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転生者の憂鬱  作者: 八緒あいら(nns)
第二章 少女編
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第六十一話「ターニングポイント3」

~前回までのあらすじ~


イリーナに言われたことを実践するエミリア。

何も起きるはずがないと高をくくっていると、突然イワンに「脱げ」と言われてしまう。

「……………………え?」


 イワンに言われたことは単純明快だった。


 脱げ――つまりは身に着けているものを取れ、ということだ。

 裸になれと彼は言いたいんだろう。


 しかし、どれだけ脳内で咀嚼しても彼の意図が理解できず、私は間の抜けた声しか出せなかった。


 なんで?

 どうして?

 脱いだらどうなる?

 脱いでどうする?


 そんな私に対して、彼は繰り返した。


「服を脱げ」


「え、な、なななななな、ん、で?」


 自分でも何を言っているか分からないほどにどもってしまう。

 イワンが何をしたいのかが分からない。

 さっきまで寒そうだから服を着ろって言ってくれていたのに、どうして今、真逆のことを言い出すんだ?


「なんで、だって?」


 彼の方に目をやると、普段とはまるで顔つきが違っていた。表情が無く、どこか怒っているようにすら見える。


 ――怖い。


 世界で唯一安心できるはずの幼馴染相手に、そんな感情が沸き上がってきた。


「分かってんだろ?」


 分かっている?

 どういう意味だ?

 この状況から察しろということか?


 一呼吸置き、落ち着いて、冷静さを取り戻す。

 イワンの言ったことをゆっくりと反芻し、今の状況を改めて考察する。



 時刻は夜。

 月明かりだけが部屋を僅かに照らしている。

 部屋には私とイワンしかいない。

 私はシャツにパンツだけという薄着。

 ついさっきまで、二人で身を寄せて暖を取っていた。

 そしたらいきなり組み敷かれた。



 これらを総合すると、()()()()に至らないこともない。

 しかし、すぐにそれは否定した。


 ありえない。

 あるはずがない。


 ()()()()()()()()()()()()()()()


 しかし、この状況とイリーナのあの言葉が、ありえるはずのない現実に色を付けていた。


 ――どうかなぁ~?イワン様だって男なんだよ?男はみんなすべからく狼なんだよ?今は寝ているだけだけど、エミちゃんがちょっと色気を出したら、がおぉ!って襲われちゃうかもよ?


「分からねーよ!いきなりなんなんだよ!」


 頭の中をよぎった妄想を払うべく、少し声を大きめにしてみるが、イワンは逆に怒鳴り返してきた。


「うるせぇ!()()()()()()()()!」


「――ぇ」





 まさか……本当に?


 私が色気を出したから、イワンが狼に変貌したってこと?

 自分では無い無いと思っていたが、色気があったってことか?


 これから私……がおぉ! ってされるのか?


 がおぉ!っていうのは子供っぽい揶揄で、つまりは……。


「――――!」


 そこまで思考が至ってから、ようやく頬が、耳が熱くなるのを自覚する。

 頭に血液が昇ってくる感覚が、思考を鈍らせる。


 嘘だろ?!

 あのイワンが、よりによって私なんかに!?

 こんなちんちくりんに??


 別に、その、『がおぉ』されるのが嫌という訳ではない。

 自然な現象というのは理解しているし、私は彼の専属使用人だ。

 求められたら応じる覚悟はしていた。


 しかし……こんなに早いなんて、想定外すぎる!

 私の予想では、十八くらいになるまで何事も起こらないはずだったのに!


「い……イワン?少し落ち着こう?こういうのには順序があってだな」


「何の順序だよ」


 痺れを切らしたのか、イワンは自分で服をめくりあげた。


「ひいぃぁ?!」


 いきなりすぎて素っ頓狂な声を上げてしまう。

 咄嗟に抵抗するが、魅了術なしの自力、しかもマウントを取られている状態で彼に敵う訳がない。


 イワンは服を捲ったのち、片手一本で私の両腕を抑えて、万歳するようなポーズで固定してからシャツを器用にはぎ取った。


「暴れんじゃねーよ」


「あぅ、あうぅうぅう」


 素肌がひんやりとした外気に晒される。

 装備品はパンツのみ。生まれたままの姿の一歩手前だ。


「……」


 素肌を晒した私を、上から下までイワンの視線が這い回る。


(あうほあぁわぇあああぁあ?!)


