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転生者の憂鬱  作者: 八緒あいら(nns)
第二章 少女編
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第六十八話「第三者」

~前回までのあらすじ~

二人で協力してエルフ種族を退けることに成功したエミリアとイワン。

残ったエルフをイワンが見張り、エミリアは応援を呼ぶために王都へ入った。

そして戻ってきたとき、イワンの姿はエルフと共になくなっていた。

 イワンが居なくなってから三日が経過した。


「……」


 家主が不在になり、ぽっかりと空いてしまった寮の部屋で、私は呆然と壁にもたれかかっていた。


 あれから、あらゆる場所を探した。

 王都を――特に、イワンが消えた外縁部周辺なんかはまさに『虱潰し』に。

 なのに、未だ彼は見つかっていない。


 これだけ広大な王都だ。まだ全ての場所を探せてはいない。

 ルガト様やウトも手伝ってくれてはいるが、圧倒的に人数が不足している。


 イワンがエルフに捕まり、拘束されているとしたら今日にでも助け出さなければならない。

 三日という時間は、ヒトが飲まず食わずで活動できる限界点だ。

 あるいは、もしかしたらイワンは既に……。


「――ッ!!」


 壁に頭を打ち付け、浮かび上がる最悪の結末を振り払う。


「私が……私が残っていれば……!!」


 続けて二度、三度と打ち付ける。鈍い音と共に頭蓋に衝撃が響く。


 どうして見張りを任せてしまったのか。

 『私はまだ余力がある』と言えばよかっただけなのに。

 どうしてそれが言えなかったのか。


 悔やんでも、悔やんでも、悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やみきれない。


「私の……私の、せいで……ッ!!」


「違うよ」


 頭突きを繰り返す私を、誰かが背後から包んだ。

 カーミラさんだ。いつの間に部屋に入ってきたんだろうか。

 それすらも気付けないほど、私は自分を虐めることに夢中になっていたらしい。


「ウトから大まかな話は聞いたけど、想像以上だね」


 カーミラさんはここ一週間ほど王都を留守にしていたが、状況はもう掴んでいるようだ。


「落ち着いてエミリア。そうやって自分で自分を傷つけても、イワンは帰って来ない」


「……でも」


 知らない間に顔をぬるりと生暖かい何かが覆っていた。

 涙――などではない。血だった。

 カーミラさんが、私を抱きしめる腕に力を込めた。


「しっかりして。最後にイワンを見たのはエミリアなんだよ。キミが冷静になって考えてくれないと、見つかるものも見つからなくなる。それとも、そうやってイワンを助け出すチャンスを永久に失いたい?」


「い……嫌、だ!」


 捨てられそうな子供のように、私はカーミラさんにすがった。

 ヴァンパイア種族の紅い瞳が、黒く偽装された私の瞳の奥を、じぃ、っと見やる。


「大丈夫。イワンはまだ生きてるから。焦らないで、私たちにできることを一つずつやって行こう。ね?」


「……はい」


 根拠も何もない言葉だったが、それは半死人になりかけていた私の心に少しだけ活力を蘇らせてくれた。


「落ち着いた?」


「はい。すみませんでした」


 カーミラさんのぬくもりに触れ、少しだが冷静さを取り戻すことができた。

 母ほどではないが、彼女に触れられると安心感が胸に広がっていく。

 母性……というやつだろうか。


「よし。まずは、一緒に行ってほしいところがあるの」


「どこですか?」


「お風呂」




 え?



