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転生者の憂鬱  作者: 八緒あいら(nns)
第二章 少女編
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第四十六話「VSウト」

お久しぶりです。

更新が遅すぎて以前の話を忘れられてしまっている可能性が非情に高いので、今話より前書きに超簡略型『前回までのあらすじ』を挿入します。


~前回までのあらすじ~


イワンと同じ学園に雑用係として配属されたエミリア。

しかし初仕事となる場所でウトと名乗る少年から勝負を挑まれることになった。

彼はイワンの同級生で、エミリアの実力を見せてほしいという。


仕方なく、エミリアはその要求に応じ模擬戦を行うことになった。

 改めて、周辺の情報を確認する。

 遮蔽物のない屋上に今、私とウトは約三メートルほどの距離を空けて対峙している。優れた身体能力の持ち主であれば無いに等しい距離だ。

 遮蔽物は皆無。地形を活用して戦いを有利に進める……といった策は使えない。


 ヴァンパイア種族が相手ならば魅了術による自己強化を使いたいところだが、ここでの使用は厳禁だ。

 ひとたび魅了術を使ってしまえば幻視術が勝手に解除されてしまい、私が白髪白目であることがバレてしまう。

 周囲に人気は無いとは言え、ヒトの密集している学園の中だ。どこに目があるかなんて把握できるはずもない。

 誰か――特に、純血派のヴァンパイア――にバレれば、今の生活が破綻してしまう。


 もちろん、目の前の二人に私の正体がバレるのもまずい。

 ウトはともかく、アリシアも交流を重ねる中である程度の信頼を置いてはいる。

 しかし命を張ってまで私の秘密を守ってくれるとは言い難いし、魅了術を使われれば本人の意志なんて関係ない。


 せっかくここまで仲良くなれたんだし、自分の手で殺さなければならない、なんて事態にはしたくない。


 ある程度ウトが満足するまで打ち合いに興じ、頃合いを見て負ける――それが最善の策だが、残念ながらだらだら殴り合うほどの時間もない。


 私は現在、屋上の掃除を仰せつかっている。

 そして今日は私にとって大事な仕事初めなのだ。


 理由はともあれ、初日にいきなり掃除を遅らせて『できないヤツ』というレッテルを貼られてしまうのは絶対に駄目だ。

 できない使用人=その主人もろくでもないヤツだ。なんて周囲に思われてしまったら、イワンの顔に泥を塗ることになる。

 彼の専属メイドとして、それだけは避けなければ。



 有体に今の状況を言うと、縛りプレイでヴァンパイア種族を倒せ、というところか。

 ぱっと見た感じの印象では、ウトはそれなりの実力者のようだ。

 魅了術なしで彼を倒そうとするならば、本気で行かなければならないだろう。


 かなり厳しいが、やるしかない。



「どうした?来ないならこっちから――」


「エミリア?すごい音がしたけど、何かあったの……え!?」


 不意に聞こえてきた第三者の声。

 ウトへの注意を逸らさずそちらを見やると、アリシアが愕然とした表情で彼の方を見ていた。

 彼女は木刀を持った彼と丸腰の私を見比べると、その間に――まるで、ウトから私を守ってくれるかのように――立ちはだかった。


「あ、あの……この子は学園の関係者です!決して怪しい人物ではありません!」


 どうも彼女の中では、怪しい人物――私だ――を追い払おうとする生徒という構図になっているようだ。

 どうしてそうなったのかは分からない。

 ウトも私と同じように眉を上げて首を傾げていた。


「んなこた百も承知だ。別に取って食おうって訳じゃないんだ。お楽しみの邪魔をしないでくれるか?」


「お、おたのしみ……!?」


 僅かだが、アリシアの頬に朱が走る。彼女はことさら体を張るようにして一歩前へ出た。


「こんな小さな子に何をするつもりですか!?」


「何もしねーって。ちょっと具合を確かめるだけだ」


「ぐぐぐ、具合を確かめる……!?」


