第五十五話「女子会、そして……」
~前回までのあらすじ~
魔法の強さを数値化する魔力適性測定器なるものを開発した研究棟の主任。
エミリアは計測してみたい欲を抑え、数値を誤魔化した。
全てはイワンを影から護衛するため。
「ん……」
休日の朝。
目を覚ました私は、イワンを起こさないようにこっそり布団から這い出る。
大抵はがっちりと抱き着かれていて、抜け出すだけで一苦労だが、今日は拘束が緩かった。
運がいい。
冷たい床をつま先で一足飛びして隣のリビングに移動する。
「くぁ……」
大きく口を開け、う~んと大きく伸びをする。
それだけで随分と眠気は薄れ、徐々に意識が覚醒していく。
水瓶からコップに水を入れ、ぐいっと飲み干す。
「……ぷは」
いつでも綺麗な水が飲める。
なんとありがたいことだろう。
一杯の水を巡って争いが起きる紛争地域のことを思えば、ここは天国なのかと錯覚するほどだ。
「さて……と」
イワンを起こすまで、まだ時間が余っている。
普段は魔力収集の訓練をしたり、掃除をしたりするのだが、ここ最近は王都に来てから今までを振り返ることに時間を費やしていた。
というのも、先日のカーミラさんとの茶会で自身の行動に疑問が生じたからだ。
私はこの街に来てから、自分の戦闘力を誇示するような行動は一切やっていない。
見た目も相まって、どこからどう見ても一般的な使用人だ。
誰からも警戒されることなくイワンを護衛できる影の存在……の、はずなのだが。
アリシア誘拐事件の際は、ルガト様に疑惑の目を向けられた。
私の中では『大人しく』していたのだが。
何が影響してそうなったのかは分からないが、どうも私の中の『大人しい』と、他のヒトの『大人しい』では随分と差があるようだ。
だから、自分では別にどうということはない行動も、誰かの目から見れば戦闘力の誇示に見えてしまったのかもしれない。
それを洗い出すべく、覚えてる範囲の出来事をずっと遡っているのだが。
討伐演習の時のブルクサへのおしおき、屋上でのウトとの手合わせ――そして、アリシア誘拐事件。
バレそうな出来事といえばその三回くらいか。
しかし、どれも事後処理は完璧だ。
ブルクサはカーミラさんの魅了術により、私に関する記憶を消されている。
ウトも、わざわざ周囲から見えないように戦いの場所を屋上にしてくれた。
アリシアの時は……ボロが出そうになったが、うまく誤魔化した。
イワンから私の情報が漏れたのでは?とも思ったが、ウトが言うにはイワンが私のことをすごいと言っても、純血派の連中は誰も真に受けていない、とのことだ。
「…………危ない場面はあった。けど、完全にバレるほどの大ごとにはしていない」
――唯一、懸念すべき点はあるが……まあ、大丈夫のはず。
数日間悩んだ末、結論に至る。
私は何の変哲もない、モブメイドだ!
◆ ◆ ◆
予想通りというか、やはりカーミラさんがやって来て私は連れ出された。
慣れというのは恐ろしいもので、三度目となればさすがにもう戸惑うこともなくなった。
今回は以前のお詫びと称してスイーツをたくさん食べさせてもらった。
世間話を織り交ぜつつ情報交換をする。
お互い、これといって目新しい情報も事件もなかった。
強いて言うなら私の両親に関する調査が全然進んでいない、ということくらいか。
もう十年以上も前の事だし、仕方がない。
あまり気に留めていないので、「気楽にやってください」とだけ返答しておいた。
カーミラさんは「絶対に見つけてあげるから!」と意気込んでいたが……。
女子会(?)が終わった後、一度寮に戻って昼食を食べる。
休日だが、イワンは泊まり込みで剣術の練習に行ってしまっているので明日の夕方までは帰って来ない。
熱心なのはいいことだが、あまり根を詰めないようにしてほしい。
……そういえば、私が戻って来てから練習のメニューを増やしたと言っていたのを思い出す。
あれは、どういう意味だったんだろうか?
