
「なぁイワン」
「んぐ……なんだ?」
「これ、腕が治った後もたまにでいいからさせてくれないか?」
「絶対イヤだ!」
もの凄い勢いで首を横に振られた。
……残念だ。
◆ ◆ ◆
その後。
風呂もトイレも、右腕を一切使わせることなく眠りの時間がやってきた。
イワンは少し辟易としていたが、彼のためを思えば今日、明日は我慢してもらうしかない。
パジャマを着せた後、二人でベッドの中に潜り込む。
「さ、寒い……」
暖かい布団とはいえ、入ってすぐは当たり前だが冷たい。
どちらともなく身を寄せ合って体温を保つ。
たまたまイワンの右腕に触れた手が、普段よりも高い熱を感じた。
……こんな手で木刀を振り回していたら、そりゃ痛くもなるだろう。
「エミリアの手、冷たくて気持ちいいな」
「まだ痛むか?」
「いいや。お前の言う通り、動かさなかったのが良かったのかもな」
「動かさないようにって言ったのは師匠であって、私はそれを見張っていただけだぞ」
「細かいことはいいんだよ」
そう言ってイワンは私の胸元に頭をぐりぐりと押し付けてきた。
いい位置に頭があるので、ぎゅっ、と両手で頭を包み込んで撫でてやる。
「胸、相変わらずぺったんこだな」
「うるせ。今に見てろ」
どうせ放っておいても数年経てば膨らんでくる(はず)だ。
なにせ私は、あの母の遺伝子を受け継いでいるのだから。
イワンも悪口のつもりで言っているのではないし、そんなことでいちいち目くじらを立てない。
そのまま数分ほどイワンの頭を撫でていると、すーすーと可愛らしい寝息が聞こえてきた。
「……」
私は無防備に眠る彼の頬に、おやすみのキス――
――なんてことをするようなキャラでも関係でもないので、「心配かけやがってこの野郎」という意味を込めて頬を軽くつねってから、目を閉じる。
「おやすみ、イワン」
NG集
『作戦』
「エミリア、なんかいい作戦はないか?」
「……」
頼みの綱の前世の知識を総動員して、案をひねり出す。
「包囲殲滅陣ってのはどうだ? 成功すれば九割がた勝てるぞ」
「やめとけってそういうのは」
『登場人物』
「……なぁ、エミリア」
「どうしたイワン?」
「俺って、腕の怪我をテレサに診てもらったんだよな?」
「何を言ってるんだ。当たり前だろ」
「そんでお前は、さっきまでテレサと一緒にメシの用意をしていた」
「ああ」
「だったらなんで、テレサの台詞が一つもないんだ?」
「……君のように勘のいいガキは嫌いだよ」
『反響』
作者です。
リクエストSSはお楽しみいただけましたでしょうか。
クスッと笑っていただけたら幸いです。
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