第四十四話「姉との雑談」
「ところで、報酬はどれくらい欲しいの?」
「えっ」
「なに鳩がデコピンを食らったような顔してるの。バイトって言ったでしょ」
バイトと言うからには対価に見合った報酬が発生するのが当然だ。ただ、今回に限っては違和感を覚えた。
もともとやろうと思っていたこと――イワンを守る――に対してお金をもらうのは、なんだか私が一方的に得をしているだけのように思える。
しかしバイトなのだから、ここは貰うのが当然……なんだろうか。
うんうん唸る私を指して「面白い顔できるんだねー」と笑いながら、カーミラさんはペンと羊皮紙を引き寄せ、さらさらと紙に数字を書いて見せた。
「とは言え私も他に資金を回さないといけないから……これくらいしか出せないんだけど」
「?! こんなにいりません!!」
「どうして?弟を守ってもらうんだから、少なすぎて申し訳ないくらいなんだけど」
目玉が飛び出そうになった私とは対照的に、カーミラさんは逆に肩を縮こまらせていた。
王都の貴族と、長らく風来坊だった私では金銭感覚の桁に埋められないほどの溝があるようだ。
「そんなに貰ったら逆にプレッシャーに負けていろいろしくじりそうなんで……ホント、お小遣い程度でいいです」
提示された金額からゼロをいくつか消そうとすると、カーミラさんは私の手を掴んで止めた。
「待って。それはいくらなんでも少なすぎるよ」
「えっと……これでも護衛の相場の三倍くらいはありますよ」
「弟補正が入ってないよ」
「なんですかその掛け率は」
ツッコミを交えながら、あーだこーだと金額を言い合うが、話は平行線を辿ったまま収まりがつきそうにない。
私としては、護衛というには金額がありえないほど多すぎるから減らしてほしい。
カーミラさんとしては、ただでさえ少ないのに、これ以上減額するなんてありえない。
そのまま十数分ほどお互い譲らないままだったが、カーミラさんが妙案を思いついたように手を打った。
「わかった、金額はエミリアちゃんの言い値にするよ。でもそれじゃ申し訳ないから、私に何か頼み事をして」
「いえ、頼むようなことは特に――」
「エミリアちゃん無欲すぎー!」
両手で頬を挟んで「むにゅ」とされる。
……唇がマンガの「3」みたいな状態で固定されてしゃべりにくい。
「ほんなほといはれへも……」
「お金がいらないなら体で払うしかないじゃないのー。早く、なんでもいいから言って!」
ぐいぐいと迫ってくる。
して欲しいことなんて無いが、何か言わないと「やっぱり金額を戻そう」と言いかねない。
何か頼み事をするしかないみたいだ。
……何かないだろうか。
「どんなことでも迅速丁寧にやるよ!あ、でも誰かを殺してほしいとかは止めてほしいかな。今は大人しくしておかないといけないから」
「雇い主の姉にそんな物騒な頼みはしません」
ただ単に殺すだけであれば、たぶん私の方が得意だから。と声には出さず付け加える。
「……そうだ。王都を案内してもらうっていうのはどうでしょう」
ここでの暮らしが長いなら、地元民しか知らないような裏道を教えてもらえるかもと思い言ってみるが、カーミラさんはいやいやと首を振った。
「案内くらい対価なしでやってあげるよ!来週いこう!」
「ええと、じゃあ――」
他にもいくつか提案してみるが、ことごとく却下――「それくらい対価無しで以下省略」――され、私の予定が埋まっただけに終わった。
「もっとこう――普段はなかなか頼めなくて、かつ私にしかできなさそうな案件をお願い!」
「……」
んな無茶な。
◆ ◆ ◆
そうして数十分が経ち、悩みに悩んだ末――私はあることを尋ねた。
「私の両親のことで、何か知っていることはありませんか」
私が村を出てワシリーの下で修業したそもそもの理由は、両親を探すことだった。
両親を探す過程で、私は必ず“敵”と接触する。
だから強くならなければならない。
そのためにわざわざ王国を出て修行していたのに、ワシリーが死に、生きることに必死過ぎてそのことを完全に忘却していた。
ワシリーが言っていた敵、という単語が少し引っかかるが……カーミラさんを納得させるにはこれ以上ない題材と言える。
「ご両親……ねぇ」
カーミラさんは天井を見上げ、昔を思い出すように目を閉じた。
「私が王都を出たのは……確か六歳か七歳の頃だったかな。キシローバ村へ引っ越す前日に、お父様がいきなり子供を抱いて帰ってきたんだ」
その子供が白髪白目の女の子――つまり私だったそうだ。
自分では全く覚えていないが、前世の記憶も思い出せていないような赤ん坊の頃にカーミラさんとは出会っていたらしい。
「じゃあ――もしかして、私の両親と会ったことがあるんですか?」
「残念ながら、君のご両親がどういう方なのかは知らない。でもお父様は君のことを「友人の子供だ」って言ってたよ」
「領主様と親しかった方を覚えてますか?」