聞こう聞こうと思ってすっかり忘れてしまっていた。
明日、戻ってきたら聞いてみよう。
そして昼を少し回ったあたりで、寮の扉をノックする音が聞こえてきた。
「やっほー。準備できてる?」
イリーナだ。
さすがに今日はメイド服ではなく、私服だった。
想像上では私服もどぎつい露出をしているとばかり思っていたがそんなことはなく、セーターの上にコートを羽織り、普通のズボンを履いていた。
こういう格好も似合うあたり、やはり彼女も美少女にカテゴリされているだけある。
「こんにちは、エミリア」
そしてイリーナの少し後ろから、アリシアが手を振っている。
手触りの良さそうなモフモフのコートを前でしっかりと留め、コートの色によく合うタイトスカートを履いている。
こっちは混じりっ気なしの完璧な美少女だ。何を着ても似合う。
私はこの間カーミラさんに買ってもらった厚手のパーカーにショートパンツという格好だ。そのままでは足が冷えるので、ハイソックスを履いている。
「ほお……なかなかセンスいい服持ってるじゃん」
服の着合わせなんて全く知らないから、「この服を着る時はこれね!」と言われた通りの組み合わせで着ただけなのだが、なかなか高評価だ。
靴を履きながら、そういえばと尋ねる。
「ところで、今日は何をするんだ?」
「何って、約束したじゃない?」
がしっと肩に手を回され、イリーナがにやりと笑みを浮かべる。
「今日はみんなにエミちゃんの魅力を教えてやるんだから!」
「…………へ?」
◆ ◆ ◆
場所は変わり現在、私たちは王都の外壁付近にいる。
そこは別の街からやって来る商人や傭兵といった旅人を受け入れる区画――俗に、宿泊街と呼ばれていた。
宿泊街をさらに細かく区分けすると行商街、見世物街、娯楽街、遊郭街etcetc……となっている。
何週かに一度、娯楽街で行われる『素人美人コンテスト』とやらに、いま私は何故か参加させられている。
控室の中で二人に服をはぎ取られ――肌着だけは死守した――、何やかんやと着せられ、髪もいじられた後、イリーナに顔面を製造をされている真っ最中だ。
仕事中でも見たことがないくらい真面目な顔をしたイリーナは、いろんな角度から何度も見直して、
「完っ璧だわ!」
と、会心のガッツポーズをとった。
「エミリア、かわいい~」
むぎゅ、と抱き着いてくるアリシア。
テンション高めの二人とは対照的に、私は魂が半分ほど抜けかかっていた。
「やっぱり私の目に狂いは無かったわ。エミちゃん、やっぱり可愛いわ!」
「うんうん!この服もよく似合ってるよ」
イリーナの言葉に、アリシアもやや興奮気味に応えていた。
――今度私にメイクさせてよ!
と、イリーナから言われたのはいつだったか。
その前後にあった出来事の印象が強すぎて、すっかり忘れていた。
というより、イリーナがこんなことを覚えている訳がないとタカをくくっていたのに……。
何故覚えている!?
話の流れで言っただけじゃなかったのか!?
いつもだったら忘れるのに!
「アリシアから見てどう?エミちゃんは普段がキリッとしてるから、全体的に甘めにしてみたんだけど」
「ばっちり!ファンデもチークもいつもと違うのを使ってるのね?」
「あ、分かる?へっへー。今日のためにわざわざ買っておいたの。私の使ってるのだと色が合わないと思って」
「目元はどうやったの?」
「普通にビューラーやって、シャドウ塗ってアイライナー、アイブロウと描いただけ。ちなみに唇は口紅を薄く塗って、グロスは普段よりもかなり抑え目にしてる」
「やっぱりイリーナ、化粧上手よね。今度私にも教えてくれない?」
「いいよー。アリシアもメイクし甲斐がありそう!」
「……そうそう、それから、ちょっと相談に乗ってほしいことがあって……」
「なになに……もしかして恋の悩み!?」
ワケの分からない単語をつらつらと並べ立ててキャッキャとはしゃぐ女子二人。
