第六十話「閑話:あの人の過去」
お蔵入り予定だった彼の過去をサルベージ
読んでから五十六、五十七話を読み直すと違った視点が見えてくるかも?
<ランベルト視点>
その存在が現れたのはいつだったのか。
気付いた時にはもう、そいつは戦場に居た。
見た目は小さな童女に過ぎないが、それは擬態に過ぎない。
現に彼女の容姿を嘲笑った者は例外なく地獄に放り込まれていた。
非常に好戦的で残忍な性格をしており、自分から争い事に首を突っ込んでは、あらゆる勢力に甚大な被害を与えていた。
「目線が気に入らない」だけで再起不能の怪我を負わせたり、「悪口を言われたような気がした」だけで指をねじったり、「騒がしくて寝れない」だけで盗賊団を壊滅させたり……そいつの噂を挙げていくと、枚挙に暇がない。
とある小国では、呪術師という職業があると聞いたことがある。
念じるだけでヒトを殺すことができる不可思議な技を持っている――らしい。
そいつは、それに近いことをやってのける。
曰く、そいつの言ったことは現実になる、というのだ。
呟くだけで大岩を砕くほどの怪力を得て、目にも止まらぬ速さで移動し、「死ね」の一言で相手を殺すことができる。
なまじ被害者が多いだけに、そんな馬鹿なと一笑に付すこともできず、不気味な噂話だけが独り歩きしていた。
次第にそいつは戦場を渡り歩く範囲を拡大させ、様々な場所で様々な呼ばれ方をしていた。
純白の姿を返り血で赤く染め、ベルセルクを上回る凶暴性を秘める『白き赤』
新緑の民エルフをも超える無尽蔵の魔力を有する『魔女』
ヴァンパイア以来、五十年ぶりとなる『第四の種族』
噂話のほとんどは悪逆非道の限りを尽くす悪鬼羅刹のように思われる――実際にそうだと言う者は多い――が、何かの気まぐれで人助けをすることもある。
真偽は定かではないが、 「今日は晴れてるから」という気まぐれで窮地から助けられたという証言もある。
◆ ◆ ◆
「魔女……ねぇ」
その話を聞いた直後の感想は、 「どうにも信じられない」だった。
「ほ……本当だ!俺はこの目で見たんだよ!あいつが笑いながら、ヒトをまるで紙クズみたいに引き裂いていくのをッ!!頼む、信じてくれ頭ァ!」
ただ、俺が最も信頼する仲間がこうして必死の形相でまくし立てる様子は、その話に少しだけ信憑性を持たせていた。
「……わかった。とりあえず白髪白目のガキと出会ったら警戒するように他の連中にも伝えろ。他に特徴は無かったか?」
白髪白目というのはこの世の中においてはとにかく目立つ。
何らかの偽装を行っていると考える方が自然だ。
「他には……そうですね、髪が長くて、背が低いことくらいしか……」
「そんなガキどこにだっているだろうが。もっとよく思い出せ」
「そ、そうだ!その魔女、あらかた殺し終わった後に、ふと普通の表情になったんですよ」
「……それで?」
「その横顔をよく見ていたら気が付いたんですけど、そいつ、めちゃくちゃ上玉なんですよ。貴族の娘かって思うくらいに」
「…………わかった。とりあえずそう伝えておけ」
夢見てんじゃねえと怒鳴りたい気持ちを抑えながらそれだけを言い、部屋から追い払う。
髪が長くて背の低い、美しい女……ねぇ。
「そんなの、どこにだっているじゃねえか」
◆ ◆ ◆
俺の率いる盗賊団は、この界隈ではかなり有名だ。
その分敵も多かったが、自慢の拳と仲間に恵まれ、これまでは特に問題なく勢力を拡大させていた。
しかし、ここ半年ほどは資金繰りに喘いでいた。
理由は紛争が――仲間いわく「魔女のせい」らしいが――拡大してきたこと。
それにより、奪う対象である村が減ってきていた。
よしんば村があったとしても、実入りは以前よりもずっと少ない。
稼ぎの良さが盗賊のウリ――五十~八十人程度の村を襲えば、数か月は余裕で暮らせていた――だったが、最近は襲撃の経費で赤字が出ることも増えてきている。
今のままではいずれ八方塞がりになってしまう。
方針を変える必要がある。
開拓者に転職? ――存在するかも分からない新天地を探すなんざ、馬鹿げている。
