第四十七話「彼女のご主人様」
~前回までのあらすじ~
ウトとの模擬戦が始まり、互いに一進一退の攻防を続けるエミリア。
魅了術を使えないというハンデを見事に押し退け、辛くも勝利を手にする。
親和派であり、カーミラをよく知るウトはエミリアの実力を垣間見て大いに満足する。
ウトの手伝い(強制参加)のおかげで屋上掃除は遅れるどころか予定より少し早く終わってくれた。
一息つく間もなく、ありとあらゆる雑用を次々と命じられる。
中庭の植物の水やり、授業の事前準備、備品の整備と補充etcetc……。
なんやかんやしているうちに、時刻は昼に差し掛かるところだった。
「エミリア、疲れてない?大丈夫?」
「ああ。これくらい何ともないぞ」
私は仕事に追われるのを楽しいと感じてしまう部類のヒトだ。もしかしたら、前世は社畜という種族だったのかもしれない。
「見かけによらず体力あるんだね」
「それは私が小さいという意味か?」
半眼で尋ねると、アリシアは目を逸らして誤魔化すように笑ってから、そそくさと早足で歩き始めた。
「わ、私、お昼はご主人様と一緒に食べるからこっちに行くね。それじゃまた後で」
「……」
……昼食後にみっちり問い詰めるとしよう。
◆ ◆ ◆
この学園における昼食の形態は基本的に給食だ。
ただ決まった献立を配給されるだけではなく、複数の中から選べ、しかも種類もかなり豊富にある。
そのため、生徒の大半がこの食堂で昼を済ませている。
イワンも大多数の例に漏れず、昼は給食を食べている。
私が来た当初、弁当を作ろうかと提案したこともあったが、カーミラさんが学費と給食代を卒業分まで既に払ってしまったらしく、勿体ないのでいいと断られてしまった。
「さて、食うか」
食堂の隅にある小さなテーブルに料理を置き、椅子に腰を下ろすイワン。
いつもこのテーブルにウトと二人で食事をしているらしい。
私はイワンの前に並べられた料理をしげしげと眺める。
「ふーむ」
メイドである私も――生徒たちよりも割高ではあるが――同じメニューを頼むこともできたが、結構な値段がするので、家から持参してきた弁当で済ませることにした。
「なに怖いカオして見てんだ。ご主人様のシチューの中に虫でも入ってんのか?」
そう言って顔を近づけてきたのはウトだ。
事後報告だが、私と模擬戦をやったことはイワンに話をしたらしい。
「久しぶりに目がマジなあいつを見た」と、その時のイワンの様子をおっかなびっくり語っていた。
どうやって言いくるめたのだろうか……いま、二人は普通に仲良く話をしている。
「内容を見てるんだよ。栄養が偏ってないかどうか」
この時期に口にするものによって、成長の度合いに大きな変化が起きるんだから、多少神経質になっても別におかしくはないだろう。
イワンから昼食にどんなものを食べているのか聞いてはいるが、こうして見るのと聞くのとでは大きく違う。
「ふむ……しっかりと量もバランスも、それから色合いも考えられているようだな」
「腹が膨れれば何でもいいじゃねえか」
「おい。食べる前にちゃんと『いただきます』を言え」
いきなりスープを口に運ぼうとするイワンを咎めるように、さりげなく足を蹴る。
二人きりの時ならデコピンの刑だが、人目のあるここでそんな真似はできない。
一応、ご主人様の面目は立てておかないと。
「あーはいはい、いただきます」
「それでいい……もしかしてだが、昼食の時はいつも言ってないのか?」
「たまたまだ!たまたま今日は忘れてただけだ!なあウト?」
「おお、そうそう」
ウトのクスクス笑い出しそうな顔がとても気になるが……まあいい。
明日以降も同席するんだから、これから嘘か本当か見極めればいいだけだ。
もし嘘だったら、イワンの嫌いな食べ物フルコースを振る舞ってやろう。
「ところで味はどうなんだ?」
「ん。食べてみるか?」
「おう」
イワンから差し出されたスプーンにぱくりと食いつく。
もぐもぐと咀嚼し味を確かめてから、ごくりと飲み込む。
「――。……、おいしい。味付けも良いし、食材もいいものを使っている」
「そうなのか?」
一口味わえば、だいたいどんな食材を使っているかが頭の中に浮かんでくる。
料理をしているヒトならなんとなくこの感覚を分かってもらえるだろうか。
「ああ。普段私が作る料理よりも倍ほどの時間とお金が掛かっているぞ」
「ふーん」
さして感動するわけでもなく、ぱくぱくと食事を口に運ぶイワン。
「お前なぁ……もう少し味わって食え。こんないい料理、家では食べられないんだからな」
「俺はお前の作る料理の方がウマいと思うけどな」
「はいはい。使用人冥利に尽きるよ」
イワンもお世辞を言えるようになったんだなぁと彼の成長を感じながら、私は自分で持ってきた弁当を広げた。
