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転生者の憂鬱  作者: 八緒あいら(nns)
第二章 少女編
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第六十三話「躍進」

~前回までのあらすじ~

エミリアの存在を危険視するウト。

そのことをカーミラに進言するが、彼女は聞き入れずに「エミリアを信じて」と言うのみだった。

 ――私が王都にやって来てから、ちょうど一年が経った。


 決して短い期間ではないが、いざ振り返ってみるとそうでもない。

 長いとも短いとも言えない微妙な間に、周囲の状況は目まぐるしく変化していた。



 イワンはあの日の誓いを果たすように、それまで以上に我武者羅(がむしゃら)に修行を繰り返した。

 はじめは無茶をやりすぎて怪我が増えただけだったが、徐々に怪我の頻度も減っていき、今まで以上の実力を着実に付けていた。


 そのことを内外に大きく知らしめた事件がある。

 討伐訓練における魔獣発生だ。

 戦闘慣れしていない生徒たちが数人怪我を負ったものの、イワンが率先して囮になり、奇跡的に死者はゼロで済んだ。


 『たまたま上手くいっただけだ』という声もあったが、それを完全に黙らせる事件がまたも討伐訓練の際に発生した。


 ――そう、魔獣だ。


 周囲が混乱し慌てふためく中、イワンは引率の教師に加わり討伐に大きく貢献したらしい。


 え?私は何してたかって?