……ヴァンパイア語でおk。
しかし……確かに、鏡に映る自分の姿はいつもよりも三割増しで綺麗に見える。
二人が言うように肌は透明感のある白さだが決して病的な感じはせず、ほんのりと赤みのある頬がむしろ健康的な印象を与えている。
幾重にも塗り込まれたおかげで、よくキツいと言われていた目線もかなり柔らかくなっている。
加えて、目そのものが大きくなっている……ように見える。
唇も血色が良く、ツヤツヤと水分をたっぷり含んでいるような光沢を放っている。
その代わり口元が少しベタベタするが、これはこういうモノらしいので我慢しろ、とのことだ。
……女って、大変だなぁ。
ちなみに服装はアリシアが見繕ってくれたらしい。灰色と白を基調とした、いわゆるゴスロリ服だ。
今は幻視術で黒髪にしているが、もとの白髪だったらもっと似合いそうな色合いだ。
やたらとフリフリしているのが気になるところだが……メイド服の亜種と思えばそれほど抵抗感はない。
これの前に着せられたアレな服の数々を思えば、かなりマシな部類だろう。
髪の毛は左右で二つにまとめられた、ツインテールという括り方だ。
全体的に綺麗は綺麗だが……これが自分なのかと思うと、途端に変に思えてしまう。
「っていうか、この格好で人前に出なきゃならんのか?」
「当たり前じゃない!コンテストなんだから」
「エミリアなら絶対勝てるよ!」
いやいや。
普段より身綺麗になってはいるが、さすがに優勝はないだろ。
というのが個人的な感想なんだが、二人は何故か私の勝利を信じて疑わない。
「そうだ、せっかくだからその口調をやめて、女の子らしい言葉で何か言ってみてよ」
どこかで聞いたことのあるような、お決まりの前フリをされる。
……だったら、オチも同じだろう。
「あらアリシア、イリーナ、ごきげんよう」
間。
「え、エミリア、何その顔!あはは、あははははは!」
「ちょ、エミちゃん、ぷぷっ……!今の顔!今の顔もっかいやって!」
…………ほらな。
◆ ◆ ◆
結局、コンテストは四位だった。
綺麗さ云々よりも、自己アピールのトークがやけにウケてしまった。
見た目は可憐な少女を装っておいて、口を開いたらまあこんな口調だから、そのギャップがどうやら面白かったらしい。
審査員のヒトも、「ここが面白さを採点する場だったら満点をあげていた。この場においてそれがマイナスとなってしまうのが遺憾だ」と言っていたくらいだ。
コンテスト自体は二時間くらいで終わったのだが、メイクを落とすことは許されず、二人に町中を連れ回された。
洋服店に入っては着せ替え人形にされ、装飾店に入ってはいろいろなアクセサリーを取り付けられた。
こういう時、「あんまりやったらエミリアが可哀想だよ」と言ってイリーナを止めてくれるはずのアリシアも一緒になって着せ替えしてくるものだから、ツッコミ不在のまま、されるがままになっていた。
アリシアが可愛いモノ好きだというのは知っていたが、どうやら今の私は彼女にとって『ツボ』らしい。
スキンシップの頻度が半端なく、事あるごとに「かわいい!」と言って抱き着かれた。
城の女中に目を付けられ、あれやこれやと着せ替えにされてしまうとある召喚術師の気持ちがよく分かる一日だった。
「いやぁ、楽しかったねー!また遊ぼうよエミちゃん」
「……ああ、そうだな」
まだまだ元気が有り余っていそうなイリーナへの返答も力ない。
……さすがに疲れた。
今日はぐっすり眠れそうだ。
と、イリーナが何か思いついたように手を打つ。
「そうだ、今度はウェンディとオリアーナも誘って五人で遊ぼうよ!」
「いいわね。みんなでエミリアを愛でましょう!」
本日何度目か分からないハグをしながら賛同するアリシア。
いやいや、いやいやいやいや。
これ以上キャラが濃いヤツが集まったら私の身が持たんぞ!?