家にあった食材とも言えないような端材をかき集めたサンドイッチだ。
「それ、一個くれ」
「ん」
イワンの口にサンドイッチを押し込む。
ちゃんと噛んでいるのかと言いたくなるような早さで飲み込み、うん、と頷く。
「やっぱりこっちの方がいい」
「分かった分かった。っておい……口が汚れてるぞ」
やれやれだぜ。と奇妙な立ちポーズをしたくなるようなセリフを思い浮かべながら、サンドイッチの具をこぼすイワンの口元をぬぐってやる。
その様子を黙って見ていたウトは、頬杖をつきながらにやにやと笑っていた。
「なんだ?何か文句あるか?」
「いや。お前らもう夫婦だな」
「……」
「……」
ちげーよ。
◆ ◆ ◆
ようやく放課後になった。
イワンは残って剣術の練習をするというので、私は先に帰って食事の支度をして、その後もう一度迎えに来ることにした。
昼はそれなりに過ごしやすいが、朝と夜の冷え込みはかなり厳しい。
メイド服の上から厚手のコートを羽織り、学園の正門前でイワンを待つ。
道場まで行かないのは練習の邪魔にならないように、という私なりの配慮だ。
「……そろそろかな」
独りごちながら、正門を見上げる。
馬車の往来も想定した造りになっているこの正門は、機能性の欠片もない、無駄に大きいだけの貴族の馬車が通過してもまだ余裕があるほどに大きい。
ここの生徒の大半は寮、もしくは貴族街の自宅から直接登校している。
どちらも馬車が必要な距離ではないが……まあ、金持ちのやることは分からん。
正門というだけあって普段はヒトがせわしなく行き交っているが、今は私一人しかいない。
もう少しすれば訓練や勉強で居残りしていた生徒がぞろぞろと帰宅する時間になるが、それより前はほとんど無人に近い。
普段騒がしい場所がこうして静寂に包まれているのは、なんとなく寂しい気持ちになる。
「……ん?」
ふと見上げると、大きな馬車が私の横を通過していった。
それ自体は別に珍しいことではないが、馬車がいきなり停止し、中からヒトが降りてきたとなれば話は別だ。
降りてきたのはヴァンパイア種族の男だった。
私よりいくつか年上のように見えるので、たぶん上級生だろう。線の細い印象を受けたが、弱々しいイメージは全く沸かず、むしろ鍛え上げた末にあの細さに凝縮されたんだろうと遠目でも窺い知れるような肉付きをしている。
その姿に、私は一瞬だけ見蕩れてしまった。
彼がイケメンだとかではなく、ただ単に自分のコンプレックス故に高身長で引き締まった身体を見ると勝手に目が追いかけてしまうというだけの悲しい理由だ。
あっ、目から汗が……。
男はただ馬車を降りただけだというのに、その立ち振る舞いや仕草は他のヴァンパイアにはない気品のようなものが溢れていた。
姿かたちは全く似ていないが、私の知る限り最も上品なイメージのある領主様の所作に近いものを感じた。
どういう訳かその高貴なオーラを放つヴァンパイアの男は、私――人間種族の私に向かって、真っ直ぐ歩を進めてきた。
表情は穏やかで、見るものを蕩けさせるような柔和な笑みを浮かべている。
――私が普通の女だったら、それだけで惚れてしまっていたかもしれない。
男は、その出で立ちに相応しい、聞く者を落ち着かせるような声音で尋ねてきた。
「はじめまして。君がエミリアだね」
「あの……どうして私の名前を?」
まさか一日に二回も、見ず知らずのヴァンパイアに名前を知られているという事態に遭遇するとは。
彼もイワンの知り合いだろうか?なんて考えていると、
「一度会ってお礼がしたいと思っていたんだ。僕はルガト。ルガト・ストリゴイ・ヴリコラカス」
私の手を優しく握りながら自己紹介してきた。
彼自身とは初対面だったが、ヴリコラカスという家名には聞き覚えがあった。
アリシアが討伐訓練の時に言っていた、温厚で誰にでも優しく文武両道、名門中の名門の家柄という彼女のご主人様の人物像に、目の前の人物はぴったりと当てはまる。
「もしかして、アリシアのご主人様でしょうか?」
「ああ。いつも彼女を助けてもらっているようで、ありがとう」
「いえ、私もいつも助けてもらっているので、お互い様です」
二人して頭を下げ合う。
……なるほど、アリシアから聞いていた通りだ。
人間種族相手に、しかも自分の使用人のことで、ここまで頭を下げれるヴァンパイアはそう多くはない。
「アリシアがよく君の話をするんだよ。とても優秀な使用人で、自分もああなりたい、ってね」
「私も全く同じ印象を彼女に抱いております。彼女からは学ぶことが多く、とても刺激になります」
何故か自分に自信を持っていないが、アリシア自身、かなり優秀な使用人だ。参考にさせてもらっている部分は多い。
私はちらり、と馬車の方を見やった。