 触られている訳でもないのに、ゾクゾクとよく分からない感情がこみ上げてくる。

 脳内を直接オタマでかき混ぜられたみたいに、何も考えられなくなる。


「イワン!待って待って待って待って!私はその、えと、生理前だから!」


「……だから?」


「その……血がいっぱい出てるから、別の日にしないか?」


 初めてがストロベリーなアレというのも少し嫌だ。

 別の日だろうとどうせ血は出るが、少しでも少ない方がいいはずだ。

 なので、別の日を提案する。

 時間さえ稼げれば、心の準備を万全に整えて事に臨める。

 ……ついでにイリーナに技の一つや二つ教えてもらおう。


 しかしイワンは……狼になったイワンは、そんなことでは止まらなかった。


「? 今でなきゃダメだろ」


「ひぇあ?!」


 イワンは私を軽々と持ち上げ、うつ伏せに寝かせた。

 こういう時、男は女を乱暴に扱うと聞いていたが、彼の所作は強引ではあるが、優しい。

 まるで壊れ物を扱うかのようだ。


 ……というか、なんで後ろ向き?

 もしかして、こういう態勢からが好みなのか?


 もう抵抗する気力もなく、イワンの一挙一動に怖さ半分、よく分からない気持ち半分でじっと身構えていると。


「……やっぱり」


 と、彼が声を漏らした。

 心なしか、強張った声だった。


 やっぱり?

 何が?


「エミリア」


「は、はい」


「この痣はなんだ?」


「……え?」


 恐る恐る首を回し、イワンが指し示す場所を見やる。


「……!」


 はじめは見えなかったが、かなり無理な態勢になるまで体を逸らして、ようやく気付いた。

 腰の部分に、拳大の痣がある。


 間違いなく、昨日の戦闘の跡だ。

 治癒し忘れ――もしくは、あの時は何ともなかったが、後になってじわじわと痣が広がってしまったものだろう。


「歩き方が右側を庇う感じになってて、変だと思ってたんだ。最初は生理ってやつのせいかと思ってたんだけど、さっき引き寄せた時に体が強張ったから、それでどこか怪我してるって確信した」


 淡々とイワンが説明してくる。


「で?この怪我はどうしたんだよ。明らかに誰かと争ってできたものだよな?」


「あうぅ……」


 イワンの目が怖い。これは嘘を許さない目だ。


 正直に話せば、私を取り巻く環境のことを全て話さなければならなくなる。

 自然、イワンの護衛を仰せつかっていることも話題に入るだろう。

 カーミラさんには、イワンにそのことを言わないようにと言明されている。

 それを破る訳にはいかない。


 かといって下手に嘘を付けば、イワンに愛想を尽かされて捨てられてしまうかもしれない。

 彼を失ったら、私は今度こそ、本当に拠り所を失ってしまう。

 それだけは……それだけは……!


