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転生者の憂鬱  作者: 八緒あいら(nns)
第二章 少女編
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第四十三話「姉との密談」

「バイト……って、どういう」


「それに関しての詳しい話はまた今度にしよ。今は――彼の処遇についてだね」


 まるで友達に「また今度お茶しよ」みたいな軽い感じで告げるカーミラさん。彼女の視線は、命令通りに腕立て伏せをしているブルクサの方を向いていた。


 正直、話の内容が気になって仕方ないが、時間が惜しいのは確かだ。そろそろ教師が私の行方を気にしてもおかしくはない。彼らにこの現場を見られたら、言い逃れするのは少々面倒だ。


 私はブルクサを肩越しに親指で差した。


「こいつは殺します。生かしておくメリットが無い」


「メリットならあるよ」


「どんな?」


「敵の情報を探るスパイとして使える」


「……敵?」


「そう。私の――ひいては、イワンの敵になる奴らのね」


 敵。


 決して珍しい単語じゃない。

 紛争地帯では日常的に使われるし、子供たちがゲームをするときに対戦相手をそう表現することだってある、実にありふれた言葉だ。


 でも、カーミラさんの言った“敵”は、今までのそれとは違う気がした。

 ……昔、誰かが彼女と同じようなニュアンスで言っていたような気がするが、思い出せない。


「彼は殺さず、魅了術で記憶を書き換える。必要な時に情報を引き出せるようにね。もちろん君に関する記憶は特に念入りに消させてもらうよ。何かあれば私が責任を取る」


「…………」


 本来なら断固お断りしたいところだが、カーミラさんには少々負い目があるし、敵のことも気になる。

 ここは自分の感情を抑えて従うことにしよう。


「わかりました。でも一つだけ条件を」


「なにかな?」


「ブルクサを生かすことに、まだ私は納得がいっていません。後日そのことについての説明が欲しいです。それを聞いても納得できなければ、やはりあいつは殺します。それでも構いませんか?」


