第六十六話「手札」
~前回までのあらすじ~
エルフ種族を前に逃げだすことを選んだエミリアだったが、あえなく失敗し戦わなければならない状態になってしまう。
覚悟を決めるエミリアだったが、以前ほどの体の震えは無かった。
現在、私が使える自己強化の魅了術は三種類のみ。
剛力――力が強くなる。
堅硬――体が硬くなる。
韋駄天――足が早くなる。
それぞれ持続時間は一分ほど。効果の違うものは同時に使えず、後に使った効果が上書きされる。
同時に使用出来たらそれこそチート主人公の完成……なのだが、現実は甘くない。
これだけの手札で、最強の種族を相手にしなければならない。
土エルフ相手になら雪玉も有効だろうが――彼が氷の精霊術も使えるなら、結局は無意味だ。
精霊術は物語によくある設定みたいに『一人につき一属性しか使えない』というものではない。
基本的にエルフ種族は全員、生まれた瞬間は――分かりやすく言えば、『全属性持ち』である。
その後、得意不得意や育った家の教育方針やらで、自然と一~二属性に絞って特化するのがほとんどだ。
土エルフはどうだろうか。
彼は今のところ土の精霊術しか使用していない。だからと言って、氷の精霊術がどうなのかは分からない。
使えるかもしれないし、使えないかもしれない。
氷は無理でも炎なら使えるかもしれない。
もしかしたら土も氷も炎も使える『三属性使い』という可能性だってある。
それらの可能性を考えていくと、雪玉は確実に有効とは言えなくなる。
しかし、魅了術だけでは何とも不安だ。
少し、試してみるか。
「Белые волосы серыми глазами должны убить что угодно.」
土エルフが、静かに構える。
私もそれに倣うように腰を落とした。
「Это воля мира!」
「『剛力』――!!」
静かに、しかし力強く言葉を紡ぐ。
私の体を跳ね上げ、貫こうと隆起する土のカタマリを体をズラして避けながら、一気に土エルフに迫る。
「Не лизать!」
間髪入れずに彼の足元から四本の土が、まるで意思を持った蛇のように飛び掛かってくる。
「でいっ!」
それらを強引に腕で押しのけると、今度は土エルフ本人が大きく腕を振りかぶった。握られた拳には、びっしりと土が貼りついている。
―― 一目見て、普通のパンチではないということが分かる。
「умереть!」
「ふっ――」
私は急停止をかけ、真後ろに飛んだ。
拳に張り付いた土が地面に叩きつけられた瞬間にはじけて、礫が私の元に飛来する。
「『堅硬』!」
両腕を交差させる。
土とは思えない硬度を持った礫だったが、しかし私は無傷で耐え切った。
「Умный ... ... Этои здевательство карлика! ?」
「飛べっ!」
お返しとばかりに足元の雪を拾いあげ、圧縮して放つ。
「Это бесполезно!」
土エルフは地面から土の障壁を出し、それを防いだ。
小さいとはいえ、子供の頃から洗練され、練磨されたそれは下手な弓矢よりも威力が高い。
ダメージを与えるには至らなかったが、障壁を大きくひしゃげさせる。
「Разве такой ребенок тоже превосходит эльфов? Чудовище!」
エルフは憎々しげにこちらを睨み、何かを叫んでいる。
大方、「そんなもん効かねーよバーカ」とでも言っているんだろう。
「もう少し大きいの、いっとくか」
私は獣のように身を低く下げ、積もる雪を手で掬った。
地面から手を放さないまま、真横に駆ける。
「圧縮、圧縮」
その言葉が呪文であるかのように繰り返しながら、集めた雪をどんどん固めていく。
あっという間に、先程よりも大きく、強固な雪玉が出来上がる。
「Давайте сделаем это!」
地面が隆起し、私の全身を包み込もうと襲い掛かってくる。
『堅硬』の効果はまだ持続しているのでダメージは無いと思うが……さっきの礫とは違い、喰らうと逃げ出せそうにない。
素直に受ける謂れはないので、逃げることにする。
「『韋駄天』」