 アリシアの頬が傍目から見ても分かるほど上気する。

 一体何を想像しているんだろうか。

 臆病な彼女にしては珍しく、なおもウトに食って掛かる。


「この子に手を出したら、イワン様が黙ってませんよ!」


「……あのなぁ。これは合意の上でやってることだ。部外者は黙っててくれるか?」


「ごご、合意の上……」


 アリシアの顔が耳元まで真っ赤になり、慌てたように私の顔を見てくる。

 そんな「どういうことなの!?」みたいな顔をされてもなぁ……。というか、この子の頭の中では今、どういう状況に捉えられているんだろう。


「あのなアリシア――」


 埒が明かないので、私は先程のウトとの会話をかいつまんで説明した。


「――という訳だ。ちょっと荒っぽいことをするが、あくまで訓練みたないものだからな」


「で、でも……」


「いいから。離れてじっとしていてくれ」


 アリシアは納得がいっていないような感じだったが、これ以上説明している時間はない。

 ……ないのだが、これだけは彼女に言っておかねばならない。


「ところでアリシア。一応、私はお前と同い年だから、小さい子っていう表現はやめてほしいんだが」



 ◆  ◆  ◆



「待たせたな」


「いんや。全然」


 ウトはアリシアの説得を完全に私に放り投げ、木刀をペンみたいに指先で回して遊んでいた。声を掛けると、喜々とした表情で持ち直した。

 ……このやろう。


「そんじゃ、改めて――」


「待て。その前に一応確認させてくれ。手合わせと言っていたが、具体的にはどこまでやればいいんだ?」


 一言で手合わせとは言っても、参ったと言わせるだけであったり、気絶させるまでだったり、その様式は様々だ。

 こういう模擬試合のような経験はあまりないし、しっかりと共通認識を持った方がいいだろう。


 ウトは人差し指を一本立てた。


「一発。どんな方法でもいいから先に有効打を一発入れた方が勝ちでどうだ?」


「有効打の定義は?相手に「いてぇ」と言わせる程度の力でやればいいのか?」


「おう。それでいい」


「わかった」


 改めて拳を軽く握り、半身をずらす。


「お前、武器は?何か貸してやろうか?」


「いらん」


「それはなんか気が引けるな。俺も素手でやろうか」


 その言葉は、私にとってかなり新鮮だった。

 相手が不利であれば大喜びで弱点を攻めるのが普通なのに、同じ土俵に立って勝負をする、という騎士道精神のようなものに久しぶりに触れた気がした。

 ――そしてその言葉で、彼は実戦経験がほとんど無いことも理解した。


 そんな甘い言葉を吐く奴ほど先に死んでいくのだから。

 私は静かに首を振った。


「いや、いい。その代わり、私が勝ったら頼みを聞いてくれ」


「……いいぜ。何だって聞いてやる」


 時間が無いんだ。余裕ぶって「来い」なんて言う台詞は言わない。

 ただ、前進あるのみだ。


「じゃ、行くぞ」


 ダン!と強く足元を蹴りつける。その音に驚いたのか、近くに隠れていたらしい鳥が翼をはためかせて上空へ逃げていく。

 間を空けず、しかし早すぎないスピードで一気に距離を詰める。


「は。そんな遅いスピードで俺に……んん!?」


 ウトは最適だろうと思われるタイミングから()()遅れて、木刀を振るった。


「――遅い」


 対する私の方は既に攻撃態勢に入っていた。身を屈めて木刀をやり過ごし、スピードを殺さずに蹴りを放つ。

 狙いは木刀を振り終えた後の手。


 自分より体格が(まさ)っている相手に対し、普通の部位に攻撃を加えても力負けすることが多い。

 だから体格に関係なくダメージを与えられる体の末端部分や関節、急所を狙うことが戦いにおいてのセオリーだ。

 体格が劣ることの多い私の場合、特に攻撃する部位には注意を払わなければならない。


「ふん!」


 ――武器を手放させた後、頬面でもぶん殴れば満足するだろう。そんな風に短期決着を狙った一撃だったが、当たる直前にウトはわざと腕を突き出し、分厚い筋肉が付いた二の腕で蹴りを受け止めた。


