第四十二話「討伐訓練3」
「――――っ、あああああああああああああああああああ!?指、俺の指が、指がぁぁぁぁ!!」
「『うるさい黙れ』」
「――!――!!」
「男が指の一本くらいでピーピー泣くな」
私も昔、似たようなコトをされたがここまで喚きはしなかったぞ……たぶん。
男の方が痛みに対する耐性が低いとどこかで聞いたことがあるが、もしかしたら本当なのかもしれない。
まあ、女は月に一回のペースで腹痛地獄を味わうから、そのせいで自然と痛みに強くなるんだろうな。
「さてと。一応、殺す前に聞いておきたいことがある。返答次第だと、まあまあ楽に死ねるかもしれないぞ?」
ブルクサは完全に戦意を喪失し、ボロボロと涙を流して震えていた。
先程までの威勢はどこへ行ったのやら。
こんな状況で嘘はつかないと思うが、念を押して嘘を吐かないことを命令してから、質問を開始する。
「私が聞きたいのは一つだけだ。お前がこの訓練に参加した理由は何だ」
「……前回の試験結果が散々だったから、単位確保の為に」
「どうして散々だったんだ?成績は良いんだろ」
「…………。イワンとの模擬試合に負けて、そのショックで勉強を怠ったせいだ」
「……」
アホかこいつは。
もしかして、イワンを殺すことだけを目的に訓練に参加したんじゃないかと疑ったが――どうやら違ったようだ。
もしそうだった場合は“スペシャルコース”で地獄送りしてやろうと思っていたので、ブルクサにとって最悪の未来はこれで回避できたことになる。
「な、なぁ、助けてくれよ!さっきのは本当に魔が差しただけなんだ!助けてくれたら好きなだけ金を融通して――」
「『質問したこと以外は口にするな』」
「……!……!!」
「魔が差したにしては随分と用意が良かったじゃないか」
どれだけ魅力的なものを差し出されようと、こいつをこのまま生かすという選択肢は無い。
単位確保のついでだろうが何だろうが、イワンに危害を加えようとしたことは万死に値する。加えてこいつは、私が魅了術を『使える』ということも知ってしまっている。
何かのはずみでそれが漏れてしまえば――私が持つ優位性は大きく損なわれてしまう。
人間種族の私が不意打ちで使ってこそ、魅了術は真価を発揮するのだから。
聞きたいことはそれだけだったのだが、ふと、先程ブルクサが口走った単語が頭をよぎった。
ついでだから聞いておくか。
「そうそう。さっき言っていたヴァンパイア殺し、ってのは何のことだ?」
「――数か月前、次期王の有力候補者が一人、殺された……」
「ふむ」
「目撃者の証言によると……、犯人は白髪白目だったそうだ」
「……へぇ」
「ベルセルクでもエルフでもなく、ましてヴァンパイアでもない……。王国の上層部は、そいつを三大種族に匹敵する危険人物として……行方を追っている。そのあだ名が『ヴァンパイア殺し』だ」
「……ふぅん。ちなみに、殺された人物の名前は?」
「ヴェターラ。ヴェターラ・ストリゴイ・ヴリコラカス。王位継承権第三位の御方だった……」
白髪白目の人物が、ヴェターラという王位継承権第三位のヴァンパイア種族を殺した……。
……って、それ私じゃないか!