「- Черт возьми, на этот раз искусство Эйла! ?」
土エルフのちょうど真横五メートルほどの位置で、私は掌の雪玉を差し向けた。
さっきよりも、魔法の回数を――当たれば無事では済まない程度に――重ねる。
「――発射」
「Дух! Защити меня! !」
土エルフはまたも同じ防御方法を取った。
私以上に防御力を上げたそれは、先程のようにひしゃげることもなく、正面から雪玉の威力を完全に受け切った。
傷一つ、付いていない。
「Вы видели это? Вы не можете проникнуть даже со всей силой! Это сила духовного искусства!」
勇んだ様子でまた馬鹿にされる。
二度目も失敗。
しかし、私は不敵に笑う。
「掴んできたぞ」
おそらく、土エルフは氷の精霊術を使えない。
その代わり、土の精霊術――とりわけ、防御に長けている。同化現象を利用すればリスクなく相手の攻撃を無効化できるのに、それをせずにわざわざ土の障壁を出した。
となると、よほど土の精霊術に自信を持っているか、氷の精霊術を使えないかのどちらかしかない。
結論として雪玉は威力を上げれば有効打になり得る、ということだ。検証が不十分なのはこの際仕方ない。
手札が一枚増えた。だったら、戦いの幅も随分広がる。
雪玉で確実に撃ち抜くために、魅了術をそのためのサポートとして割り切って使用できる。
それだけでも、かなり気が楽になる。
ちらり、と横目でイワンの方を見やる。
押しつ押されつだったが、剣術で上回っている分、イワンの方が有利だ。
遠距離を主体に精霊術を使われると危うそうだが、氷エルフは何故か剣での打ち合いに固執している。
理由はさっぱりだが、好都合だ。
私は自分の掌をじっと見つめ、握りしめる。
全力でぶつかってもまるで歯が立たず、恐怖の対象でしかなかったエルフ種族と、これほどまでに戦えているという実感を、確かに噛みしめていた。
「Ни в коем случае ... ... Это еще не все! ?」
「見てろよ。さっきよりも圧縮したやつをお見舞いしてやる」
再び姿勢を低くして雪を集めようとすると、先に土エルフが動いた。
「Тогда я попрошу тебя изо всех сил и с этой силой!」
唸り声を上げると、土がうねうねと蠢き、彼の体中を覆い尽くした。
まるで物語の中に出てくるゴーレムのような姿に、私は叫んだ。
「鎧装!? 先兵じゃないのかよお前ら!」
届くはずのない問いかけをするも、返ってきたのは恐ろしいスピードで飛来する土、土、土。
残っている『韋駄天』の効果でそれらを避け、『堅硬』に切り替える。
咄嗟の防御反応だったが、それが功を奏した。
「っ!?」
私が避けた先に、土エルフが待ち構えていた。
「早すぎるだろお前!」
先程とは段違いのスピードだ。
避けることも流すこともできず、振り下ろされた拳を両手でガードして受けることしかできなかった。
「がふ!?」
成す術なく地面に叩きつけられる。
体の芯にまで響く衝撃。腹から何かが外に出たがるような衝動を呑み込み、間髪入れずに真横に飛ぶ。
私が今の今まで寝そべっていた場所に、土エルフの踵が無慈悲に振り下ろされている光景が見えた。
「Не убегай」
猛攻はまだ終わらない。
土エルフが踏んだ場所から私の方向へ、土が波打つように隆起し、襲い掛かる!
――雪を圧縮する隙がない。
こちらの意図に気付いているのだろうか。
飛んでいる最中の私にそれをどうこうできるはずもなく、まともに跳ね上げられる。
「が――!?」
「Еда, монстры!」
着地地点に先回りした土エルフが、腰を深く降ろし、右拳に力を溜めている。
――『堅硬』では防げないほどの力を感じ取り、私は反射的に叫びながら、不格好なまま拳を握りしめた。
「『剛力』ィィイィイッ!!」
「Умение! !」
土で覆われた必殺の拳に、自分の小さな拳を叩きつける!
――――!!
