第六十二話「危険視」
~前回までのあらすじ~
がおぉ。
<ウト視点>
「遅くなってごめんねー」
「いえ。こちらこそ忙しいのに申し訳ないです」
先に着いていた俺――ウト・ルゲイエ・ワイルドハントは立ち上がり、彼女を出迎える。
カーミラ・ヴァムピィールヅィージャ・ジャラカカス。
四代目国王になってから崩壊の一途を辿っていた親和派をたった一人で再建し、純血派がひしめく中で次期国王最有力候補の一角と称される女傑だ。
彼女の活躍がなければ、『親和派』という言葉そのものが消えていたと言っても過言ではない、文字通り親和派の救世主だ。
親友であるイワンの姉でもあり、俺にとっては別の意味で救世主でもある。
手早く店員に水を注文し、席に着く。
「どうせ今日は来なくちゃいけなかったし、一時間くらいどうってことないよ」
親和派報告会議。
数か月に一度、親和派という組織のトップ数名が集う会だ。
トップの会議、と聞けば厳重な警備網を敷いた屋敷の中で……と思うかもしれないが、人手も活動資金も不足している親和派ではそんな場所を用意できない。
苦肉の策として、純血派の目が届かない普通の喫茶店などの飲食店で会合を開くことになっている。
内容は比較的重たいものが多いが、大衆が利用する店の喧騒が隠れ蓑になり、そのほとんどは関係者以外の耳には届かない。
木を隠すならなんとやら、だ。
カーミラさんの父上であるイノヴェルチ様がそうであったように、王城に内勤していた親和派はほとんど僻地に左遷させられている。
なので、親和派のメンバーは純血派のそれと比べると、数が少ない上に若い世代が非常に多い。
俺のような若輩者がこんな重要な場所に呼ばれるところから、組織の小ささを察してもらえるとありがたい。
「で、話って?エミリアがまた何かやらかしたらしいけど」
おおまかな概要はもう伝えてあるので、挨拶もそこそこ、すぐ本題に入る。
「ええ。実はですね――」
俺は、前日にエミリアに聞かされた内容をそのまま話した。
銀拳の盗賊ランベルトに襲われたこと。
その彼を返り討ちにして情報を引き出したのち――殺したこと。
純血派の内部は、思っていた以上に崩壊寸前であること。
そして、エミリアの正体を仄めかした占い師のこと。
静かに聞いていたカーミラさんが、話し終えると同時に口を開いた。
「……それ、裏は取れているの?」
「ランベルトが死んだのは確認済みです。純血派の内部状態については探りを入れています。占い師については、今のところ何も……」
ふんふん、とカーミラさんは何度も頷いている。
彼女の頭の中では、一体どんな考えが巡っているのか――凡人の俺では想像することもできない。
「裏が取れていない以上、鵜呑みにはできない。頭の片隅くらいには入れておくよ。でも重要だから、続報が入ったら早めに教えてね」
「わかりました」
「しかしまあ、やってくれるねぇエミリアは」
不確定な情報を除いたとしても、あのランベルトを返り討ちにしたのは親和派にとって大きな躍進だ。
彼には、親和派に肩入れする人間種族の要人数人の殺害容疑が上がっていた。
状況的にほぼクロと言って間違いなかったが、確定的な証拠が無かったため、泣き寝入りするしかなかったのだ。
ヴェターラの件だってそうだ。
カーミラさんが親和派を蘇らせたのは事実だが、純血派を覆すには至らなかった。
その最たる理由として、ヴェターラの存在があった。
あの女がカーミラさんの動きを抑えていたからこそ、その兄であるヴァルコラキは好き勝手に動けていた。
なのに、エミリアがヴェターラを殺したおかげで盤石の態勢が大きく崩れた。
栄華を誇っていた一大勢力が、あの小さな人間種族の登場後わずか数か月で陰りを見せている。
まるで彼女を中心に運命が動いていて、周囲はそれに振り回されているかのように。
「そう……ですね。あいつは確かにすげえ奴ですよ」
「……何か一言ありそうな言い方だね?」
「……」
「もごもごするなんてウトらしくないねー。気になることがあるなら遠慮なく言ってよ?」