思わず身を乗り出して質問を重ねた。
「もしかしてそれ、かなり大々的なニュースになったりしたのか?」
「いいや。王国の上層部は……事を内々に処理したいと考えているようだ。知っているのは、一握りのヴァンパイアしかいない」
「どうしてお前がそれを知っている?」
「父が王国の重役だからだ」
「……そうか」
どうやら私は、知らない間に――悪い意味で――有名人になってしまっていたようだ。
今後、幻視術の効果時間には一層の注意を払う必要があるな。
「よし。もうお前に聞きたいことはない」
もともと私は薪拾いの体でここに来ているのだ。
結構な時間が経ってしまっているので、さすがに戻らないとマズい。
とはいえ、あまりにも不自然に死なれると後々面倒事を呼び込みそうだし、ブルクサにはTPOに沿った死に方が求められる。
私はブルクサの持っていた幅広の両手剣を手に取る。
「……重い」
が、持ち上げられなかった。
村にいた頃から身体を鍛えることは怠っていなかったが、体質のせいか筋肉はほとんど付いていない。
同年代の女子の中で力はある方だと思うが、さすがに大の男と同じ、という訳にはいかなかった。
しかし、今の私――白髪白目に戻り、魅了術を使える今の状態なら――大の男と同等以上の力を得ることも可能だ。
「『剛力』」
魅了術の基本――自己強化。
ただ、以前説明したかと思うが、単純に『私は強くなる』などという曖昧な表現で術は発動しない。
『これこれがこうなって、その結果、私は強くなる』という風にかなり明確なビジョンが必要だ。
私は持ち前の妄想力を生かして、身体能力の強化を一言で発動できるように訓練した。
もちろん、それができるようになるまで結構な期間、イメージトレーニングを繰り返したが。
その甲斐あって、私はたった一言呟くだけで大の男顔負けの怪力を得ることができる。
『剛力』以外にもいくつか自己強化の言葉はあるが、それはまた使う機会がある時に紹介しよう。
両手剣をひょいと持ち上げ、木の枝を折るような感覚でぽきりとへし折る。
「魔獣が出現し応戦するも、頼みの綱である武器が折れ逃走。迷っているうちに気付かず魔物の群れに突っ込んでしまい、成す術もなく食い殺される――まあ、シナリオとしてはこんなところか」
ブルクサが無残に喰いちぎられていれば、彼の相棒も死体が無くともどこかの魔物に丸呑みされたと思われるだろう。
地面から遺留品を取り出して、ブルクサに持たせれば大丈夫だ。
「よし。『魔物の群れに――』」
「待った。殺すのはもったいないよ」
「!?」
――突然、私でも、ブルクサでもない別の声がした。
反射的に声の方向に忍ばせていたナイフを投げる。が、カキンと金属音が鳴り、ナイフは宙をくるくる回って地面に突き刺さった。
「――っと。危ない危ない」
声の主は、五メートルほど離れた草むらから、のそりと姿を現した。
フード付きのローブを目深まで被っているため素顔は見えないが、声音は女性のモノだ。細身で、身長は私よりも十センチほど高い。
それ以外の情報は全く分からないが、ブルクサに集中していたとはいえ気配を全く感じさせずにいたこと、不意打ちに近い状態で投げたナイフをあっさり受け止めたところを鑑みると――相当な手練れであることは嫌でも理解できた。
「誰だ」
「そんな怖いカオしないで。私は味方だから」
「信用できるか」
そういうことを言うやつが本当に味方だったことは無い。
登場のタイミング、発言からしてブルクサを助けに来たとしか思えない。
現にいま、ブルクサがチャンスだとばかりに逃げ出そうとしていた。
「どこに行くつもりだ?『腕立て伏せでもしていろ!』」
ブルクサをその場に留めさせる。
この女が何者なのか?というのは少し気になるところではあるが、やることは一つだ。
「私のこの姿を見たからには――生かしては帰さん」
「ちょっと、私の話を――」
何か言いかける女を無視して、私は素早く間合いを詰め、足払いを繰り出した。
後ろに飛んで避ける女。私は地面の土を掴み、顔に向かって投げつけた。
「おっと」
女が手で土を払い除けるその一瞬の間を狙い、私は死角に回り込んだ。
狙うは足首。『剛力』の効果がまだ残っているので、当たれば女の関節は粉々に砕ける。
勝負ありだ――――っ!?
「くっ!」
背筋がぞわりと粟立ち、何らかの危機を叫ぶ本能に従い身体を前に投げ出す。
「――っ、と」
私が居たはずの空間を、女の鋭い蹴りが横切っていた。
まるで私が死角に移動するのを知っているかのようだった。あのまま蹴りを放っていたら、逆に延髄を蹴り抜かれて返り討ちにあっていただろう。
「やるね。今のを避けるなんて」
ヒュウ、と口笛を吹く女。どこか飄々としていて、余裕すら感じる。
予想以上の手練れだ。私は女の危険度をさらに上方修正した。
基本的に、このレベルの猛者が相手だと魔法は使えない。
いかに魔法の発動が早かろうと、最低の威力に絞った土玉でも五秒以上はかかる。
五秒も隙だからけで待ってくれるような相手ならいいが――そうもいかないだろう。
なので、体術でどうにかするしかない。
『どうにか』できるような相手でもなさそうだが。
「くそ……」
歯噛みする。状況は圧倒的に不利だった。
この薄暗い森の中に、こいつの仲間がまだ何人か潜んでいるのかもしれない。
今も隙を伺い、私の首を狙っていたとしても、全然おかしくない。
ブルクサのヴァンパイア殺しの話を聞いた後だと余計にそう思えた。
とはいえ、泣き言など言っていられない。
早くこいつらを始末して――イワンの元に帰らないと。
「邪魔をする奴は全員、殺す――」
私は一足飛びで女の懐に飛び込み、喉元を狙った。
避けられるのは明白だ。問題はその後。受け攻めの読み合いを制して、確実な死を与えてやる……!!