 月に一度のアレと日程が被ってたから、家で留守番してました。

 護衛が聞いて呆れると、その当時はけっこう本気で落ち込んだが……今はなんとか立ち直っている。


 とにかく、この『魔獣連続襲来事件』により、学園内でのイワンの評価は一変した。

 もともと親和派の中では一目置かれていたが、純血派には『剣だけの能無し』とバカにされていた。

 その評価を改めざるを得ないくらいのインパクトが、この事件にはあったのだ。


 魔獣討伐の功績に加え、『ヴァンパイアは魔法を鍛え、魅了術を使いこなしてナンボ』という既成概念を打ち破ったとして、成績上位者枠にも特例で選ばれた。

 相変わらず勉学や魔法はアレな成績だが、訓練施設とかも借りられるようになり、彼は喜んでいた。


 はじめはそれに嫉妬した純血派が勝負を挑んできていたが、イワンはそれらをことごとく木刀一本で打ち払った。

 すぐに挑戦者はいなくなり、彼の実力は――皮肉にも、彼を嫌う純血派によって――完全に認知されることになった。


 ……ちなみにだが、その騒動の前後で彼の非公式ファンクラブも発足された。

 まあ、贔屓目を抜きにしてもイワンはかっこいいからな。


 私としては、そろそろ色恋の一つでもして欲しいんだが。

 ヴァンパイア種族なら、そろそろ将来の相手を決めてもおかしくない年齢だ。



 ◆  ◆  ◆



 短い期間に魔獣と連続で遭遇。

 以前では『とても珍しい』ことが、今は『少し珍しい』程度に変化していた。


 魔獣の発生率が、明らかに上がってきているのだ。


 私がキシローバ村にいた頃から魔物の発生率が上がっていたのは周知の事実だが、ここ半年ほどは魔獣の発生報告が驚くほど増えていた。

 魔物から魔獣に進化する割合は、従来では千匹に一匹くらいだった。

 厳密に実験とかをした訳ではないので正確な数値ではないが、たぶんそれくらいだろう。


 知能のない動物が魔法を覚え、僅かな寿命の間にそれを使いこなすことは想像以上に難しい。

 しかし、最近の魔獣発生率から鑑みると――カーミラさん曰く――数百匹に一匹くらいになってきているという。

 当然のように原因は不明だ。


 それと同じくらい大きな出来事がもう一つ起きた。

 王の病床についての発表だ。

 それは、魔獣とは別の危機を呼び寄せていた。



 王が病気=ヴァンパイア王国の力が衰えていると勘違いした奴らが不法入国しようとしたり、それに触発されて喧嘩や盗みなどの小さな事件が国境付近で増えてきていた。


 国内は魔獣騒動、国境は治安の低下、そして国外は相変わらず。

 そのおかげ……というのも皮肉な話だが、親和派と純血派の抗争は徐々に無くなりつつあった。



 イワンを中心とした状況は確実に良くなっている。

 しかし、私の胸には一縷の不安があった。


 キシローバ村が壊滅したのは、魔物の増加が顕著になってから半年ほど経った時だった。

 あの時は魔物が――そして今は、魔獣が増えている。


 魔物が魔獣に変わっただけで、あの時と同じ状況なのではないか?と勘ぐってしまう。


 単なる偶然の可能性が一番高い。

 でも、一度ああいう事を経験してしまうと、やはり身構えてしまう。


 手放しで安堵することはできない。

 魔獣――ひいては、五年以上も続く魔物増加の謎を解明し、カーミラさんが王になるまでは。



 ◆  ◆  ◆



「……で、断られたんですか?」


「そーなのよ!『恩を売ろうとしているのか?その手には乗らん。お前が純血派になるなら考えてやるがな』なんて言って!もー腹立つー!」


 コーヒーの中に入れた角砂糖をスプーンでガシガシ攻撃しながら、カーミラさんは珍しく怒っていた。


 先日、ヴァルコラキと会合で出会った際に、親和派と純血派で協力関係を結ばないかと打診したそうだ。

 魔獣の件と国境の治安維持は親和派、純血派共通の悩みの種であり、今はヴァンパイア同士で争っている場合ではない、と。

 親和派に比べて純血派の上層部は古参が多い。なのでヴァルコラキは王位継承権一位だが、純血派の内部での地位はそこまで高くない。

 彼の一存でそんな大きな判断はできないだろうから、非公式で、と前置きも入れたらしい。

 純血派の力は、日増しに衰えてきていた。それを最も間近で感じているヴァルコラキなら、渡りに船な申し出のはずだ。


 しかし――あっさり断られ、あまつさえ嫌味を言われたらしい。


「けっこう老害(おじいちゃん)たちにネチネチ言われてて気苦労してるだろうなって思ったのに!純血派超嫌いな一部の親和派を頑張って説得した私の苦労は何だったの?!」


「男は見栄とかプライドを優先する生き物ですからねー」


 女から救いの手を差し伸べられても、はいよろしく、と素直に握ろうとしないだろう。

 それに――魔獣の件と王位継承の件は全く別物だ。

 自分の後ろをピッタリくっ付いて王の座を虎視眈々と狙っている相手から『協力しよう』と言われても、素直に聞けるはずもない。

 魔獣討伐に協力して油断を誘い、背後からブスリ、なんてことを警戒しているのかもしれない。


「まーったく、見栄っ張りなところは変わってないんだから」


 口を「3」の形にしながら愚痴をこぼし続けるカーミラさん。

 表情こそ怒ってはいるが、それは決して敵に向ける類のものではなかった。

 どちらかというと、仲の良い相手に向ける怒りだ。


「……そういえば、ヴァルコラキとカーミラさんは昔からの知り合いなんですか?」


「うん。昔はよく一緒に遊んでたよ」


 領主様がキシローバ村に赴任するまで、二人は仲が良かったらしい。

 三代目王は親和派だったが、だからといって純血派を弾圧するようなことはしていなかった。

 その影響もあってか、派閥間の溝は今ほど深くなかったそうだ。


 当時の純血派も――インキュバス一族だけは例外だが――そこまで過激なことはしていなかった。

 しかし王が世代交代し、カーミラさんがキシローバ村に行ってから数年。

 進学のため王都に戻ってきたら、『純血派としての教え』を完璧に叩き込まれた今のヴァルコラキになっていたそうだ。

 ちなみに、ヴェターラには昔から一方的に嫌われていた、とのこと。