「ちっ」


 あっさりと目論見を潰されてしまったが、そのことに頭を抱える暇などない。

 ウトの二の腕を足掛かりに跳躍し、逆の足でこめかみを狙って再び蹴りを放――


「おっと。そうはさせねぇよ!!」


 ――とうとしたところで、木刀を素早く引き戻して頭をガードされる。

 このまま蹴り抜けば、逆に私の足が折れてしまう。慌てて蹴りの軌道を修正し、木刀の腹を踏み台にして後方へ飛び退く。


 ふわりと音もなく着地すると、ちょうど戦闘開始時点の立ち位置とほぼ同じ場所になった。

 数秒遅れてから、アリシアのつぶやきが漏れる。


「…………すごい」





 ウトは驚嘆を表すように口笛を吹いた。

 心なしか声も先程より幾分か明るい。


「人間種族でそんな動きをする奴を初めて見たぜ。あんた、本当に暗殺者じゃないだろうな?」


「こんなか弱いメイドに対してその物言いはひどくないか?」


「――何がか弱いメイドだ。あのおかしな歩き方はまさしく暗殺者だろ」


 おかしな歩き方、というのは私がウトに近づいた際に行った技法だ。

 どれだけ目の前の物事に集中していようと、ほんのわずかな意識の隙間は存在する。


 私に注意が向いている時はわざとゆっくり、そして意識の隙間ができた瞬間に素早く近づくと、目には映っているのに、相手は私が近づいていることを認識できなくなる。


 彼の視点から見れば、私がところどころで瞬間移動したかのように映っただろう。

 ウトの初撃が遅れたのはそのためだ。


 ――まあ、本物の暗殺者を魅了術で操って無理矢理聞き出した技なので、彼の感想はあながち間違ってはいないのだが。


 初撃の読み合いはウトの勝ち、というところだろうか。

 本当なら、もう終わっていたはずなのだから。

 焦りを感じそうになる心を抑え、次の攻撃の手順を頭の中で組み立てる。


「今度はこっちの番だ」


 ウトが木刀を両手で持ち、真正面に私を見据えた。

 先程よりもさらに威圧感が増し、肌が粟立つ。

 何か――やばい。


「いくぜ、必殺――って、おい!?」


 口上を無視して私は彼の横にぐるりと回り込んだ。

 息苦しくなるほどの威圧感が解かれ、ウトが非難の声を上げる。


「そっちの攻撃を受けただろうが!今度はお前が受けろよ!」


「攻撃されると分かってて誰が待つか」


「この、野郎!」


 ぶっきらぼうに言い放つと、ウトは怒ったように何発か木刀を振るう。

 それらをすべてかわし、同じ数だけ拳をお見舞いするがこちらもかわされてしまう。


 剣の扱いにくい位置である近接距離まで接近しているのに、なかなかどうして――捌き方が上手だ。

 流派が同じ――道場が同じなんだから、きっとそうだろう――イワンと動きは酷似していたが、真正面からの攻撃しかしてこないイワンと違い、かなり攻めにくい。

 こちらの攻撃に対し防戦一方かと思いきや、不意に木刀の柄や腹の部分を器用に使って急所を狙ってくる。

 魅了術で身体強化していない今、どこに当たっても「いてぇ」では済まされないレベルの痛みを受けるだろう。


「くっそ、ちょこまかと……!」


 ギリギリのところで攻撃を避け、いなし、時には先んじて潰し続けていると、徐々にウトに焦りが見えてきた。

 とはいえ焦っているのは私も同じだ。

 早く決着をつけたい一心で少し無茶な攻撃も行っていた。

 身体能力ではやはりウトには敵わないが、それを補って余りある実戦経験が地力の差をなんとか埋めてくれていた。


 しかし――やはり魅了術なしでは押し切れず、私は徐々に後退を繰り返すようになっていた。


「おら、おら、おらぁ!」


「うっ……うお!?」


 競り合いに耐え切れなくなり、後ろに下がると――大きく足を取られた。

 見やると、最初にウトが木刀で破壊した部分に足を取られてしまっていた。

 すぐに抜こうとするが、靴が引っかかって――抜けない!!


