第六十七話「ズレ」
~前回までのあらすじ~
激闘の末、どうにか土エルフを葬ることに成功する。
「投降しろ。無益な殺し合いはしたくない」
残る氷エルフに諦めるよう促す。
言葉は通じなくとも、この場の空気で理解してくれるかと思ったが――氷エルフの表情は険しく、射殺さんばかりの形相で私を睨んでいる。
「Этот демон! Ну Борис!」
「あー……伝わらないか? 降参しろ。こ・う・さ・ん」
両手を頭の後ろで組む(おそらく)万国共通の投降ポーズをしながら、ゆっくりと告げるが、
「Если вы не станете партнером, пожалуйста, сдайтесь, ... ... вы облизываете! !」
どういう捉え方をされたのだろうか。何故か激昂する氷エルフ。
こちらに手を向けると、彼の足元から逆さまに向いたツララが襲い掛かってきた。
「私を攻撃するのはいいんだが……いいのか?」
私は指で『横を見ろ』とジェスチャーする。
「Вы даже думаете, что это займет такого ребенка? Враг Бориса! ?」
「お前の相手は俺っつっただろーが」
氷エルフからの注意が逸れたイワンが彼の首筋に剣の柄を難なく叩き込んだ。
「……」
完全に意識を失ったらしいエルフは、受け身も取らずに雪の上に倒れた。
土エルフは戦い慣れていたが、コイツはどうもそうではないらしい。
仲間がやられたとはいえ、戦っていた相手から注意を逸らすなんて、普通はあり得ない。
エルフ種族はどういう戦闘教育をしているんだろうか……。
「……優しさのつもりで言ったんだけどなぁ」
コミュニケーションの難しさを、私は再認識させられていた。
◆ ◆ ◆
武器がないかをチェックしながら、改めて顔をまじまじと見やる。
年齢は私たちとほぼ同じくらい。中性的な顔立ちをしていて、首にかかるかどうかという程度の髪の長さも相まって、見ようによっては女と間違えてしまいそうだ。
ちなみにエルフ種族と言えば尖った耳が特徴……なんて、どこかの世界では言われているらしいがそんなことはなく、私たちと同じ普通の耳だ。
武器は精霊術で作り出しているもののみで、他にそれらしいものは何も持っていなかった。
精霊術が使えない事態になったらどうするつもりなんだろうか。
「…………」
「なんか縛るモンないか? ……って、コイツの場合は手だけ縛ってもダメか」
「どうだろうな。呪文の類を唱えているようには見えなかったけど」
他種族の術に関しての情報は、基本的に種外秘――自分たちの種族以外には秘密――だ。
同じヒト科動物とはいえ、種族が違えば姿形以外は別の生き物と考えていい。
常識、考え方、宗教、生活習慣――なにもかも、だ。
当然、そこには術の発動方法も含まれる。
呪文は無いように思ったが、戦闘中にコイツらは何度も叫んでいた。
私はあれを罵倒の言葉と捉えていたけど、実はあれが呪文だったのかもしれない。
詠唱は必要ないものなのかもしれない。
何かの動作が発動のカギになっているのかもしれない。
――あるいは、本当に『精霊』というものが存在していて、そいつらに目配せで『お願い』するのが発動条件、なんてことも考えられなくはない。
敵を捕まえた時にこそ効果を発揮する魅了術も、言葉が分からなければ何の意味もなかった。
「せめて『服従しろ』っていう言葉が分かればなぁ……」
「研究棟に連れて行くか?あそこには言語学者もいるぞ」
「いや……王都の中に入れるのは危なすぎる」
なんとなくのイメージだが、こいつは頭に血が上りやすい猪突猛進タイプのような気がする。
玉砕覚悟で暴れられたら、被害を出さずに制圧する方法が思い浮かばない。
……これなら土エルフの方が御しやすかったかもしれない。
「じゃあどうするんだよ」
「うーん」
分からないものは息の根を止めるに限る――そう主張する者は多いし、私だってできればそうしたい。
しかし『王が交代するかというこの時期に、森に何十年も引きこもっていたエルフ種族が現れた』というのは、何か――もっと大きな何かの前兆のように思えてならない。
できることなら、情報を引き出したい。
いろんな場所でやれ血も涙もないだの、快楽殺人者だのと言われている私だが、その辺の線引きはしている。
アリシアを誘拐したヤツにしろランベルトにしろ、殺すにしてもちゃんと情報を引き出していただろう?
戦争だろうが内政だろうが、情報は何にも代えがたい大切なものだ。
情報を握っている者が有利に事態を進められる。
その鍵を握っている限り、『殺す』という選択肢は最後の最後まで取っておく。
手と足を縄で縛り上げ、口にも猿轡を噛ませる。
効果のほどは不明だが――このまま自由にさせておく訳にもいかない。
「二人で王都の傍まで運んで、そこから一人が見張り、一人が誰かを呼んで来よう。この際、純血派も親和派も関係ない」
エルフ種族がヴァンパイア王国へ戦争を仕掛ける可能性だってゼロではない。
最悪の最悪の最悪を考えれば、今は派閥などにこだわる必要は無いだろう。
「分かった。見張りは俺がやる」
「何を言っている。私がやる」
「エミリアはダメだ。危ないだろーが」
「そうじゃない。こっちの方が合理的なんだ」
身を乗り出すイワンをなだめながら、彼にヒトを呼んでもらう必要性を説く。
「私が――人間種族の私が言うより、ヴァンパイア種族で成績上位者であるお前の方が話がスムーズに進む」
「言いたいことは分かる。でも、だからってお前を一人で残せるか。見ろ」
イワンは後ろ手で周囲を指し示す。
「こんだけの魔法ぶっ放して、戦闘中にあれだけ魅了術を使いまくって、消耗してない訳ないだろ」
――。
「え?」
「俺はそんなに疲れてねえからな。これくらいのことはさせてくれ」
「あ……あぁ」
会話が微妙に噛み合っていない。
イワンはそれに気付いていないようだ。
彼に指摘されて初めて気が付いた。
「……」
自分が行った破壊の爪痕に、改めて目を向ける。
何十もの木々が土下座をするように根元近くから折れ、雪化粧を剥がされた地面が無残な肌を晒している。
恐ろしいほどの威力だ。
なのに――なんで私、こんなに消耗していないんだ?