「なんかごめんね、私の愚痴ばっかりで」


「いえ、全然」


 気付けばヴァルコラキへの愚痴でかなりの時間が経っていた。

 カーミラさんほどの立場になれば愚痴の百や二百、出てくるのは当たり前だ。

 私に話すことで、少しでも心労を減らせるならこちらとしても嬉しい。


「というか、前も言いましたけど、私に回せる仕事があったらいつでも言ってください」


 イワンの護衛と言いながら肝心な時は家で死んでいたし、護衛という仕事自体、形骸化してきている。

 給金を貰うのがだんだん心苦しくなり、何か手伝えることはないかとここ半年ほど、ずっと声をかけ続けている。

 しかしカーミラさんの返事は、いつも決まって、


「大丈夫大丈夫。キミはイワンの傍にいてあげてよ」


 だった。

 本当に、弟思いなヒトだなぁ……。



 ◆  ◆  ◆



「そうそう、今日は本当はコレの話をするつもりだったんだ」


「? これは……」


 差し出された紙を手に取ると、王都の一部を示した地図だった。

 外縁部である宿泊街にほど近い森の中に、赤い点が打たれている。


「依頼のことだよ」


「……すみません、なんの話ですか?」


「キミから依頼したのに忘れちゃったの?ご両親のことだよ」


「――あ」


 そういえば……イワンを護衛するという頼みを聞く代わりに、そういう依頼をしたような気がする。

 その場凌ぎで半ばひねり出したような依頼だったので、完全に忘れていた。


「何か分かったんですか?」


「……残念ながら、確定的な情報はまだ何も」


 カーミラさんは申し訳なさそうに目を伏せた。

 当時の出生簿、領主様と親しかった親和派の人たち、孤児院の引き取り名簿――ありとあらゆる場所を調べたが、私に繋がるようなものは何も出てこなかったらしい。


 そこまでしてくれているとは露とも知らなかった……。

 嬉しいと思うより、申し訳ないという気持ちの方が先に立った。


 捜索に行き詰ったカーミラさんが次に調べたのが、王都を離れる直前の父の行動だった。


「ダメ元で調べたんだけど、ちょっと気になることがあったの」


 カーミラさんは、地図の赤い印に指を置いた。


「三代目が亡くなる少し前から、お父様はこの場所に頻繁に出入りしているの」


「何があるんですか?」


 地図上で見た限り、印の場所には森しか映っていない。


「ヒト科動物の旧研究所だよ。種族ごとの生態や能力の差を研究していたところなんだ。ヒト辞典って本、見たことない?」


「……ああ!」


 その単語で、ピンときた。

 小さい頃、家で読んでいたあの本だ。

 その頃はまだ自分にチート能力があると勘違いしていたから、自分は実は三大種族の中のどれかだったのだ、と領主様や母様、もしくは私をこの世界に送り込んだ神様に言われることを期待したり、各種族の長所を組み合わせてオリジナル種族を作って妄想を膨らませるのによく使っていた。


 ……若かったんだ。許してくれ。


「随分前に移転してから放置されたままで、今はただの廃墟なんだけど、もしかしたら、キミに繋がる痕跡が残っている……かもしれない」


 カーミラさんは自分で行ってからこのことを私に言うつもりだったらしい。

 しかし、激務のせいで現地調査ができないまま、数か月が経っていた。

 行けるようになる目途も経たないので、とりあえずこれだけを報告してくれた、とのこと。


「わかりました。時間を見つけて行ってみます」


「ごめんね、せっかくの依頼を中途半端に投げ出すような真似をして」


「いえいえ、本当にありがたいです」


 項垂れるカーミラさんの姿が、私の中の罪悪感を加速させる。

 ……もっと手軽な依頼にしておけばよかったなぁ。


「キミなら心配ないとは思うけど……都の外だし、可能なら独りで行かないようにね」


 カーミラさんは時計を確認すると、コーヒーを、ぐいっ、と飲み干して席を立った。


「そろそろ行かなくちゃ。会計、ここに置いとくからゆっくりしてて」


「いつもすみません。ありがとうございます」



 ◆  ◆  ◆



 私の両親……か。

 どんな人物だったのか、知りたくないと言えばウソになる。

 しかし、両親の話題になる度、ワシリーが言っていた言葉が頭をよぎった。


 ――両親を追えば、必ず敵とぶつかることになる。


 “敵”が何を指しているかは、今も分からないままだ。

 修行中に何度か聞いてみたが、ちゃんと答えてくれなかった。


 もしかしたら、あの話は私を村から誘い出すための口実で、実際のところは何の意味もないのかもしれない。

 あの話が無ければ、私はワシリーに着いて行くのをもっと渋っていただろう。


 最も、彼がこの世にいない以上、真偽を証明できるはずがない。

 それ以前に、ここまでしてもらっておいて、行かないという選択肢など存在するはずがない。


「……明日は何も予定がなかったな」


 カーミラさんが置いて行ったお金で支払いを済ませ、私は店を出た。

NG集


『言ってはいけない』


 私としては、そろそろ色恋の一つでもして欲しいんだが。

 ヴァンパイア種族なら、そろそろ将来の相手を決めてもおかしくない年齢だ。


「……」


「あれ?カーミラさん、どうして泣いてるんですか?」



『仕事』


「というか、前も言いましたけど、私に回せる仕事があったらいつでも言ってください」


「ん……仕事、って訳じゃないんだけど」


 カーミラさんはカバンから服を取り出した。

 水色の少し大きめのシャツと、黄土色のハーフパンツ。そして白い帽子。

 帽子には、この世界には存在しない言語で「血小板」と書いてあった。


「この服を着て、『あのねあのね』って言って欲しいの。そしたら私、すっっごい頑張れるから」


「私の存在をかけて断る」



『支払い』


 カーミラさんが置いて行ったお金で支払いを済ませ、私は店を出ようとした。


「あの、お客様!」


 店員に呼び止められ、私は振り返る。


「お代金、全然足りてません」


「カーミラさぁん!!」

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