「うん、いいよー。いきなり無理なお願いをしちゃってごめんね」


「いえ」



 記憶の書き換えは数分程度で完了した。端から見ていたけれど、カーミラさんはとても手際が良い。普段から魅了術を己がものとして使い慣れている証拠だった。


「完了。それじゃ、研修が終わったら弟を通じて連絡を入れるよ」


「わかりました」


「……あ、私も時間がやばい」


 カーミラさんは空を見上げ、苦笑いをした。

 腕時計なんて便利なモノが普及していないこの世界では、こうして太陽の位置を確認することが『時間を見る』という行為に該当する。


「実はいま、重要な任務の途中なんだ。遅れたらクビが飛ぶよー」


「何で抜け出してきてるんですか」


 飄々とするカーミラさんに思いっきりツッコミを入れると、彼女はえへへー、と、およそ時間に切羽詰まっているヒトがしないような笑みを見せた。


「弟のためだからね」


「……」


「それじゃ、またねー」


 手をひらひらさせ、カーミラさんはその場を去って行った。


 弟のため……か。

 その気持ち、分からないでもない。

 私もイワンのためだったら、何を放り出してもそっちを優先するだろうから。


 少しだけ――カーミラさんに親近感がわいた。



 ◆  ◆  ◆



 結局、討伐訓練はその日で打ち切りとなった。

 記憶を書き換えたブルクサが魔獣出現および相棒を殺されたことを報告すると、今の人員では対応不可だと教師たちが判断を下した。


 荷物も全て放り出し、私たちは魔物の出現しない安全な領地にまで避難したのち、そのまま王都に戻ることになった。


 帰路では特にこれといったトラブルは起きず、討伐訓練は閉会の挨拶を以て終了することになった。





「現時刻を以て討伐訓練を終了する!」


 教師の一声で、生徒たちの間にようやく安堵の空気が流れる。初参加者の中には“王都に無事帰って来れた”ということに感動すら覚え、涙する者までいた。


「今回、一名の尊い命が魔獣の犠牲となった。全ては我々教師たちの監督不足だ。本当に申し訳なく思う」


 事前に提出した契約書の通り、魔物と戦う以上、この訓練には死の危険が付きまとう。

 とはいえ、死者を出したのはかなり久しぶりの出来事だそうだ。


「国家のため、民のためにその命を戦いに捧げた英霊に一分間の黙祷を捧げる!」


 ――まさかその英霊が、ここに突っ立っているメイドに殺されたなんて夢にも思わないだろうな。


 目を閉じる生徒たちに習い、私も瞼を閉じる。

 しかし習ったのは恰好だけで、死者に捧げる祈りも、罪の意識も一切ない。


 自分の身勝手でヒトを殺してしまった。


 そんなことを気に病むようなマトモな精神は、とうの昔に壊れて機能しなくなっているのだから。



 ◆  ◆  ◆



「エミリア。話があるんだが」


 討伐訓練が終わって数日経ったある日、イワンが神妙な顔つきでそう切り出した。


「なんだ?急に改まって」


「その……俺のねーさまが王都にいることは知ってるよな?」


「ああ。王城のナントカ係ってところで働いてるんだろう?」


「そうそう。そのねーさまが、お前に会いたいそうなんだ。俺が雇ったメイドがどんな奴なのか見ておきたい、って言い出して」


「おう。いいぞ」


 ねーさま、という単語が出て来た時から話の展開は見えていた。

 しかし……なんでイワンはこんなにヘンな顔をしてるんだろうか。


「なぁ。ねーさまに何を聞かれても『俺はちゃんとやってる』って言っておいてくれないか?」


「どうしてだ?」


 話を聞いてみると、どうもカーミラさんはイワンの寮生活に反対しているらしい。「どうせ一人じゃごはんも作れないでしょ?だったら私のところに来なさい」という言葉に反発して、半ば無理矢理ここに住み始めた、とのことだ。


 ……なるほど。さすがは“ねーさま”だ。よくわかってらっしゃる。

 私が来る前のこの部屋はなかなかに荒れていたからな。


「お姉さんと一緒に住むのがそんなに嫌なのか?」


「嫌じゃないけど、ねーさまにはあんまり頼りたくないんだ」


「どうして?」


「ねーさまは……俺が求めれば求める分だけ、甘やかしてくれるから」


 納得してしまった。

 一度会っただけでも相当ブラコンっぽい雰囲気を醸し出していたからな、あのヒト……。


「いいじゃないか。弟想いで」


「ダメなんだ。それじゃ、ダメなんだ」


「……?」


 男のプライドというやつだろうか。私には分からないが。


「分かった。もし聞かれたら、そういう風に答えるよ」



 ◆  ◆  ◆



 次の日、私は王都の中心部に足を運んでいた。

 ヴァンパイア王国・王都シギショアラはその巨大さとは裏腹に、かなりオーソドックスな構造をしている。


 国王が住まう王城を街の中心に据え、その周囲を取り囲むように円形の区切りが設けられている。

 それぞれには名称があり、王城から最も近い区画から順番に貴族街、学園街、平民街、労働街、宿泊街……という風になっている。


 私が暮らしている寮は学園街にある。

 ここは区画内が全て学業施設という、一風変わった街だ。


 イワンのようなヴァンパイアが通う学校からアリシアのようなメイドが通う学校まで、職業や学問別に特化した専門学校がたくさん並んでいる。


 学生を対象に超能力の研究をしている、とある都市を思い浮かべてもらえたら分かりやすいかもしれない。


 そしてカーミラさんが住んでいるという貴族街には今回、初めて行くことになる。

 学園街からもちらほら見えていたが、貴族街の建物はとにかく豪華で、とにかくデカイ。


 あれだけデカイデカイと騒いでいた学園の建物が掘っ建て小屋に感じるほどに巨大な尖塔が幾重にも乱立している。

 ……建物の大きさのインフレーションが激しいな、この都は。


 貴族街の商店をちらりと覗いてみると、私が普段利用する店よりも数ランク上の商品ばかりが立ち並んでいた。

 いつもの感覚で買い物をしたら、たちまち家計が破綻してしまうだろう。

 同じ街とは思えないほど、生活レベルに差がありすぎる。


 ……まあ、この国はなんだかんだでヴァンパイア種族なしでは成り立たないし、この区画に住むヒトはそれに見合った給料をもらっている、ということなんだろう。



 ◆  ◆  ◆



 カーミラさんの屋敷は、貴族街の外れの方にある辺鄙な場所に建っていた。


「……ここだな」


 年数が経ってはいるが、やはり大きくて立派な屋敷だ。

 ドアをノックすると、待っていたかのようにすぐ声が返って来た。


「合言葉を言え」


「は?」


「合言葉を言え」


「何の冗談です?私です、エミリアですよ。約束通り――」


「合言葉を言え」


 ……。


 …………。


 ………………。


「イワン」


「残念!正解は『良き隣人と共に』でしたー。三代目国王が口癖のように言っていた言葉だよ」


「…………」


 わかるか!