 勝ち誇ったようにウトが笑い、


「俺が何の考えもなしに木刀を振ってたと思うか?その場所にお前をハメるために、わざと誘導してたんだよ!」


 大上段に木刀を構える。


「身動きが取れなかったらさすがに避けれねえだろ!!」


「ぐっ……」


「これで終わりだ!楽しかったぜ!」


 すさまじい気迫を持って飛びかかってくるウトに対し、私は――






















 にやり、と笑みを返した。


「驚いたよ。まさか()()()()を考えてたとはな」


「――あっ!?」


「私の勝ちだ」


 私はポケットから砕いたレンガの礫をウトの顔面目がけて投げつけた。

 もともと持っていた――ものではない。


 最初に攻撃された時に、砕けたレンガをポケットに忍ばせておいたのだ。

 折りを見て目潰し代わりに使おうと思っていたのだが、彼はなかなか隙を見せてくれなかった。


 ならばどうするか?隙を作ってやればいい。


 わざと後退を繰り返し、レンガの壊れた部分に足を挟まれたように見せかける。

 もともと地力では負けていたのだから、そういう演出も不自然なく行える――と思っていたのだが、まさかウトもこの場所を利用しようとしていたとは。


 道理でトントン拍子に事が進められたわけだ。


「うわ!?」


 木刀を大きく振りかぶっていたウトはいきなりの突拍子もない攻撃に虚を突かれ、大きく後退した。

 目を庇ったせいで、私への注意が完全に逸れる。


 それは秒に満たない程度の時間だっただろうが――私が何としてでも欲していた時間だ。


 靴を脱ぎ捨て――溝にすっぽりとハマっているように見えるが、こうすれば簡単に脱出できる――ウトの後ろ側へ回り込む。


「そうは……させるかぁ!」


「ぐっ!?」


 死角に入ったが、回転切りの要領で木刀を振り回され、私はそれ以上の接近を諦めて後ろへ飛んだ。


「勝利宣言するにはまだ早かったみたいだな……まだ勝負はこれかいでぇ!?」


 窮地を切り抜けたような顔で振り返るウトの脳天に、レンガの塊がクリーンヒットし、彼は頭を押さえて地面にうずくまった。


「今のは有効打だろ?」


 私は戦闘態勢を解き、溝にハマった靴を取り出した。土埃でところどころ汚れてしまった部分をで払いながら、ウトの復活を待つ。


 十秒ほどだろうか。多少ふらつきながらも、ウトが立ち上がる。


「回り込むと同時にレンガを頭の上に投げてやがったのか……自分を、囮にして!」


 本当はあと数手先まで攻撃を用意していたのだが、レンガで勝負が決まった以上、それから先を語るのも無粋だろう。

 私は答えず、ただ笑みを浮かべた。


「はっ……」


「?」


「は、はははは、はははははは!!」


 ウトは手を額に当て、いきなり爆笑し始めた。


「俺の負けだ!さすがはイワンの使用人――そして、カーミラさんが認めたヒトだ」


「知ってるのか?カーミラさんのことを」


「ああ。なんといっても――」


 意外な人名の登場に目を丸くした私の肩に、彼が手を回してきた。

 決して変なコトをするのが目的ではない。アリシアからの視線を避けるためだ。

 小さく、こっそりと耳打ちしてくる。


「俺も親和派のメンバーで、あの人を王にしたいと願う者の一人だ」


 ヴァンパイア種族が思想の違いで争いを起こしている、というのは以前カーミラさんに説明してもらった通りだ。

 親和派は純血派の画策によりその数を激減させ、今はほとんどがカーミラさんの元に集まっているらしい。

 彼もその一人、ということか。


「私の実力を見たい、というのはカーミラさんからの指示か?」


「まさか。俺の独断だ。親友の護衛をするヤツがどんなものなのかを見たくてな」


「なるほど。で、お眼鏡には適ったか?」


「ああ文句ねえよ。イワンが言ってた意味がよく分かったぜ」


「? それはどういう意味だ?」


「詳しくは本人に聞け。俺が言ったらあいつ怒りそうだからな」


 意味深に笑いながら、ウトは私から手を放し、そのままきびすを返した。


「じゃ、俺はこれで。楽しかったぜ」


「待てい」


 ひらひらと後ろ手に振ってくる手を、がしりと掴む。


「最初に言ったことを覚えているか?勝負に負けたんだから、頼みを聞いてもらおうか」


「おっと、そうだったな。負けは負けだ。何でも言ってくれ」


 拳を握るウトの手に、ほい、と箒を持たせた。

 目を丸くする彼に、私は彼の背後――屋上の端から端まで――を指差した。


「掃除を手伝ってくれ。お前の相手をしていた分の遅れを取り戻さないと」

NG集


『作戦失敗』


すさまじい気迫を持って飛びかかってくるウトに対し、私はにやり、と笑みを返した。


「驚いたよ。まさか()()()()を考えてたとはな」


「――あっ!?」


「私の勝ちだ」


私はポケットから砕いたレンガの礫をウトの顔面目がけて投げつけた。


びゅおう←逆風


「うおおお!?目が、目がぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「……」(アホかこいつは)



『適応能力』


「最初に言ったことを覚えているか?勝負に負けたんだから、頼みを聞いてもらおうか」


「おっと、そうだったな。負けは負けだ。何でも言ってくれ」


拳を握るウトの手に、ほい、と箒を持たせた。

目を丸くする彼に、私は彼の背後――屋上の端から端まで――を指差した。


「掃除を手伝ってくれ。お前の相手をしていた分の遅れを取り戻さないと。

アリシアは大先輩だから1割、私は先輩だから3割、お前は新人だから残りの6割を頼む」


「もう体育会系に染まってる!?」

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