「ううん。さすがにそこまでは……ごめんね」
「そうですか」
あっさり解決するかと思ったが、やはりそう簡単にはいかないらしい。
特に気落ちした訳ではないが、カーミラさんは気を遣ってなのか頭を撫でてくれた。
「本当のご両親のことを知りたいんだね」
本当の、と前置きを付けるということは、カーミラさんもある程度事情を知っているようだ。
イワンから聞いたのか、それとも昔から子供ながらに知っていたのか。
「いえ。ただ少し、気になってたので」
「ご両親についての情報を集める。それが報酬ってことでいいの?」
「はい。手が空いている時で構いませんので、お願いします」
「うん。任せてよ」
ようやく話がまとまった。
難しい商談を成立させた商人のように安堵の溜息をつく。もっとも、普通の商談とは交渉の内容が真逆――こちらは貰いたくない、あちらは貰ってほしい――だったが。
「それじゃ、私はこれで」
退出しようと席を立つと、手を掴んで座り直させられた。
「あの、まだ何か……?」
「ううん。もう話は済んだよ」
「えっと。じゃあ、手を放してもらえませんか?」
「だーめ。少しくらい普通の雑談しようよー」
語尾に音符マークが付いているのかと錯覚しそうなくらいの弾んだ声で、カーミラさんは半分ほどになっていたグラスに水を継ぎ足した。
「雑談って……?」
「バイトとか、弟が世話になっているとかは別にして、君ともっと親しくなりたいから。だめ?」
カーミラさんはいわゆる『できる女性』タイプな外見だが、小首を傾げる仕草はとても可愛らしかった。
これがギャップ萌えというやつか……。
「いえ。まだ夕食の買い物までは時間がありますし、大丈夫ですよ」
そう答えると、カーミラさんは「良かったー」とにこにこ笑った。
◆ ◆ ◆
話の主題は、私が国外でどう過ごしていたか。などがメインだった。
「エミリアちゃんは長らく国外にいたんだよね?どの辺りにいたの?」
「大森林あたりに二年ほど。あとの一年は各地を転々として、王国に戻って来たのは半年前くらいです」
「大森林――まさか、奥に行ったの?」
「いえ。入口あたりの洞窟で暮らしてました。森の奥には入っていません」
「そうなんだ。じゃあエルフには会わなかったんだね」
――悪気はないだろうけど、トラウマになってる部分を突かれて私は少しだけ顔を歪めた。
「……会いました。動物を狩っている最中に出くわして、縄張りを荒らした咎人として殺されそうになったんです」
カーミラさんは大きな目をさらに大きくして、ぱちぱちと瞬きをした。
「よく生き延びれたね。彼らの“術”は私たちでも手を焼くっていうのに」
「仲間が命を賭して私を助けてくれました」
「……そっか。じゃあ頑張って生きて幸せにならないとね」
カーミラさんはそう言って私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
「ありがとうございます」
話がひと段落したので、今度は私の番とばかりにカーミラさんに質問を投げかけた。
王都での生活や親和派と純血派の戦い、あとは王国各地で立てた武勇伝とか。
その中で、王国に侵入してきたベルセルクを退けた、という話が出てきた。
「ヴァンパイアの領地にあの脳筋が入ってくるなんてことあったんですね」
「何年かに一度はね。最近だと三か月くらい前だったかな?」
ベルセルク種族は『力こそ全て』という漫画みたいな思想を地で行く種族だ。
だから文明を開発し、知恵を絞って領土を拡大するヴァンパイア種族を嫌っている。彼らから言わせるとそれは「卑怯」なのだとか。
ヴァンパイア王国が寒いという気候のせいもあり、砂漠で暮らす彼らが王国に入ってくることは皆無――とばかり思っていたが。
「ヴァンパイアと同じく、ベルセルクも一枚岩じゃないってことだよー。力以外は何もいらないっていう派と、知識を蓄えてそれを力とする派、二つの派閥があるみたい」
カーミラさんが倒したベルセルクは、驚くことにヴァンパイア語まで習得していたそうだ。
最も、そのおかげで魅了術が使用可能となり逆に難なく倒せたそうだが。
「生け捕りにはしなかったんですか?」
「ベルセルク種族は強くなることへの執着が異常だからねー。下手に生け捕りとかにすると後が怖いよ。その場できっちりと仕留めないと」
「……へ、へぇ」
一瞬、背筋に寒いものが走った。
王国への帰り道で出会ったベルセルクを、行き道で生死の境を彷徨う傷を負わされた復讐がてら半殺しにしてしまったが、もしあいつが生きていたら……。
いや、確認はしていないが致命傷は与えたし、ちゃんと仕留められているはず……。
「エミリアちゃん、ひょっとしてベルセルク種族とも会ったりした?」
「はい。行きと帰りで両方とも遭遇して、戦いました」
ベルセルクは強大な力を持ってはいるものの、種族全体の数はかなり少ない。