 茶番を終えたあと、私はカーミラさんに案内されるまま、屋敷の一室に案内された。


 テーブルと椅子、そして本棚がぽつん、ぽつんと置いてあるだけの小さな部屋だ。

 ……どことなく、キシローバ村の領主様の私室に雰囲気が似ていた。


「さ、座って。飲み物は水しかないけど」


「ありがとうございます」


 椅子に座り、水を用意するカーミラさんを改めて観察する。

 黒髪赤目。髪は肩にかかるかどうかという程度のショートヘア。美形のイワンの姉というだけあって、彼女もやはり美人だ。身長は女性にしてはそこそこ高い。体のラインが出ない服装(ヴァンパイア王国の公務服)なのでプロポーションがどうなのかははっきり分からないが、相当鍛えているというのはこの間の一戦で理解できた。

 ヴァンパイア種族の特徴である長い犬歯が、笑うたびにちらちらと見えた。


「さてと。まずは――討伐訓練の時の質問に答えるところから始めよっか」


 カーミラさんはコップに水を二人分汲み、そのうちの一つを私に渡してきた。机の上に無造作に広げられていた地図をなんとなしに眺めながら、人差し指と中指を立てる。


「ヴァンパイア王国には現在、大きく分けて二つの派閥が存在しているのは知ってるかな?」


「いいえ。長らく国外に居てまして……王国の情勢には疎いです」


「簡単に言うなら“ヴァンパイア以外の種族をどう扱うか”ってところだね」


 ヴァンパイア以外の種族を良き隣人として同列に扱うのが“親和派”

 ヴァンパイア以外の種族を家畜とし、使役するのが“純血派”


 同じ種族でありながら、ヴァンパイアは長らく思想の違いで対立を繰り返していた。

 ちなみにブルクサは純血派で、カーミラさんは親和派だ。


「そして、現国王は純血派。それも歴代で最悪の、ね」


 現国王は自らの思想に反するヴァンパイアを軒並み放逐し、それまでの体制を一変させた。

 そのせいで、国王の側近だった領主様はキシローバ村という辺境に左遷させられたのだ。

 どうして国王と親交があるような大貴族があんな辺境の村で領主なんかやっているのかと思っていたのだが、そういうことがあったらしい。

 ……長年の疑問が一つ、解消された。


「あくまで噂話だけど……国王はなんとしても次の王も純血派から輩出したいらしくて、親和派のヴァンパイアにだけ“継承者狩り”を行っているっていうんだ」


 イワンが継承権の優先順位が低いにも関わらず狙われたのは、少なからずそういった派閥問題も絡んでいたようだ。

 ……そうして考えると、キシローバ村の事件は親和派と純血派の対立の舞台でもあったように感じられた。


「実際に継承権上位は純血派だらけで、親和派は純血派に鞍替えするか左遷されるかを待つだけの日々だったんだけど――この間、ある事件が起きてね。盤石を築いていた純血派にヒビが入ったんだ」