しかし女は構えることもせず、ただ首を傾げた。
「私が死んだら、イワンが悲しむよ?」
「――!?」
女のその一言で、私の拳が彼女の喉元で停まる。
『剛力』の効果による拳圧でフードが取れ、女の素顔があらわになった。
真っ直ぐに伸びた黒髪で、強い意志のこもった赤い瞳が真っ直ぐこちらを見つめていた。
黒髪赤目――ヴァンパイア種族と視線を交わす。それが死に繋がる愚行だと分かっていながら、私は女から目を離すことができなかった。
だって……似ていたから。
私の、ご主人様――イワンに。
「おまえ……いや、あなたは……まさか」
「初めまして、と言った方がいいかな?」
女は、にこりと微笑んでから私にぺこりと頭を下げた。
「自己紹介をしておこうかな。私はカーミラ。カーミラ・ヴァムピィールヅィージャ・ジャラカカス。いつも弟がお世話になってます」
◆ ◆ ◆
「すみませんでしたァ!」
相手がイワンの姉と分かった瞬間、私は地面に頭をこすりつけた。
「イワンのお姉さまとは露知らず、数々の無礼な発言、行動……謝って済むことではありませんが、それでも私の最大限の誠心誠意を以て謝罪致します」
「いいよー」
イワンのお姉さま――カーミラさんは、あっけらかんと許してくれた。
もちろんそんなことでは私の気が済まない。
「私は穏便に話し合いを持ちかけるお姉さまの言葉を無視して、あなたに危害を加えようとしました。なのにそんなあっさりと許されて『わかりました』と言えるほど厚顔無恥ではありません」
「あんなあからさまに怪しい登場の仕方をしたら、私だって君と同じ行動を取るよ」
そう言って、ちょん、と私の額を突っついた。
まるで、私の行動を「めっ」とたしなめるようだった。
「でも、すぐに私をイワンの姉と信じたのはダメかな。もし変装が得意な暗殺者が私に化けていたらどうしてたの?」
「う……すみません」
「警戒心は及第点。でもそれ以外は素晴らしかったよ」
「それ以外……とは?」
「最初に投げたナイフ。狙いもばっちりだったし、未知の敵に対しての初撃としては満点だった。体術も合格。魔法も言うことなし。極めつけに魅了術まで使える……。うん、イワンが言っていた通り――いや、それ以上の逸材だよ」
「あ、あの……」
おろおろする私をヨソに、カーミラさんはしきりにふんふんと頷いていた。
「ねえ、エミリアちゃん」
「は……はい」
「私の下でバイトする気はない?」
へ?
NG集
『遅い一言』
避けられるのは明白だ。問題はその後。受け攻めの読み合いを制して、確実な死を与えてやる……!!
しかし女は構えることもせず、ただ首を傾げた。
「私が死んだら、イワンが悲しぶべぇ!?」
「ん?何か言ったか?」
『いつまで』
『腕立て伏せでもしていろ!』
「1……2……3……」
「私のこの姿を見たからには――生かしては帰さん」
「ちょっと、私の話を――」
「47……48……49……」
「やるね。今のを避けるなんて」
「くそ……」
「84……85……86……」
「イワンのお姉さまとは露知らず、数々の無礼な発言、行動……謝って済むことではありませんが、それでも私の最大限の誠心誠意を以て謝罪致します」
「いいよー」
「131……132……133……」
「ねえ、エミリアちゃん。私の下でバイトする気はない?」
「へ?」
「お前ら俺のこと完全に忘れてるだろ」