それなのに広大な大砂漠で二度も出会ってしまった私は相当に不運だったんだろう。
「すごいねー。三大種族を全制覇してるじゃない」
「全然うれしくありません」
どの種族にも酷い目に遭わされているからな。
ヴァンパイア然り、エルフ然り、ベルセルク然りだ。
「それにしてもベルセルクの“獣化術”ってのは詐欺だよねー。誰が考えたのか知らないけど、名前を変えてほしいよ」
「それは私も思いました。字面では効果が全く予測できません」
ネコミミでも生えてくるのかとわくわくしていた頃の自分に教えてやりたい。
“獣化術”は魅了術をも凌ぐチート能力であることを。
ひとしきり三大種族ネタで盛り上がり、雑談は終わりを迎えた。
◆ ◆ ◆
それから一週間ほど、何事もなく日々が過ぎた。
そこまで露骨に暗殺を狙ってくるような事はしないと予め言われていたが、やはりご主人様が狙われると言われて気にしないなんてことは不可能だ。
イワンを狙う刺客は居ないかとあちこちに注意を払ったが、幸いなことに杞憂に終わってくれた。
少し肩に力が入り過ぎていたので、今日は気分転換も兼ねてアリシアと一緒にお菓子を作っている。
「見て見てエミリア」
アリシアはまるまる一個分の繋がったリンゴの皮をこちらに見せてきた。
一朝一夕でできる芸当ではない。やはり彼女はかなりの腕前を持っているようだ。
「うぬぬ」
私も彼女に対抗してリンゴの皮を剥いていたが、どうしても途中で千切れてしまう。
村に居た頃はアリシアほどではないができていたのに……料理の腕が相当鈍っていると痛感した。
村を出てからは丸かじりが基本だったから、リンゴの皮むきなんて数えるほどしかしていない。
身体に染みついているから忘れることはないが、やはりサボっているとその分だけ熟練度が下がってしまう。
ここ一年ほど、刃物の用途はもっぱらヒトか鳥獣に向けて使っていたから、調理器具としての包丁の扱いが以前よりもおぼつかなくなっている。
加えて、サバイバルに役立つ料理方法以外もかなり忘れてしまっているので、この際改めて勉強し直した方がいいかもしれない。
そんなことを考えながら、四苦八苦しつつリンゴの皮を剥き続ける。
「ぐぬぬ……」
「別に千切れてもいいのよ。皮はアップルティーの出汁にするだけなんだから」
「いやいや、千切れずに切ったモノをイワンに見せてやりたいんだ」
見せたからと言ってどうという訳ではなく、ただ単に「どうだすごいだろう」と自己顕示したいだけに過ぎない。
私もまだまだ子供、ということだな……なんて自嘲気味に笑う。
アリシアも同じように笑うかと思ったが、少し違った。
「……本当に仲が良いんだね。エミリアとイワン様は」
「まあ、幼馴染だからな」
彼女は笑ってはいたが、少し――寂しそうに見えた。
「いいな。私もエミリアみたいなメイドになりたいわ」
「私みたいなメイドになったら大変だぞ」
転生者標準装備のはずのチートを持ってないし、幻視術が解けたら袋叩きにされるし、色仕掛けという女性最強の技も封じられてるしで難易度はハードモードだ。
「大変でもいい。エミリアみたいになりたい」
「……アリシア?」
思い詰めたような声音に思わず手を止めて顔を上げるが、その間にもうアリシアは普段の彼女に戻っていた。
「ううん、なんでもない。さあ、ちゃっちゃと作っちゃおう」
「あ、ああ……」
気のせいだったのか?
◆ ◆ ◆
翌日、以前から申請していた学園への同行許可が下り、私は晴れてイワンと一緒に学園に通うことができるようになった。
NG集
『領主様』
「じゃあ――もしかして、私の両親と会ったことがあるんですか?」
「残念ながら、君のご両親がどういう方なのかは知らない。でも父は君のことを「友人の子供だ」って言ってたよ」
「領主様と親しかった方を覚えてますか?」
私の質問に、カーミラさんはいやいやと手を真横に振った。
「お父様は昔から口下手で根暗なぼっちだったから、親しいヒトなんていなかったよ」
『本音』
「ご両親についての情報を集める。それが報酬ってことでいいの?」
「手が空いている時で構いませんので、お願いします」
「うん。任せてよ」
ようやく話がまとまった。
良かった……適当に貼ってどうやって回収しようかと頭を抱えていた伏線をさも「前々からしっかり構想を練ってました」風に脚色できて。
難しい商談を成立させた商人のように安堵の溜息をつく。
『食い違い2』
「いいな。私もエミリアみたいな(顔芸のできる)メイドになりたいわ」
「私みたいなメイドになったら大変だぞ」
転生者標準装備のはずのチートを持ってないし、幻視術が解けたら袋叩きにされるし、色仕掛けという女性最強の技も封じられてるしで難易度はハードモードだ。
「大変でもいい。エミリアみたいに(顔芸ができるように)なりたい」