カーミラさんが、優しく問いかけてくる。
俺は心を決め、昨日から引っ掛かっていた心のわだかまりを吐き出した。
「イワンとエミリアを引き離すことはできませんか?」
◆ ◆ ◆
「それはエミリアが信用できないからってこと?」
「ええ、そうです」
俺の言葉に、カーミラさんは呆れたように目を細めた。
「もー、それについてはちゃんと納得してたじゃない?私に内緒で学園内で手合わせまでしたんでしょ?」
「……すみません、でも」
「何か引っかかるの?」
「……こんなことを言うと、何言ってんだバカって思われるかもしれないんですけど、その……」
前置きをして予防線を張っても、言い淀んでしまう。
それくらい、おかしなことを言おうとしている。
カーミラさんは急かさず、俺が言い出すまで待ってくれていた。
そのおかげで、どうにか俺はその単語を口にできた。
「ハンバーグ」
「え?」
「ハンバーグが、めちゃ美味かったんです」
「?」
さすがのカーミラさんでも話の意図が見えず、首を傾げた。
これだけで分かるヒトはいないだろう。俺は後を続けた。
「ヒトを殺すって、そんな簡単なことじゃないんはずなんです。どんな手練れであっても、同じヒト型動物を殺した後は大なり小なり、何かしら影響が出てきます。気分が興奮したままになったり、そわそわと落ち着かなくて、小さな物音でも過敏に反応したり。ヒトによって内容は変わりますが、そのまま日常生活を送るなんて、不可能なんです。カーミラさんなら分かりますよね?」
俺に殺人の経験はない。
無いが、経験者は知り合いに多くいる。
学園の先輩だったり、人間種族の傭兵だったり。とにかく、自分よりも遥かに経験豊富な先達たちだ。
彼らは全員――種族も年齢も性別も、全部バラバラなのに――、口を揃えてこう言っていた。
『敵だろうと何だろうと、自分と同じ形をした生物を殺す時、いつも悩み、迷い、苦しむ』
と。
「でも、あいつは――エミリアにはそんな素振り、全くなかった。殺人を犯したことによる動揺も恐怖も、何もなかったんです。イワンに聞いてみても、『いつも通りのハンバーグの味だった』って言ってました。エミリアにとって、ヒトを殺すことも、料理を作ることも、完全に同一の線上にあるんだって思ったら――怖くなって」
一気にまくしたてて乾いた喉を潤そうと、コップを持ち上げる。
そして気づいた。
自分の手が震えていることに。
「ヒトをヒトとも思わず簡単に殺せるその性根は、むしろ純血派に近いものを思わせます。ただの人間種族が血濡れの女王を単騎で打ち破り、銀腕の盗賊を小物扱いした――あり得ないことを、あいつは二度も起こしている。実力が本物なのは認めます。だからこそ、その牙が何かの拍子でイワンに向いた時を考えると――恐ろしくて、仕方ないんです」
「なるほどねぇー」
「……怒らないんですか?」
ヒトの目があるため激昂されるようなことは無いが、静かな口調で叱られると思っていた。
カーミラさんはエミリアを気に入っていたから、なおさらだ。
しかし、返ってきたのは意外な言葉だった。
「実を言うと私もはじめ、あの子のことは敵だと思ってたから」
◆ ◆ ◆
エミリアは四年前、ワシリーと名乗る謎の男に誘拐された。
ワシリーはヴァンパイア王国の転覆を狙っており、エミリアはその先兵として使われるために洗脳と修業を強いられた。
俺がイワンから聞いた話を、当然ながらカーミラさんも聞いている。
「イワンの幼馴染とはいえ、そんな経歴を持っている子を敵視しない方がおかしいでしょ?」
「……確かに」
カーミラさんも俺と同じ気持ちだったのか。
それが分かっただけで、幾分か気持ちが楽になった。
「ヴェターラが殺された時、純血派は真っ先に私を疑ってたみたいだけど、私は親和派の中の誰かを疑ってたんだよ」
結局犯人は分からないまま、噂が噂を呼んで訳の分からない尾ひれがたくさん出てきた。
