第五十三話「再検証」
~前回までのあらすじ~
アリシアを救出する最中、エミリアの特異な行動に気付いたルガト。
『姉を殺した犯人――ヴァンパイア殺しでは?』という疑問が頭をよぎるが、そんなはずはないと考えを打ち払う。
――兄にも、そのことは報告しなかった。
「――ってなことがありまして」
「……へぇ。大変だったねー」
次の休日、またしても突然家にやって来たカーミラさんに、私は連れ出された。
約束した覚えは全くないのだが、今日はスイーツを食べに行く予定だった、とのことだ。
前世では手軽に買えたケーキなどの甘味も、この世界においては贅沢な高級品に分類されている。
チョコレートですら一般市民がおいそれと手を出せないと言えば、この落差が分かってもらえるだろうか。
それらを平然と机いっぱいになるまで注文するあたり、やはり彼女とは金銭感覚が噛み合わない。
ただ――会話は抜群に噛み合う。
興味のある分野が似通っているというか、笑いのツボが同じというか……とにかく、カーミラさんが相手だと何気ない会話ですら面白おかしく、時間を忘れるほどに語れてしまう。
あれこれと他愛のない雑談をしているうちに、いつの間にか話題は先週のアリシア誘拐未遂事件になっていた。
私の秘密を知らない相手であれば、話す内容を取捨選択しなければならないが、カーミラさんであれば何も隠す必要はない。
「貴族街を歩く使用人が狙われるなんて、かなり珍しいね。よほどの美人さんだったのかな」
「いえ――アリシアの容姿とは無関係に、今回の事件は起きていたと思います」
「――。誘拐が衝動的に行われたものではなく、計画的だった、ってこと?」
ほんの少し思案しただけで、カーミラさんは言わんとしていることを察したようだ。
私が肯定の意を示すと、彼女は面白そうな表情を浮かべながら、ケーキに乗せられた苺にフォークを刺した。
「根拠はあるの?」
「推測ですが、二つほど」
まず一つ。奴隷の売買には時間がかかる、ということ。
詳しい説明は省くが、他の商品に比べ、奴隷というモノは売るまでに恐ろしいほど手間暇がかかる。
最たる理由は、奴隷特有の値段変動の激しさだ。
寒村の田舎娘をほんの少し身綺麗にするだけで値段が跳ね上がったりすることも珍しくないし、一見すると全く無価値な外見をしていても、探せば高値で引き取ってくれる相手が見つかったりもする。
例えば、私。
使用人としてのスキルは別にして、女としての商品価値は皆無だ。
そんな私であっても、金を惜しまずつぎ込んでくれるような好事家は探せば見つかるだろう。
ヒト科動物が百人居れば、百通りの『好み』が存在する。
その百通りの相手から最大限の利益を引き出すため、マッチングに時間を注ぐのが一般的な奴隷の販売というやつだ。
「だというのに、あの奴隷商人はアリシアのことを指してこう言いました。『破格の値段の付いた商品だった』と。私はそれに違和感を抱きました」
まるで、もう即に買い手が居るかのような言い草だった。
一般的なルートで売るつもりだったら、そんなに早く売れるはずがない。
「随分と奴隷に詳しいね」
「奴隷制度は国外ではまだまだ現役ですからね」
というか、私の知る限り、奴隷制度を禁じている国はヴァンパイア王国のみだ。
最低限の人権を保障する。それだけ王国の文明が進んでいるという証拠だが、この世界においてはこちらの方が異端視されてしまう。
「それで、二つ目は?」
「アリシアを連れ去ったことそのものです」
奴隷商人は商品を攫う場合、基本的に居なくなっても騒ぎにならない商品を選ぶ。
スラム街や小さな村がよく狙われるというが、それにはちゃんとした根拠がある。
前者は自分が生きるのに精いっぱいで誰かが居なくなっても気にしないし、後者は貧しさのあまり親が進んで売りに出すような場所もまだたくさんある。
逆に言えば、そのどちらでもない場所――都市部の栄えた場所では、奴隷商人は仕事をしない。
立入禁止区域を歩いていたとはいえ、貴族街に居るメイド=どこかのヴァンパイアの専属使用人であることは容易に想像できるはずだ。
アリシアがどれだけ価値の高い商品であろうと、連れ去った後のことを考えると……リスクが高すぎる。
「普段狙わないような人物を誘拐して、買い手が既についていた……となると『前もって誰かにアリシアを誘拐するよう依頼されていた』と考えた方が自然です」
アリシアを売り飛ばして一体誰が得をするのか?という疑問は残るが、それ以外はすべてがしっくりとくる。
「確かに……というか、キミはよく気付けたね」
「たまたまです」
たまたま国外を出るきっかけがあり、そこでたまたま奴隷制度を知ったおかげで違和感に気付くことができたが、そうでなければ疑問に思うことすら無かっただろう。
……学ぶ機会を与えてくれたワシリーに感謝しないと。
「問題は、誰がそれを依頼したのか、ってことなんですけど……それについてはさっぱりです」
親和派の誰かが純血派を牽制するためにやったのか?