慣れ親しんだ物体移動の魔法を、かつてないほど魔力を集め、回数を重ねて発射した。
それだけじゃない。私はそれまでに肉体強化の魅了術を何度もかけ直していた。
体力が底を尽きるどころか、胃液を全部吐いて卒倒するのが普通のはずだ。
しかし、戦闘による緊張や疲労で消耗してはいるものの、程度としては微々たるものだ。
……私、は。
私……は。
「エミリア?」
「あ、いや――悪い、なんでもない」
……いかんいかん。また悪い癖が出てしまいそうだった。
今はそんなことを考えている場合じゃない。
「やっぱり疲れてるだろ」
「あ……あぁ。見張り役を頼んでもいいか?」
「任せろ。んじゃ行くか」
イワンは肩で氷エルフを担ぎ、王都の方に歩き始めた。
「待て待て。二人で担ごうと言っただろう?私も手伝う」
「いや、いい」
「そこまでお前一人に押し付けられない。私も」
「いいや。ホントにいいんだ」
なおも食いつこうとする私を置き去りにするように、イワンは足を早めた。
……なんだろう。少し、様子が変だ。
「イワン。お前は大丈夫だったのか? どこか怪我とかは」
「大丈夫だ。初めてエルフと闘ったから少し緊張はしたがな」
片手を挙げて元気をアピールしてくる。
歩き方に不自然なところは無いし、怪我を隠している……という訳でもない。
戦闘直後に気分が上下することはよくあることだ。
……私の考えすぎか。
「それにしても、やっぱすげーよお前は」
氷エルフを見張るために斜め後ろを歩く私の肩を、ぽん、と、労わるように叩いてくれる。
「あんな魔法が使えるなんてな。ホント、いつになったら追いつけるのやら」
「何を言ってる。お前の剣技もすごかったじゃないか。エルフ相手に一歩も引いていなかっただろ」
三大種族なんて呼ばれてはいるが、ヴァンパイアは――術の性質上、仕方のないことだが――他の二種族に劣っている点が多い。
だからこそよく分かる。
剣術だけでエルフ種族を封じるなんて、並大抵の力量でできることではない。
それに。
「お前が居なかったら、戦おうとすらしなかったよ」
イワンという存在があったからこそ、戦うという選択肢が生まれた。
彼が後ろにいたからこそ、私は前を向けた。
ワシリーを殺されてから恐怖の対象でしかなかったエルフ種族相手に、震えず戦えたんだ。
「……ちげーよ。俺はただ、向こう見ずの馬鹿なだけだ」
「あんまり自分を謙遜するな」
「……。それはお前だろ。まあ何にせよ、やったな」
イワンが拳を差し出してきたので、私はそれに自分の拳を、コツン、と当てた。
その言葉を最後に、私たちは足を早めた。
これまで以上に、イワンと心が繋がった気がして嬉しかった。
一つ不満を挙げるとするなら――肩に手を置くとか、拳を当てるとかじゃなくて。
(頭……撫でてくれても良かったんじゃないか?)
◆ ◆ ◆
急いだ甲斐もあって、王都へは行きよりも早く辿り着けた。
「それじゃ、行ってくる」
「ああ」
イワンは氷エルフを地面に降ろし、万が一に備えて剣を抜いた。
私は素早く幻視術をかけ、黒髪黒目に戻す。
「エミリア」
「――っと。なんだ?」
「……いや、何でもない。気を付けろよ」
「……?」
何を言おうとしていたんだろうか。
気になったが、今は悠長にしている時間はない。
私は前を向いて足を早めた。
――そして戻った時、イワンの姿は氷エルフと共に無くなっていた。
NG集
『固定』
改めて氷エルフの顔をまじまじと見やる。
年齢は私たちとほぼ同じくらい。中性的な顔立ちをしていて、首にかかるかどうかという程度の髪の長さも相まって、見ようによっては女と間違えてしまいそうだ。
「イワン。こいつ男の娘だ」
「登場して間もないヤツのキャラをギャグ方向に固定するのはやめてやれ」
『本当の理由』
イワンは肩で氷エルフを担ぎ、王都の方に歩き始めた。
「待て待て。二人で担ごうと言っただろう?私も手伝う」
「いや、いい」
「そこまでお前一人に押し付けられない。私も」
「いいや。ホントにいいんだ」
なおも食いつこうとする私を置き去りにするように、イワンは足を早めた。
彼の様子を訝しむ私に向かって、言いにくそうに告げた。
「俺とお前じゃ身長差がありすぎて、二人で担いだら逆に疲れるんだよ」
「…………」
「泣くほどのことか?!」
『本音』
イワンという存在があったからこそ、戦うという選択肢が生まれた。
彼が後ろにいたからこそ、私は前を向けた。
ワシリーを殺されてから恐怖の対象でしかなかったエルフ種族相手に、震えず戦えたんだ。
「……ちげーよ。俺はただ、向こう見ずの馬鹿なだけだ」
「そうだな」
「そこはフォローするところだろ!?」