 カーミラさんは私を見て、にやりと笑った。

 ……あれ。なんか嫌な予感が。


 後ずさりする暇もなく、私はカーミラさんに抱きしめられ、頭をわしゃわしゃと撫でられた。


「そう!君がヴェターラを倒してくれたおかげだよー」


「ちょ、苦し……」


「あ、ごめんねー」


 ひとしきり私の髪を乱した後も、カーミラさんは頬を上気させてまくし立ててきた。


「まさか血濡れの女王に単騎で挑んで勝つなんて、ホントにすごいよ!」


「いえ、運が良かっただけです」


 実力ではヴェターラの方が遥かに上だった。ただ、たまたま偶然が重なって勝てたというだけだ。


「……あの。ヴェターラを殺したのは私だと、どこで知ったんですか」


「犯人が白髪白目の人間種族って聞いた時に、君だって直感で思ったんだ。すぐにヴェターラが治めていた領地をくまなく探し回ったんだけど」


 母様を見ていたくなくて、あの村を出たことが裏目に出たか。

 もし、もっと早く彼女に出会っていたら、あんな辛い思いはしなくて済んだのかもしれない。


「話を戻すけど、その事件で親和派に対しての攻撃がちょっとばかり過激になっててね」


 純血派であり、継承権第三位だったヴェターラが殺されたことで、純血派たちは大いに混乱した。

 今まで話し合いを重んじていたハト派の象徴である親和派が、突然牙を向いたことも相当なショックだったらしい(純血派の中で、ヴェターラ殺しの犯人は親和派の誰か、ということになっているようだ)


 ヴェターラは相当に強いヴァンパイアだ。彼女を殺せる親和派となると、容疑者――『ヴァンパイア殺し』――は自ずと絞り込まれる。


「もしかして……」


「真偽はどうであれ、純血派は私をヴェターラ殺しの犯人に仕立て上げて大々的に処刑しようとしている。居るかどうかもわからない白髪白目よりも、私の方がよほど理想の犯人像に映ってるみたいだよ」


 聞いた瞬間、足の力が抜けた。


 ――私はまた、運命を歪めてしまったんだろうか。


 そんな胸中を察してか、カーミラさんが慌てて付け加える。


「これは君のせいじゃないから勘違いしないでね。それよりも前から私は何度も刺客に襲われてるから」


「でも……」


「私のことはいいの!それよりもイワンだよ。王都の中は他と比べて安全だけど、イワンにもいつか刺客が送られる日が来る。その日のために敵側の情報はたくさん持っておきたいんだ」


 ……それがブルクサを生かしておいた理由、という訳か。


「どうだろう。この説明で納得してもらえるかな」


「ええ。よく分かりました」


「良かった。で、この流れでバイトの話にいきたいんだけど」


「イワンの護衛をしろ、ということですね?」


「……あの子から聞いた通りだ。頭の回転も早いね」


 イワン自身の継承権は、確か三十六位か七位だった。

 四年前からどれくらい繰り上がっているかは分からないが、彼は自分の順位以上に“カーミラさんの弟”という理由で狙われるだろう。


 親和派の王位継承者筆頭の弟となれば、利用価値はいくらでもある。

 そう――イワンは、カーミラさんにとってアキレス腱になりかねない。



 イワンの実力を鑑みれば守る必要は無いように思う。

 確かに彼は強い。正面から勝負を挑まれたら大抵の相手は撃破できるだろう。

 しかし……彼は搦め手に弱いのだ。昔の私のように小細工を弄する相手には力を発揮できずにやられてしまう可能性もある。


 そういう危険を事前に察知し、排除する。

 もとよりイワンを守ることは私自身の心を守ることに繋がる。誰に言われるまでもなく、これは私の命題だ。


「任せてください。私の力を全て以て、彼を守ります」


「ありがとう。契約成立、だね」


 私とカーミラさんは固い握手を交わした。

NG集


『○○のため』


「実はいま、重要な任務の途中なんだ。遅れたらクビが飛ぶよー」


「何で抜け出してきてるんですか」


 飄々とするカーミラさんに思いっきりツッコミを入れると、彼女はえへへー、と、およそ時間に切羽詰まっているヒトがしないような笑みを見せた。

 そして、親指と人差し指で丸を作る。


「お金のためだからね」


「守銭奴かい」




『チクり』


「なぁ。ねーさまに何を聞かれても『俺はちゃんとやってる』って言っておいてくれないか?」


「分かった。もし聞かれたら、そういう風に答えるよ」


 ◆  ◆  ◆


~カーミラ邸~


「イワン?あいつマジダメっすよー。一人で爪も切れないし洗濯物は散らかすしで毎日大変なんですから!」


 私がイワンの駄目っぷりを昏々と語ると、カーミラさんは肩を怒らせて立ち上がった。


「やっぱり!もー、無理やりにでもここで一緒に住まわせるべきだった!」


「今からでも遅くないっスよ」


「そうだね!今から連れ戻してくるよ!ありがとうエミリアちゃん」





「オイ約束はどうした」

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