 しばらく何も言えずに沈黙していると、ふぅ、とイワンが息を吐いた。

 私に覆いかぶさるようにしていた体を避け、ベッドの上であぐらをかく。


「俺には言えないのか?」


「……」


 この場合、沈黙は消極的な肯定であることは重々承知している。

 しかし、私にはそうする以外に道はなかった。


「……はぁ。分かった、分かったよ。無理には聞かねえから、そんな捨てられそうな子犬みたいな目すんな」


「……いいのか?」


「どうあっても理由を聞き出す!」みたいなカオをしていたのに。随分あっさりと引き下がってくれた。


「その代わり、ちょっとだけ話聞いてくれねーか?」


「あ、ああ……」


 私も上体を起こし、イワンに目線を合わせた。

 不思議なことに、さっきまで彼の赤い瞳に見られただけでヘンな気持ちになっていたのに――今は何ともない。


「むかしむかし、あるところに男の子と女の子がいました」



 ◆  ◆  ◆



 男の子は生意気で世間知らずでした。

 女の子は賢くて、何でもできました。


 男の子は女の子に嫉妬していました。

 大人たちからも褒められて、誰からも好かれていたことが気に入らなかったのです。


 男の子はたくさんの嫌がらせを行い、女の子を悲しませようとしました。

 けれど女の子は全くめげることなく、あろうことか男の子と友達になりたいと言ってくれたのです。


 男の子は、女の子と友達になりました。

 その日から、男の子の世界は変わりました。


 男の子は女の子にとても感謝し、この子を絶対に守りたいと思いました。


 しかし実際に守られたのは、男の子の方でした。

 女の子はたった一人で悪い大人たちを倒し、自分が傷つきながらも男の子を守り抜きました。


 その直後、女の子はさらに悪い大人に連れ去られてしまいました。

 なんでもできる女の子を悪巧みに利用しようと、そいつはずっと前から女の子に目を付けていたのです。


 男の子は女の子を連れ去られまいと、そいつを倒そうとしました。

 でも、男の子は負けました。

 力が足りなかったのです。


 その時、男の子は誓いました。

 次に女の子と会うまでに、どんな事からも守り抜ける力を身につけてみせる、と。

 そして今度会ったら、絶対に離さないと。



 ◆  ◆  ◆



「イワン、それって……」


「さて、誰の話だろうな」



 ◆  ◆  ◆



 誓いを立ててから数年。男の子は強くなりました。

 そして、偶然にも女の子と再会します。


 男の子はとても喜びました。

 これでもう、女の子と離れずに済むと。

 しかし、女の子と再会して男の子は思い知ります。


 まだ自分が生意気な世間知らずのままであることを。


 女の子は、男の子なんかよりも遥かに強くなっていました。


 女の子は広い国外を放浪して、生きるか死ぬか中で戦い続けていました。

 男の子は狭い道場の中で、決められたルールの中で強くなったと勘違いしていました。


 女の子より弱い自分が、どうして女の子を守れるでしょうか。

 離れ離れになったあの時よりも、二人の差は大きくなっていたのです。


 男の子はあわてて訓練する時間を増やしました。

 すぐに成果が出るものではないと知っていながら、そうするしか方法がありませんでした。


 成長した女の子の存在が、男の子に焦りをもたらしたのです。

「こんな弱い奴とは一緒にいられない」と、女の子からいつ見切りをつけられるか……女の子のいない場所で、男の子はいつも怯えていました。



 何故、女の子が男の子を守ったのか?

 男の子が弱かったからです。


 何故、女の子は連れ去られたのか?

 男の子が弱かったからです。


 男の子が弱いせいで、女の子はどんどん傷ついていきます。

 男の子の、知らない場所で。



 ◆  ◆  ◆



「イワン……わっ」


 話し終えた瞬間、イワンが私を引き寄せた。

 ちょっと痛いくらいの力で、ぎゅ……と抱きしめる。

 その腕は、震えていた。


 泣いている……んだろうか。声も震えている。


「ごめんな。俺が弱いせいで。俺が頼りないから、お前はそうやって全部一人で抱えて、俺の知らないところで傷ついていくんだ」


「……っ」


 何も、何も言えなかった。

 私は馬鹿か。

 イワンにこんな思いをさせていたのに、今の今まで気づかなかったなんて。

 専属使用人である前に、友達として失格だ。


 キシローバ村の事件は、イワンにも深いトラウマを与えていたんだ。


 当たり前だ。自分のせいで村人がたくさん殺され、尊敬していた父親は死に、友達が連れ去られた。

 当時九歳だったイワンに、どれほどの傷を負わせたのか――想像もつかない。


 もしかして、ワシリーがあの時イワンの記憶を消すなと言っていたのは、トラウマを植え付けるためだったのかもしれない。

 何故かワシリーは、イワンをことさら嫌っているように思えたから。


「エミリア。もう少し――もう少しだけ、待っていてくれないか?」


「……何をだ?」


 イワンは私を正面から見据え、強く――力強く拳を握った。

 赤いヴァンパイアの瞳が、燃えているかのように錯覚した。


「俺は必ず強くなって、どんな奴からでもお前を守れるようになってみせる!だからそれまで、どこにも行かずに待っていてくれ」


「……」


「こんなことを頼むのは厚かましいことだとは十分に分かっている。でも――」


 さっきとは反対に、今度は私がイワンを抱き寄せた。

 胸の方に頭を持ってきて、ぽん、ぽん、と頭を撫でる。


「ごめんな。私のために、そんなに頑張ってくれていたなんて、全然知らなかった」


 いや――知ろうとしなかった、という方がより正しいだろう。

 私は結局、自分の事しか考えていなかったんだから。


「お前は今でも十分頑張ってる。弱いだなんて思ったことなんかないよ」


 私には、ワシリーという理解者がいた。

 でもイワンはーーずっと一人だった。

 あの時から、誰にも本当のことを話せないまま、たった一人で戦ってきたんだ。

 そんな彼を、誰が弱いなどと言えるだろうか。


「それでも自分に満足できないなら、好きなだけ修行して強くなれ。私はどこにも行かない。例えお前が今より弱くなっても、離れない」


「……エミリア……くっ、うぅあ、あぁあ……」


 イワンは静かに声を押し殺して泣いた。

おまけSS


 イワンが私の姿を見て狼にならなかったことは良かった。

 良かったのだが……なんだろう、少しモヤモヤする。

 なので、聞いてみた。


「ところでイワン。私の姿を見て何か思うことはないか?」


「思うこと?」


「なんでもいい。率直に言ってくれて構わない」


 イワンは顔を離し、未だパンツ一丁の私をまじまじと見やる。


「……昔と変わらないな。あぁ、ちょっと胸大きくなったか?」


「おう。それ以外に何かないのか?」


「寒いのに脱がしたりして悪かったな」


 イワンは自分の体温で温もったシャツを脱ぎ、私に被せてきた。

 暖かい。

 暖かいが……なんだろう、コレジャナイ。


「風邪引かないように暖かくして寝ろよ」


 ベッドの端に捨てられていた、私がさっきまで着ていたシャツをいそいそと着てから、イワンは横になった。


「…………あんがと」


 少しはあるんじゃないかと思っていた色気は、どうやらカケラも無かったみたいだ。

 私の、女としての自信が砕けた瞬間だった。


「イワンのバカ」


 すぐさま寝入った彼に対し、私は小さく毒づいた。

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