「それじゃ、私たちはここで」
「エミリア、また明日ね」
「お……おう。またな」
「詳しいことはまた今度決めよう」という言葉に戦々恐々としながら二人を見送り、私も帰路についた。
◆ ◆ ◆
今日の感想を言うなら、『疲れた』 の一言に尽きる。
でも……何だろう。嫌な疲れではない。
かわいい服を着るのも、別に嫌いじゃないし。
私だって腐っても女だ。可愛い、綺麗と言われて悪い気はしない。
若干――いや、かなり振り回されはしたが、楽しかったか嫌だったかと聞かれたら「楽しかった」と即答するだろう。
気の置けない同年代の友人たちと一緒に街を散策する。
今まで味わえなかった経験だ。
コンテスト残念賞と称してプレゼントされた、ゴスロリ服の入った紙袋を眺める。
これが、『普通の幸せ』というやつなのだろう。
水と同じだ。
誰もが気付かない小さな幸福。
それに気付ける私は、案外そこいらのヒトよりも幸せ者なのかもしれないな。
「……ふふっ」
知らずに笑みが浮かんでくる。
「って、笑ってる場合じゃないな。早く帰らないと」
周辺はすっかり夜の帳が降りていた。
家路を急ぐ私の前に―― 一筋の影が差した。
「――?」
顔を上げると、見覚えのない男が立っていた。
この薄暗い中でも高級だと分かるタキシードに身を包んでいて、誰か、高貴な身分の者に仕える執事だろうという予想は立った。
しかし、その目――目だけが異様だった。
幾多の戦場を乗り越えてきた傭兵だけが出せる凄み――そういうものを、男の瞳の奥に幻視した。
――と同時に、彼が何者であるかを思い出す。
見ず知らずのヒトと思っていたが、彼とは一度出会っている。
初めてルガト様と出会った時、馬車の中に乗っていた執事だ。
彼は、真っ直ぐ、私を見下ろしていた。
「こんばんわ」
どうして彼がこんな所に居るのかは分からないが、私のことを認識している。
そのまま無視はできないので、とりあえず頭を下げて挨拶をする。
「こんばんわ――私の事を覚えていて下さったんですね」
「ええ。以前、ルガト様と同じ馬車に乗っておられましたよね?」
執事は頷き、恭しく頭を垂れた。
「顔を合わせたのはその時が初めてですがね。私はもっと前から、あなたの事を知っていましたよ」
「――――え?」
もっと……前から?
いつ、どこで?
呆然とする私を見て、執事は両手を広げた。
「何せあなたは有名人でしたからね。『赤き白』『第四の種族』『魔女』――いや、今は『ヴァンパイア殺し』と呼んだ方が適切でしょうか」
「――!!」
聞き覚えのある呼び名の数々。
それは、私が国外で主に敵対者から付けられたあだ名だった。
それよりも――それよりも。
――何故、私がヴァンパイア殺しだと知っている!?
誰も知るはずのない忌み名を呼ばれ、今度こそ私の思考は完全停止した。
とぼけるなり、誤魔化すことはいくらでも出来たはずなのに……咄嗟に言葉が出なかった。
何もかもが、いきなりすぎた。
執事の出現も、発言も――何も、かもが。
「隙だらけです……よ!」
「――!?」
我に返った時にはもう、彼の蹴りが脇腹のすぐ傍まで迫っていた。
「うごぉっ!?」
ギリギリのところで腕と足を使ってガードして致命傷は避けられたが、そのまま後方の壁に叩きつけられた。
あれだけ頭が動いていなかったのに受け身が取れたのは奇跡だった。無意識の領域にまで刷り込まれた修行のおかげ……なんて自画自賛する余裕なんてない。
受け身を取ってしまったせいで、持っていた紙袋を手放してしまった。
「あ……」
友達二人にプレゼントされた服が入った袋を、執事の足が、ぐしゃり、と踏みしめた。
その両手には、ガントレットのようなものが装備されていた。
「申し遅れました。私の名はランベルト。ヴリコラカス家が長子、ヴァルコラキ様の専属執事をさせて頂いております。突然の申し出で恐縮ですが――主のため、あなたには死んでもらいます」
NG集
『すっぴん』
「そうだイリーナ。せっかくだし化粧を取った状態の顔を見せてくれ」
「ん。いいよ……(ゴシゴシ)……ほい!」
「う わ あ あ あ あ ?!」
『食堂』
今回は以前のお詫びと称しておいしいスイーツが食べられる場所へと案内された。
いつもの店ではない。「こんな所にあるの?」と言いたくなるような辺鄙な場所にある、猫の看板が目印の店だ。
「このお店、一週間に一度しか空いていない隠れた名店なんだよ。まるで別世界みたいにおいしい料理が出てくるから、期待してていいよ!」
「カーミラさん、その設定はマズいんじゃないですか」
「エミリアちゃん」
カーミラさんはいつになく真剣な表情で、私を真っ直ぐに見据えた。
「私たちはおいしいデザートを食べに来ただけ。それ以上のツッコミは野暮ってものだよ」
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『モチーフ』
服はアリシアが見繕ってくれたらしい。灰色と白を基調とした、いわゆるゴスロリ服だ。
髪の毛は左右で二つにまとめられた、ツインテールにしている。
「……んんっ」
「どうしたのエミリア」
「この格好……髪の色を戻したらイセ〇マのリーn」
「やだなーもうエミリア!オリジナルに決まってんじゃん!」
「痛い痛い、背中を叩くな!」
アニメ絶賛放映中。