空想上の生物『魔人』が現れただの、忌み子の生き残り『白髪白目』が現れただの、実は犯人は村人全員だの……。
「で、犯人が身内じゃないって分かった瞬間、私はエミリアが国内に居て、ワシリーの作戦が始まったんだって確信したの。実際、純血派は大混乱になったし」
ワシリーの目的を考えれば、最大勢力である純血派筆頭のヴェターラを殺すのは必然ではないにせよ、悪い選択ではない。
……魅了術の扱いに長けていたあの女を、ただの人間種族であるエミリアがどうやって殺したのかは今も分からないままだが。
闇討ちにしては周囲の被害が大きすぎたし、あの地下施設の破壊の痕はどう見ても正面からぶつかったようにしか思えない。
さりげなく本人に聞いてみても、『運が良かった』としか言わないし……。
今となってはそれも、彼女の不気味さを上げる要因になっている。
「結構粘って探したけどエミリアは見つからなくて、それで王都に引き上げようとした時、イワンからの手紙に「エミリアが帰ってきた。いま一緒に住んでる」って書いてあった時は心臓が止まるかと思ったよー」
「純血派の招集命令を無視してどこかに行ってしまった時は、俺たち全員の心臓が止まりそうでしたけどね」
「あはは。まあ、危険を冒してでも会いに行った甲斐はあったよ」
当時を思い出したのか、カーミラさんが苦笑する。
「キミの言うように、エミリアに危うさがあることは否定しないよ。でも、それはイワンには絶対に及ばない」
「カーミラさん。俺はあなたを尊敬していますし、あなたの言うことにできるだけ従いたい。エミリアを味方とする。カーミラさんが決めたのなら、そこまでは何も言いません。でもイワンの傍に置いておくのは危険すぎませんか?」
俺の一族は、もとは純血派だった。
しかし、俺だけはその思想に馴染めず、一族から追放された。
『忌まわしい名』を与えられなかっただけまだマシと言えたが、二度目の生誕祭(十二歳)も迎えていない俺にとって、家を追い出されることは遠回しに死ねと言われているようなものだった。
食べるものも寝る場所もなく、野垂れ死にかけていた俺を救ったのが、カーミラさんだった。
そして、複雑な事情を持つ俺にも気軽に接してくれたのがイワンだった。
この姉弟のどちらが欠けていても、いまの自分は無かった。
だからこそ、俺は食い下がった。
親友を守るために。
「ううん。このままでいい」
「何故そこまで言い切れるんですか?」
「……だから」
「え?」
カーミラさんは、見るものを魅了するような瞳をこちらに向けてきた。
意思の灯った赤い眼。時折イワンが見せるものとよく似ている。
「あの子は私と同じだから、大丈夫」
「……?」
「分からなくてもいいよ。とにかく、エミリアはイワンを傷つけるようなことだけはしないよ」
「……しかし」
「私を信じて?」
「…………。わかり、ました」
釈然としなかったけど、そこまで強く断言されてはもう何も言えなかった。
きっと、カーミラさんにだけ分かる何かがあるんだろう。
「ありがとう」
満足そうにカーミラさんは微笑んだ。
この話は終わりだとばかりに水を飲み干し、店員にお代わりを頼む。
「ところでウト」
そして唐突に、聴いてきた。
「転生者って知ってる?」
NG集
『犯人は』
「ヴェターラが殺された時、純血派は真っ先に私を疑ってたみたいだけど、私は親和派の中の誰かを疑ってたんだよ」
結局犯人は分からないまま、噂が噂を呼んで訳の分からない尾ひれがたくさん出てきた。
空想上の生物『地獄の傀儡子』が現れただの、忌み子の生き残り『放課後の魔術師』が現れただの……。
「今度は某名探偵の孫ネタかよ」
『┌(┌^o^)┐』
複雑な事情を持つ俺にも気軽に接してくれたのがイワンだった。
この姉弟のどちらが欠けていても、いまの自分は無かった。
だからこそ、俺は食い下がった。
親友を守るために。
「エミリアとイワンを引き離す。どうか聞き入れてもらえませんか?」
「そっか……ウトもイワンを狙ってるんだね?」
「あんた腐ってたのか!?」