傭兵に転職? ――悪くない選択肢のように見えるが、盗賊あがりの傭兵なんざ、ていのいい駒として使い捨てられるだけだ。
農民に転職? ―― 一番ありえない。
俺も仲間たちも、もはや普通の職業に就くなど耐えられるはずがない。
好きな時に酒を飲み、好きな時に奪い、殺し、女を抱いてきた。
そんな快楽だらけの盗賊を、辞められるはずがない。
もし盗賊以外になってしまったら、心の内に淀みが溜まっていき、どこかで爆発してしまうのは目に見えている。
何か、何かいい方策はねえのか……。
◆ ◆ ◆
「移動……ですか?」
「ああ。ヴァンパイア王国へ行くぞ」
悩みながら数日を過ごし、ようやく思いついた方法は活動拠点を移す、というものだった。
「あいつらは国境線を引き、自分の国だけが肥えていくようにしている。つまりは、中にさえ入っちまえばそこは楽園って訳だ」
「で、でもよ頭。王国内には、あのヴァンパイア種族がいるんだろ?」
王国の中はヴァンパイアが組織的に警備網を敷いている、という噂を聞いたこともあったが、俺には自信があった。
例えヴァンパイアが相手でも、引けを取ることはない、と。
俺の率いる盗賊団は全員で十人と、数こそ少ないが全員が信頼し合っているという、他にはない特徴があった。
連携はもちろんのこと、奪ったもので争いになったことが無いほどに仲が良い。
だからと言ってなあなあな関係でもなく、俺を頂点にしてきちんと統率が取れている。
俺は確信していた。
こいつらこそが、俺の最高の仲間であると。
◆ ◆ ◆
活動拠点を移してから、はや三か月が経とうとしていた。
結論から言うと、ヴァンパイア王国に移動したのは正解だった。
紛争地帯出身の身からすれば、閑散とした村ですら妬ましさを覚えるほどに資源が満ち溢れていた。
手始めに小さな村を襲い、そこを活動拠点とする。
難点と言えば言葉が通じないことくらいだが、外壁の街に繰り出し遊郭を巡れば嫌でも言葉くらい覚えるだろう。
移動して大正解――そう思えるほどに、全てが順調だった。
――しかし、俺たちの天下は長く続かなかった。
ある日やってきた一人のヴァンパイアに、俺が集めた最高の仲間たちは蹂躙された。
時間にすれば十分にも満たないほどの短い間に、何の抵抗もできないまま、圧倒的な力で以って俺たちは全員、地に伏せられていた。
皆それぞれどこかを折られ、まともに動ける奴は一人もいない。
それは俺も例外じゃなかった。
「あ……あ……」
日頃仲間たちに『どんなものでも砕ける』と豪語していた必殺の拳は、まるで小石でも受けるかのように止められ、そのまま――ぼきり、と折られた。
今まで培ってきた、俺の自信と共に。
「ああぁああぁぁぁぁぁぁ!?」
「……」
ヴァンパイアは盗賊団を屠ったという自負も達成感もなく、ただ無表情に俺を見下ろしていた。
そいつにとって、人間種族などどれだけ集まろうと歯牙にかけるほどのものではない。
紅い瞳が、それを雄弁に語っていた。
それが怖くてたまらなくて、俺は逃げようとするが、足が震えて立つことすらできなかった。
今までずっと、力を持たない村人や商人たちを狩っていた。
それが――いつの間にか、狩られる側になってしまっていた。
怖い。
怖い。
怖い――!
逃げたいのに動けない。
腕を折られた激痛すらも希薄になるほどの濃厚な殺意。
それが唐突に、ふっ――、と、消えた。
「…………あ?」
その変容ぶりに呆然としていると、ずっと俺の様子を見ていたヴァンパイアが、静かに口を開いた。
「Are you a leader?」
「……は、え?」
たぶんヴァンパイア語だろう。
初めに襲った村人たちも同じような言葉を話していたような気がする。
「……An bhfuil a fhios agat an teanga seo?」
違うイントネーションでまた話しかけてくるが、何語かも分からない。
ヴァンパイアはその後もいくつか言語を変えて話しかけてくる。
「……Ken jy hierdie taal?
……Ви знаєте цю мову?