主人であるルガト様がここにいるということは、馬車の中にアリシアが居ると思ったからだ。
「……ああ、すまない。あそこにアリシアは乗っていないんだ」
「そうなんですか?」
私の視線で胸中を悟ったのか、ルガト様が肩をすくめる。
雑用業務が終わった後「ご主人様の元へ行く」と言って別れたのに……なんだ、先に帰ってしまっているのか。
何か時間のかかる食事の仕込みでもしているのだろうかと考えていると、ルガト様がまた笑った。
「彼女は僕の乗る馬車に同乗しないんだ」
「……え?」
その笑みは、先程の優しげなものとは打って変わって――寂しそうだった。
「どうも僕は彼女に嫌われているらしくてね……僕と一緒の馬車には乗りたくないみたいなんだ」
常に必要以上の距離を空けて歩き、事務的な会話以外はほぼ皆無。
ルガト様が傍に居る時は伏し目がちで目も合わせてくれず、彼が気さくに話しかけると心なしか手元が震えているらしい。
「……それは嫌っているとは違うと思いますが」
アリシアがルガト様の話をしている時は目を輝かせて、身を乗り出して、普段は小さめの声を精いっぱい大きくして語ってくれる。
その時の表情に嫌悪感など一切なかった。
彼女は上がり症と自分でも言っていたし、超エリートなご主人様が相手で緊張しているだけのような気がする。
そう説明しようとしたら――馬車の扉が開き、冷たい声が降りかかって来た。
「ルガト様。お時間です」
馬車の中から出てきたのは、執事服に身を包んだ男だった。
年齢はルガト様よりも上で二十代半ばほど。高級そうな執事服を見事に着こなすほどの気品を持っていたが――その瞳に灯る光は、全く執事らしくないものだった。
傭兵や騎士のような、歴戦の兵士だけが出せる凄みのようなものを瞳の奥から感じた。
……こいつ、私と同じか?
と、思ってしまうほどだ。自分でやっていなくとも、結構な人数の死を見ている目だ。
「――ああ、分かった」
ルガト様も幾分か声のトーンを落として執事に返事をする。
「すまないね。兄を待たせているんだった。今日はこれで失礼するよ」
「こちらこそ、お引止めして申し訳ありませんでした」
深々とお辞儀をする。
頭を上げると、執事と目が合った。
一瞬、驚いたように瞼が開いた後、睨むように目が細められる。
……もしかしたらだが、執事も私に対して同じ空気を感じ取ったのかもしれない。
「……ふん」
鼻息を鳴らして、執事は馬車の中へ戻って行った。
「――そうそう、良かったら今度、僕の家に遊びに来てよ。アリシアもきっと喜ぶはずだ」
「はい。是非」
◆ ◆ ◆
――いいな。私もエミリアみたいなメイドになりたいわ。
いつだったか、アリシアが言っていた言葉を思い出した。
その時は私みたいな平均よりほんの少しだけ背の低い女になって何がしたいんだろうと思っていたのだが、もしかしてあれは、違う意味で言っていたのかもしれない。
なんて思考にふけっていると、校舎の方からイワンが顔を出した。
「悪い、待たせちまったか」
「いいや。今来たところだ」
外の気温は相変わらず寒いが、イワンはやや頬が上気していた。
激しい運動を繰り返していたんだろう。
「……なあ、イワン」
「なんだ?」
「私たちって、仲良しだよな」
間髪入れずにイワンは即答した。
「当たり前だろ。友達なんだから」
「だよな」
――エミリアみたいになりたい。
つまりはそういうことか、と、私は心の内で納得した。
NG集
『もうお前』
あーんと口を開けるイワンにサンドイッチを押し込む。
ちゃんと噛んでいるのかと言いたくなるような早さで飲み込むイワン。
「こら。ちゃんと三十回以上噛みなさいっていつも言ってるでしょ!口の周りもこんなに汚して!もう本当にしょうがないんだから!」
サンドイッチの具をこぼすイワンの口元をぬぐってやる。
その様子を黙って見ていたウトは、頬杖をついていた。
「なんだ?何か文句あるか?」
「いや……もうお前オカンやん」
_人人人人人人人_
>お前オカンやん<
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^ ̄
『特徴』
「もしかして、アリシアのご主人様でしょうか?」
「ああ。いつも彼女を助けてもらっているようで、ありがとう」
「いえ、私もいつも助けてもらっているので、お互い様です」
ふと、あることが気になり、ルガト様に尋ねてみた。
「あの。どうして私がエミリアであると分かったんですか?」
「アリシアから君の特徴を聞いてたからね」
「特徴……ですか?」
「うん。びっくりするくらい小さいメイドさんが居たらその子がエミリアだって。見た瞬間にピンと来たよ」
「――――そうですか。ところでアリシアは今どこに居ますか?すぐに会って大至急話をしたい事があるんですが」