純血派の中の内部分裂のとばっちりをアリシアが受けてしまったのか?
全く無関係の第三者なのか?
どれもあり得る話だから、容疑者を絞ることができない。
「あのアリシアが恨みを買うとも考え辛いし……ううん……」
「……考えが詰まった時は発想を転換して考えてみたらどうかな?」
「発想を、転換……?」
うん、と、カーミラさんはフォークに刺さったままの苺をくるくると弄んでから、ぱくりと口の中に放り込んだ。
「その子を誘拐したのはただの手段であって、本当の目的は別のところにあった。例えば――」
とん、と。
カーミラさんが、ちょうど顔を上げた私の額を突いた。
「君の正体に誰かが勘付いて、それを確認するためにわざと事件を起こした、とかね」
「――!いえ、それはありません」
一瞬ドキッとしてしまったが、それはない。
幻視術は外では欠かさず掛けているし、自分の能力について漏らした覚えもない。
一番仲の良いアリシアであっても、だ。
「私の秘密に関しては万全。誰にも正体を気付かれていませ……ん」
断言しようとして、ふと、先日のルガト様とのやりとりが思い出された。
私は普通にしていたはずなのに、彼の視点から見ると異常な行動を取っていた、ということがあった。
万全と思っているのは私だけで、案外、誰かに勘付かれているのかもしれない。
少なくとも、完璧という言葉を使うのは躊躇われた。
……一度、先週の自分の行動を振り返ってみるのもいいかもしれない。
覚えている限り、誰と、どこで会って、何を話したかを思い出して検証してみよう。
「何か思うところがあったみたいだね」
「はい。助言ありがとうございます」
「いえいえ。少しでもお役に立てれば何よりだよ」
「――ところで、カーミラさん」
「なに?」
「さっきの苺……私のなんですけど」
……繰り返しになるが、この世界の甘味はとても価値が高い。
前世の知識の中のみで知り得た『苺のショートケーキ』を初めて食べる、またとない機会を……。
ぐすん。
◆ ◆ ◆
事件から三日が過ぎ、アリシアが仕事に復帰した。
「エミリア!」
「アリシア、おかえ……むぎゅ」
熱烈な抱擁を受け、口元が柔らかい何か――私にはないものだ――に抑えつけられ、続く言葉が遮られた。
「ちゃんと会ってお礼が言いたかったの。本当にありがとうね」
「ふが……私は何もしていないぞ」
ルガト様からどんな風に聞いたのかは知らないが、私はほとんど何もしていない。
せいぜい二人ほどやっつけたり、誘拐犯の足を滑らせてやったくらいだ。
「礼ならルガト様に言ってやれ。お前のことをものすごく心配してたんだからな」
「る、ルガト様が、私を……!?」
ぽんっ、と、頬が紅潮するアリシア。
……なんと分かりやすい。
元からそうだったのか、誘拐事件で吊り橋効果とやらが生まれてそうなったのかは知らないが……アリシアはルガト様に惚れてしまっているらしい。
「ああ。冷静さを欠くくらいにはお前のことを大事に思ってるみたいだぞ」
「そんな……私なんか……」
と、顔をにやけさせながら私をぬいぐるみよろしく、むぎゅっ、と抱き込むアリシア。
再び柔らかいナニカに顔を埋められ、とても息苦しい。
……男でもないのに、こういう展開は勘弁してほしい。
しかし……こんなにも分かりやすいのに、ルガト様は全く気付かず『アリシアに余計嫌われた』なんて嘆いていたが……どんだけ鈍感なんだ。
まあ、変なわだかまりも無くなったことだし、この二人ならうまくやって行けるだろう。
◆ ◆ ◆
「研究棟……ですか?」
定期の掃除を終えた私は、アリシアとは別行動となった。
形式上、謹慎処分という形で休みを取った彼女はしばらくの間、掃除の担当箇所が増やされている。
「ああ。生徒が研究している資材の運搬を頼む」
研究棟。
そのまんま、新しい仕組みの技術を研究する棟だ。
近世程度の世界では、大したものは作れないと侮るなかれ。
この世界には、以前は無かったもの――魔法がある。
魔法の技術の応用により、前世と遜色のない便利アイテムなどがあったりする。
例えば、魔法瓶。
前世は瓶に工夫を凝らし、熱伝導と熱放射を防ぐことで保温機能を持たせていたが、この世界の魔法瓶は持った人物の魔力を自動的に吸収し、予め決めている温度に保つ、というものになっている。
『万人が使えるものではない』『保温するには常に持っていなければならない』という欠点はあるものの、機能としては前世とほぼ同等だ。
こういった便利アイテムが生まれる場所――それが研究棟だ。
「私一人ですか?」
「いいや。イリーナが先に行っている」