……この言語が分かるか?」
「あ……」
聞き覚えのある言語に、ランベルトはこくこくと頷いた。
「随分と遠くから来たものだな。お前がリーダーか?」
「は、はい」
「余所の国ではどうか知らんが、ここでの盗賊行為は死以外では購えない」
「……!」
それは、はっきりとした死刑宣告だった。
抗うことすら許されないほど絶対的な存在から下された断罪の言葉に、しかし俺は反論した。
「いや……だ」
誰がどう見ても、俺たちを擁護するような箇所はない。
自己の都合で勝手に王国に侵入し、自分勝手に村人を殺し、横暴な振る舞いをしてきた報いであると、子供でも理解できる。
「まだ死にたくない……どうか命だけは助けて下さい!なんでもします!なんでもしますからァ!!」
それでも俺は縋りついた。
恥も外聞も捨て、ただ生きたいという一心で。
本来なら、聞き入れられるはずのない願いだった。
「なんでも?今、なんでもと言ったか?」
しかし、ヴァンパイアは面白そうに声を弾ませ、地べたを這いつくばる俺の前にしゃがみ込んだ。
「丁度いい。荒事を頼める執事が欲しかったんだ。さっきの攻撃は人間が相手であればかなりのモノだろう」
「で、では……!」
「しかし盗賊をこのまま放置しておくわけにもいかんし、お前の罪をそのままにしておく訳にもいかん。禊が必要だ」
「みそ……?」
「罪を許すためにやらなければならない行為だ。まだ左腕は動かせるな?」
ヴァンパイアは短剣をランベルトの元に放り投げる。
「それで部下を全員殺せ。そうすればお前の罪は許される」
「俺、が……?」
十年間かけて集めた、最高の仲間たちを、自分で殺せ?
悪い冗談だ。
そんなことをするくらいだったら、ここで死んだ方がマシだ!!
それをそのまま口に出そうとした。
「なんだその目は。まさか、できないのか?」
「――っ、っ」
ヴァンパイアの目が細められた瞬間、俺の中に浮かんだ数々の否定の言葉がかき消える。
そして出てきた言葉は、
「やります!やらせてください!」
この恐怖から逃れられるなら、最高の仲間だろうが何だろうが、喜んで生け贄に捧げてやる。
「か、頭、どうして……!?」
「やめて下さい!助け、助けて!!」
「嘘ですよね!?頭が俺たちを売るなんて、嘘ですよね!!」
「この裏切り者ォ!俺たちは仲間を見捨てないっていうアンタの心意気に惚れてここまで来たんだぞ!!」
放っておいても死にそうな他人が、何かを言っている。
その意味が理解できなかったが、うるさいので次々に黙らせていった。
よく手入れされた短剣だった。ほとんど力を込める必要もなく、うるさい奴らの喉元を全員掻き斬る。
「よくやった。私の名はヴァルコラキ。ヴァルコラキ・ストリゴイ・ヴリコラカス。今日からお前の主となる者だ」
――それが、俺とその主人であるヴァルコラキとの出会いだった。
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「……わかった。とりあえず白髪白目のガキと出会ったら警戒するように他の連中にも伝えろ。他に特徴は無かったか?」
白髪白目というのはこの世の中においてはとにかく目立つ。
何らかの偽装を行っていると考える方が自然だ。
「他には……そうですね、背が低くて、背が低いことくらいしか……」
「そんなガキどこにだっているだろうが。もっとよく思い出せ」
「そ、そうだ!その魔女、あらかた殺し終わった後に、ふと普通の表情になったんですよ」
「……それで?」
「その横顔をよく見ていたら気が付いたんですけど、そいつ、めちゃくちゃチビなんですよ。小学生かって思うくらいに」
「横顔見てそれしか気付けないってヤバいだろ」
『拠点移動』
悩みながら数日を過ごし、ようやく思いついた方法は活動拠点を移す、というものだった。
「移動……ですか?」
「ああ。異世界へ行くぞ」
我ながらなんと素晴らしいアイデアだろう。
「異世界に行けば出会う女たちはみな美女揃い、少し優しくしただけで全員俺の虜になり、移動した瞬間にとんでもない能力を神からもらえて最強の魔王だろうがドラゴンだろうが瞬殺できるようになる!そして苦労せず金を稼ぎ、皆から崇められて何の憂いもなく人生を満喫できるんだ!」
「頭。なろうテンプレの読みすぎです」
『言語』
呆然としていると、ずっと俺の様子を見ていたヴァンパイアが、静かに口を開いた。
「あーたがリーダーと?」
「……は、え?」
たぶんヴァンパイア語(?)だろう。
しかし、なんというか……訛りがものすごい。
「……くぬくとぅばが分かりますか?」
違う訛りでまた話しかけてくる。
反応に困っていたのを言葉が分からないと思ったのだろうか、いくつもの訛りを使い分けて話しかけてきた。
「……この言葉が分かっけ?
この言葉分かってるん?
この言葉が分かるのかしら?」
「なぜ最後だけオネエ言葉」