火薬でも爆発したのかと錯覚するほどの轟音に、耳が遠くなる。
みちゃ、と嫌な感触がして、右手の感覚が消失した。
私の体はそのまま十メートル以上も雪煙を上げて吹っ飛んだ。
避けられない攻撃には、最大の攻撃をぶつけることが最大の防御である。
その経験則をもとに、今の私が出来うる技――と言っても、『剛力』で力任せにぶん殴るだけだが――をぶつけて、できるだけ相手の威力を削いだ……つもりだ。
まだこうして生きているんだから、とりあえず間違った判断ではないだろう。
「エミリア!?」
イワンの心配そうな声が飛んでくる。
「私は大丈夫だ!お前はそいつに集中してくれ!」
全然大丈夫ではないが、とりあえずそう答えておく。
「くそっ……あいつは!?」
体のあちこちから鈍い熱さを感じるが、それらを無視して見えなくなった土エルフの姿を懸命に探す。
……雪煙が徐々に晴れ、土エルフの姿を発見する。
彼は、正面からまっすぐにやって来た。
「...... Я подтвердил ужас серых белых глаз. Однако теперь наши эльфы поднялись」
土エルフは右拳が多少ひしゃげていたものの、それ以外はほぼ無傷だった。
完全に、力負けしている。
まあ、当たり前だが……。
血をそこら中にぶち撒け、利き腕がおかしな方向に曲がった私に対し、彼は臨戦態勢を解いた。
ゆっくりと、トドメを刺すために拳を振りかざす。
「Я не знаю, кто именно это наилучшим образом использовал вас ... Ну, давайте предположим, что я сделаю много вопросов позже」
「……なーに『戦いは終わりました』みたいな雰囲気になってんだよ。まだ終わってないぞ」
私は、彼の足元を指さした。
「――?」
土エルフが足元を見やる。
何もない地面があるだけだ。
そう――何もない、地面が。
先程まで降り積もっていた雪は、何処に?
「これ、なーんだ」
私は無事な左手を持ち上げ、それを見せびらかす。
移動しながら雪を集められないと悟った私は、だったら相手に動かしてもらおうと画策した。
吹き飛ばされたことを利用して、周辺の雪を根こそぎかき集める。
そして出来上がったものが、これだ。
細長い直径三十センチほどの、綺麗な捻じれの入った雪玉――もはや氷柱と表現した方がしっくりくる――は、まるで槍のような尖った先端を――土エルフの方に向けていた。
「Дифф! Это было потрясено Вазой, чтобы сделать это! ? Принесите свою правую руку!」
土エルフが慌てたように土の障壁を三枚、自らの前に作り出す。
何枚でもきやがれ。
「全部、全部、全部――――――貫け」
これまでの人生の中で最大の魔力を込めた一撃をお見舞いする。
――――。
擬音にできない音が鼓膜を痛いほどに震わせた。
氷柱が、掌から掻き消えたと錯覚するほどのスピードで、土エルフの障壁に激突する!
――――。
氷柱はいとも簡単に三枚の障壁を貫いた。
――その後ろに隠れた土エルフが両手でそれを受けようとするが、
「Уг - аaaaaaaaaaaaaaa! ?」
無駄だった。鎧装を貫き、上半身を形も残さず吹き飛ばした。
それだけで勢いは止まらず、後方の木々を根こそぎなぎ倒していく。かなりの距離の地面を削り取り――百メートルほど離れた場所に大きなクレーターを作成して、ようやく魔法の効果が収まった。
「……すげぇ」
「Глупо ... Борис не может быть」
あまりの威力に、イワンと氷エルフも鍔迫り合いの状態で固まってこちらを見ていた。
「なんとか……倒せたか?」
破壊の跡を見ながら、ふらつきつつも立ち上がる。
ふと右手を見やると、手首くらいからぽっきりと折れ、指先が肘の方向に向いていた。
今は脳内麻薬がドバドバ出ているから痛みが麻痺しているが、これはさすがに治療しておかないとマズい。
「『右手の骨折、裂傷が治る』」
魔力を乗せた言葉を発すると、痛みが消え、手の位置が元に戻り、傷口がみるみる塞がっていく。
立ち眩みのような感覚を覚え、胃が収縮する。
「おぇ」
――何度やっても、魅了術での治癒は気分が悪くなる。
まあ、それでもエルフ種族を相手にこの程度の怪我で済んだなら万々歳だ。
私はイワンと共に固まったままの氷エルフを睨みつける。
「二対一になったぞ。まだ続けるか?」
NG集
『魅了術の力』
現在、私が使える自己強化の魅了術は三種類のみ。
妹――妹属性を得る。
鈍遅――ドジッ娘属性を得る。
萌声――アニメ声になる。
これだけの手札で、最強の種族を相手にしなければならない。
「いや強すぎるだろ」
『飛来物』
「全部、全部、全部――――――貫け」
これまでの人生の中で最大の魔力を込めた一撃をお見舞いする。
――⊂二二( ^ω^)二⊃――。
「いろいろ台無しだ!!」