……うわぁ。
また癖の強いメイドと組まされたものだ、と胸中でごちながら、教師に向かって一礼する。
「了解しました。すぐに参ります」
◆ ◆ ◆
「運搬とか面倒だよねー。どうせ重いモノ持たされるんだろうなぁ」
ぶつぶつとぼやきながら私の隣を歩くメイドさん。
彼女の名前はイリーナ。
私より少しだけ高い身長の体を、アリシアのものよりもさらにいろいろ際どくしたメイド服に包み込んでいる。髪は肩に少し触れるか、というくらいの長さで、例に漏れず彼女も美少女と分類される整った顔立ちをしている。
ただ、アリシアが天然モノとするならばイリーナは人工モノの美少女だ。
とにかく彼女は化粧が上手い。
もちろん、もともとの容姿も良いんだろうが、化粧をすることでさらに一段階上のレベルに昇華させている。
かわいいは作れる、という言葉を体現したような少女だ。
アリシアが休んでいる間、かなりの確率で彼女と組んでいた。
「グチグチ言ってないで、さっさと行くぞ」
「本っっっっ当、真面目だよねエミちゃんは」
「私は普通だ。お前がだらけすぎているだけだろう」
イリーナは事あるごとに「昨日、ご主人様が寝かせてくれなくって」とか「アレのせいで腰に力が入らないから」とかいろいろ理由を付けて真面目に仕事をしようとしない。
何故ご主人様が寝かせてくれなかったのか。
腰に力が入らなくなるアレとは何か。
私は子供だから、それが何かは知らない。
知らないったら知らない。
とまあ、イリーナの性格をざっくりと紹介するなら『サボリ魔』なのだが、必要分の仕事はきっちりとこなしてくれるあたり、真面目にやれば私やアリシアよりもできるんじゃないかと思える人物だ。
「そいやぁエミちゃん。先週はイワン様と何回くらいやった?」
「……何をだ」
「とぼけちゃってぇ~。アレに決まってるじゃん」
言いながら、奇怪な動きで指を動かすイリーナ。
それが何を示唆するのか、子供の私には全く以ってさっぱりだが、何となく言わんとしていることは分からないような気がしないような気がしないでもない。
「……最初に会った時に言ったと思うが、忘れたのならもう一度言ってやる。私とイワンはそういう関係じゃない」
「でも一緒のベッドで寝てるんでしょ?いつそうなってもおかしくないよ~?」
「ないない。ありえない」
「そんなコト言ってたら、いざと言う時にテンパッちゃうよ?『男は野獣』であることを常に心の片隅に置いておかないと」
「男は野獣……ねぇ」
その言葉はよく聞くが、あのお子ちゃまをそのまま大きくしたようなイワンがそうなるとは到底思えない。
なるとしても今より何年か後、私以外の、もっと美人の誰かを相手にした時だろう。
「エミちゃん化粧っ気が無いから目立たないけど、ちゃんとすればアリシアよりも可愛くなれるよ?」
「はいはい」
「むー、そんなに疑うんだったら今度私にメイクさせてよ!」
「わかったわかった。そのうちな」
適当に話を合わせていると、イリーナは「コンテストで優勝できるくらい可愛くしてあげるんだから!」と謎の意気込みを見せていた。
「はいはい。楽しみにしてるよ」
ちゃんと話をするようになってからまだ一週間程度だが、彼女の気性は把握している。
ズバリ『気まぐれで忘れっぽい』だ。
その場の空気を読んで会話を盛り上げてはくれるが、興味が無ければすぐに忘却してしまう。
今も熱っぽく語っているが、放っておけば明日には約束したこと自体忘れてるだろう。
「へっへー♪ちゃんと約束したからね?」
やけに嬉しそうにするイリーナだが、これも会話の流れを読んでのもの。
明日になればまた別のモノへ興味が移るだろう。
この時の私は、そんな風に考えていた。
…………甘かった。
NG集
『詳しい』
まるで、もう即に買い手が居るかのような言い草だった。
一般的なルートで売るつもりだったら、そんなに早く売れるはずがない。
「随分と奴隷に詳しいね」
「なろうを読んでたら自然と詳しくなれますよ。奴隷チーレムものは人気のジャンルですから」
「……ごめん、何を言ってるのかさっぱり分からないよ」
『恨み』
「問題は、誰がそれを依頼したのか、ってことなんですけど……それについてはさっぱりです」
いろいろな可能性が思い浮かぶが、どれもあり得る話だから、容疑者を絞ることができない。
「あのアリシアが恨みを買うとも考え辛……辛……」
脳裏には、普段オラオラしている仕事中のアリシアの姿が浮かんでいた。
「……うん、あり得るな」
『運搬』
「エミリア。遺群嶺に行って竜の卵を二個納品してきてくれ」
「オイ何を運搬させるつもりだ」