 ◆  ◆  ◆



 言われるがまま着替えを用意して向かった先は――銭湯だった。

 早朝のため人がおらず、私とカーミラさんの貸し切り状態だ。

 というか、まさか本当に銭湯に行くとは……。この一年で彼女のことは理解していたつもりだったが、未だに行動が読めない時がある。


「あの、カーミラさん」


「『こんな非常時に風呂なんて入ってる場合じゃない』って言いたいんでしょ」


「……っ」


 一言一句違わずに言わんとしていることを当てられる。

 ……エスパーかこのヒトは。


「この三日間ほとんど寝てないでしょ? ひどい顔してるよ。あと臭い!」


「臭い……」


 若干ショックを受けながら備え付けられた鏡を覗き込んで、私は自分の状態を知った。


 三日間、不眠不休で走り回っていたせいで目はヴァンパイアも真っ青なほど充血し、下には濃いクマができていた。

 髪はボサボサで、さっき拭き取った血があちこちに付着して糊のように固まっている。当然、着替えていない服は泥だらけ。

 たった三日で、私の見た目は浮浪者に早変わりしていた。


 すんすんと腕に鼻を近づけてみる。

 身体からか服からか――あるいは、その両方――、えも言えない悪臭が放たれていた。


 ――しかし、イワンの危機に比べればこんなことは何でもない。


「でも、私は」


「非常時だからこそ、自分のケアをちゃんとするの。でないと思いつくものも思いつかなくなるでしょ」


「……」


「自分を追い詰めることを良しとするヒトたちがいるけど、私はそうは思わないよ。最高の状態でないと最高の仕事はできない。だから自分をもっと労わってあげてよ。それに」


「それに?」


「せっかくの美人が台無しだよ?」


 にこっと笑って私の背中を押すカーミラさん。

 ……こんなモブ顔相手に、美人はさすがにお世辞が過ぎる。



 ◆  ◆  ◆



 風呂に入った後、部屋に戻る前に買ったパンとスープで腹を満たす。

 さすがに三日間絶食はしていないが、まともな食事をしたのは今日が初めてだ。

 お腹も満たされ、次第に活力が戻ってくる。


「よし、イワンを探しに」


「ダメ! 少し横になってて」


「……」



「最低でも昼までは寝るように」と、カーミラさんに監視されながら強制的にベッドに入らされる。


 ……。


 ……。


 ……。


「やっぱり眠れないの?」


「はい。イワンのことが気になって仕方ないです」


 いつまで経っても寝ようとしない私に、カーミラさんが声をかけてくれた。

 素直に頷くと、右手に暖かい何かが触れてきた。


 カーミラさんの手だ。


「イワンも昔、なんやかんやで興奮して寝付けない時があってね。よくこうしてたんだー」


 布団の上から、ぽん、ぽん、と規則的な振動が加えられる。

 子供が寝れないときによくやるアレだ。


「大丈夫。イワンはきっと無事だから。今は……今だけは、体を休めて」


「……はい」


 こんなことをしている場合じゃないのに……。という焦りとは裏腹に、やはり身体は限界を迎えていたようだ。

 睡眠と食事、そして人のぬくもりによって私はあっさりと意識を手放した。



 ◆  ◆  ◆



 昼を大幅に過ぎておやつ時を回ったところで、ようやく私は目を覚ました。

 顔を洗い、水を一杯飲み干す。


 視界も思考もずいぶん鮮明になっていて、寝る前の自分がどれだけ盲目だったかを思い知らされる。

 体調管理も仕事のうち、という言葉があるが、まさにその通りだ。


 カーミラさんは、テーブルで何かの書類を書いていた。

 仕事熱心……というより、それが生活の一部になっているんだろう。


「起きた?」


「はい。おかげさまで体調は万全です」


「ん。じゃあ、本題に移ろっか」


 ようやくカーミラさんは、イワン失踪の件を持ち出した。

 彼女がこの部屋にやってきてから、実に八時間以上も経過していた。

 自暴自棄になったせいで無駄な時間を使ってしまい申し訳ないという気持ちはあったが、それは後だ。

 何のためにカーミラさんがここまで時間を割いてくれたのか。いま自分にできることは何なのかを考える。


 もちろん、イワンを見つけることが私にできる最善だ。


「まずは、エミリアがイワンと別れてからあの場所に戻るまでに何があったのかを話してくれる?」


「はい」


「ヴァンパイア種族を呼ぶつもりだったんだよね。どこを目指してたの?」


 初日にルガト様、ウトに行った会話をもう一度繰り返す。

 しかしあの時は頭の中がぐちゃぐちゃになっていたため、何をどう説明したかも細かくは覚えていない。

 切羽詰まった声で「イワンがエルフにさらわれた! どうしようどうしよう」としか言っていなかったような気がする。

 深呼吸をして、私は記憶を辿った。


「――学園です。顔見知りの教師なら連れてこれると思ったので」


 外壁から学園街までは随分と離れているが、警備で街を見回っている見ず知らずのヴァンパイアよりは話が通じると思ったからだ。


「で、その途中で誰と出会ったんだっけ?」


「ルガト様とアリシアです」


 これ幸いとばかりに、私はルガト様に事の経緯を話した。

 ルガト様はアリシアに応援を呼ぶように頼んでから、私と一緒に外壁まで来てくれた。

 ……考えてみれば、二人には悪いことをしてしまった。

 アリシアはやけにめかし込んでいたし、ルガト様もなんだかおしゃれな服装をしていた。

 うやむやになっているが、後で二人に謝りに行こう。


「それから?」


「ルガト様と一緒に戻ってきたとき、イワンとエルフの姿はありませんでした」


「その時、キミは何をした?」


「まずは呼びかけを。次に地面の中をヒトが隠れていないかを探して、最後に足跡を見ました」


 その時はまだルガト様に見つからないように魔法を使う程度の冷静さは保てていた。


「足跡はどこに伸びてたの?」


「王都の中です」


 外に逃げるような足跡は無かった。

 だから私もそれを追うように王都へ向かったが……。

 でも、待てよ――。


「ちょっと待ってください。おかしいです」


 状況を洗い直して、違和感に気付く。


「イワンは抜剣した状態で見張りをしていました。なのに、みすみすエルフを逃がすなんて考えにくいです」


 エルフが目覚めたとしても、半戦闘状態のイワンに気付かれずにやり過ごすとは思えない。

 仮に逃げられたとしても、戦闘の跡は残るはずだ。


 万が一それができたとして、地理も分からない敵の本拠地に単身で逃げ込むだろうか?

 仲間もやられているのだから、普通なら外に行くはずだ。


 冷静になってみれば、おかしいことだらけだ。


「イワンがエルフにやられて連れ去られた……っていう可能性は低くなってきたね」


 私から新たに出てきた情報をまとめ上げるカーミラさんが、別の可能性を示唆する。


「第三者があの場に介入してエルフを助けた。つまりは……」


「……エルフに内通している者がいる」

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